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067.今宵、花嫁をいただきにまいります-05

※本日(4/22)2回目の更新ですわ~。

 フロルは、ひらひらと目の前を揺れる長い腰リボンを追いかけながら、予定外に身に着けることとなった怪盗衣装にどこか、安心を覚えていた。

 それと同時に、「フルール卿」と「フロル」とのあいだで揺れる自分の中に、余計なものを招いたかと舌打つ。


「わたくしが手伝うのは、ふたりに子爵の正体を伝えるまでですわよ」

 フロルはカードを取り出し、短き宣誓とともに見張りの兵へと投げた。

 槍をついたままぼんやりと月を見上げる兵を、怪盗ブラッド・ブロッサムたちが難なくすり抜ける。


 魔導の世界がマギカ王宮。


 とつじょ発表されたシャルアーティー・プリザブ侯爵の妹アーコレードと、成り上がり商人ドメスト・サンポール子爵の結縁。

 婚礼の儀式は早急に取りまとめられたが、貴きを(よそお)い、奢侈(しゃし)の脂にまみれた者たちは、喜び勇んで花車(はなぐるま)を引くに手を貸した。


 虚仮(こけ)の爵位の男と、道具となった哀れな娘を嘲笑う口。

 それらは舌の根も乾かぬうちに、才気溢れる若き当主との式を夢見語り、コインの香りを目当てに祝いの言葉を贈る。


「ご祝いいただき、感謝の至りにございます」


 魔性の者の化けたる男がグラスを傾ける。

 彼は酒で濡れた口ひげを親指でこすり、となりに座るうなだれたままの娘もまた、巻いた髪をしきりに撫で伸ばしていた。

 花嫁は黒いドレスだ。それはマギカの慣例か、あるいは彼女の最後の抗議か。


 誰かが言う。「せっかくですから、みなさまの前で契られてはいかがかしら」

 囃し立てる参列者たち。子爵は席を立ち、アーコレードにも立つように促す。


 その様子を少し離れたところから見守るのは、プリザブ卿シャルアーティー。

 笑顔のマギカ王になんぞ話しかけられているが、花嫁の兄は浮かぬ顔だ。

 ふたりの怪盗はそれを窓の外から発見すると、顔を見合わせうなずき合った。


 子爵が花嫁の顎に手を掛けたその瞬間、会場に招かれざる客の声が響いた。


「その結婚、ちょっと待った! ですの!」


 月夜を背に立つ、ふたりぶんのシルエット。

 短いスカート長いリボン、頭から伸びるはポニーテール。


「あれは誰!?」「盗賊か!?」「魔物よ!」「いや、変態だ!」


「変態ではございませんの! わたくしの名は、怪盗ブラッド・ブロッサム二号!」

 フロルも添えるように「一号」と続く。

「計略にまみれた情なき契りを非難する、愛の戦士!」

 フロルは相方を見た。何言ってんだこいつ、と。


「見張りの兵たちは何をしている!?」

「怪盗め! いったい何を盗みに来たというんだ!」


「お教えいたしましょう! 今宵、わたくしたちがいただきに参ったのは花嫁。アーコレード・プリザブさんです!」


 どよめく会場。花婿と兄が花嫁の前へと立ち、腰のつるぎを抜く。


「みなさまがた、お聞きになって。子爵とアーコレード嬢の婚姻は、仕組まれたもの……」


 説得を試みる二号。しかし、貴人や商人からは「当然だ」という声が飛び出す。

 卑しい出の男と結ばれる少女を嗤いはすれども、こころなき結縁を不幸だとは認めない。彼らもまた、そうやって血を交えて生まれ、生きてきたのだから。


「では問います。それが魔族の手によって仕組まれたものであったとしても、同じようにおっしゃられるのでしょうか!?」


 またしても、どよめき。

 マギカ王が顔色を変え、プリザブ卿へと説明を求める。

 もう一人の問い詰める男……父たる先代のプリザブ卿もまたしかり。


 フロルはマスクに覆われてないほうの顔を押さえ、ため息をついた。


 ――こんな人前で堂々とバラしちゃダメでしょ……。


 兄妹だけにこっそりと知らせる手はずだったはずだ。

 知らせるというか、兄を問いただす形を想定していた。

 プリザブ卿が、子爵とラムマートンがイコールであることを知ったうえで和平の計画を進めている可能性もあると、打ち合わせの段階で口にしておいたのに。


「さあ、四天王ラムマートン、正体を現しなさい!」

 二号は窓枠からよいしょと床に降りると、時計型の装飾のついた杖で花婿を指ししめした。


 先走り過ぎだ。フロルは慌てて屋外を振り返った。

 タイミングよく、遠方の空に火球が立ち上るのが見え、胸を撫でおろす。

 あれはハナドメの合図だ。ハナドメはプリザブ卿の意向に関わらず、魔族たちを無力化するために残っている。これで人質はいなくなった。


「……」


 魔族とそしられた子爵は、目を閉じ眉間にしわを作りながら、こめかみに手をやっている。

 それから、プリザブ卿をねめつけ、女の声でこう言った。


「あなた、裏切ったわね」


「違う!」否定するも、王や父、周囲から怒号をぶつけられるプリザブ卿。


「何が違うのよ。女神の眷属は始末しておいてって、お願いしたはずなのに!」

「彼女たちには、まだ利用価値が……」


 ラムマートン……の化けた口ひげ男が青年の胸元をつかんで揺さぶる。


「私というものがありながら、女神の小娘なんかを!」


 ラムマートンは彼を突き飛ばし、花嫁をかっさらい、テーブルに飛び乗った。

 それから口ひげ男の全身が赤く光り輝き、見る見る姿を変容させ、異形の女の姿となる。


「すり替わりだから我慢してたけど、鬱陶しい髭がなくなって清々したわ」


 炎のごとく赤い素肌の肉体は美しく、細くもたくましく引き締まっており、臀部も乳房も豊か。下着代わりか体毛か、ヒツジの毛のようなものが局部を覆い隠し、背にはコウモリのごとくの黒い羽根、額の両脇には黒光りする野太い角が生えていた。


「我が名は誇り高き夢魔族の長ラムマートン。魔王様に仕える四天王が一柱」


 夢魔の長は名乗りをあげると、腕の中の娘のくちびるを奪った。


「これでアーコレードは私の思いのまま……。聞きなさい人間ども!」

 黒きくちびるを舐め、愉悦の哄笑高らかに。

 しかし彼女は、手中にあったはずの娘に突き飛ばされ、よろめいた。


「汚らわしい魔族め!」

 黒ドレスの娘が怒りの形相とともに両腕を持ち上げ、元花婿へと向ける。

 魔力の気配。されど魔族の女は鼻で笑う。


「ふん。何それ、マッサージ? あなたにも私の秘術が効かないってわけね」

「あなたにも……?」

「そうよ。魔王様にあなたたち兄妹を引きこむように命じられてたの。だけど、シャルアーティーは、一晩掛けて愛してあげたのに、術に掛からなかったのよね」


 掛からなかったのに、協力。


「お兄さま、どういうことですか? まさか、この魔族の女に惚れこんだの!?」

「そんなわけないだろう! 利用するつもりだったのだ。魔王は魔物闘技場を使い、長い時間を掛けて人間社会に魔物や魔族を浸透させようとしていた。ラムマートンはその先兵で、本物の子爵と入れ変わっていたのだ。奴の持つ魔物商人やグロスファット卿との取引は、計画の重要な……」


「ひどい!」魔族の女が髪を振り乱し、金切り声を上げた。

「あなたの腕を枕にして話したことは、誰にも話さないって約束だったのに!」

「魔族などとの約束など、誰が守るか! 貴様は母上の仇なのだ!」


「やっぱりマザコンだったのね! 私の眼も曇ったものだわ!」

 芝居がかったようにうなだれ、大きな角のついた頭を振る女。

「夢魔が抱かれて仕損じるのは恥。本当なら、あなたを堕とせなかった時点で自害するつもりだったのよ」


「だったら、今死になさい!」

 ふたつのおさな声が合唱し、巨大な火球がラムマートンへと迫った。

 黒く艶めく長い爪が火球をはじくと、双子の火術は弾けて消えた。


「男も知らないガキどもは黙ってなさい」


 夢魔がぱちんと指を鳴らすと、双子のそばにいた男――その父ダハーカ――が娘たちの肩に手を置き、激しい電撃を浴びせた。

 悲鳴もなく煙を上げて倒れる双子の魔法使いたち。


「だけど、あなたの抱きかたが本気だと思ったから……。

 あなたが私たちとの和平を考えてるって言ってくれたから、

 魔王様もそれをお望みだから、一族の誇りを捨ててまで耐えてたのに!」


 ――見どころのある女ね。


 フロルは横目で、操り人形のダハーカがこちらを睨んだのを見つける。

 あるじの理想を語りつつも、おのれの苦悩をぶちまけ、そのうえで女神の眷属を狙う魔族の女。嫌いじゃない。

 フロルは第一の宣誓をつぶやき、カードを投げた。

 ダハーカは、こちらに向かって手のひらを構えていたが、彼を覆っていた赤き魔力の光はカードが刺さるのと同時に消え去った。


「むう、ダハーカまでも抱きこんでおったか。恐るべし四天王。やはり、魔王の言う和平など、偽りなのだな」

 唸ったのはマギカ国王。

 彼は兵の陰に隠れることもなく、仇敵のひとりを睨視している。


「妻を亡くした男に迫るなんて、うちの一族じゃ赤ん坊でもできるわ」


 夢魔の姿がゆがみ、一人の女性の姿を形作る。

 長い銀髪の優しげな女性。

 風もないのに髪とドレスが揺れ、彼女はほほえんだ。


「まるで生き写し……!」

 国王は驚き、兄妹の父である先代プリザブ卿を見た。

 先代は夢魔の化けた女を見ると、いっしゅん瞳を揺らし、しかしすぐに歯を剥き出しつるぎへと手を掛けた。

「殺した女に化けるのも初歩的なテクニックよ。先代さん、あなたも憶えがあるんじゃないかしら?」


 指が鳴らされると、先代プリザブ卿はつるぎを抜き放ち、王へと斬りかかった。

 国王も負けじと煌びやかな剣を抜いて、やいばを受け止める。


「くっ、正気を取り戻すのだ! 誰でもよい、ラムマートンを討ち取れい!」


 王の号令。普段は労を嫌う貴人たちは間髪入れずに応じ、やいばと鞘のこすれる音を立て、魔導の光をほとばしらせた。


「無駄よ」


 ぱちん。


「あなたたちが討ち取るのは、そこにいる小娘ども。女神の眷属たるフロル・フルールと、セリシール・スリジェよ!」


 赤き肌の女がこちらを指差す。

 全員、傀儡(くぐつ)ならやむなしか。

 フロル・フルールも、あの女が相手なら剣を取ることもやぶさかでは無し。


 しかし、早回しの宣誓が呟かれたかと思うと、相方が会場の中心へと向けてカードを放った。


 向けられていた殺意が途絶え、貴人や王者たちがばたばたと倒れる。


 ――ちょっと待って、カード程度のアーティファクトで……。


 フロルまでもふらつき、倒れそうになる。

 誰もが知る、この引きずりこまれるような感覚は、睡魔。


『油断するな。ミノリが我らに見せつけようと張り切っておる。いかにそなたのほうが才に優れ相反する力を持とうとも、影響から逃れるのは難しい』


 警告する破壊神サンゲの声。

 彼女は楽しげに『まあ、奴らのお手並み拝見とゆこうではないか』と続ける。

 反してフロルは、こちらへの余波に気づかぬまま得意顔を覗かせる相方を見て、不吉な予感を募らせた。


「くっ、夢魔を眠らせようなんて。女神め、なんて傲慢な存在!」

 魔族の重鎮にも効果ありか、彼女は腕に爪立てくちびるを噛み切り必死に眠りに抵抗している。


 落ちかかった赤いまぶたが、ふいに見開かれる。

 夢魔の黄金の瞳が睨んだ先には、銀色の髪のシャルアーティー。

 彼が手のひらを向けると、ラムマートンの足が一瞬にして氷塊に包まれる。

 間髪入れずにつるぎの一撃。

 胸を狙ったか、しかし狙いが逸れて腕を傷つけるに終わる。


 ――プリザブ卿には、セリスのカードが効いてない!?


 いや、仕留め損なった彼は片目を閉じており、追撃にも移れず身体を揺らし、もう片方のまぶたも震わせていた。

 痛みが眠気を散らしたか、ヒツジの蹄を持った赤い足が一閃。

 回し蹴りの一撃で彼の身体は吹き飛ばされ、派手な音を立ててテーブルに衝突、パーティーの名残りをあたりに散乱させた。


「お兄さま!」

 アーコレードも眠らずか。

 彼女も身体をまっかに光らせ夢魔へと力を向けた。


「あなた程度の魔力じゃ肩もみにもならないわ」

 赤い疾風となった女が黒ドレスの少女に迫り、兄と同様蹴りをお見舞いする。

 苦悶の吐息とともに崩れ落ちるアーコレード。


「殺そうと思って蹴ったのだけど、あなた頑丈ね?」


 跪く少女の頭を踏みつける魔性の女。

 引き締まった腿の震えからして、相当の力が掛かっていると見える。


「おやめなさい!」

 セリシールが杖を向ける。


「動くな、女神の眷属! 動けばこの小娘の頭蓋が脳漿を吐き散らかすのを見る羽目になるわよ!」

 どうせ殺す気だろうが、お人好しには効果てきめんか。セリスは杖を下ろした。


「計画は失敗! 魔王様への捧げものもナシ! 私は恥晒し! ああ、腹が立つ!」

 執拗に少女の頭を踏みつける蹄。

 騙された娘が「アコさん!」と悲鳴をあげ、踏まれる娘が「セリスお姉さま!?」と声をあげた。


「わっ、どうしましょうフロルさん!? バレてしまいましたの!」

 などと二号が宣う。


 だが、フロルは助言もせず、なんども足蹴にされる妹分に助太刀するわけでもなく、じっと様子をうかがった。


「くそっ、全力でやってるのに、ぜんぜん死なないじゃない!」

「アーコレードを放せ!」


 復帰したか、シャルアーティーが火球を放ち、続けざまに魔術で作り出したつららを撃ちこむ。

 それらは容易く弾かれ、魔王の眷属は「あんたも、ちょっとウザいわよ!」と声を荒げると、赤い光の弾を手のひらから撃ち出し、再び青年を吹き飛ばした。


 そして、いっそう激しく娘の頭を踏みつける。


「お母様の仇……!」

 アーコレードは踏まれたまま見上げ、睨んだ。


 ――やっぱり。


 同じく見上げるフロル・フルール。こちらは魔族ではなく神を仰ぐ。


『その通りだ。あの娘もキルシュ・ブリューテたちと同じ影響下にある』

「アコも転生者ってこと?」

『魂魄は完全に掌握されてはおらん。だが、あの兄妹もまた、わらわたちの子』

 女神は付け加える。『半分だけだがな』


 ……フロルの頭の中で、パズルのピースが次々とはまり始めた。


 異様に頑丈で成長しない青年。転生者。

 自分やセリスを邪魔するように現れる、やたらと硬い白壁。

 そして、世界の均衡と不変化。


「あなたやミノリ様を封印した存在がいて、キルシュやアコはその影響下にある。白い壁の出現や世界が変わらないのは、その存在のせい。わたくしたちに封印を解かせるか、眷属たちを通じて、そいつに対抗しようとしているのね」


『正解だ。みずからたどり着いたのなら抜け駆けではないよな、ミノリよ?』

 サンゲは歌うように言う。


「そうじゃないかとは思ってたけど……。なぜお教えくださらなかったの? 世界を創った者を封印するほどの存在って何? 神よりも上位の存在が?」


『残念。それはハズレだな』

 サンゲは言った。

『女神はふたりではなく、三人だ』


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