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063.今宵、花嫁をいただきにまいります-01

 ご機嫌麗しゅうございますわ。フロル・フルールでございます。


 本日のおはなしの主役は、わたくしではなく、我が盟友セリシール・スリジェと、魔導の世界の名門貴族プリザブ家の兄妹のおふたかたでございます。

 ゆえにわたくしは、この件に関しては「目の役」を務めるに徹する所存……。

 と、申しますのも、最終宣誓の授与を拒否して以降、すっかり鳴りを潜めていた破壊の女神から、とある命が下っていたのです。


 アーコレード・プリザブには気をつけろ、と。


 あの可愛らしいご令嬢のどこに警戒すべきところが?

 わたくしが問うも、サンゲ神は『最近はミノリの娘と実力の溝が開きすぎてつまらん。少し水をやってもいいだろう』などと、無関係なことをおっしゃって話を逸らすばかり。


 しかし、女神がおっしゃるのであれば、それなりの理由がおありになるはず。


 両親を失って間もない新当主のお目付け役も兼ねて、わたくしは彼女について魔導の世界へとやってまいりました。


 そこで目にしたのは、多世界を股に掛ける環世界人道連盟や、マギカ貴族界のすっかり堕落した有様……。

 停滞は腐敗を招くのです。破壊神の過剰なやり方はともかく、現実を目にすれば、わたくしも停滞を打破すべきだと同意せざるを得ませんでしたわ。


 パーティーでは、品位や誇りに欠ける者たちをあしらい、まだ未熟なセリシールから連中を遠ざけつつ、わたくしはプリザブ卿の妹を観察いたしました。

 ですが、アーコレードからは不審な気配も感じなければ、魔力に関しても並みより頭一つ抜けた程度に思われました。


 なんの変哲もない乙女。


 ときおり紫水晶のごとく輝く銀の髪に、どこか憂いを含んだ瞳。

 肢体の描く曲線は、いまだ花開かぬ少女を示すばかり。

 おこないにしても、危なげでありながら、磨きの足りない原石を覗かせ……。


 まるで数年前のわたくし……あるいは親友を見ているかのよう。

 お話ししてみればその思いは強くなり、すっかり気に入ってしまいました。

 わたくしに妹というものがあれば、このような感情を持つのでしょうか?

 セリスも、どこか思うところがあるのか彼女のことを気にしていたようです。


 わたくしたちは、魔物を扱い魔族を雇う闘技場へと参りました。

 そこでいくばくかのコインと引き換えに社会的な学びを得て、なんとセリシールとわたくしは、教育方針の違いであわや仲たがいの事態に。


 しかし、わたくしはちゃんと学んでおります。

 亀裂は広がる前に埋めるべきだと。

 それから、セリシール・スリジェは、色仕掛けで簡単に手玉に取れるのだと。


 ……はあ。


 あの子は、いつからあんなふうになってしまったのでしょうか?

 ずっと見ていらしたあなた様ならご存知なのでしょうが、わたくしは首をかしげるばかり。

 もちろんわたくしも、あの子とくちびるを重ねたり、肌を愛撫したことはございますが、それは乙女同士の戯れの延長に過ぎず、おとなになれば飽きて捨て去られてしまうものだと考えております。


 ですが、セリスのそれは、ガチ。


 どう見ても本気のそれです。わたくしも、彼女が相手ならやぶさかではないですし、両親を失ったばかりの彼女を慰めたときには、わたくしが男であればよかったのにと思ったほどです。

 しかし、お互いに相反する神の眷属であり、一族の代表であり、先代たちの紡いできたいのちの樹に新たな枝葉を茂らせる使命がございます。


 あの子がこじらせたのは、あの家柄で幼いころから芸術にかぶれすぎたのが原因ではないかと疑えます。

 性というものを、繁殖のための肉的なものとして見ずに成長し、振る舞いもまた清楚にこころがけるあまり、その反動が大きくなり……というわけです。


 なんといいますか、いのちに対する誤解があるような気がするのです。


 あるべき道に戻すためには、荒療治もまたやむなし。

 闘技場のエキシビジョンに出ろとまではいいませんけど。

 少々の発散があればいいのです。

 ゆっくりと正しい形での快楽を教え、矯正を目指す。

 例えば、ささやかな露出なんていかがでしょうか。

 怪盗の衣装は一度試させてますし、あれからもう少し生地を減らすとか、スカートの下は何もまとわぬことにするとか……。


 おほほ! 冗談です。話を戻しましょう。

 こうして戯れられるのも、ひとえにわたくしたちが「当主」であるからこそ。

 本来、貴族や神の眷属という立場であれば、その使命に殉じ、個人の意思などは殺して然るべきもの。

 悲しきかな、わたくしたちはさだめという檻から抜け出すことは、決してできないのです。


 アーコレードもまた、プリザブ家という監獄に囚われた乙女。


 そう……! 兄を問い正そうと帰宅した彼女を待ち受けていたのは、名家長女に約束された、悲しき運命だったのです。


 果たして彼女は、宿命に屈し、ただ従うのか。

 それとも抗い、おのれを貫き通すのか。


 さあ、わたくしたちで、アーコレードの姉となり、あるいは兄となり、彼女のゆくすえを見守ることといたしましょう。


* * * *

 * * * *


 車窓を流れる田畑と丘。固められた地面を走る震動。

 鼻で感じるのは、自領のものとそっくりな大地の香り。


 ただひとつ違ったのは、衣服を土で汚した領民たちが痩せており、どこか恨めしい視線を向けながら馬車にかしずいていたことだ。


 アーコレードの語るマギカ貴族の生活は、アルカス王国のそれと大きな違いはない。

 貴族は労働に手を染めず徴税と献上品で暮らし、代わりに社交と武力をもって領分の守護に努める。


「ほうぼうで厄介な魔物の侵入がありまして、畑が瘴気に当てられてしまい、今期の食糧がままならなくなっています。プリザブ領も例外ではありません」

 いちおうは、うちでは免税ということにしてますけど、とアコは続ける。

「多くの領地では、魔物被害を無視した苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)がおこなわれていて、多くの民が飢えて亡くなっていると聞きます」


 横でセリスが唸った。

 彼女は闘技場の不埒なイベントの是正のために、人道支援を質に取ろうと口にしていたが、ここに至るまでの惨状を目にしてから、その意見を慌てて撤回していた。


「お兄さまは外貨の獲得に関心があるようなんですけど、金貨があっても買うべき食糧も足りない現状では、あまり意味がないかと思います」

「武器を買うとか傭兵を雇うとかして、魔物から守るつもりじゃないかしら?」

「それもあまり考えられません。プリザブ領が人道連盟に参加できたのも、もともとほかの領地よりも運営が上手くいっていたからで、防衛能力に関しても例外ではありません。ほら、あの森のそばを行く者を見てください」


 アコの指さす先には、ウマに乗りイヌを連れた男たちが列をなしている。


「プリザブ領に暮らす優秀なハンターたちと“魔導犬”です」

「魔導犬? ひょっとして、イヌも魔法を?」

「はい。才能のある子なら、芸を仕込む感じで魔術を教えられますよ」


 口から魔力の弾丸を撃ち出したり、ぺろぺろして傷を癒してくれたり、身体強化術をおこない自分よりも大きな魔物と対等に渡り合ったりするらしい。

 瘴気の察知にも優れ、彼らはハンターたちの大切なパートナーとして活躍している。


「ハンターの仕事は魔物を退治するだけでなく、捕獲して闘技場に売るのも含まれます。販売はせずに殺処分に留めるように指示している領主がほとんどですが、個人活動者やギルド所属のハンターは魔物を商品として見るそうです。うちは、お父様の意向でひと思いに殺すことになっていたはずなんですけど……」


 シャルアーティーが当主となってからは分からないという。


「ご逝去なさったのではなく、引退でしょう。先代の影響は残るんじゃ?」

「それが……、お父様はお兄さまの意見を尊重していますし、家人もみなそれに従っています。ときどきお兄さまが機嫌の悪いときがあると、昼間でもお屋敷は夜中みたいに静まり返るほどで、お父様までもお部屋から出てこなくなります」


「偉ぶる男の典型ね。察しさせようとする面倒なタイプ」

 フロルが舌を出すと、セリスに「妹さんの前でそんなことを言ってはいけません」と咎められた。


「お気になさらないでください。あたくしが言ったことですし、家人たちも同じことを口にしています。外では立派ですし、それで充分。少し前までは優しいお兄さまだったはずなんですけど……」


 アーコレードは「あたくしのせい、かな」とこぼす。


「あなたのせい? この前みたいなやりとりは、社交界じゃどこでも普通でしょ? プリザブ卿だって、分かってたみたいだけど」

「でも、お兄さまがおかしくなられたのは、あたくしが十四になってからなんです。家人たちがお父様よりもお兄さまに従い始めたのも、代がわりではなく、そのあたりからです」


 つんつん、脇腹がつつかれる。セリスが声を潜めて「魔物に憑りつかれたり、入れ替わっている可能性はありませんの?」と言った。吐息が耳をくすぐる。


「いまさらアコに隠して喋ってもしょうがないでしょ」

 フロルもお返しに耳打ち、ついでにぺろりと舌先をつけてやった。

 ひゃあ! と悲鳴をあげるセリス。


「セリスお姉さま、どうなさったんですか?」

「いやね、セリスがプリザブ卿が魔物に操られたりしてないかって」


 セリスはばつの悪そうな顔をして「あくまでも、可能性ですの」と耳を拭った。


「それはないかと思います。お兄さまもかなりの使い手ですし、国王陛下に謁見も何度もおこなってますから、側近の宮廷魔術師たちが見抜けないとは思えません。それに、少し前まではうちにはハナドメがいましたし」


「ハナドメさんって、アコの乳母の?」

「はい。ハナドメは、五十年ほど前に当時の勇者パーティーに加わっていた魔法使いなんです。それはもうすごい大魔導士で、魔女といえば誰もが彼女を連想するほどで」

「そんなすごい人が乳母を?」

「昔は魔導の指導者をやっていたんですが、ある出来事を切っ掛けに弟子を取るのをやめてしまったんです」


 アーコレードいわく、大魔導士ハナドメは少女のころ、当時の勇者と恋仲であった。しかし、勇者パーティーは四天王の一角に敗れ、魔女の少女は恋人に先立たれてしまう。

 現役を退いたのちは魔術の師として活動をしていたものの、可愛がっていた弟子の魔法使いが勇者パーティーに参加し、今度はその弟子にも先立たれてしまい、とうとう杖を置いてしまったという。


「まあ! 悲劇ですわね」

 フロルも思わずお嬢さま口調になる。

「あたくしがおとなになったので、故郷のフーリューに帰ってしまって、正直言って寂しいです。それに、心配です」

 アコはまつげを伏せる。

「大魔導士を心配することなんてあるの?」

「フーリュー国のお殿様が魔族に操られているとか、手を結んでいるなんて噂が出回ってまして」

「フーリューが? パーティーでなんか聞いた気もするけど……逆じゃなかったかしら? マギカが魔物と手を組んでいるなんて話をどこかで……」


 どこで聞いただろうか。


「そうだ、確かジュウベエって剣士が……」


 急に視界からアコが消えた。

 否、フロルの視界が無理矢理に正面へ向けられた。


「セリス、何するの? 首が痛いんだけど」

「え、えっとその。アコさんばかり見つめてないで、こちらを見て欲しいんですの」


 フロルは「はあ?」と声をあげるも、セリスにさらに首をひねられ悲鳴をあげる。

 セリシールの顔は、何やら引きつっている。

 まあ、彼女がヘンになるのはよくあることだと捨て置き、フロルは再びフーリューの剣士の名を口に出した。


「んーーーっ!?」


 相方の顔がドアップになり、フロルの口が塞がれた。


「ちょっとセリス、何するのよ!?」やっぱり気が狂ったか。

「お、おおお姉さまたちはそんな関係でしたか!? ごめんなさい、あたくし知らずに、おふたりのあいだに割りこんでしまって!」

 アコは慌てて車窓のカーテンを引き、目を手で覆い「続きをどうぞ!」と促した。


「で、では遠慮なく……」

 と言いつつもまっかな顔をしたセリシール。


 フロル・フルールは友人の奇行の真意に気づく。

 ヘンはヘンでも、これは何かをごまかそうとしているな、と。


 フロルが「ジュウベエ」と口にすると、セリスがキッスを迫った。

 それをひらりとかわし、「魔物が憑りついていた」と言えば、またも飛びつこうとするセリス。

 フロルは隣の妹分を引き寄せて、身代わりにした。


「んーーーーっ!?」「はい、セリスちゃんとアコちゃんの仲良しができあがり~」

「なんてこと!? あたくし、初めてでしたのに! こうなったらフロルお姉さまにも」

「んんんっ!?」


 などと、狭い馬車の中でひとしきり暴れる三人。

 そうこうしているうちに、馬車は屋敷の前についたようだ。


「プリザブ卿に会う前に聞いておくわ。セリス、わたくし何か、マズいことをしていて?」

「やっぱり、憶えていらっしゃらないのね……」

 セリスは肩で息をしつつ、身体をよじって背を向けた。


「あのときは、ウシの魔物にあなたを傷つけられてキレてましたから。あのウシの魔物がどうかなさったの?」


 友人の肩に手を掛ける。彼女はしばらく黙ったあと、深く息を吐き、そのウシの魔物は魔族であり、魔王軍の重鎮、四天王カルビタウロスなのだと打ち明けた。


「あー? そんなこと言ってたわね! 少し前までは憶えていたのよ? ホントよホント! でも、いまさらでしょ。古代兵器も壊しちゃったし、四天王の一人や二人くらい、大した干渉じゃないわ」

「そうでなくって……」

 姿勢を正したセリスは、こちらではなくそのとなりを見ている。


「お、お気になさず。確かに、魔王軍が攻勢を強めたのは、四天王が欠けたのがきっかけだと噂されていましたけど、どのみちあたくしたち人間側も、魔王だろうが四天王だろうが、倒す方針ですし……」


 苦みを孕んだ表情。一転、アーコレードの瞳に星が宿る。


「でも、やっぱりお姉さまがたはすごいです! 四天王を倒してしまっていたなんて! カルビタウロスは四天王一の頭脳派と言われていて、なかなか表には出てこないんです。どうやってお倒しになられたんですか!?」


 フロルは頭脳派という評価に口元を引きつらせた。

 あのウシ男は典型的な脳味噌筋肉の怪物に見えたが。


 ――破滅のつるぎでひと撫ででした、とは言いづらいわね。


 あのウシのために、多くのいのちが失われてきたのだ。

 魔族は魔族でプライドはあるだろうし、両者の誇りを守るためにも、虚飾であろうとも相応しい回答をすべきだ。


「四天王カルビタウロスを屠った力。それは、愛の力よ」


 なるべく、まじめくさった顔をして言う。

 友人が呻いたが、まあ間違いではない。


「素晴らしいことですわ。あたくしも、お姉さまがたを見習って、愛の力を磨かなくっちゃ! そういえば、パーティーで愛の力を資源に変える研究をなさっているかたにお会いしました。お姉さまがたのラブが世界を救うんですわ!」


 ちょっと暴走気味だ。フロルは苦笑して「ヘンな研究」とつぶやく。


「フロルお姉さまが勇者と呼ばれていらっしゃるのは存じてましたけど、そこまでお強いのなら、魔王を倒す手助けをしてくれればいいのに」


 いいのに、というか、両手を握りあわせて迫ってくる。

 それは「お願い」というものだ。


「悪いけど、直接力を貸すことはできないわ」

「どうして!?」


見開かれる瞳に胸が痛くなる。


「どうしてって、この世界の立場があるからよ。仮にわたくしが魔王や四天王を倒すほどの力を持っていたとして、簡単にやってのけたら、どうなると思う?」

「どうって、みんなが喜びます」

「それだけじゃない。魔王を倒すために長きに渡っていのちを懸けてきたかたがたのおこないを否定することにもなるのよ」

「これから先が平和になるのなら、無駄にはなりません」

「無駄にならなくっても、面白くないはずだわ」

「面白いとか、面白くないとか、そういう次元じゃないと思います」


 頑固者だ。どこかの転生者を思い出す。

 アーコレードも、この世界のルールではおとななのであれば、こちらも一人の人間として対話すべきか。


「あなたの乳母のハナドメたちは四天王に負けたって言ってたけど、わたくしはカルビタウロスを一太刀で斬り伏せたのよ?」


「一撃で……」令嬢が目を閉じ、息を呑む。


「ハナドメさんはどう思うかしら? 母代わりだったのでしょう?

 あなたは彼女の気持ちを無視できて?

 お父様やお兄さまも、それぞれ考えがあって行動をしてきているはずよ。

 女神の枕も人間が主体の世界だから、あなたたちの肩を持っているだけで、

 魔族にだって魔族の言いぶんがあるはずよ。王を殺されたらどう思うかしら?

 あなたのお父様は魔族の権利を認める、

 すなわち遠き未来には和平も視野に入れているのではなくって?

 そして、女神の枕の勇者が魔王を斬れば、当然こちらへも牙を向けるでしょう」


「フロルさん、もうそのくらいに……」


「ダメよ。アコ、女神の枕の代表のアルカス王は、世界同士は対等な友人としてあるべきだとお考えなの。今回の支援でスリジェ家が動いたのも、わたくしたちの世界を守るための政治上の取引があったのよ」


「そのくらいは、おっしゃられなくても分かっています。でも……」

 アーコレードの手が巻き髪を忙しく撫でる。

「女神様からそれだけのご加護を賜っていて、何もしてくれないのはズルい」

 はらり、少女の瞳から涙がこぼれる。


「この力も、使いたい放題というわけにはいかないの。多くの世界が忌み嫌うとおり、わたくしの仕えるサンゲは荒神で、破壊をつかさどる存在なのよ。ひとつ間違えば、救うどころか多くのものが失われる結果を招きかねない」


 となりで名を呼ぶ声。いつの間にかフロルの手は友人に握られていた。

 フロルは肺から空気を追い出す。


「でも、わたくしだって人間だから、あなた個人が本当に困ったときは、きっと助けるわ」


 妹分の頭をふわりと抱き、撫でてやる。


 ――ごめんね、アコ。わたくしにはできないの。


 いのちよりも誇りが重いかどうか、それはおのおのの尺度の問題だろう。

 自分は少しプライドを意識しすぎかもしれない。

 だが、それ以上に力の暴走が恐ろしかった。

 下手に力を解放すれば、また破壊神が契りを持ちかけてくるかもしれない。


 ――身勝手かもね。


 となりの世界の多くのいのちよりも、おのれや近しい人の平和を望む。

 しかし、この腕の中の妹分もまた、フロルのその線引きの内側に入りこみ始めてていたのも事実だった。


「ただし、わたくしは壊すことが専門だから、建設的な話はセリスに頼るように!」

「えっ、わたくしですの!?」

「そりゃそーよ。言ってたじゃない、アコはセリスのほうに憧れてたって」


 なるべく茶化すように言い、ふたりの脇腹を突っつく。

 再びじゃれあえば、涙に濡れていた令嬢にも笑顔が戻った。


 ようやく馬車を降り、ずっと待たせていた従者の案内を受け、フロルたちは豪奢な屋敷へと足を踏み入れる。


 ――ここから先は、フロルではなく、フルール卿。


 言い聞かせる若き当主。

 出迎えは、屋敷のあるじたるプリザブ卿がみずからおこなった。


 しかし……。


「予定よりも早いな。アーコレード、案内はどうした?」

「お兄さまに聞きたいことがあって」

「私に聞きたいこと? それよりも、ちょうどよかった。おまえに客が来ているんだ」

「あたくしに?」


 アーコレードは首をかしげる。


「紹介しよう。ドメスト・サンポール子爵だ」


 奥の部屋からエントランスに一人の男が現れる。

 痩身で、抜け目のなさそうな顔つきで、口ひげをしきりに撫でている……。



「おまえには、彼のもとへ嫁いでもらうこととなった」



* * * *

 * * * *

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