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061.お姉さまと呼ばないで!-07

※先日(4/16)も2回更新しておりますの。

 ただでさえ薄暗い照明の店内を、利用者の吸う有害な煙が霞ませ、こびりつくような異臭を満たしている。

 そのうえ、ときおり飛び出してくる愚痴や品のない笑いが、不意を衝いて脅かしてくるものだから、ここでは何を食べても味がしなさそうだ。

 これを演出する者が浮浪者、武器を携帯した者、異形の亜人とくれば、悪い夢でも見ているような錯覚に陥りすらする。

 ウェイトレスはマギカ宮殿のメイドも降参するほど切り詰めたスカートで、水平を保っていても中身がちらつくありさまだ。

 勝ち負けの感情を飲み下すためにグラスを傾ける者も多いいっぽう、魔物の性質や過去の試合について情報を交換し、少しでも多くのコインを得ようと語り合っている者もおり、研究者然とした白衣の男が、冊子のようなコンピューターにデータを入力している姿も見られる。


「路地裏の酒場って感じだけど、まじめくさった顔をしたのも多いわね」


 フロルが感想を述べると、騒がしい中で聞き分けたのか、少し離れたスタンティングテーブルから声が掛かった。観戦席でうしろの列にいたエルフの男だ。

 彼が言うには「人生を賭けてる奴も多い。ここで耳を澄ませているだけで、誰がごろつきでそうじゃないかもよく分かる。だが、戦士や亜人も多い。ここでは下手に騒ぎを起こすと命取りだ」とのことだ。


「ですって。お行儀よくしていれば、そんなに危ない場所でもないみたいよ?」


 フロルがセリスの隣を覗きこむ。袖にはご令嬢がへばりついていた。

 アコはカウンター席を警戒しているようで、席には見ただけで人間ではないとわかる血色の悪い膨れた巨体の男が座っている。


「ちょいとごめんよ、お嬢ちゃん」


 アーコレードのそばを野太い鼻声の男が通り抜けた。同じく巨躯。腰巻と鎖だけのコーディネート。平たい鼻は鼻腔をあらわにしており、くちびるは薄く、長い牙が突き出してめくりあげている。

 彼はカウンター席の者と同族らしく、着席すると彼の肩を叩き、それからバーテンダーに向かって手をあげた。


「お、おおお姉さまがた、あれはま、ままま魔族のオークです」

 袖を介して震えが伝わる。

「アコさん、あまり怖がられては失礼ですの。魔王の眷属とはいえ、魔王より創生されたというだけで、彼らも代を重ねれば人の子なんでしょう?」

「と、おっしゃいましても、環世界人道連盟の保護対象外です。そ、それにあたくしは、魔族が怖いのではなくって、あのブタ人間が怖いんです!」


 セリスが差別をたしなめるも「保護対象外です!」と、かたくなだ。


「搬入口にも魔族はいたでしょ? 自由に歩き回るのを許可されてるくらいだし、人間のごろつきのほうがよっぽど危なそうに思えるけど」

「フロルお姉さまは、ご存知ないんですか!?」


 声を荒げるアーコレード。フロルが理由を訊ねるも、小声で「触られたら……ごにょごにょ」とやるばかりだ。


「はっはっは! お嬢ちゃんはあの噂を真に受けてるのか!」

 笑ったのはエルフ男の相方の人間のおやじだ。

「噂ってなんですの?」

 セリスが首をかしげると、おやじは「そりゃ、あれよ……」と、ごにょごにょした。


「身体が大きくて申しわけない」またオークだ。

 今度はおやじの脇を抜けようとし、おやじは「うおっ!」と大げさに身を引いた。


「なぜ貴殿まで避ける?」

 エルフが訊ねる。

「だってよ、怖いじゃねえか噂。おまえはエルフなのにオークが怖くないのかよ」

「我々は男だろうに」

「万が一ってこともあるだろ? もし腹がデカくなったら責任とってくれるのかよ」

「なぜ私が責任を。貴殿の腹が出っ張っても、それは食べ過ぎか鍛錬不足だ」


 なるほど。セリスは噂の内容を察して頬を熱くした。

 品のない差別だが、多くのオークが他種族を略奪したさいに付随する醜聞を考えれば、仕方なくも思える。


「ねえねえセリス、タッチ!」「なんですの?」


 フロルが肩に触れてきた。


「ターッチ!」今度はお腹に。


「フロルさん、そういうご冗談は、感心しませんの……」

 と言いつつも、できるものなら妊娠したいところだ。無理に婿を連れてくるよりは百倍いい。

 セリスは立場と信条の手前、苦い顔をしておいたが、正直なところそれは、顔が緩んでしまうのを必死にこらえるためのものだった。


「アコにもターッチ!」「きゃあ! あっ、でもフロルお姉さまの子どもなら……」

 そっちの小娘は正直らしい。

「おじさまもターッチ!」「うぉーん! 産まれるーっ!」


「冗談はよすのだな。連中に聞こえてるぞ」

 エルフが呆れ声で言う。たいていの亜人は聴覚や嗅覚が人より優れる。

 カウンター席を見ると、オークのひとりが恨めしそうな目でこちらを見ていた。

 彼が前へと向き直ると、隣の席のオークが彼の背を叩く。


 フロルは頭を掻くと、怖じもせずに彼らのあいだに割って入り、謝罪をした。

 オークのほうも意外そうに顔を見合わせると、逆に頭を下げていた。


「魔族といっても、彼らにもそれぞれ個人の主張や考えがある。ここにいる魔族は正式に雇用され、マギカ国法のルールに従って暮らしているのだ」

「おまえも、エルフの癖に街に出てきて人間のハンターギルドに入ってるしな」

「エルフは女神の創造物だ。それに私が森から出てきたのは、一族を殺した魔物を追ってだな……」


 エルフの男は身の上話を始めた。森深くに暮らすエルフの集落を魔物が襲い、その復讐を果たすために魔物ハンターとして活動をしているのだとか。


「森を出て知見が広がった。問題なのは種族ではなく、個々の善悪と主張のすり合わせだけだ。魔王が人間と手を組みたがっているというのも、あながち嘘ではないかもしれんな」

「そんな話があるのね。人間の領域に魔族がいる状況って、いつからできたのかしら」

「遥か昔かららしいが……」


 闘技場(ここ)ではある種のスター性をもって受け入れられるケースもあるものの、たいていは差別的な扱いを受ける。

 美醜はともかく、能力で人間に勝ることの多い魔族が悪待遇に耐えるのは、そもそも人間社会にやってくる魔族が物好きか、差別を甘んじて受け入れるほうがマシな境遇に置かれていた者がほとんどだからだという。

 長年続く状況であるが、完全な融和も排斥もおこなわれず、魔王退治や魔王からの勧誘話も、いっこうに進展していない。


 ――大きな変化のない世界。


 セリスがフロルに目配せをすると、彼女も見返してうなずきあった。


「見掛けや種族で他者を差別をしてはならん。個を見極めるのだ。そなたたちは経験の乏しい若者ゆえに難しいだろうが……」


 エルフ男はくどくどと説教を始めた。連れ合いのおやじがいうには、彼は二百歳近い年齢らしく、人間の老人並みに話が長いのだとか。

 特徴的な尖った耳を除けば、二十歳程度の美青年に見えるのだが。


「恥ずべき事です。あたくしたちのほうがお説教されるなんて」

「おっしゃる通りですの。連盟に参加しているというのに」

 セリスはプリザブ令嬢とそろってがっくりと肩を落とした。


「ま、要はうちの世界と似たようなものでしょ? サンゲの眷属でもミノリの眷属でも、人それぞれってこと」

「お嬢ちゃんは女神の枕からきたのか? へえ、初めて見たな」

 おやじは握手をしようと手を出し、フロルも応じようと手を伸ばした。

「そうですの。わたくしはフロル・フルール。破壊神サンゲの眷属で……」


 おやじの手が引っこめられた。


「フロル・フルールっつーと、古代兵器を破壊したっていう……」


 店内が静まり返った。カウンターの向こうでガラス瓶の割れる音。

 それには誰も気を留めず、視線はすべてこちらへ向いている。

 ウェイトレスにコインを渡して退席する者がいたが、彼も視線を外さない。

 中にはスタンドテーブルを持ち上げて、座席ごと距離を取った者もいる。


「歓迎されてないようですわね」

「わ、悪りぃ。噂が立っててよ。触ると消滅させれられるって」

 おやじは頭を掻いて手を差し出しなおした。

「お気になさらず」フロルは返事も握手も手短だ。

 彼女の表情が沈んだのが、薄暗い中でもはっきりと分かった。


「レストランの予約の時間もありますし、ここはおいとましましょう」

 セリスは相方の肩を抱き促す。


「傲慢な女神の眷属め!」

 甲高いだみ声とともに、足元へ酒瓶が飛んできた。

 破片が弾け、アルコールのにおいが立ちのぼる。

「なんてことを! フロルお姉さまは勇者なのに!」

「勇者ならなおさら出ていけ!」

 今度はつまみのナッツが投げられた。

 投げたのは赤ら顔をした小男……いや、ゴブリンだ。


「ゲブゴブガブ! てめえ、ゴリラなんかに負けやがって!」

 どこからか野次が飛ぶ。

「あん? アホじゃねえのか? 俺様に賭けても、酒一杯が関の山だろうが」

「うるせー、負け犬! 雇われの魔物め! どうせヌエとの戦いも八百長だろ!」

「なんだと!? 俺様は剣に誇りを持っている。それに、魔物じゃなくって魔族だ!」

「どっちも同じだろが!」

「手数料の引き算もできねえ奴には、そう見えるんだろうなーっ!?」

「まあまあまあ! ゲブさん、ここで暴れたらマズいっすよ」


 ゴブリンは人間の客と揉め始め、オークたちに取り押さえられた。


「お嬢ちゃんたちには悪いが、出ていったほうが無難だぜ。魔導の世界じゃ、ミノリ様は愛されても、サンゲはそうはいかない。貴族連中はどうか知らねえが、教育の行き届いてない奴らは反射的にああなっちまう。魔族に至っては、ミノリ様の名前すらもご法度だ」


 けっきょく三人は、追い出されるようにして酒場をあとにした。


 さすがのフロルも、この件では傷ついたらしく、明らかにテンションを落としていた。

 しかしセリスは相方よりも、もう一人の令嬢をなだめるようにこころを割かなければならなかった。


「フロルお姉さまも、あんな奴は斬り伏せてしまえばよかったんです!」


 ポテトフライの山の上で、力任せに塩瓶を振るアコ。塩だけでなく、唾までもがトッピングされてしまう。


「気にしなくてもいいわよ。わたくしも別に、気にしてないし」

 サラダにフォークを突き立てるフロル。頬杖をついてお行儀が悪い。


「でも、世界を股に掛ける大勇者のフルール卿に向かってあんな態度。お兄さまが知ったら、兵を差し向けます! やっぱり魔物なんて!」

「魔物でなくて魔族ですの。それに性根の悪かったのは、ゴブリンさんだけでもありませんでしたし」

「セリスお姉さまは魔族の味方ですか!?」

「そんなことは、ありませんけど……」


 相方を悪く言われて黙っているのは難しい。

 さいわい、観戦席を兼ねた高級レストランのボックス席には、人影はまばらだ。

 貴人らしき者もちらほらとは見られたが、パーティーでは見かけなかった顔だし、遠慮は不要だろう。


「魔族は保護対象外! 全員、退治するしかありません! 魔王が人間と手を組みたがってるなんて、ちゃんちゃらおかしいです!」

「ずいぶんと言うわねえ」苦笑するフロル。根菜のダイスをちびちびとフォークに刺して、ひと粒づつ口に運んでいる。


 ――フロルさん。相当ショックだったみたい。


 今更ながら、破壊の力は魔法や科学の兵器よりもよっぽど危険なシロモノである。特にフロルの扱うものは、どんなものでも弾く白壁や、世界を滅ぼす巨人すらひと撫で滅ぼしてしまえる。

 さきのフルール邸の半壊事件は、表向きは賊の仕業とされていたが、ヨシノからこっそりとサンゲの干渉によるものだと知らされている。

 爆弾以上のものを抱えたまま暮らすのは、つらいはずだ。

 力を正しき道に沿わすためには、どれほどこころを折るのだろう。

 そんな思いをかかえているところに、破壊神と同一視をされる……。


 セリスは、人目さえなければこの場で友人を抱きしめたいのにと、胸を切なくさせた。叶わぬ代わりに、自分が彼女の側杖として支えるのだと堅く誓う。


 ――そのためには、わたくしにできることを、もっと磨かないと。


 ばん! テーブルの上の料理が跳ねた。


 驚き顔を上げると、アコが両手をテーブルについて腰を浮かせている。

 時間が経って落ち着くどころか、いっそう燃え上がっているらしい。

 よく見れば目に涙。双子姉妹にやられたときですら、ここまでではなかった。


「アコさん、どうなさいましたの?」

「あたくし、悔しくって!」

「フロルさんのことが? わたくしには、それだけではないように思えますの」

「……」


 アコは口を閉じると着席し、水の入ったグラスを睨んだ。


「アコさん、お悩みがあるのなら、お話しになって。誰にも漏らしませんから」

「じゃあ、お話しますけど……。あたくし、じつは魔物が大っ嫌いで……」


 アーコレードが物心つく前に、領地へ魔物の軍勢が侵入してきた事件があったという。

 ハンターだけでなく、当時の勇者も防衛に当たったものの、多勢に無勢、魔物の思うがままに蹂躙を許してしまった。

 あわや領地は壊滅か。ところが、アーコレードの母親が殺害されると、敵は静かに引き揚げていったという。


「まるでお母様を狙っていたかのように……」

「お母様はお強かったの?」

「それが、まったくだそうです。よその世界の出身らしく、魔術も使えなかったとか。あたくしとお兄さまのことは、当時の勇者様たちが守ってくれたそうですけど、お母様は……。戦えない者を相手に、卑劣です」


 その勇者も、のちに魔王城への旅にて落命。兄のシャルアーティーはつたないながらも剣を握れる年齢となっていたために、母や勇者の仇を討つために、魔族への憎しみを燃やし、剣技や魔導に磨きをかけ、見てくれや肩書きだけではない傑物へと成長する糧とした。


「お父様の引退も、長く瘴気に晒されすぎたためのものです。人間もまた、大量の瘴気を溜めこむと魔物と化してしまいます。お父様はもう剣を持たれないそうですけど、幼いころからつるぎを取られていたお兄さまのことが心配で……」


 アコの握ぎられた手が震える。

 フロルが「憎むのもやむなしね」と言った。


「でも、アコは魔族への人道についても考えてるって言ってなかったっけ?」

「それも、嘘ではないんです。戦わなくて済むのなら、それに越したことはないでしょう? お父様も長い戦いのあいだで、分かり合える可能性を感じたとおっしゃっていました。プリザブ家が人道連盟に加盟したのも、お父様のご決断でしたし。でも、お兄さまは違う……」

「プリザブ卿は脱退を考えていらっしゃるのかしら?」

「どうでしょう。お母様を殺されたことで、酷く憎んでいらっしゃるでしょうから。でも、あたくしには何もお話しになってくれませんし……」

 アコは続ける。

「同じ人間でも、先日のような諍いや、殺し合いだってある。でも、お姉さまがたのように、助けてくれるかただっています。酒場では、女神様の名前が出るまでは平和でしたし、魔物に故郷を襲われたエルフのかたが魔族にも理解を示しているのを聞いて、嬉しくも思ったんです。でも、オークは怖いし、お母様を殺してお兄さまを苦しめた魔族は憎い。あたくし、ヘンでしょうか。おかしいですよね」


 自嘲気味の笑い。

 しかし、セリシール・スリジェは令嬢を顔を見つめ、静かに首を振る。


「ちっともおかしいことじゃないかと存じます。大切なことであればあるほど、矛盾した想いを抱えるものなんですの」


 横でフロルが笑う。「あなた、言うようになったわね」


「でも、こんな気持ち、つらくって。お姉さまがたはこういうとき、どうなさります?」

「わたくしはミノリ様の眷属ですから、創作に気持ちを傾けますの。アコさんは何か芸術はおやりになられて?」

「ヴァイオリンを少し。でも、センスがなくって。絵も歌もちっとも上達しないから、もう長く触ってません」


「じゃ、何かスカッとすることしたらいいわ」

 フロルはそう言うと、ウェイターを呼ぶベルを鳴らした。

 間を置かず現れた係員に肉料理ばかり注文をする。

「アコは魔法が使えるんでしょ? わたくしだったら、手軽に燃やしたり爆破したりできたら、興奮するわね」


「興奮って」苦笑する令嬢。

「あら? あの双子をひざまずかせてたとき、いい顔してたわよ」

「あれは、その……。でも、あたくしは魔術もあまり器用でなくって、扱えるのはあれだけなんです。その点、お兄さまは火も氷もいかづちも扱えますし、治療魔法だっていけるんです! あたくしも同じ血を引いているはずなんですけどね。それに、乳母だった女性が有名な魔女だったのに。その人に育てられたのに、彼女にすら魔術の指導ではさじを投げられてて」

「まあ、得手不得手はしょうがないわね。お兄さまもその魔女のかたに魔法を習ったの?」

「いえ、お兄さまはお父様に。“ハナドメ”は、あたくしのためにお父様が雇ってくれたんです。ちょっと厳しいですけど、本当は優しいかたなんです」

「あとでご挨拶をしなくっちゃね。わたくしにも魔法が使えないかしら」

「それは、無理かと」

「冗談よ」苦笑するフロル。

「いえ、魔術の話でなくって。ハナドメはあたくしが十四になったときに帰ってしまって。ハナドメはあたくしの母代わりで、魔物のことやお兄さまへの心配などの話も、よく聞いてくれたんです」


 アコは寂しそうに乳母を語る。


「言い訳になっちゃうんですけど、ハナドメがいないせいで、ドゥーさんの娘さんたちに八当たったところがありまして。でももう、あたくしもおとなにですし、しっかりしないと。ハナドメにも安心して貰って、お兄さまのお力にもなって!」


 ぐい! とグラスを傾けるアコ。

 からになったグラスには紅色の残滓。


「アーコレードさん、それお酒じゃ……?」

「えっ、あたくし、お水を。……ひっく!」


 葡萄酒の香りが漂う。

 続いてグラスを、ことんと置いたのはフロル・フルールである。

 彼女はわざとらしく、ナプキンでくちびるを優しく拭う。


「真面目な雰囲気をぶち壊したくって、つい」

「つい、じゃありません! アコさんはまだ子どもなのに!」

「セリス、いいことを教えてあげるわ。マギカ王国には、飲酒を年齢で規制する法律はないの。そして、アコは十四歳で、マギカ法では成人。トラベラーたるもの、旅先の法くらいは調べておくことね」


 そう言って破壊の眷属は、いつの間やら置かれていたボトルを傾け、アーコレードのグラスを満たした。


「あ、あのフロルお姉さま。あたくしはあまりお酒は得意じゃなくって」

「慣れよ、慣れ」


 ぐいぐいとやるお嬢さま。

 グラスを空けると席を立ち、アコの隣に座りなおし、肩を組んだ。

 わたくしの酒が呑めないのかと聞こえてきそうだ。


「フロルさん。おやめになって」「イヤ」

 三杯目である。


 社交の場では酒を口にすることは珍しくはない。

 セリスもアルカスの国法が許すようになってからは、食事に添えられたものくらいは口にしている。フロルも肉料理に合うからといって葡萄酒を好むが、飲んでも多少だし、それで正体を失くすことはないのだが……今日はどうも様子がおかしい。


 酔っ払った勢いで破壊の願いを行使したりしないだろうか?

 想像する……のは、やめたほうがいいだろう。

 ところが、飲むのをやめるように言っても「イヤ」の一点張りだった。

 アコもまた酒が回って来たのか、料理をしきりに口に運び、テーブルを叩きながら魔物への悪口とふたりのお姉さまに対する称賛を並べ立てはじめた。


「ああもう、どなたか助けて!」

 セリスは頭を抱えた。

「助ける? 介抱してあげよっか? エッチなほうだけど」

 おほほと笑うフロル。

「お姉さまはおとなです! あたくしもお姉さまみたいになりたいけど、エッチなことはまだ早いです!」

 えへへと笑うアコ。くるくるに巻いた髪を手で伸ばしては放して遊んでいる。


『うふふ。人が酔っ払うのを見るのは面白いわねえ。お酒に関係したアーティファクトをまた作ってみようかしら。無限に尽きない酒瓶とかよさそう。サンゲちゃんなら、一滴で酒乱になるのを作りそう~』


「ミノリ様!」神まで悪乗り。天井を見上げて声を荒げるセリス。


『怒らないで~。今はフロルちゃんをけしかけないように、サンゲちゃんにはちゃんと言っておくから』


 胸をなでおろし、女神に頭を下げる。


『その代わり~』

「その代わりはナシでお願いします! どうせわたくしにも飲めとおっしゃるのでしょう?」

『うふふ、セリスお姉ちゃんはお見通し~。私たち、通じ合ってきたかしら~?』

「もう!」

『でも、アコちゃんのことはちゃんと見ておいてくださいね~』


 ミノリの声が遠ざかっていく。

 アコのほうも継ぎ足されたぶんがほとんど残ったままだし、心配はないだろう。


 ――ともかく、わたくしがしっかりしないと。


 セリスは上機嫌の女子ふたりを前に、ふかーいため息をついたのであった。


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