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060.お姉さまと呼ばないで!-06

※本日も(4/16)2回目の更新ですの。

『第四試合はよつどもえ、四頭の魔物が爪と牙をまっかに染めて喰らい合う!

 みなさん、コインはもうお積みでしょうか? 獰猛な怪物どもの紹介です!

 大盗賊ロスティを仕留めた俊敏な動きは魔物随一、シャムシールライガー!

 雑魚だけど今試合唯一の翼持ち、瘴気コウモリ! なんと倍率二十倍だ!

 おまえホントにゴリラかよ? ドラミングは火傷の警鐘、ファイア・ゴリラー!』


 巨大なすり鉢状の会場に響き渡るアナウンス。

 円形のアリーナはまだからっぽで、四方角に設けられた入場門の柵の向こうで、魔物たちが今か今かと出番を待つ。

 遠目ではよく見えないが、天井付近から吊り下げられたパネルには檻の向こうの様子が映し出され、その狂暴な姿を拝むことができた。

 別の世界から取り寄せた科学的装置を使ったモニターだという。


『そして最後の選手は……なんだ、やせっぽっちのゴブリン?

 いやいや! 第二試合でフーリューヌエを無傷でくだした本日のエースッ!』


 モニターに映されるは血色の悪い小男。尖った鼻と耳を持つ亜人。

 彼は笑っているのか、耳まで裂けた口から汚れた歯列を剥きだしにして、腰に提げたつるぎの柄を撫でている。


『ミスター・ゲブゴブガブ!』


 歓声が会場を埋め尽くし、セリスも思わず首を縮めて耳を塞いだ。

 アコも同じように驚いたらしく、目が合うとお互いにはにかんだ。


『さあ、チケットの購入が締め切られました。第四試合の開始です!』


 同時に四つの門が開け放たれ、魔物たちが飛び出した。

 いちばん早かったのは、二本の牙の鋭い大型のネコだ。

 開門と同時に黄色い稲妻がアリーナを駆け、おまえが初めから気に入らなかったと言わんばかりに正面の門へと向かって延びた。


 筋肉のかたまりのような大きな黒い類人猿がのっそりと現れ、頭の回転もとろそうに思えるほど緩慢な動きでライガーの動きを追う。

 ライガーは飛び掛かろうとしたか、いっしゅん動きを止めるが、ゴリラが片手で自身の胸筋を「どん!」と叩くと、その口から火球が飛びだし、ライガーの足先を焦がして後退させた。


 うほうほうほ。ゴリラのドラミングに合わせて火球が連射される。

 油断は最初だけだったようで、火球はライガーがニ、三秒前にいた地面ばかりを焦がすに終わった。

 ゲブゴブガブは様子をうかがっているらしく、つるぎを抜きすらもせず、二頭の戦いを睨んでいる。コウモリはその辺を飛んでいるだけだ。


「ああっ! 彼女に贈る婚約指輪がっ!」

 セリスたちの前の列に座っていた男が叫び、頭を抱えた。

 落っことした? スリにでも遭った?

 そうではない。流れ弾で駆けの対象が丸焦げにされてしまったのだ。

「ちくしょー! バカコウモリめ! 指輪代、どうしてくれんだ!」


「ま、お可哀想」フロルがお口に手を当て、こっそりと笑う。

「庶民が結婚の約束にアクセサリーを送るのは知ってますけど、賭け事で儲けたお金で買われたものはちょっと……」アコも苦笑している。

 セリスは「おふたりとも、笑ったら失礼ですの」とたしなめた。


 おっと! 男が振り返り、恨めしそうにこちらを見ている。

「お嬢ちゃんたち……」男の視線は冷たく鋭い。

 反して、会場は戦いの熱気に包まれて肌を焦がしている。

 こういった場では暴力事件もざらだという。セリスはどきどきしてきた。


「お金貸して!」

 男が拝む!

「それか、誰か俺と付き合って! 絶賛、彼女募集中!」

「相手おらんのかい!」

 フロルが突っこむ!


 ツッコミの直後、ひときわ大きな歓声が沸きたち、四人はモニターに注目する。


『おおーっと! さすがゴブリン、汚いぞーっ!』


 ゴリラがライガーに接近を許したらしく、野太い腕に喰らいつかれていた。

 そのライガーの背には、つるぎを突き立てている小鬼の姿があった。


 つるぎが深く食いこむと、腕から牙が離れた。

 ゴリラはその隙を逃さずライガーの頭を鷲掴みにし、火炎放射にて黒焦げにしたあと、両手で粉砕した。


『礼は言わねえぜ』

 ゴリラが手のひらの煤をぱんぱんと払う。

『……とでも言っているのでしょうか。ゲブゴブカブもゴリラも、お互いに追撃をせず距離を取りました』


 開始直後とは一転、アリーナ内の動きがなくなった。

 なぜかつるぎを鞘に戻したゲブゴブガブと、片こぶしを地面に突いて、もう片手を胸に当てたゴリラのにらみ合いが始まった。


「なんでゴブリンは攻めないんだ? ゴリラなんてヌエよりは楽な相手だろ。火を噴くつっても、見習い魔導士程度の魔力だしよ」

 うしろの席で疑問の声が上がる。

 首をかしげるのは鎧をまとった戦士で、そのとなりには腕を組み鋭い視線でモニターを睨むエルフの男がいた。

「解説の男、食わせ物だな。第二試合は無傷の勝利ではない。亜人の剣士は足を痛めている。不意打ちで脚の速いライガーを先に仕留めたのも、それが理由だろう。悪鬼の剣士は、相手を見定めて犬兎の争いを狙ったのだ」


 なるほど、とセリスは関心する。確かにここでは学べることも多そうだ。

 ところが相方は、「さて、それはどうかしらね」と何やら、にやついている。


 先に動いたのはゴリラだ。

 ゲブゴブガブを睨んだままナックルウォークで回りこむ。

 彼の口腔内が赤く光った。ところが彼はファイアボールを発さずに、こぶしで地面をえぐって盛大に土を巻き上げた。

 ゴブリンが土のしぶきを嫌って腕を上げると、土砂の中でゴリラが大きく息を吸いこむのが見えた。


「フェイントか!」「いや待て、剣士が何かするぞ!」

 後方から興奮気味の声が飛ぶ。


 勇猛果敢なるゴブリンの剣士は、土砂の雨の中、黒い巨人の前へと踏みこみ、超超低姿勢に屈みこむと、その骨ばった手を剣の柄へと伸ばした。


 ――あれは、伏地(ふくち)流抜刀術!?


 熱き霧の世界でジュウベエに見せてもらった、フーリュー国の剣術だ。

 ゴブリンは魔王に創造された種族とはいえ、人に近しき姿、文化を持つ。

 ならば、武芸をたしなむ力もあるのだろう。


 ゲブゴブガブの眼光ぎらり。

 清流のごとき一閃きらり。


 機動力を殺さんと放たれたそれは、(くう)を切った。


 ぶぼぼぼぼ……。

 なんだか妙な音が会場を反響している。


「飛んだぞ!」どよめく客席。


 なんと、ゴリラは尻から爆炎を噴射して、ゴブリンの頭上高くへと舞い上がったではないか!

 彼は宙でターンし、消えた敵を探して顔を左右に振っているゴブリンの後頭部に向かってクロスした両腕をぶちかました。

 ゴブリンは勢いよく吹き飛ばされ、地面を三度バウンドしてアリーナの壁にぶつかり、動かなくなった。


『試合終了ーっ! 第四試合の勝者はファイア・ゴリラーッ!』


 ゴリラは両腕を高く持ち上げ、悲喜こもごもの歓声やアナウンスを掻き消す雷鳴のごとき雄たけびを上げた。


「ファイア・ゴリラーがあんな技を使うなんて聞いてないぞ!」

「魔物が新たな技を身につけたとなると、ギルドも黙ってはいないな」

 うしろのふたりは苦々しく言う。


「あれはマギカ南部のファイア・ゴリラーではなくってよ」

 言ったのはフロル・フルール。

「ある遺世界に生息する、準原住民のシリチャッカ・ゴリラ族ですわ」


 あまたの遺世界を駆けたトラベラーが解説をする。

 見分けるポイントはお尻だ。

 度重なる炎の噴射のせいでお尻の周りは硬く、毛も生えていないのだ。


『ウッホウホウホ、大勝利♪』


 それから彼らは口も利く。


「尻の毛! 公認の情報屋がゴミをよこしたと思ったら、そういうことか!」

 前の席の男が悔しそうにチケットを破った。


「さすがフロルお姉さま! 見抜いていらしたのね!」

「ええ。戦う前から彼が魔物ではなく、遺世界の住民だと分かっておりましたわ」

 ふふん、と鼻を鳴らすフロル。


 セリスは青くなった。

 先ほどフロルは、券の販売口で金貨を積み上げて販売員を困らせていた。

 魔物闘技場は国営だ。

 あの賭け金が通ったとは思えないが、万が一、大量の財貨をフルール家がマギカ王国から巻き上げてしまったら、せっかくの財政支援にも水を差す。


「お姉さま、コインは何枚お賭けになりましたの!?」

 アコが興奮気味に訊ねると、フロルお姉さまは指を三本立てた。


「……金貨三十枚!」


 大変なことになった。開始前のオッズではゲブゴブガブが一番人気でほぼ一倍、ゴリラもそれに次いで二倍程度だったが、情報屋がライガーは悪名高い盗賊を食った個体だとリークしたために、締め切り直前にはゴリラも四倍のオッズまで跳ね上がっていた。

 手数料を引いても百枚程度の金貨がフルール家の財布に入ることになる。


「あ、あのフロルさん。お儲けになったコインは、寄付してはいかがでしょうか?」


「無理!」

 きっぱり。

「なぜならば、わたくしが賭けたのは瘴気コウモリ、ですわ~!」


 お嬢さまは景気よくチケットの束をお破りになった。


「なんてこと!」金貨三十枚がびりびりに!

「金貨が三十枚あれば、学校だって建てられるのに!」


 フロルの肩をがくがくと揺さぶるセリス。


「いいじゃない。国から学校へ給付してもらえるかもだし。賭け事は娯楽なんだから、けちけちしたってしょうがないでしょ」

 それからフロルはウィンクをし、付け足した。「次で取り返すから、ねっ!」


 次で取り返す? バカを言ってはいけない。


 第五試合は魔王城の番犬と評されるケルベロウルフと、三つの畑を荒らし回った瘴気イノシシのカードだった。

 当然、前者の勝利は確定的で、試合もその通りに運んだが、フロルは金貨五枚を失った。

 ついでに、双頭のウルフにむしゃむしゃと食われるイノシシへ罵声を発して品性も失った。


 続いて第六試合、ウエストサンドワーム(中サイズ)二体VSハルピュイア。

 この対戦カードは「ボイコット」と呼ばれており、賭けをする者が少ない。

 鳥女が高音の不気味な歌で地中からワームを引きずり出して仕留めたものの、一匹目を食い散らかして満足してしまい昼寝、残るワームは地中に引き籠り戦闘放棄、時間切れにより無効試合となった。

 無効試合の場合、賭け金は返ってくるが、手数料だけはちゃっかりと引かれる。

 フロルはここでも金貨を一枚失う。

 ハルピュイアは食べ方が下品で、糞を撒きながら食事をする。フロルお嬢さまのお口からも、負けず劣らずの言葉のクソが巻き散らかされ、アコまでもが追従して魔物を罵った。


 これではアーコレードへの教育にも悪い。セリスはこめかみを押さえた。


『アリーナ内の清掃作業により、第七試合は正午以降の開催の見込みです。なお、第七試合前にはエキシビジョン……』


 しばらく試合はやらないらしい。

 ちょうどいい、闘技場の見物を切り上げさせよう。

 セリスはケチをつけ続けるフロルに、昼食を兼ねての撤退を提案をした。


「えーっ、まだ全然取り返せてないんだけど!」

 フロルは頬を膨らませた。可愛いが、ここはこころを鬼にしなければ。


「取り返すことより、損失を抑えるためにここでおやめになったほうがよろしいかと存じますわ」

「セリスは、わたくしの魔物の観察眼を侮りになって?」

「それは信用いたしますけど……観察通りにお賭けにならないんですもの。本日はマギカの観光でしょう? 闘技場ばかりに入り浸っていては、マギカの誇るほかの名所たちに失礼というもの。ですよね、アコさん?」


 声を掛けるも、アーコレードは何やらアリーナを見てぶつぶつ言っている。

 彼女も賭ける気だろうか。

 ここで下手を打つと、アコはまたシャルアーティーから叱られるだろう。


「アコさん?」「へっ? どうなさいました、お姉さま?」


 彼女に釘を刺すと、賭ける気なんてないという。

 しかし、フロルを闘技場から引き離す目論見は見事に外れてしまった。

 アコがすでに、この闘技場にあるレストランに予約を入れているそうだ。

 特等席で試合を拝める高級店で、マギカの名所のひとつでもあるらしい。


「おふたりに紹介できるようなお食事処は、街の中心まで戻らないとありませんし、ここの地下の酒場は品性に欠けるそうですから、召使いもダメだって。異界のかたや知性のある選手も利用なさってるらしくて、興味があったのですけど」


 アコは残念そうだ。

 セリスとしては近づきたくないし、ふたりを近づけたくもない。


「そういう場所こそ知っておかないとダメよ。世間を知らずして領主は務まらないものよ。予約まで時間があるなら、ちょっと見学していきましょ」


 フロルが余計なことを言う。セリスはアコは領主ではないと反論するも、「何かあったらふたりまとめて守ってあげますわ」と軽くいなされた。


「わたくしに任せておけば、だいじょーぶ!」「フロルさんだって安全とは……」

「フロルお姉さまのおっしゃる通りですわ」と、アコが割りこむ。「じつを申し上げますと、うちの兄シャルアーティは、フルール家の大ファンでして」

「あら」

「ご先代のご活躍はもちろん、若い身空(みそら)で名家を背負われるフロルお姉さまのこともたいへん褒めてました。自分も当主を引き継いだばかりだから、是非ともお話を伺って、色々とご教授頂きたいと」

「あらあらまあまあ。あのプリザブ卿が」


 フロルはにやにやしている。

 手の甲への接吻は拒否していたものの、客室でふたりきりのときには、彼女のほうもプリザブ卿の見せた毅然とした態度(と顔面)を褒めていた。


「フロルさん!」


 セリスは思わず声を荒げてしまう。フロルはこちらの顔を覗きこむと、いっそう卑しい笑いを浮かべて、アコの手を取り「さ、酒場にしけこみましょ」と言った。


 シリチャッカ・ゴリラ族ではないが、セリスは自分の中でめらめらと何かが燃え始めるのを感じ、ふたりを追いかけた。

 つながった手を引き裂いてやりたい衝動をぐっとこらえながら、アコとは反対側のとなりへと回った。


 ――何かあったら、わたくしのほうがしっかりしなくては。


 ヨシノが愚痴る気持ちがよく分かる。

 酒場ではかなりの気疲れを覚悟したほうがいいだろう。

 フロルは戦士に対しては戦士、貴人に対しては貴人で接する。

 賭けの敗者と勝者が入り乱れて酔っ払う場所で彼女がどう振る舞うかなんて、考えただけでも恐ろしい。


「お堅過ぎると損よ」フロルが笑い、当人にも腹が立ってくる。


 これはセリスが当主となってから最初の異世界での活動なのだ。

 すでに当主としていくつもの場面を経験してきたフロルとは、心構えも仕事への熱意も違う。

 人道連盟の一員や王の使者としての肩書も背負っている。失敗は許されない。


 それに、手を繋ぐアコがフロルに向かってあれこれと楽しげに自世界の話を聞かせているのも捨て置けないし……。


「やーい、焼きもち妬き」耳をくすぐるささやき。

 いつの間にか腰に腕が回され、セリスは引き寄せられていた。


「プリザブ卿にね、アコに世の中を見せてやってくれって頼まれてるのよ」

 当人には聞こえないようにと耳打ちをされる。

「それなら、おっしゃってくれたらいいのに」

「あなたをからかうのは賭け事よりも面白いもの」


 セリスは思わずフロルから離れようとする。

 しかし、抱擁は強固で、ちっとも放してくれない。

 こんな手で屈服するものかと、さらに力を籠めてフロルを押しのけようとする。


「使命は使命、娯楽は娯楽。どっちも併せて、目いっぱい楽しみましょ」


 頬に生温かなものが触れ、ちゅっと音を立てた。

 もちろん、セリスは屈服した。


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