表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/147

058.お姉さまと呼ばないで!-04

※本日(4/15)2回目の更新ですの。

 マギカの社交界でのパーティーは、数日間にも及ぶことが一般的だ。

 本命である王たちの使いの仕事は済んでいたし、人道連盟の参加者たちも最初の一日、二日で引き上げてしまう。

 セリシールは、二日目も相方とともに、噂を嗅ぎまわる婦人にお追従をし、懐や寝床を温めたがっている男どもを蹴散らしていた。


「明日からはダンスやゲームがメインになるそうよ」

 相方は気怠そうなもの言いだ。

 お好きではありませんの? とセリスは首をかしげる。

「お遊びは嫌いじゃないけど、同じ遊ぶなら身内と遊ぶわ。セリスだって、しつこく粘る男性や、娯楽だけが目当てであとから来るかたと遊びたくないでしょ?」

「確かに……」


 と、言いつつも、逆にセリスはフロルを巻きこんで残ってみてもいいかと思った。

 余裕が出てくれば、相方の観察が面白いことに気づいたのだ。

 彼女の相手を映す鏡のような態度の変化を眺めるのはもちろん、ときにはわざと自分から卑しい思惑に近づいてみせ、フロルに邪魔をさせるのにはある種の快感があった。

 不純な動機ばかりではなく、声かけの気配や切り口で相手に下心があるかどうか、だんだんと見抜けるようになってきたのも大きい。

「セリスは騙されやすいんだから」は、幼少からよく言われていたが、もはや過去のことですのとほくそ笑む。


 なんとか残る言いわけが作れないかと考えに耽っていると、顔を覗きこまれた。


「アーコレードのことが気になる?」


 気にならないといえば嘘になる。

 彼女は昨日の恥の一幕ののちこそは引き揚げていたが、今日もパーティーに出席しており、憮然として多くの侮辱を聞き流し耐えていた。

 新たな参加者に積極的に昨日の事件を話して聞かせる婦人や、「ああいう跳ね返り娘の処理法」を語る権力ある父兄たちはセリスの胸をムカつかせ、何度もバルコニーの空気を吸いに出なければならなかった。


「ちょっと! 何をなさるの!?」


 噂をすればなんとやらだ。影色のドレスを着た令嬢が声を荒げている。

 彼女のドレスのスカートは、透明のねばねばしたもので汚されていた。

 スカートを伝って流れる粘液の中には、黄色いものも混じっている。


「わざわざ厨房から生卵を持ってきたのね」

「どうしたら、ああも残酷になれるのでしょうか」

 ふたりひそやかに耳を打ち合う。

 セリスは、はたと気づく。

 よそから見れば今の自分たちも陰険な噂好きと同類に見えるだろう。


 アーコレードはくちびるを噛んであたりを見回している。

 給仕のひとりが慌ててナプキンを持って駆けてくるが、彼はつまづき、テーブルにぶつかりグラスを倒した。

 今度は葡萄酒がスカートを汚す。令嬢はいっしゅん睨視を向けるも給仕は捨て置き、ギャラリーの表情から刺客を差し向けた犯人を探しはじめた。

 セリスも給仕が来た方向を睨んだ。


「残念、ハズレね」フロルが呟く。

 見るべきは給仕の逃げる先だった。彼は「追加のナプキンを」とその場を離れたのち、特に隠れることもなく、宝石の光る指から銀貨を受け取っていた。


 場末(ばすえ)の見世物小屋と大差のない光景。

 あるいは父母が眉をひそめて語った奴隷市場を思い出す。

 渇きと退屈を埋めるためなら、見物人たちは石でも金貨でも投げるのだろう。


「関心いたしませんな」

 老いしも毅然とした声が響いた。

 人道連盟の役員だ。彼は続ける。


「卵の生食は不衛生だ。魔王に追われて食糧事情に難儀してますのかな?」


 いっしゅん期待した自分がバカだった。

 セリスはおのれをも辱められた気になった。


 アーコレードの頭に何かが当たる。今度は半熟。

 男の声が言った。「あの白い汚れは何かに似てますな」。「お美しいプリザブ卿の妹君ですから、鳥もお好みになるのでしょう」。会場が沸く。


「ミノリ様、お力を」

 セリスが呟き、袖に隠したカードを手にすると、頭の中で『いけいけゴーゴーセリスちゃん』と、陽気な女神の声が聞こえる。


 ――この場にいるみなさまがたに、お仕置きをして差しあげます。


 慈愛失いし者には、良心の再生を。もとより持たぬものには、愛の創造を。

 加減なし。ささやき詠唱するは第三の宣誓。


 ところが、


「おらっ、捕まえたわよ!」


 という声と同時に、アーコレードのそばのテーブルが引っくり返った。

 中から現れたのは、さっきまでとなりに居たはずのフロルだ。


「痛いよ!」「放せーっ!」


 それと、腕をひねり上げられたふたりの小娘。


「あなたたちならやると思いましたわ。テーブルの下でキャンプごっこかしら?」


 宮廷魔術師の娘たちの手には、カンテラと油の瓶が握られていた。


「それをやったら、半熟じゃ済みませんことよ」


 フロルは容赦なく双子の頬を張った。

 一拍置いたのちに大声で泣きはじめる双子。

 あわや火事だったというのに、聴衆は好奇の目で彼女たちに注視している。

 しかしフロルは、ふたりの背に手を添えて戸惑う父親へと送ると、よく通る声で「みなさまがた」と言った。


「魔物どもの侵略により、不安やストレスをお抱えになっているのは存じていますわ。ときには息抜きも必要でしょう。だからといって、他者に迷惑を掛けるお戯れをなさるのは、めいめいのメダルを曇らせるおこないかと存じます」


 ボタンのはち切れそうな男が「生意気な!」と不愉快を吐き出す。


「生意気とおっしゃったのはグロスファット卿かしら? 支援を受ける者にも、与える者にも、相応しき態度というものがございますわ」


 ですわよね、スリジェ卿(・・・・・)。フロルがこちらを見た。セリスは人垣を押しのけ、彼女の隣に立つ。グロスファット卿はそのまま卒中で死ぬのではないかとというほど赤くなり、そばにいた給仕や貴人たちに支えられた。


「ほら、セリス」

 腰を叩かれ促される。


「わ、わたくしは、マギカの社交界には明るくはございません。お話を聞くぶんではアーコレード様にも落ち度があったのかもしれません。ですが、プリザブ家は環世界人道連盟にて多世界に支援をなさっており、わたくしの亡き父母からも、ご慈愛の精神を褒めるのをたびたび聞かされておりました。その支援のお力はきっと、必要とあれば当然自世界へも向けられるでしょう」


 ざわめき、人垣が開く。

 家名を出され、ようやくプリザブ卿が現れた。


「勿体ないお言葉です。魔王の侵攻により、今や私どもも他者をおもんばかる余裕に乏しくなったことは認めざるを得ません。魔王討伐のすえには、ご支援いただいた各世界にも、必ずやご恩返しをいたします」


 シャルアーティー・プリザブがひざまずき、資産家の娘の手の甲へ最上の礼をした。セリスとしては不快だったが、いまだ表情を研ぎ続ける相方の引き締まったくちびるを見てこらえる。

 服従のくちづけは、ざわめきをどよめきに代え、婦人の悲鳴までも召喚した。


「二度もみなさまがたをお騒がしてしまって申しわけありません。この場はこれで終わりにいたしましょう。愚妹にも言い聞かせます」

 シャルアーティーはグラスを掲げる。

「さあ、みなさま。誓いましょう。マギカ、ひいては魔に抗うすべての者は、誇りを持って品格を欠いた享楽を捨て去ることを」


 追従するマギカの貴人たち。

 異界人の多くは拍手、連盟の老爺はにやついている。

 スリジェ当主の頭は、この場を離れるだけでなく、連盟を抜け個人活動に切り替えることを本気で検討しはじめていた。


「不愉快だ。プリザブのせがれよ!」


 脂汗を浮かべたグロスファット卿が飛沫を飛ばす。


「百歩譲って貴様とスリジェの顔は立ててやる。だが、最初に大口を叩いた小娘は何者だ! この者は、わしが王位継承序列三位ということも知らぬのか!」


 フロルは髪を払い言った。「フロル・フルール。女神の枕の者ですわ」


「どこの出かと思えば、わしらと変わらぬ文明レベルの世界ではないか。フルールといえば最近、どこかでその名を聞いた気がするが……」


 まっかな顔が見る見るうちに青くなりはじめた。


「き、ききき貴様。破壊神サンゲの眷属の!?」


 周囲からも驚きや恐怖を孕んだ声があがる。

 巨人の兵器や獣人の王の名も聞こえた。

 当人は涼しい顔だが、これはマズい。


「フロル様は、わたくしの幼馴染で盟友でございます。

 確かに荒神たるサンゲに愛される身分ではございますが、

 その御心はミノリ神の眷属たるわたくしと共にございます。

 彼女の振るうつるぎと願いは、常に人のためにあり。

 お疑いになるのならば、魔王でもお呼びになられればよろしいかと存じます」


 ちょっとセリス! と聞こえた気がしないでもない。

 セリスはなんとかしなければという一心で口上を述べていた。

 もちろん、すぐにヤバいことを言ったと気づいたが、もう遅い。


「多世界を股に掛ける女神の勇者の名は、こちらにもとどろいております。

 ですが、マギカもまた勇者多き国としての誇りがございます。

 是非とも、われわれの顔をお立てになってください」


 助かった。プリザブ卿のおかげで、セリスの脳内から魔王VSフロル・フルールのシーンがカットアウトした。

 それから色男は、今度はフロルの手の甲を狙ったようだったが、弾かれて彼の額がいい音を立てた。


「……失礼いたしました。ともかく、尽くすべき礼もございます。アーコレード、おふたりを我が屋敷にお招きしなさい。プリザブ家とマギカの名誉を挽回する役目を任せる」


 兄に促されるも、アーコレードは返事もせずにただ一点を見つめていた。

 その先には、勇者フロル・フルールの横顔。


 ――しまった!


 セリシール・スリジェは気づいた。

 魔王以上の脅威を呼んでしまったのだ。

 アーコレードの瞳の中に、星空が広がり、頬もすっかり、春になびく甘い色に染まってしまっている。


 ――どど、どうしましょう!?


 そしてもちろん、セリスの心配を肯定するかのように、少女の口から「フロルお姉さま」という、甘く切なげな言葉が漏れ出たのであった。


* * * *

 * * * *

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ