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052.うふふ、素敵な世界で妖精さんとスローライフですわ-02

「驚きましたよ。帰ってきたらお屋敷が半壊してるんですから」

「帰って来たって、別にここはあなたの家ではありませんが」

 ヨシノがぴしゃりと言った。

「さいわい、いのちには別条はありませんでしたし。毎日セリシールお嬢さまが看病にいらしてますから」


 フロルは、ぼんやりと向かいの席を見た。

 傷の様子を見に来てくれていたセリスが、今日は珍しく、早いうちに帰ってくれて安心していた。

 首の傷だけならまだしも、シダレの破滅の炎で傷ついた胸までしつこく検めようとするのだ。もう、とっくに乙女の柔肌に戻ったというのに、わざわざ服を脱がせて毎日チェックをしていく。


 あの子はちょっと変な子だと思う。ミノリの恩寵が深くなってからは特に、だ。

 とはいえ、妙な下心に対する反撃をする気力は、今のフロルには皆無だった。


 破壊の女神サンゲは、最終宣誓の授与を見送ると言った。

 神が眷属を従わせるために、大切な者たちを人質にしたのと同じく、フロルもまた自分自身を人質にして対抗したのが功を奏した。


 皮膚の下へやいばが入りこむ冷たさは、今でも思い出せる。

 死ぬ気はなかったが、死ねるくらいめいっぱいに突き刺したつもりだった。


 かりそめの勝利だったが、あれからサンゲは干渉を控えているようだった。

 破壊の衝動も、力が強くなる以前よりも大人しいものになっている。

 だが、戦争世界での疲労に、女神への抵抗が重なり、それらからまとめて解放された反動で、フロルはすっかりと腑抜けてしまったのだ。


「でも、フロルさんを暗殺しようだなんて、ヤバいことを考えるやつがいたもんですね」

「まったくです。賊は命知らずです」

「首の傷はどうしたんですか? まさか、賊にやられて?」

「お嬢さまが不覚を取ることはありませんよ」

「だったら、どうして?」


 キルシュは、疑いと好奇心を混ぜた視線でこちらを観察している。


「それは……。お嬢さまが半裸でダンスをなさって……、つまずいて転んで……、運悪く折れた板が刺さっておしまいに……」


 しどろもどろだ。ヨシノは作り話が下手である。


「さもありなんですね。半裸ってところがまた、フロルさんっぽい」

 キルシュは笑っている。


 貴族名家の当主を捕まえて、なんて言い草だ。

 わたくしを変態か何かと勘違いしてるんじゃなくって?

 フロルは、胸の奥で暴力的な気持ちが沸き上がるのを感じた。


 これは破壊の衝動と無関係かもしれないし、些細なものだ。

 だが、小さなうちに潰しておくにこしたことはない。


 テーブルに置いていた「透明なシート」を手にする。

 シートには、同じ大きさの泡のようなものが規則正しく並んでいる。

 泡のひとつを指でつまみ、力を加えれば、「ぷち」と小気味のよい音を立てて、泡が割れた。


「それ、“ぷちぷち”じゃないですか」

 キルシュが反応を示した。


 フロルは返事をせずに、小さな泡たちをぷちぷちとやった。

 ひとつ潰すたびに、破壊衝動が少しづつ小さくなっていくのを感じる。


「ぼくの前世でも、梱包材として使われてましたね。どこから仕入れたんです?」


 お嬢さまは忙しい。目線だけキルシュに返すも、なんだか彼の顔が面白かったので短く笑うと、首をかしげられた。


「異界の商人からです。輸入元は企業秘密だって教えてくれませんでしたね。わたしの茶器を包むのに使っていたんですが、お嬢さまに目をつけられまして」


 ……ぷち、ぷち。

 ヨシノはまた嘘をついている。これを宛がったのは彼女だ。

 ストレスの発散に虫を潰して回っている姿を見かねて用意してくれたのだ。


「まあ、これがぼくの世界からきたという保証もないんですよね。石油加工に頼っている文明世界では、割とポピュラーなものらしくて」


 キルシュはブリューテ家には戻らず、トラベラーとして再出発をしたという。

 自身のルーツの世界や姉、同じ転生者を探して、各世界を旅してまわっている。

 以前とは違って、成長するようにもなったらしく、戻ってくるたびに、冒険譚や武勇伝を持ち帰ってきていた。


「そういえばキルシュさんは、魔導の世界には行かれましたか?」

「あそこはまだ。汚濁の罪との件があってから、こちら側からよその文明世界に行くのに厳しくなってしまって。行けるのは未探索の世界や遺世界ばかりです」

「そうですか。確かキルシュさんのお姉さまは、魔法のある世界で嫁がれたと」

「魔導の世界じゃないと思いますよ。姉から来た手紙には魔王が退治されたって話もありましたし。自分のいた世界も、大抵は探すまでもいかないんです。空を見上げだけで、自分の世界と違うかどうか、はっきりすることが多くって」


「見上げるだけで?」ヨシノが首をかしげる。


 フロルもなんとなく見上げた。ヨシノの頭の上にハエが飛んでいる。

 いや、見間違いだった。

 しかし、何かを見た気がしたので、お嬢さまは何も無いところを目で追った。


「世界によって、太陽や月の大きさや数が違うんですよ。一日の長さなんかも違うんで、たぶん地球とは違う惑星にある世界ってことなんでしょうけど」


 地球? 惑星? ヨシノは首をかしげっぱなしだ。可愛い。

 ふふっ。お嬢さまはまたも笑う。


「女神の枕の一日は二十五時間でしょう? うちは二十四時間でしたから。ここは一日が長い代わりか、一年が少し短いんです」


 記憶の復活は順調らしい。いまだに個人名は出てこないようだが。


「まあ、難しい話は置いて……。この前、すごく面白い世界に行ったんですよ」

「お話、長くなります?」

「おっと、ヨシノさんの帰れオーラかな?」

「いえ、お茶が冷めてしまったので。それと、じきにお客様がくるので、お茶菓子の支度のついでに淹れなおそうかと」

「お客さんがくるなら、やっぱり帰ったほうが?」

「いえ、キルシュさんなんかでも、いたほうが助かります」


「なんかって」苦笑する青年。


 ヨシノはテーブルから茶器を下げて退室していった。

 部屋にふたりきりで残されると、沈黙が訪れる。

 お嬢さまはただ無心に、ぷちぷちの相手を続けることにした。


「フロルさん、すっかりくたびれてしまってますね」

「ええ、まあ」


 うわの空での返事。キルシュが「重症だなあ」と苦笑する。


「今日訪ねたのは、ちょっと用事がありまして」

「そう」


 フロルは、おもむろに席を立って、鍵付きの保管箱から巾着袋を取り出した。

 それを置くと、どしっと重たい音がテーブルを軋ませた。


「なんですか、これ?」

「金貨ですわ」

「別にお金の無心に来たわけじゃないですよ?」

「キルシュさんに差し上げます。旅の資金にお使いになって」

「こんな大金貰えませんよ!」

「わたくし、あなたにはいのちを救われてますし。失礼もたくさん働きましたから」

「ええ!? おかしい! らしくないですよ!?」


 キルシュは目を丸くしてこちらを覗きこんでくる。

 彼への謝意と感謝は本当だ。

 しかし本音を言うと、これを持って、どこかよその世界に行って欲しかった。

 彼だけでない。友人たちには、自分のそばには居て欲しくない。


「その様子……。もしかして、何か酷いことをされたんじゃ!?」


「酷いこと?」お嬢さまは首をかしげる。

 キルシュはたじろぎ、痴漢とか変質者とか、どもりながら答えた。


 なるほど、「そういう酷いこと」なら、痴女がさっきまでここにいた。

 フロルは幼馴染のご令嬢を思い浮かべる。


「服を脱がされて、胸を触られましたわ……」「なんてことだ!」


 キルシュは立ち上がり、頭を抱えてテーブルの周りをうろうろし始めた。


「大胆な暗殺者だ。殺す前にフロルさんを楽しもうと考えていたなんて!

 いったい、誰がそんな奴を差し向けたんだろう。

 やっぱり、シダレ兄さんの一件を知ってる者だろうか?

 だとすれば、ブリューテ家の人間が? 変質者ということなら、怪しいぞ」


 キルシュは家族や兄弟の性癖を羅列していった。燃やされた調査書の中身も思い出しているのか、よその令嬢の趣味まで口にしだした。

 暴露については相当マズいことが語られていたが、フロルは彼が落ち着かずに部屋をうろうろしてるさまが、なんだかハエっぽいと思い、にやつくのに忙しくて聞き逃した。


 そのうちに、笑うこと自体が面白くなって、「おほほほほ」と、声に出して笑った。

「ど、どうしたんですか?」

 問われてもフロルは笑い続けた。


 しばらくしてヨシノが戻ってくると、キルシュは痴漢者に対しての怒りを彼女に向かって喧々と並べ立てた。


「それはー……、セリスお嬢さまのことかと」

「へ、セリシールさん?」

「ええ。暗殺じゃなくて、変質者のほうだけですけど。ですから心配いりませんよ」

「なるほど。納得しました。あ、そうだ。セリシールさんで思い出した。フロルさん、ちょっとカメラの被写体になってくれませんか?」


「脱ぎますの?」

 フロルは、ワンピースドレスに手を掛けた。

 というか、もうお尻を持ち上げてたくし上げ、テーブルの下では脇腹まで涼しい空気に晒していた。


「そんなの撮ったら殺されちゃいますよ。依頼されたのは、フロルさんの笑顔の写真ですよ」


 キルシュは「はい、笑ってー」とカメラを構えた。

 フロルは要望通りに、にこりと笑う。

 小さな銀色のカメラが「ぴぴっ」と音を立てたのち、閃光を放った。


「……ヨシノさん、これ見てくださいよ」

 キルシュが小さなカメラの裏側を見せると、ヨシノは眉をひそめた。

「お嬢さま、笑えてません」


 カメラの裏側についた画面には、人形のようなフロルの顔があった。


「わたくし、こんな顔してましたの? やり直しますわ」


 ごめんあそばせと、もう一度笑おうとするが、顔が硬くこわばっているのが自覚できた。


「笑顔以外はどうかな。……この顔できます?」


 キルシュは両手で顔の横にピースを作り、舌を出して白目をむいた。


「お嬢さまに変なことをさせないでください! お嬢さまもおやめください!」


 ヨシノは苦情を言いながら、キルシュのティーカップに赤い何かを放りこんだ。

 お嬢さまが可愛いおみ足を冷やしてしまわないように、就寝時に靴下の中に仕込む激辛エソール辛子だ。


「冗談ですよ。でも、困ったなあ。これじゃ、依頼が果たせないな」

 困り顔でティーカップを手にするキルシュ。

 彼はカップを傾けると、もぐもぐと顎を動かし悲鳴をあげた。


「唐辛子じゃないか!? 酷いですよヨシノさん!」

「お嬢さまを辱めようとした罰です」

「自分から恥を掻きにいく人でしょうに!」


 反論されるとヨシノは、鼻で笑い、「どうせ、辛くもないくせに」と悪態をついた。


「いやいや、本当に辛いですよ。痛いくらいだ」

 キルシュが舌を見せると、確かに赤くなっている。


「キルシュさんが、痛い?」

 従者とあるじ、ふたりそろって首をかしげる。


「そうなんです。どうも最近、前ほど頑丈じゃなくなったみたいでして。

 痛いのはもちろん、冷たいとか熱いのもよく分かるようになったんですよ。

 この前なんか、ドラゴンに呑みこまれて、溶かされかかったんですよ」


 呑みこまれた。フロルはキルシュが排泄されるさまを想像して笑った。

 そういえば、最近ドラゴンを斬っていない。

 あれは女神の枕にはいない危険な生物だが、戦いの相手としては面白い。


 ――どこか、旅に出たいわね。


 独りで、気持ちの赴くままに。


 しかし、ベッドに立てかけてある破滅のつるぎからは、拒絶の圧を感じた。

 じっさいには、拒絶は自分自身のもので、女神サンゲは手招きをしているのだろうが。


「キルシュさんが怪我をするなんて、妙ですわね。転生に関わった女神の加護が薄れたとか?」


「分かりません。女の声は、あの日以来聞いてないですし。でも、いいこともあるんですよ。剣の腕前や筋力が成長しだしたんです。といっても、まだまだユリエさんには及ばないんですけど……」


 キルシュは紅茶をすすると、噛みしめるように「辛いや」と言った。

 彼の座る椅子には、ユリエより引き継いだ大剣が掛けてある。


「そうだ! フロルさんが笑顔になること、ありましたよ。ぼくが協力します!」

 手を打ち、勢いよく立ち上がるキルシュ。

「ぼくを鞭でぶってください! 今なら、本当に痛がれると思うので!」


 ヨシノがティーカップを傾けたまま硬直した。肩が震えている。


「遠慮しておきますわ。わたくし、誰かを傷つけたり、したくありませんの」


 フロルは窓を見やった。また、小鳥でも飼おうかしら。


「じゃあ、アーティファクトの情報とかいりませんか? けっこういい感じのが……」


 フロルは首を振った。

 もはや、何を持ってきても自分を止めることはかなわないだろう。


「フロルさんのそんな姿なんて、見たくないですよ」

「では、どんな姿がご所望ですの?」

「そりゃあ……。前みたいによく笑って、ぼくに意地悪をして、物を壊したり、人の家に盗みに入ったり、人前で露出の多い衣装を着て……」


 キルシュは、そこまで言って吹き出した。


「と、とにかく! フロルさんに、元気になってもらいたいんです!」

 キルシュは立ち上がると、「何かいいアイディアを探してきます」と言って、剣を背中に背負った。


 フロルは「お構いなく」と、夢見心地で青年の背を見る。

 彼は転生者ユリエをまねてか、ぼろマントを着こむようになっていた。

 以前のようにおもちゃにできなくなったこともあるが、死んだユリエが彼を遠くに連れていってしまったような気がして、寂しく思った。

 セリシールも最近は忙しいようだ。看病は欠かさないが、やはり時間に追われているようで慌ただしいし、疲れを見せることもある。


 自分のせいではないか?

 自分が周りに気をつかわせて、無理をさせてるのではないか。


 ――そばにいて欲しいのか、離れて欲しいのか。


 自分のほうがどこかへ遠くへ行かなくてはいけないのでは、という気がする。



 ……とんとん。



 キルシュが退室しようと扉に手を伸ばしたとき、ノックが聞こえた。


「りょーしゅさま、いらっしゃりますか?」

 まだ舌足らずな子どもの声だ。


「いけない、忘れてました。お客様ですよ、お嬢さま」

 ヨシノが扉を開けると、廊下には小さな子どもたちが数人。


「りょーしゅさまを、パーティーにご招待しにまいりました」

 一番小さな女の子が、ぺこりと頭を下げた。


「お嬢さまに元気になって欲しいのは、わたしたちだけではないですよ」

 ヨシノはそう言って、子どもたちにお茶とお菓子を振る舞う。

 子どもたちは大喜びで、パーティーの具体的な内容を口にしないように説明をしながら、お菓子を平らげた。


「さ、ホールに行きましょう。キルシュさんも、せっかくだからご一緒されるのをお勧めします」


 ヨシノはそう言うと、お嬢さまの手を取った。


 向かったのは、フルール邸の別館、交際用のダンスホール。

 ホールでは領民や従者たちが迎えた。

 たくさん並べられたテーブルには料理。どこからか音楽も聞こえる。

 どうやらスリジェ領に身を寄せている異界人も来ていて、ちょっとした仮装パーティーのようになっていた。

 フロルは、両親が健在だったころのフルール家を思い出した。


「フルール様を励ますために、セリスお嬢さまが仕込まれたのですよ」


 自慢げに言ったのは、スリジェ家の執事のザヒル・クランシリニだ。

 なぜ彼がいるのかは分からないが、最近セリスが忙しそうにしていたのは、この催しのためだったらしい。


 たくさんの食事が振る舞われ、音楽の演奏もダンスタイムもあった。

 しかし、貴族同士の集まりとひと味もふた味も違う。

 料理は屋敷に詰めるコックだけでなく、素人の領民も手伝っていた。

 年端もいかない子どもも、おとなと同列に扱われ、異界人たちも、婦人の退屈しのぎとして呼ばれているわけではなく、多種族混合のスリジェ基金音楽隊がアルカス王国の国歌を演奏してみせた。


 フロルを元気づけるためといいながらも、こちらに近寄ってくる者がいないのも、きっと友人の采配だろう。

 子どもに手を振られたり、遠巻きに獣人にかしずかれた程度だ。


 パーティーは賑やかに進み、目玉の出し物が始まった。


「むかしむかしの、ずーっと昔のおはなし。

 あるところに、とーっても可愛い三人の妖精の女の子が住んでいました」


 ホールに設けられた舞台の上に、頭に花を飾った女の子が三人立っている。

 上演されている劇は「三人の妖精」という、子ども向けの教訓話だ。


 妖精役の女の子たちは、絵を描いたり粘土をこねたりするジェスチャーをしている。色々な作品を作っては、ああでもないこうでもない。

 舞台の袖から黒づくめの男の子が出てきて、小道具として用意されたキャンパスや粘土のかたまりをどけ、代わりに、完成品を置いていく。


 妖精は芸術家で、気ままに創作活動をしながら面白おかしく暮らしている。

 彼女たちはそれぞれ得意分野が違い、協力し合ってひとつの作品を作り上げるのだ。


「ここは、赤いほうがいいな」「私は青がいい」

「こっちはもっと平らにして!」「膨らませたほうがいいよ」

「ふたりとも、どうして私の言うとおりにしてくれないの!?」


 意見の相違。次第に雲行きが怪しくなっていく。

 一人の妖精の主張が激しくなり、おやつのケーキを作る段になって、とうとう彼女は追い出されてしまう。


 ここまでは、だいたいどこでも同じ。

 昔話や教訓話には、バリエーションというものがある。


 フロルは、三人の仲をまとめるお母さん役が出てくるのだろうと思った。

 きっと黒髪で、今回のパーティーの黒幕で。


「ごめんなさい! もうわがままを言わないから!」


 追い出された妖精は謝っている。

 しかし、残りのふたりは両脇でトンカチを振るう仕草だ。

 黒子の男の子が大きな箱を袖から押してやってきて、謝っていた子が「よっこらしょ」と自分で箱に入り、ふたがされて打ちつけられた。


 閉じこめられるのを表現したかったのだろうが、箱によじ登る女の子のお尻に観客たちが笑った。


 ――懲らしめられるパターンの筋ね。


 フロルも幼いころにセリスに付き合ってこの劇をやったことがあるが、手を滑らせて道具を壊す失態を犯したために、急遽フロルがアドリブで叱られて閉じこめられる役に回ったことを思い出した。


 ――何をやっても、壊してしまってばかりだったわね。


 箱が置き去りにされたまま、ふたりの芸術家が横へ引っこみ、背景が夜の森に取り替えられ、子どもたちの鳥や獣の鳴きまねが聞こえてきた。

 おどろおどろしく、でもちょっと可愛らしいおばけの声もしてきて、シーツを被った子たちが箱のまわりを踊って回った。


「こ、怖い」ヨシノが何か言っている。


 もちろん、改心するのはわがままを言って閉じこめられた妖精だけではない。

 様子を見に来たふたりがやってきて、同じように脅かされ、やりすぎたと箱に向かって謝り、箱を開けにかかる。

 たいていの流れでは、仲直りのあとは「三人でケーキを焼きましょう」で終わるのだが……。


「妙ですね」

 ザヒルが舞台を睨む。


 箱がなかなか開かないようだった。

 黒子の男の子も手伝い、箱の内側からも叩くような音が聞こえた。


「事故のようですが……」

 ザヒルがこちらを見た。


 会場は静かだ。明らかに様子がおかしいのに、観客は特にざわつきもせず、代わりにいくつかの視線がこちらに送られるのを感じた。

 カメラ青年も銀の小箱をこちらに向けて、何かを待っている。


 ――これもセリスの仕業ね。


 自分に舞台に上がれということなのだろう。

 創造の眷属の描いたシナリオでは、フロルが箱を壊して子どもを助け出す筋となっているのだ。


 しかし、フロルの足は動かなかった。


 けっきょく、箱からの泣き声が本物に変わったのちに、キルシュが見かねて舞台へ上がりこんでいた。


 彼もグルだったらしく、ザヒルやヨシノから、我慢できずに子どもを助けに出たことに苦情を言われていた。

 女の子は本当に怖かったらしく、キルシュにしがみついて泣いている。


 そしてフロルは、しばらく屋敷を離れようと決めた。


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