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051.うふふ、素敵な世界で妖精さんとスローライフですわ-01

※前日(4/8)は3回も更新して、長めのエピソードが終わっておりますわよ~……。

 崩れた壁の向こうで、瓦礫の下敷きとなったメイドを引っぱり出す衛兵。

 彼らには主人の姿が目に入っていないようでした。

 止血を叫ぶ小間使いの少年。

 普段はおっとりとしている彼が、こんな声を出すなんて。

 父を経て祖父から引き継いだはずの机は跡形もなく、メイドや友人たちと乙女華やいだ、鏡とベッドも散り果てて。


 わたくしの目の前には、姉妹のように育った従者。

 彼女は言いました。


 壊すなら、好きなだけわたしを壊してください、と。


 ……。


 今をさることひと月前、汚濁の罪と汗と鎖の世界が、血で血を洗う戦いを繰り広げていた遺世界へ旅立ったわたくしたち。

 転生者だと主張していたキルシュ・ブリューテは記憶を取り戻し、聖騎士シダレの目論む世界の破壊を防ぎ、恒久に続く戦争の原因である大量破壊兵器を撃破しました。

 余談ですが、わたくしのお見合い話もうやむやとなって立ち消えましたわ。


 多くの目的が果たされましたが、失われたものも決して少なくはありません。


 キルシュは肉親をふたり失ったうえに、転生者仲間であるユリエさんも失い、キ彼のこころには暗い影が落ちたことでしょう。

 セリスも、防衛線で懇意になったかたと不本意な形で別れることになり、約束の手紙を渡せなくなったことを落胆しているようですわ。


 そしてわたくしは、失うのではなく、得ることによって苦悩の種がいよいよ芽吹くこととなりました。


 女神から遠き世界にて、願いの力を振るい続けたことで、破壊の女神サンゲからの恩寵がより深くなり、わたくしは激しい破壊衝動にさいなまれるようになってしまったのです。


 シダレ・ブリューテの裏切りと遺物の破壊により、女神の枕は汚濁の罪と敵対することとなりました。

 アルカス王陛下はご決断をし、汚濁の罪と直接つながるゲートと、第二十遺世界へのゲートを閉じる処置がおこなわれました。


 わたくしたちは、汗と鎖の世界を経由して帰界することとなります。

 獣人たちのあいだでは、強者を尊重する文化がございます。

 巨大兵器の威力も知れ渡り、それを倒したわたくしはすっかりと英雄扱い。

 自領以上のもてはやされっぷりでございましたわ。


 もちろん、英雄だからといって、ただで通れるわけもなく、むしろ獣人や奴隷の戦士たちがわらわらと「バトルしようぜ!」と押しかけてきました。

 獣人たちの王である獣王もまた例外ではございません。


 敗れた王は言いました。「おれをあんたの()にしてくれ!」


 配下に鉄の首輪を持ってこさせ、みずから首にはめて尻尾をふりふり、お腹を天井に向けておねだりをしてきましたわ。

 ほかの獣人や奴隷も、こぞって鎖を捧げます。

 いっそのこと、わたくしに世界の王になってもらおうという案まで……。


 とはいえ、汗と鎖の掟は絶対です。

 わたくしが首を振れば、みなさまがたには素直に従っていただけました。


 興味がなかったと言えば嘘になります。

 ですが、わたくしはそれどころではなかったのです。


 汗と鎖の世界は、戦争世界よりも女神たちから近いのです。

 踏みこんでからはいっそう、破壊の衝動が抑えがたきものとなっていました。

 獣人たちとの試合による発散や、ご褒美のもふもふがなければ、わたくしは、巨大兵器やシダレに成り代わって破壊の限りを尽くしたかもしれなかったのです。


 わたくしは、この恐ろしい危機的状況を、誰にも打ち明けられませんでした。

 明るく、疲れもないように振る舞い、喪失を思い出してときおり表情を落とす友人たちを励まし続けました。


 その喪失のさだめを招いた歯車のひとつでありながら、素知らぬ顔をして。


 わたくしに、誰かに助けを求める資格などございません。 

 話したところで、打てる手もないでしょう。

 遠くへ逃げてと告げるべきでしたが、大切な人たちを遠ざけることで、かえって我慢が利かなくなることが恐ろしくて、こころにふたをするほかなかった……。


 チャンが「屋敷をほったらかしにしすぎですな」と口を酸っぱくしても、わたくしは獣人たちの遊びやもてなしに付き合って、滞在期間を引き延ばしました。


 何せ、帰る先は女神たちの枕元なのです。

 今のまま戻れば、もはや自分を抑えることはかなわないと確信しておりました。


 幸か不幸か、衝動は数日で落ち着きをみました。

 ようやくの帰還。わたくしたちの、長きに渡る旅が終わった……。



 そして、わたくしの抱えた不安の種は、最悪の形で芽吹くこととなりました。

 夕食を済ませて私室で本のページに目を走らせていたときでした。


『くだんの世界ではよくやったなフロル・フルール。さすがはわらわの愛娘よ』


 破壊神サンゲの声。彼女の声は楽しげでした。

 わたくしは身体中の筋肉が硬くなり、震えをおこしました。

 ですが、不幸中のさいわい。何もかもを破壊したく思う、あの黒炎の感情は姿を見せる様子はありません。

 わたくしは勇気を奮い立たせ、絶対の存在との対話をこころみます。


『恐れることはない。そなたは、あの失敗作とは違うのだ』

「失敗作?」

『シダレ・ブリューテだ。やつはそなたを超える資質の持ち主であったが、結局は力の制御に失敗し、そなたにも敗れた』

「あなたはわたくしたちを争わせ、強い眷属を得ようとした。そうでしょう?」

『気づいていたか。ゆえに堂々としておったのだな』

「違うわ。わたくしには、死なないという確信があったのよ」

『ほう、聞いてやろう』


「女神の枕において、二柱の女神ともっとも縁深きフルール家とスリジェ家。

 この二家は、わたくしたちが死ねば、断絶しかねない危機に立っているわ。

 それは間違いなく、女神の枕の歴史に大きな変化をもたらす。

 いっぽうで、ブリューテ家はシダレが死のうとも、跡取りには事欠かない。

 彼の死はどこの世界においても、大きな変化は起こさない。違うかしら?」


 女神は笑いました。くっく、と噛み殺すように。


『ナンセンスというやつだな。シダレも言っていたであろう? その停滞を破るために、そなたらを育てているのだぞ? シダレ自身がおこなうはずだったことも、大それたことだったはずだろうに』


「どちらにしろ、わたくしたちは生きのびた。そして、何も変えられなかった」

『変わったであろう。幽かだが、あの遺世界は破壊へと針を振れたのだ』


 破壊兵器はわたくしが滅ぼしましたが、もとよりあれの存在を大義に土地を得ようとしていた汚濁の罪の世界は、兵を引き上げていませんでした。

 それどころか、これまでは神殿より汗と鎖のゲート方面に侵攻することはほとんどしなかった方針を変えて、獣人たちを追い出しにかかっているそうです。

 獣人と鎖たちにだって、散っていった仲間たちへの想いがあるのでしょう、彼らもまた、自世界に戻ろうとはしませんでした。


「彼らはずっと、戦争を続けるんだわ」

『そなたが関わったゆえに、だな。これからもわらわに代わってあまたの世界に破壊と混乱を振りまくがいい』


 からかうような口調。わたくしのせい? 胸はきりきりと痛みます。

 いいえ。あれは無数の因果と、願いと意地の絡みあった結末なのです。


「何もかもを壊してしまって、あなたはいったいどうしたいの? あなたはミノリ様といっしょに世界を作ったのではないの?」

『別に、すべてを滅ぼせなどと言った覚えはないぞ。創造もなしに破壊はできぬ。ミノリも着々と準備を進めておる。こちらも後れを取るわけにはいかぬのだ』

「やっぱり、ミノリ様も噛んでるのね」

『我らの目的はシダレに教えた通り、停滞を打ち破ること。すなわち変化だ』

「変化……」

『せっかく生んだ世界が変わり映えしないのは、わらわもミノリも望まぬ』

「そのために多くの人がどうなろうが構わないのね」

『見ている次元が違う』


 女神のため息が聞こえました。

 ため息をつきたいのはこちらのほう。高次の存在ゆえの高慢でしょうか。


『それぞれの世界は、我らにとって、そなたらでいう“子”と同義だ。

 赤子のままでは放ってはおけない。見守るだけでは足りぬのだ。

 乳離れをし、みずからの足で立ち、歩きはじめるまでは見守らねばならぬ。

 ときおり手を差し伸べ、叱りつけ、間違ったのならやり直させることもある。

 子同士、喧嘩をすることもあろう。病もうが怪我をしようが、それも学びだ。

 しかし、わらわとミノリは封印された身。かつてのような干渉は叶わぬ。

 ゆえに、我らと最も近き世界にあるそなたらに、手足となってもらいたい』


 一拍置き、サンゲは問いました。『不満か?』

 わたくしは、何も言い返せなかった。筋は通っています。

 言葉づらだけでなく、あの破壊神の声からは、愛すらも感じとれてしまった。

 彼女と同じ目線に立って考えれば、否定しようがないのです。


 これ以上は水掛け論。

 ですが、彼女が饒舌なこのチャンスを逃す手もございません。


「あなたたちを封印した存在って何? それと、転生者を導いたという女神って、いったい誰なの?」


 問いを口にすると、ふいにわたくしの心臓が、どくんと音を鳴らしました。


『あやつの話はしとうない』


 全身を流れる血の音が大きくなり、濁流の中に飛びこんだかのように、ごうごうと鳴りはじめました。

 身体が揺れ、自分が立っているのか、倒れかかっているのかも分からない。


『そなたは成ったのだ。もはや眷属の域を超え、わらわの器として完成した』


 ……押し寄せてきました。

 腹の底から沸き立つ、何もかもをぶち壊してやりたいと思う、あの気持ちが。


 急に透視能力を得たように、日々の仕事や暮らしに励む召使いたちの姿が、壁や天井の向こうに見えた気がしました。



『これより、最終宣誓の授与を始める』



 あの文言には、まだ続きがあったのです。

 第三宣誓以上の力を引き出す宣誓。

 わたくしは無駄だと知りながらも、両耳を塞ぎました。


 聞こえてくる。神々の代理として、願いを体現することを誓う文言が。

 流れこんでくるのです。かの破壊神へと誓い立てる、言葉の羅列が。

 

 何もかもを大いなる存在に委ね、気の向くまま、神の思うがままに破壊と殺戮に興じる。

 それが誰かの大切なものであろうと、構わずに?


 ……わたくしフロル・フルールは、そうしたくなりましたわ。


「いやよ!」


 わたくしは女神の宣誓が掻き消えるくらいに叫びました。

 すると、血と闇の色が部屋いっぱいに弾け、壁や家具をばらばらに吹き飛ばしてしまったのです。


『神を拒絶するか。それとも、おのれを拒絶しているのか?』

「違う! わたくしは、壊したくなんかないの! 誰も傷つけたくなんかない!」


 激しく頭を振りました。まるで子どもが駄々をこねるように。

 そうでもしないと、染みこんでくる衝動に手足を奪われそうでしたから。


『先代は教育不足だったとみえる。そなたは未熟で青い生娘だ。

 しかし、その我の強さこそが、力を律するためのかなめとなろう。

 あの騎士が失敗したのは、判断の基準を外へ置きすぎたせいであろうか?

 まあよい。わらわも器にするのなら、男よりも、若き乙女のほうが好ましい』


 わたくしは、女神の言葉よりも、わたくし自身の身体に気を取られていました。

 シダレ・ブリューテと同じ。破滅のつるぎを手にしてもいないのに、わたくしの身体から、黒い炎が立ち上っている!


『さあ、仕上げとゆこう。そなたはここで、わらわの最高傑作となるのだ!』


 再び最終宣誓の文言が頭の中へと流れこんできました。


 どこかで悲鳴が聞こえる。聞いたことのある声です。

 メイドや兵士たちが騒いでいる。下敷き。怪我人。誰か助けて。

 傷つけてしまったのです。わたくしが。この、わたくしが!


 そして――。


「お嬢さま」


 混乱の渦の中、波紋がひとつ。

 鉄色の髪をした青白い女性が、立っていました。


「衝動が抑えられないのですか? そういうときは、発散してしまいましょう」


 ヨシノはスカートをたくし上げると、腿のホルダーからナイフを抜きました。

 なんの変哲もない、彼女の愛用する隠しナイフです。


「これで好きなだけ、わたしを破壊してください」


 その言葉は、わたくしの胸を酷くえぐりました。

 誰も傷つけたくないのに。傷つけたく、なかったのに。

 手の中に、ぎらりと殺意が光りました。


「屋敷の破損も、バケモノのせいにしてしまいましょう」

 ヨシノの中で、何かが気色の悪い音を立ててうごめきます。

「大丈夫です。わたしはすぐに元通りになりますから」


 上手な笑顔でした。


 ナイフを握る手に力がこもる。


 力が。


 わたくしを覆う破滅の炎が、この手を伝い、ナイフへと宿るのが見えました。



 振り上げられる腕。

 部屋中に赤と黒が渦巻いているのに、ヨシノの首筋はまっしろで綺麗でした。


 わたくしはナイフを握り、破滅の切っ先を、力いっぱいに突き立てました……。



 わたくし自身の、喉元へ。



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