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050.戦場を照らし出す乙女たち-13

※本日(4/8)3回目の更新ですわ~。

 胸に抱きかかえた確かな重みと温かさ。

 彼女がわめくたびに、ヨシノの顔にしぶきがぺっぺと掛かった。


「降ろしてくださいまし! 話せば分かり合えるかと存じますの!」


 銃口を向けられるどころか、裏切りへの怨嗟といっしょに引き金まで引かれたというのに、このお嬢さまはまだこんなことを言う。


 ゲート前の救護所にて、敵味方を問わずに癒し助け続けていたヨシノとセリシールだったが、突然に兵士たちに囲まれたかと思ったら、この仕打ちだった。


 メイドの頭には、すぐにあるじの言葉がよぎった。

 シダレ隊の動向次第では、汚濁の罪も敵に回る可能性があると。


 ――なんとしても、セリシールお嬢さまをお守りしなくては。


 科学技術の発達した世界では、声や様子を遠くへ伝える道具がある。

 頭上をやかましく飛ぶドローンによっても、情報が共有されているのだろう。

 ゲートの先に逃げれば敵の本拠地だし、前線へ走るほうがむしろ安全だ。


 ヨシノは足を止める。

 異常発達させた聴覚が、周囲から緊張と乱れた息づかいを教えていた。


「セリシールお嬢さま、結界をお願いします」


 腕の中の娘が宣誓をやると、虹色を帯びた光のドームがふたりを覆った。

 守りを見てから撃つのはどうかと思うが、草むらでちらついていた迷彩服たちから、銃弾のシャワーを浴びせられる。


「みなさまがた、お撃ちにならないで!」

「シダレ隊が汚濁の罪の兵を攻撃したか、遺物を狙ったのでしょう。同世界から来ているわたしたちはもう、彼らにとっては敵ですよ」


 忠告するも、セリスはまだ話し合いだの、懇意にしていた医者や看護師に取り持ってもらおうだのと口にする。

 ヨシノはこんな彼女の性分を、自分の好きなものの五本指に入れていたが、今回は思わず舌打ちをした。


 銃弾は休み休み、透明な壁にぶつかってくる。

 音すらもさえぎる結界の中だと、外の状況もつかみづらい。

 ヨシノは悪手を打ったと、歯噛みした。


 その気になれば、ヨシノの肉体は、仲間を運ぶ馬の役目だけでなく、守る盾にも、敵を払うつるぎにもなれるのだが、セリスの前では重い制約が掛かっていた。


「ヨシノの力を見せるとセリスが怖がるからダメ!」

 ずいぶんと昔に、あるじによってはめられた枷は硬く錆びついている。


「降ろしてくださいまし。ヨシノさんも両手が塞がっていては困るでしょう?」

 困るは困るが、彼女の足を地面につけるのはナシだ。

 たぶんこいつは、敵に向かって行って、両手を広げて説得を始める。


「フロルお嬢さまも、きっとお困りです。敵に囲まれているかもしれません」

 なるべく不安そうに、表情もしっかりと作って呟いてみた。

「もしかしたら、死んでしまわれるかも……」


 説得プラス、前回の窮地の時のように気絶でもしてくれたらという期待をこめた演技だった。


「それゆえにわたくしが、シダレ様とフロルさんたちが協力関係にないことを説明しないとなりませんの!」

「殺されます! フロルお嬢さまのことを信じてください!」

「ヨシノさん、言ってることがあべこべですわ!」


 ダメらしい。

 抱きあげている腕が重くなった気がする。

 じっさい、セリスを守るためのいちばんの障害は彼女自身だ。


 ――フロルお嬢さま、恨みますよ。


 無茶振りが過ぎるのだ。いくら自分が壊す専門だからといって、いちばん大切な親友の命運をメイドひとりに任せるか、普通?

 そもそも、セリスがこうも慈愛やら分かり合いやらに対してかたくなになったのは、スリジェ家の伝統だけのことではない。

 セリスがフロルの背中を追い掛け、フロルが幼少時よりいたずらを仕掛けて叱られては、甘えるように(ゆる)しを乞って、セリスが赦し続けた関係性が手伝っている。

 つい最近までしていた喧嘩だって、「仲直り」に執着させるのに一役も二役も買っているのだろう。

 そうして今のセリスが出来たのだ。

 この目で見てきたし、本人の口からも聞いたのだから間違いない。

 今だって、彼女の面倒な行動原理の根っこには「フロルさんのため」が、がっしりと絡みついている。

 フロルだって、セリスの性分を承知しているはずだろうに。

 危険な目に合わせたくなければ、女神の枕に置いてくればよかったのだ。


 あるじへの不満をつらつらと思考していると、視界がいっしゅん点滅し、結界内を鋭い金属音が響いた。


「結界が破られましたの!?」


 ヨシノはふくらはぎを撃たれていた。

 肉に命じて身体から弾を押し出し傷を塞ぐと、青い魔導石を鋭い尖端に輝かせた弾丸が吐き出された。


 セリスが追加の宣誓を唱えようとするのをさえぎり、結界を解くように頼む。

 こんな場面でも信用はしてくれるらしく、光の壁が消えるのを合図に、限界まで高めた脚力でその場をあとにする。

 弾丸が耳元をかすめる。お願い、セリシールお嬢さまには当たらないで。


 景色は流れ、銃声も遥か後方へ。


「きゃー! 速くありません!? ヨシノさん、こんなに足がお速いのでしたっけ!?」

「暇なときにウマと競争するのが趣味でして」

「おウマさんよりもお速いかと存じますの!」


 さらに加速すれば、風が悲鳴を掻き消した。

 後方で爆音。振り返れば地面が弾け、土砂が空高く打ち上げられていた。

 砲弾のたぐいかと思ったが、独特の笛の音に似た音は聞いていない。


 ――今、何か踏んだ。


 そうか地雷だ。兵士の誰かから教えてもらった、踏むと爆発する兵器。

 次を踏んだのは、運が悪いことに獣人側が作ったらしい土壁を飛ぶために踏み切ろうとした瞬間だった。

 脚部の肉も固めてはいたが、衝撃で膝が反対に折れ、ふくらはぎも破裂した。


「お嬢さま、ご無事ですか!?」

 心配するのはもちろんご令嬢の身。

 セリスは悲鳴をあげたあと、「耳が」と口にしている。

 耳くらいなら普通の人でも治るだろう。生きているのなら、まずはよし。


 ともかく、森へと逃げこむしかない。

 汚濁の罪は、森での戦闘やトラップを原則禁止にしていると聞いた。

 それがどのくらい守られているのかは分からないが。


「お、兵隊ひとり見っけ」


 森に飛びこんですぐに、別の面倒な連中に見つかった。

 フルール家の領地にだけ生息する、フルールキャットなる動物にそっくりな顔をした獣人だ。

 隣に立つのは首輪の少年。赤いローブと金の杖で飾っているあたり、魔導士と見たほうがいいだろう。

 彼は髪を綺麗に切り揃えられ、武骨な鉄の首輪を除けばどこかの司祭や貴族にも見えた。

 隊を組まずの行動と、少年のあくびから自信のにおいがする。

 凍結や電撃の魔術は肉の操作の妨げになるだろう。要警戒。


「あの、わたくしたちは追われてまして」

「追われてる? 脱走兵と捕虜か。でも、首輪をしてねえな?」

「わたくしは奴隷でなくって、女神の枕から来ましたの」


 奴隷連れの獣人のほうが話が通じるというのは皮肉か。

 彼らはセリシールの主張をひと通り、大人しく聞いてくれた。


「なるほどな。それじゃあ、俺たちに勝ったら、こっち側のゲートまで保護してやろう。鉄砲の連中の本拠地から抜けてきたってことは、あんたらもやるんだろ?」


 獣人は上機嫌。少年は杖を立てて握り、魔力の光を満ちさせている。


「わたくしは争いごとは苦手で、こちらのかたも、ただのメイドでして……」

「わはは。迷彩服着たメイドがいるかよ。こいつは戦士だ! てめーらからは血のにおいがする!」

「それは、救護のお手伝いをしていたからですの!」

「やってみりゃ分かるさ。単独行動した甲斐があったな、相棒!」


 ――前言撤回。やっぱり話が通じないです。


 獣人は木を蹴り蹴り、かく乱しつつ飛び掛かってきた。

 少年の杖がばちばちと音を立てるのが聞こえる。


「身を守っていてください!」

 ヨシノはセリスをポイ捨てすると、獣人を無視して少年へと突進した。

 いっぱつぶん殴ると彼は軽く吹っ飛び、背中を木に打ちつけ、ぐたりとなった。


「てめー! 俺の相棒を!」

 毛を逆立て牙をむく獣人。宝石のような瞳が光の軌跡を残して迫りくる。

 両者両手をつかみあい、力比べの形となる。

「おおっ!? なんて怪力してんだ!?」

「あなたが手加減をしているのでしょう」

「んなわけあるか!」


 ぶん投げて終わらせようと思ったが、セリスの視線を感じる。

 マズい。心配や恐怖ではなく、明らかに獣人と同意見の表情だ。


「くっ、放せ! おらっ!」

 獣人が蹴りを入れてくる。

 セリスが「お腹はおよしになって!」と叫んでいるが、本当にやめて欲しい。

 身体は平気だが、鋭い爪のついたうしろ足(?)で蹴られると服が破れる。

 すでに地雷でズボンもずたずただというのに、このままじゃ半裸になる。


 ――そういえば、お嬢さま……。


 フロルは今回も鎧の下に怪盗の衣装を着こんでいた。ハイヒールのアーティファクトの上にブーツを重ねるという無茶をして、歩く練習までしていたのだ。

 遺物を頂戴する可能性がありますから、なんて言っていたが、どうせ趣味だ。

 彼女のことだ、怪盗どころか、隙あらばどこかで露出もしているかもしれない。

 ルヌスチャンや自分を別にしてシダレを追ったのは、露出癖に文句を言わせないためじゃないのか?


「しまった! 腹が立って、つい……!」


 気づけば、獣人がいない。

「にゃーーっ!」

 彼は枝々を弾いて、空高く飛んでいった。


「あらまあ!」

 セリスは口をぽかんと開けて空を見上げる。

「……はっ、いけない! ヨシノさん、お腹の傷は平気ですの?」


 駆け寄るセリスに無傷だと告げるとも、血しぶきが見えたと指摘される。

 彼女は戻しの虹布を手にしている。素直に治療されていればよかったか。


「む、昔から治りが早くて。信じてください、平気なんです!」

 セリスの手を取り、食らいつくように無事をアピールする。

「そ、そうなんですの? ヨシノさんが平気だとおっしゃるなら。でも、お召し物が破れてますわ。破片を集めたら服も縫えますから」


 セリスはお腹を冷やすといけないと、散らばった迷彩柄を拾い始めた。

 五感が警笛を鳴らす。身のこなしとにおいからして獣人のグループだろう。

 あちらも、においや音には敏感だ。まっすぐとこちらに向かって来ている。


 ヨシノは「へそ出しルックが異界で流行ってると若いメイドに聞きました」と言い放ち、再びセリスをかかえて駆け出そうとした。


 ――気配が!?


 接近していた獣人たちの気配が、消えた。

 森は、いやに静かになっている。


 それから漂う、甘い香り。


「魔物!?」


 前方の木々が動いた(・・・)。枝が伸び、行く手を遮るように網目を作った。

 地中深くからも、わずかな振動が何かの接近を教えていた。


「もう! 次から次に!」


 屋敷での仕事くらい忙しい。

 いい加減にして欲しい。フロルお嬢さまのバカ。

 ついでにセリシールお嬢さまのアホ。


 メイドはいよいよ業腹である。

 さらに面倒なことに、鼻が痛いほどの甘さが、脳を痺れさせてきた。


「なんだか眠く……」

 腕の中の娘から力が抜けていくのを感じる。

 セリスが眠ったか。ならばこれはむしろ、好機と捉えるべきだろう。


 ヨシノは(はら)を決め、胴を目いっぱいに伸ばして(・・・・)、森の上でたっぷりと息を吸った。


 ――植物の魔物には怨みもあります。ここはひとつ、わたしの八つ当たりに付き合っていただきましょう。


 ヨシノはセリスをそっと脇に置くと、地中へ手を突きこんで「お客さま」を引きずり出す。

 人の姿をした木のように見えたが、ろくに確認しないでとりあえずそれをぼきぼきのばらばらにへし折る。


 すると、地中から女性をかたどった樹木たちがつぎつぎと現れた。

 琥珀色の瞳は尖っており、明らかな怒りを見せている。


 ――まるで芸術品のよう。スリジェ家のアトリエを思い出しますね。


 されど不機嫌メイドは容赦をしない。


 相手のまねをして腕を枝分かれさせ、巨大な腕を整形して同時に二体を握り折り、腹に枝を突きこまれるも胴体をねじってへし折り、引き抜いた血塗れのそれを投げて、ほかの樹木人をまとめて串刺しにする。

 相手も負けじと枝をつるぎのようにしてこちらの腕を切断してきたが、斬られた先からさっさと新たな腕を生やして焚き木のようにしてやった。


「そうです。こういうのは、いかがでしょうか?」


 ヨシノは両手を突き出すと、手のひらに裂け目を生みだし、()を噴出してあたりにまき散らした。

 それから、負傷兵から貰ったライターを、かちんと鳴らす。


 大炎上。どこぞの破壊神の娘ではないが、加減なしにやるのは気持ちがいい。

 ヨシノは自分が今、自然と笑顔になっているのに気づき、そっと頬を撫でた。


 ――従者として不肖でしたね。


 胸がすくと、あるじに不満を溜めていたことが愚かしく思える。

 同時に、この破壊衝動を身内に向ける恐怖を抱え苦しむフロルへのいとおしさで胸が満たされ、破裂しそうなほどになった。


「ふう……。さて、さっさとズラかりましょう」


 やりすぎたらしい、あたりは火の海だ。

 煙にむせて、荷物のほうへと向き直る。


 お荷物こと、セリシール・スリジェと目が合った。


 森の焼ける音が遠ざかり、火照った身体が凍結魔法を受けたようにこわばる。


「ヨシノさん」「起きていらしたんですか」

「すっかり、見てしまいましたの」「ええと、これは……」


 いい言い訳が思いつかない。


「傷が治ったり、身体が伸びたりなさいますのね」


 バケモノと罵られるか。放火を咎められるか。混乱して泣き出すか。

 ともかくこの友人からの信頼が消え失せ、主人が怒鳴り散らすのが浮かんだ。


「ご事情がおありになるのね。無理をせず、なんでもお話しになって」


 手を取られる。

 いまだ森を壊し尽くした感触が消えない手を、そっと撫でられた。



 ……。



 協力して逃げ延び、その夜は星空の下で互いの胸の内を打ち明け合った。


 ヨシノは話す。ひとならざる不死の肉体と、おぼろげな生い立ちを。

 セリスはうなずき促すばかりだったが、そのたびにヨシノは硬く凝り固まった身体がほぐれてゆくのを知り、頬を熱いものが伝うのを感じた。


「すみません、泣いてしまって」「お泣きになってもよろしいかと存じますわ」


 眠りのときは慈愛の令嬢に頭を預けた。

 これも、フロル以外には初めてのことだった。


 ヨシノは、自分は誰とも似ることはない、悪い意味での特別だと感じていた。


 いちまい衣を剥ぎ取れば、じつはよく似ていた乙女たち。

 普段ヨシノがフロルを慰めるように、セリシールはヨシノにそうしてくれた。


 どちらもフロル・フルールに憤り、溺愛もしていたが、決定的に違う点がひとつあった。


「あんなものが遺跡に封じられていたなんて……」


 石造りの神殿が轟音とともに崩れ、砂煙の中より巨大な石の人形が目覚めた。

 山をも見下ろす、塔のような怪物だ。

 首をぐるりと回転させ、ひとつだけの目玉が世界を見渡す。


 光る単眼。赤い光線が遥か彼方へ走ると、遠景いっぱいに大きな大きなキノコ型の雲が描き出された。

 空はあけに染まり、石の巨人がすべての終わりを告げようとしている。

 多くの弾丸や砲弾、魔術や槍や矢がぶつけられたが、巨人は気にせずに、また別の空に終わりを描き出した。


「フロルさんは!? すぐに助けに行きましょう!」


 セリシールはすでに泣き出していた。

 今しがた合流したルヌスチャンすらも、巨人を見上げ唸っている。


 いっぽうでヨシノはセリスの背をさすり、自信を持ってこう答えた。


「大丈夫ですよ。フロルお嬢さまは、無敵で素敵ですから」


 見るがいい。巨人の股から頭へかけて、赤く黒い一閃が走るのを。

 その一撃は単眼から溢れる終焉(しゅうえん)の光すらも上書きし、無へと帰した。

 次々と走る破滅の炎、哀れな兵器は徹底的な破壊を受けて崩れ落ちる。


 あれにも、いのちがあったのだろうか。

 崩れゆく身体の中心に、まぶしい球体が生まれた。どこか、太陽と似た光。

 それはきゅっと収束したように見えたが、やはり破滅の炎がなぞると消えた。


 土ぼこりすらも払われ、残ったのは晴れの世界。

 メイドの瞳は遥か遠方、瓦礫の上に立つあるじの姿をしかと捉える。


「お見事です。フロルお嬢さま」


 ヨシノはにこりと笑い、小さく拍手を送った。


* * * *

 * * * *

次回から新章。現在、物語は全体の1/3くらいです。

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