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005.わたくし、手加減は苦手でしてよ-05

 スカートにつんのめりながらも階段を飛ぶようにくだり、衛兵に止められるのも構わず城門へ駆け、先行したヨシノが馬に飛び乗り、うしろに乗るように促す。

 フロルは門番の目も気にせず、ヨシノから受け取った女神のつるぎでドレスのスカートを切り、動きやすいように短くした。


 メイド長が手綱を取り、お嬢さまはべちんと馬の臀部を平手で打つ。

 目指すは、スリジェ家宝物殿。

 セリシールも戦闘の心得が皆無というわけではないが、最後にギルド主催の組手交流会で見たぶんでは、中堅のトラベラーからレクチャーを受けていた。

 ちびっ子剣術大会では泣かせた思い出もある。

 いくらアーティファクトを豊富に持ち、創造の第二宣誓まで扱えるとはいえ、フロルの焦燥は前のめりに駿馬を追いこしていく。


 スリジェ家宝物殿。


 鋭い槍衾(やりぶすま)の塀の向こうでは、大量の兵士が武器を握って焦れていた。

 すでに十数体のアンデッドが包囲されているようだ。

 兵は数で勝っており、スリジェ家の私兵のほかに、王立騎士団も駆けつけているらしく、国王がのんびり構えていたのもうなずける。

 だが、戦士たちは数で劣った雑魚相手に苦戦をしているようだ。


「何をなさっているの!? 早く中に入ってセリシール嬢を救出なさい!」


 フロルは駆けつけるなり羽飾り付きの兜を叱咤した。


「これはフルール様! 私どももそうしたいのはやまやまなんですが、あのアンデッドどもは普通じゃないんですよ!」

「おゾンビが普通でないなんて当然でございますわ!」

「そうじゃなくって! 見てくださいよ!」


 騎士のつるぎがゾンビの首を撥ね、ギルドで見かけた覚えのある禿頭マッチョの大男がガイコツを戦鎚でストライク。

 ところが、敵は崩れ落ちると同時に、完全に復元されて反撃していた。

 あの手の存在が再生するという話は、どの世界でもありがちだが、これまで見たものよりも圧倒的に早い復活スピードだ。

 再生のさいに虹色の光が淡く見えた。やはり創造神ミノリの力だ。


「宗教交流でいらっしゃっていた聖職者のかたも歯が立たないようで」


 兵長の見やった先には、肌のほとんどを覆う黒い生地の衣装に身を包んだ女性――異界のシスター――が、黄金の十字を模したロッドをついて座りこんで、スリジェ家の召使いから介抱を受けていた。


「退魔の力が通じないのは、創造のアーティファクトによるものだからでしょう」

「もちろん、私もそう思って破壊の使い手を呼びましたとも!」


 現状があれだ、続きを聞くまでもない。

 フロルは細剣を手に包囲網へと駆け、大跳躍をして兵たちの頭上を越えた。


()の願いは()の願い」


 つるぎを通して女神へ呼び掛け、鞭に変化した得物を振るって、頭蓋骨みっつと半分崩れた人間の頭をふたつ叩き着地する。


 打擲された部分が赤黒い霧となり散るが、完全に消え去るよりも早く虹色の光が起こり、元の形を再現した。


「だ、誰か手伝ってくれ!」

 苦戦する兵を見つけ、つかみかかったガイコツの背骨に鞭を巻いてばらばらに解体する。


「どうも、ありが……ひいっ!」

 兵士はこちらを見て、短く悲鳴をあげた。

「って、フルール様でしたか。てっきりまた怪盗が来たのかと。似ていらっしゃりますねえ。スカートが破けておみ足が見えて……へへへ……」

「あちらをお向きになって!」


 フロルは兵士の頭をつかんで、ぐきりと捻った。

 兜のひん曲がったスリジェ家の衛兵だ。見覚えがある。

 レイピアを扱う者は珍しくないが、鞭だとそうはいかない。

 鞭に変形させる戦法は怪盗のときだけと決めていたのを失念していた。


『……今はそれどころではない。そうであろう? フロル・フルールよ』


 女の声が頭の中で響く。女神サンゲの明らかな干渉。


「黙って力をお貸しになって!」


 女神は愉快そうな抑揚で、『おお怖い。我が娘よ、敵はミノリの眷属だ。二つ目の祝詞まで知るようだな』と答えを授ける。


()の願いは()の願い。()は誓わん、女神サンゲの名のもとに!」


 ならばこちらも破壊の第二宣誓。

 第一からたった少しの付け足し。憶えるのも唱えるのも苦のない文言だが、女神により正式に賜った者が口にして初めて意味を成す。


『破壊の衝動に身を預けるのだ。フロル・フルール』


 鞭からレイピアへと還ったつるぎが赤黒い炎に包まれて怒張し、炎のゆらめきに合わせて刀身も形を変えた。

 どこか遠くの世界に存在するという、波打つ刀身を持つ剣の名はフランベルク。


 ゆらり、斬り上げ一閃。

 ゾンビ男の腰から肩へとやいばが抜ける。

 ゾンビは倒れもせず、再生もせず、宙にピン止めされたかのように硬直した。

 断面には、破壊のもやも創造の光も見当たらない。


「力が均衡してるんだわ!」


 破壊と創造は相反する性質を持つ。敵は第二宣誓まで使うと女神が言った。フロルはさらに上の使い手で、つるぎも国宝級のシロモノ。

 それでも差し引きゼロとすれば、敵の使用しているアーティファクトが未知の領域である可能性が高い。つまりは、本物の不老不死の力か。


 いっしゅん、第三の誓いを口にすることが頭をよぎったが、フロルは静止したままの敵に追加の一撃を与えた。

 すると、斬られた箇所から血色の霧に変じて、憐れなむくろは完全に消滅した。


「倒せたぞ! フルール卿を援護しろ!」

 周囲から歓声が上がる……が、続いて、

「中から誰か出てきた! 待て、攻撃するな!」


 黒髪の娘セリシール・スリジェ。

 彼女は若き執事に肩を借り、引きずられるようにして現れた。


「セリス!」


 フロルは旧友の名を呼び駆けつける。

 ふたりの背後には青く輝く渦が見えた。世界同士を繋ぐゲートだ。

 続いてゲートよりいずるは、追っ手の不死者。

 骨の指が燕尾服とキモノの背に届く直前、炎のやいばがそれを滅した。


「怪我をしたの? 大丈夫なの?」


 問い掛け――。


「近寄るな!」

 若い執事が手で制する。

 セリシールの袴は大きく破れて、足が露出していた。

 脛のあたりに虹色に輝く帯が巻かれていたが、包帯から下の素足は死霊どもと変わらぬ色に変色していた。


「セリス、セリス! しっかりして!」

 応答がない。

 汗にまみれた額に乱れた黒髪が貼りつき、苦悶の表情を浮かべている。


「破壊の眷属に寄られると接合(・・)に障る。早く離れろ!」


 接合、つまりは切断の大怪我か。

 わが身のことように思え、フロルは足首が冷たくなるのを感じ、立ちすくむ。


「おい、早く離れろ!」


 怒鳴る執事、反しておとめは(かいな)をつと伸べる。

 求める指先が近づくほどに、包帯の放つ虹色の光が弱々しくなっていく……。


『おやおや、わらわは何も手を加えておらぬぞ?』

 破壊の女神が楽しげに言う。

『友の脚を奪おうというのか? やはりそなたは、わらわの愛を受けるにふさわしい』


 フロルは頭で響くことばに屈しそうになる。


「お嬢さま、今はなすべきことを」

 平坦なささやきが耳に触れ、メイド服の女がフロルの脇を駆け抜けた。


「離れるのは、おまえらのほうだっての!」

 どすどす。続いてやってきたのは、先ほどのハゲマッチョだ。

 おっさんは「うちの勇者様に偉そうな口を聞いてんじゃねえぞ、この若造が!」と執事に一喝すると、セリシールと執事をふたりまとめてひょいと担ぎ、ガイコツやらゾンビやらを踏んづけ蹴飛ばしながら撤退していく。


 遠ざかる彼の肩の上では、虹色の帯がまぶしい光を取り戻すのが見えた。


「まずはゲート前の安全確保を」

 ヨシノはゲートから飛び出した腐った顔面を、靴裏で押し返しながら言った。

「ご心配召されることはありませんよ。あの包帯は、患部を巻き戻す(・・・・)神工物ですし、シスターさんも傷を癒し毒を取り除く魔法が使えると聞きますから」


 フロルは従者の声を受け、おのれを叱咤してつるぎを構え直した。

 空気を読んだか、入り乱れていたはずの兵隊もアンデッドどもから離れ、両軍二色にきっちりと分かれてくれている。


「さあ、フロルお嬢さま。あなたらしく」


 フロルは従者にうなずくと、破れたスカートで宙を舞い、風に撫でられる腿の爽快感と骨肉を断つ確かな手応えに微笑を浮かべた。


 破壊と創造、決して相容れぬも、常に隣り合うふたつ。

 友との結びを願う娘がつるぎを振るい、うつしよに縛られし憐れな者どものさだめを断ち切る。


 お嬢さまは不死者どもを跡形もなく滅すると、努めて笑顔を作って兵たちへと手を振った。


「みなさまがた、ゲートには誰も近づけさせないでくださいませ! わたくしは世界の王を名乗る不届き者と決着をつけてまいります!」


 快活な声には明るい歓声と応援が返される。


「本日も唯一無二にカッコよくてお可愛いです。フロルお嬢さま」

「ありがとう、ヨシノ。行くわよ」


 おっと、その前にひとつやらなくてはならないことがある。


「おじさまーっ、先ほどはありがとうございましたーっ!」

 筋肉親父に手を振りウィンクを飛ばすと、武骨な顔がゾンビのようにとろけた。


 ――わたくしを怒らせたおバカさんに、後悔をさせてあげませんとね。


 フロル・フルールはメイドに手を取られ、死臭漂う渦へと飛びこんでいった。


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