049.戦場を照らし出す乙女たち-12
※本日(4/8)2回目の更新ですわ~。
騎士が突き刺したつるぎを薙ぐと、大男の脇腹が消えた。
その虚空を埋めるように、見るからに熱く、生きた血がどっと吹きだす。
「ユリエさん!」倒れる同胞へと駆け寄るキルシュ。
「私、また死ぬの? 死亡フラグ、立てすぎちゃったかな……」
ユリエの周囲は瞬く間に血の海と化した。
「前は一瞬だったけど、死ぬのって、ホントはつらいんだね。どうせなら、スローライフな世界に転生したかったなあ……。せっかく、ふたりとも逢えたのに……」
彼女の瞳はぼんやりと天を仰いでいる。
キルシュは手で腹を塞いでやろうとしたり、実兄を睨んだりしている。
そして、懇願するようにこちらへと視線を向けたが……フロルは首を振った。
破壊の眷属に、誰かの傷を癒す手立てはない。
フロルもまた、付き合いは短くとも、ユリエに好意的な気持ちを芽生えさせていたのは事実だ。
こころが同じ若い女だとも承知している。友人になれる日も、近い未来にあっただろう。
しかしフロルはさかしまに、この状況でも腹の底が冷えていくのを感じていた。
破壊神が、下したという死刑判決。
目の前の騎士が、自分と同等にサンゲに目を掛けられていた事実。
そして、女神の加護及びづらき世界で、転生者の腹を裂くという芸当をやってのけた、この力量差。
怒るべきか怯えるべきか。
だが、フロル・フルールは冷徹なほどに落ちついていた。
自分は死なないという、確信があったのだ。
「その転生者には、せっかくの支援を何度か無駄にされてきた。恐らくは世界の変化を差し戻すために邪神に遣わされた者なのだろう」
「遣わした神とは、ミノリ様でもございませんのね?」
「サンゲ神もはっきりとは語らぬがな。フロル・フルールよ。次はそなたの番だ!」
両手で死と破壊を携えた騎士が駆け、フロルのバトルドレスを両断した。
消滅して鉄塊とぼろきれになった鎧を見下ろしつつ、フロルは第三の文言を唱える。
「抜け殻か」
宙を見上げる鉄仮面に、容赦なく破滅の炎を振り下ろす。
同じつるぎがそれを受け止め、赤と黒が視界いっぱいに渦巻く。
跳んだか弾かれたか、互いに距離を取りつるぎを構え直した。
「そなたのその姿……」
鉄仮面の下は笑ったようだった。
「怪盗なんとかとやらか」
ため息までつかれた。
「いくども死地を乗り越え、未開の世界を切り拓いたフルール家の先代たちは、私も深く尊敬するところだが……どうやら、末代のそなたはフルール家史上、最大にして最後の恥のようだな」
「あなたもお脱ぎになったらいかがかしら? わたくしたちの戦いにおいては、重い鎧は枷に過ぎませんことよ」
侮辱に動じず助言を投げ、ついでにスカートをちらりとめくって見せてやった。
「破廉恥な! 鎧は騎士の誇りだ。そなたのように軽々しく脱ぎ去ることはせぬ!」
「あら、残念ですわ。お顔はたいへんよろしいのに」
フロルは冗談めかして笑うと再び宣誓を口にした。
身軽になったのに加えて、やはり力の伸びもあったか。
黒きヒールが応え、森を駆けたときと比較にならぬほどの速度を叩きだす。
シダレが振り返ったときにはもう、フロルは青きマントの背中を眺めていた。
さすがは剣を生業とするベテラン。間一髪でフロルの斬撃が受け止められる。
触れあう破滅の炎が再び弾け、ふたりを中心に地面が削れた。
「汝の願いは吾の願い!」
カードの束に願いをこめ、即興で「戦意」、「決断力」、「握力」を思い浮かべ、それらの破壊を試みる。
「搦め手など取るに足らぬ!」
あっさりとひと薙ぎで炎の中へと消えるカードたち。
宙を走った破滅の火が、フロルの胸の前をかすめた。
――距離を見誤った!? ……違う!
届けば一撃必殺の戦いだ。油断をしたつもりはない。
相手のほうの力量が上回っているのは承知だったが、彼の破滅の炎はいっそうの猛りを見せていた。
何度かの立ち合い。速度ではフロルに圧倒的な分があったが、騎士は間合いを制しており、挙動のすべてが無欠の攻めであり守りであった。
「死ねっ!」
無粋なひと言とともに突きこまれた一閃。
フロルの判断では間合いの外と見たが、構わずつるぎを立てて守りに入れば、シダレの一撃が誘いこまれ、またも炎が弾けた。
――また伸びた。彼はどんどんと強くなってる!
フロルもまた力を行使すればするほど、おのれの力が少しづつ前進するのを実感していた。しかし、相手の一歩はさらに大きいようだ。
「誇りなき者よ、我がつるぎの前に果てるがいい!」
シダレの炎がいっそう猛る。
「誇りならございますわ。あなたにはあなたの誇りが、わたくしにはわたくしの誇りが」
フロルは今度は第一の宣誓に留めて剣に命じる。
否定された搦め手だったが、手のうちはカードだけではない。
両手持ちの剣を鞭へと変化させ、すかさず騎士の手元を狙って打った。
……乾いた音が弾け、騎士が呻き声をあげた。つるぎが炎を失い転げる。
彼の手首から先は失われており、激しく血をこぼした。
「鞭!? 剣が、鞭になった、だと!?」
「同じ破滅のつるぎをお持ちになりながら、ご存知なくって?」
「それは、そのつるぎは、私のつるぎとは……」
シダレは腕を押さえうめくも、床に転げた剣に視線をやった。
「降伏なさい。あなたには妻子もあるはず。わたくしは無為にいのちを奪うつもりはございません」
警告するも、騎士は出血を捨て置いて左手を伸ばし、再びつるぎを手にした。
「サンゲ神は私を選んだのだ! たとえこのいのち果てようとも、使命は果たす!」
怒声にて再び第三の誓いが交わされ、怒張したつるぎが火を吐き天井をも掻き消す。
「つるぎを収めなさい! でたらめに破壊を振るえば、この下の巨人も、あなたの弟も無事ではすみませんことよ!?」
「おのれの心配をしたらどうだ! 巨人が失われるなら、このサンゲの依り代がみずから世界を滅ぼしに打って出るのみ!」
言うも彼の足元の血だまりは広がり続けている。
「聖騎士シダレ……。あなたはもはや、あなたではございませんのね」
破壊神の傀儡になり果てた男の左手も鞭打ち、掻き消してやる。
剣落ち、再び潰える炎。騎士は両膝をついた。
「くそぉ……。滅ぼさねば。滅ぼし、あまねく世界の停滞を打ち破らねば……」
「神々がそう願われていらっしゃるのは存じておりますわ。ですがわたくしは、あくまでもわたくしとしてやらせていただきます」
鞭をつるぎに戻し、こうべを垂れる騎士の上でかざす。
「私を殺すのか? 女神が、私を選んだというのに……?」
「あなたは、彼女の性格を理解していらっしゃらないのよ」
シダレをわざわざ待たせたのは、争わせるためだ。
この決闘で力が伸びた。お互いに。
強いほうが残ればいい、くらいに考えているのだろう。
「女神よ、私をたばかったのか!? 我らは道具に過ぎなかったというのか!」
天を睨み、わめき散らす聖騎士。
「あなたはブリューテ家の長兄にして聖騎士でしょう。最期は堂々となさい!」
「憐れむ気かあ!」
「これは、断罪でもなければ、慈悲でもございませんわ。
もしかしたら、わたくしも辿っていたかも知れない、
これから辿るかもしれない道へ踏みこんだあなたへの、精一杯の愛でしてよ」
つるぎを持つ手に力を籠める。
振り下ろそうとした刹那、怒りに歪んだ顔が迫った。
「殺してやる! すべてをぶち壊してやる!」
重い鎧に押し倒され、手首のなくなった腕に身体を押さえつけられる。
やはり愛ではなく哀が相応しいのか。聖騎士は、もはや獣であった。
手首のない両腕が殴りつける。フロルは自分の甘さと相手に情けなさを覚えながら、彼の下から這い出ようとした。
……ふいに、胸に灼けつくような痛みを覚える。
それは胸の内ではなく、押さえつけられた少女の胸で起こった。
「滅びろっ! 滅びろっ!」
男は叫び、無茶苦茶に腕を振り下ろした。
そのたびに、下敷きの少女の視界に破滅がちらつく。
彼の手首の断面と、呪いを吐き出す口、そして両の眼窩からは、赤黒い炎が覗いていた。
つるぎは彼の手にはない。何か宣誓を聞いた覚えもない。
しかし彼は、彼自身がまるでアーティファクトと化したように、身体から滅びを発している。
少女の心臓の上で、じりりと胸が焦げる音がした。
――殺される。
身を縮ませた瞬間、フロルは男の重みから解放されていた。
「キルシュ!」
ユリエの大剣を構えた彼が、そこに立っていた。
「これ以上、誰かを失うなんてうんざりだ! シダレ兄さん。同じブリューテの人間として、ぼくがあなたに引導を渡す!」
吹き飛ばされたであろう騎士はもはや、人と認識できるものではなかった。
ただただ、死と破壊を願い続ける「何か」だった。
青年は目にも止まらぬ速さでそれの前まで駆け、素早く大剣を振り上げた。
本能か、「何か」もまた呼応し膨らんだが、否定されるように身体を斜線が走り、ふたつに分かれて地に倒れ伏した。
フロルは身を起こし、胸の傷を押さえながらも青年へと駆け寄った。
礼の言葉を掛けるが、彼はなぜか両手で耳を塞ぎ、首を振るばかりだ。
「……断る。ぼくは変わるんだ。おまえのいいなりには、ならない」
苦しげなつぶやき。青い瞳はフロルを通り越して、天を睨んでいた。
「キルシュ、女神の声が聞こえてるの!?」
青年は「神なんて、ろくなもんじゃない」と口にすると、その場に倒れた。
「しっかりなさって!」
慌てて確かめると息はある。
フロルは安堵のため息をつくと、すでに息絶えた大男を見やり、もはや誰の滅びも願わなくなった騎士を一瞥し、それから彼らもやったように天を見上げた。
「女神サンゲ、見ていらっしゃるのでしょう? そろそろ、おいでになったらいかがかしら!」
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