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041.戦場を照らし出す乙女たち-04

※先日(4/1)は2回更新していますわ~。

 フロルとキルシュは防衛線を抜けて、騎士団の足取りを追っていた。


「迂回ルートを取るなら、遺跡まで三日は掛かるとおっしゃってましたわ」


 二世界間のゲートは歩いて数日の距離があり、問題の遺跡はまるで取り合いをさせるためのように、ちょうど中間に存在する。


「急に景色が変わりましたね。自然がいっぱいだ」


 ふたりの眼前には森。木々が遠慮なく手足を伸ばし、道らしい道もない。

 小鳥の声が聞こえ、茂みが何かの小動物によって揺らされるのが見える。

 ずっと向こうでは、シカに似た生き物がこちらを覗いていた。


「汚濁の罪は、この豊かな土地を欲しているだけあって、森や川を傷つけるような武器は禁止してるんですって」


 いっぽうで防衛線の内側、ゲート付近では地面は完全に均され、草木も死に絶えていた。彼らがこの地を手にして、本当にあやまちを繰り返さないのか疑わしく思える。


「戦争をしてる割には、綺麗なものですよね」

「このあたりは戦場にはなりにくいのかしら?」


 フロルは気配を感じて見上げた。

 鳥とは違う何かが、森へ向かってふらふらと頭上を横切っていった。

 虫の羽音のような唸りをともなっている。


「今のはなんですの?」

「ドローンですよ。無線で操作のできる小型の無人機です」


 なんのこっちゃ。フロルは首をかしげる。


「あれは人の作った道具で、電波という見えない力で操ってるんです。あれの目で見た映像を遠くへ送ったり、武器を持たせて攻撃させたりできます」


 キルシュは噛み砕いた説明をしてくれた。


「それは、学ばれた知識? それとも……」

「思い出したものです。ぼくの前の世界にも、ありましたから」

「いよいよ、あなたが転生者だって認めないといけなくなりましたわね」


 キルシュは「まだ信じてなかったんですか?」と不満そうに言ったが、フロルは「自分でも疑わしくなるくらいに忘れていらっしゃったくせに」とやり返してやった。


「忘れたとおっしゃっていた、お姉さまやご自分のお名前は?」

「さっぱりです。断片的に思い出が蘇ることはあるんですけど。大事なことは忘れて、些細なことばかりに気が付く、そんな感じです」


 キルシュはそう言うと、森へと踏みこんだ。

 低木の枝を鎖帷子(くさりかたびら)に引っ掛けて煩わしそうだ。

 と思っているうちに、彼は木の根につまずいて転んだ。


「騎士団やギルドでは、森の進み方もお教えにならなかったのかしら?」

 フロルはため息をつき、少し離れたところを指差した。

 枝や低木が拓けている箇所がある。


「シダレさんたちには、森を大切にしていることをお教えにならなかったようね」


 甲冑の一団が通ったであろう森は、嵐のあとのようになっていた。

 草花が踏みつぶされ、低い位置の枝が折られるのはもちろん、火も使ったらしく、藪に焦げた跡が残っていた。


「酷いなあ。汚濁の罪がそう名乗るのは、自分の世界を汚し切ったからって話は有名だし、シダレ兄さんたちも知らないはずはないですよね……」


 フロルは考える。シダレたちはやはり、単に汚濁の罪を戦争に勝たせるためにやってきたわけではないのだろう。


 しばらく進むと、森を抜けようとした斥候か、首を撥ねられた獣人の遺体が転がっていた。


「……」


 獣人だけではない。木にもたれかかった騎士の姿もひとつ。

 頭から血を流して動かなくなった彼の脇には、ひしゃげた兜が置かれている。

 背には青マント。青マントは正式な騎士の中でも特別な“聖騎士”を示す。


「この人は!」

 騎士の遺体を検めたキルシュが声をあげた。

「お知り合い?」

「叔父です。あまり接点はありませんでしたけど……。いや、一時期よく屋敷を訪ねてきてたな。一番上の妹のことが好きだったみたいで」

「お悔やみ申し上げますわ」

「ど、どうも……」


 フロルが気持ちをこめて言葉を述べたからか、キルシュは困ったように遺体の前に立ち尽くした。

 しばらくすると、彼は遺体に向かって手を合わせた。


「前世にあった、死者へ向ける作法です。不思議なものです。叔父とは直接の付き合いは少なかったのに、死んだと分かったとたん、いろいろと思い出してくる。ぼくが騎士団に入ったときには、お祝いを持ってきてくれたんだっけ……」


 同じ「思い出す」でも、科学技術を語ったときのような笑みは見当たらない。

 フロルも青年をまねて騎士の前に屈み、手を合わせ、獣人も同じように弔った。

 次はキルシュがこちらに習い、獣耳の頭を身体のそばに寄せてから、手を合わせた。

 フロルもまた、悪意の徒でない戦士の死には、敬意を払いたく思っている。

 勇者として異界で蛮族や野盗を斬るときにも、必ずその死をおのれのポリシーの天秤に掛けるように心がけていた。


「そういえば、つるぎがございませんわね」


 アルカス騎士団の作法では、殉職者を残す場合は、剣を持ち主に沿えることになっている。敵に盗られる恐れがあろうとも、絶対にだ。


「叔父は“風斬りのやいば”を持ってたはずです。剣が神工物だから回収したんじゃないですか?」

「風斬りのやいばとおっしゃるってことは、このかたはスカッタさん?」

「叔父のことをご存知でしたか」


 風斬りのやいばは、刀身だけでなく、斬撃が生み出す風までも切り裂く力を宿す破壊のアーティファクトで、それを操る「かまいたちのスカッタ」の名は有名だ。

 顔は失念していたが、ギルドと騎士団の親善試合で、フロルも立ち合いをしたこともある。

 同じ競技用のつるぎで戦ったために、苦戦を強いられた覚えがあった。


 ――あの彼が倒されたの?


 獣人は人間とは身体的には大きく溝を開けるらしいが、銃火器も魔法も持たないはずだ。破壊の力も操る聖騎士が最初の脱落者になるとは考えづらい。


「ちょっと待てよ? 叔父はシダレ兄さんの隊じゃなかったはずだ」

「じゃあ、スカッタさんもシダレさんを追って?」


「妹が嫁いでからもよく兄を訪ねて来てたので、グルのほうがありうる……。このぶんだと、父も噛んでいるのか? 一族そろって何を考えてるんだ? 兄さんはどういうつもりだ? いのちを懸けてまで、することなのか?」


 青年の声が、どんどんと怒りを帯びていく。


「キルシュさん、先日に言った無礼をお詫びして撤回いたしますわ」

「前に言った無礼?」

「あなたは前世にばかりこだわって、今世に礼を欠くと言ったことですわ」

「ああ、それですか。正直なところぼくも、フロルさんの言う通りだと思いました。でも、思い直せば、腹が立つのも、それだけ大事ってことだからなんですよね」

「おっしゃる通りかと存じますわ」

「だからこそ、ぼくの態度は間違っていたんだと分かります。あなたに気づかせてもらったんですよ。そして、叔父のおかげで、はっきりしました」


 青年は立ち止まり、ふたつの遺体があった背後を振り返る。

 まだ、どこか迷いに揺れる青い瞳。

 メランコリックなそれが、整った顔にいっそう魅力を与えていた。


 出入り禁止も撤回ししてさしあげましょう。そう思った矢先だった。


「……何者ですの?」


 茂みに気配。

 言い当てられた存在は、遠慮もなしに立ち上がり、こちらへと飛びだしてきた。



 お嬢さまはその姿を、しかとまなこに映し、透き通った高音の悲鳴をあげた!



「敵かっ!?」

 キルシュが前に出てかばい、剣を抜く音が続く。

「……ってなんだ。フロルさん、こいつ、奴隷ですよ」


 相手の正体を知っても、キルシュの背から出る気にはなれなかった。


「フロルさんらしくない。可愛いなあ、そんなに怖がっちゃって」


 と言ったキルシュも「うわっ!」と声をあげ、フロルを放って飛び退いてしまった。


「おまえたち、奴らの仲間か!?」

 奴隷と呼ばれた中年男性がこちらに突撃してくる。

 確かに首には野太い首輪。手足に枷。

 奴隷という割には、彼は恰幅がよく、走るに合わせて腹の贅肉が弾んでいる。

 それから、出っ張った腹の下では彼の「武器」がぶらんぶらんしていた。


 そう、このおやじは全裸である。


「お近づきにならないで!」「へぶしっ!」

 ガントレットのこぶしが奴隷の顔面へ沈みこむ。

 尻もちをついて大開脚を披露した奴隷は気丈にも立ち上がり、「俺のご主人様を返せ!」と言って、またも飛び掛かってきた。


「あっち行け!」「あべしっ!」

 でっぷりと太った腹の脂肪へ、鋼鉄のブーツが食いこむ。

 再び開脚を披露した奴隷はすぐさま起き上がり、標的をキルシュへと変えた。


「いやーーーっ!」

 フロルは悲鳴をあげた。

 指の隙間から、「武器」が立派に立ち上がっているのが見えたのである。


「おまえ、さては変質者だなっ!?」

 キルシュは体当たりで全裸中年男を吹き飛ばした。

 相当な勢いで衝突したらしく、三度目の転倒をした男の腹に鎖帷子の網目模様が痕となってうっすらと赤く浮かんだ。


「くっ、だれが変態か!」男が立ち上がる。元気だ。あっちも、いっそう元気だ。


「どう見ても変態だろう! 全裸でこんな場所に来て、しかも奴隷の癖に主人を返せだなんて! 主人が捕虜になったのなら、奴隷は逃げるチャンスのはずだ!」


 キルシュの言うとおりだ。

 だが、罠かもしれない。奴隷にそう言わせて、どこかでこちらを狙っているかも。

 しかし、フロルのおめめは釘づけなので、あたりをうかがうことはできない。


 まったくの余談であるが、どこの世界にも草木が生えているように、キノコも世界をまたいで存在している。


 お嬢さまが見つめるキノコは立派である。

 ギルドのハンマーおやじが振りかぶるときに逞しい腕が膨らみ血管が浮くのだが、ちょうどそんな感じだ。


「ご主人様には忠誠を誓ってるのだ。よその世界の奴隷などと同じにするな!」

「おい! それ(・・)をこっちに向けるな!」

「おまえの剣とこちらの剣、どちらが強いか勝負だ!」

「危ないだろ! それにぼくの剣が汚れる!」


 奴隷の剣の赤くて丸っこい部分と、キルシュの鋭い剣が触れそうになっている。

 お嬢さまはつばを呑みこんだ。

 この切っ先同士がぶつかると、いったいどうなってしまうのか!?



 次の瞬間、弾けるような音とともに、周囲にまっしろな光がほとばしった。



 明らかな「魔力」の気配。

 フロルは慌てて剣を抜いたが、視界が戻ると男の姿は消えていた。


「あっ、あいつ逃げたぞ!」


 フロルたちが来た方角へと、太った尻を揺らして奴隷が走り去っていく。


「今のは目くらましだったのか? あっちは防衛線のほうだし、本当に主人を探しに行ったのかな……」

「魔術をお使いになられてましたわね」

「獣人は使わないって聞いてましたけど、奴隷はよその世界からも仕入れているらしいですから、そっちでしょうか?」

「魔導の力を持つかたが大人しく従うものかしら?」

「手枷や首輪に魔封じが? でも、魔法を使ったし。やっぱり、ただの露出魔か」


 キルシュはそう言うと、こちらの顔をじっと見てきた。

 からかわれそうな気配を感じたので、フロルはそっぽを向いて進み始める。


「待ってくださいよ。ぼくが前を歩きます。地雷なんてあれば大ごとですよ」


「地雷って、なんですの?」

 振り返らず、止まらずに返す。


「踏んだら爆発する爆弾ですよ。技術レベル的に、汚濁の罪側は持ってるはずです。ぼくなら平気だけど、もしもフロルさんが踏んだら、ばらばらになりますよ!」


 彼は防衛線を出てから、ずっと先頭を歩いていてくれていた。

 フロルは少し加点してやりながらも、呆れてため息を漏らす。


「騎士団が通ったあとを歩いているのに、それはないのではなくって? それに爆弾を埋めれば大地を傷つけるでしょうに」

「うっ、そうですけど。待ち伏せとかも、あり得ますし」


 キルシュが追いこす。


「そんなことおっしゃって、わざと地雷を踏んで衣服を吹き飛ばして、お恥ずかしい姿をわたくしに見せつけようという魂胆でしょ?」


 キルシュは「露出癖はあなたのほうでしょ」とやり返してきた。

 顔を見合わせ、どちらからともなく吹き出してしまう。

 敵が潜むかもしれない森の中で、少女と青年の笑い声。

 お互いに気をつけることを約束し、木漏れ日の中の行軍へと戻る。


 しかし、ふたりはすぐに表情を落とすこととなった。


「これって、全滅……?」

 フロルは思わず声を震わせる。


 森を抜けたところに、死屍累々。おびただしい数の騎士の死体だ。

 現場は荒れ果てており、木々はなぎ倒され、森の先にある岩壁までもが大きく削り取られていた。

 加えて、騎士たちは一様に地面から生えた樹木に絡めとられており、胸部のプレートに大穴を開けたり、手足をねじ切られて絶命している。


「でも、シダレ兄さんはいない。まだ生きてる……!」

 戦死者は一般の騎士を示す赤のマントばかり。



 ……こつん、小石が足元に転がる。

 


 ふたりはとっさにその場から下がり、崖を見上げた。

 みっつの大きな影が跳躍し、大地に降り立つ。


 現れたのは獣人とその従者たち。

 全部で三組(・・)


 獣人たちは全員、首輪をつけた者たちを背や肩に乗せていた(・・・・・)


「おまえたちがこれをやったのか!」

 キルシュはすでに剣を抜き、敵たちへ向かって駆け出していた。


 三組のうちのひとつ、漆黒の浅い毛を光らす獣。

 その大きな肩に腰かけたきらびやかなローブ姿の女――耳の長い美女――が、指をぱちんと鳴らす。


 刹那、キルシュ・ブリューテは大きな氷塊に包まれ、つるぎを抜いたままの姿で地面に転がった。


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