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038.戦場を照らし出す乙女たち-01

 ご機嫌麗しゅうございますか?

 ぜんぜん麗しくないフロル・フルールでございます。


 唐突でございますが、あなた様の世界には「戦争」というものがおありでしょうか?


 わたくしたちの暮らす女神の枕は、戦争とは縁遠い世界でございます。

 しかしながら、わたくしのこころの中は今、乱世のごとくとなっております。


 せっかく、長きの不仲を解消し、幼き日々のやり直しと、新たな友情が育まれ始めたというのに、とても酷い形で水を差されたのですから。


 ああ、わたくしのセリスを盗撮したキルシュさんをぶち殺して差しあげたい。


 おほほ……冗談でございますわ。


 彼の薄気味悪い趣味や企みはいったんおいて、前回の本題であった騎士団の不正についてお話しいたしましょう。


 わたくしは正気を失いかけはしましたが、やはりプロの怪盗。

 後輩を前にして仕事を放り投げるわけにはゆきません。

 キルシュさんの秘密の本を焼き払ったのちには、きちんとブリューテ家当主の部屋や、疑惑のシダレさんの部屋をチェックいたしました。


 しかし、これといって怪しいものは何も出ず……。

 なんの成果もなく戻るのも癪ではございましたが、わたくしたちは依頼主へ詰問を兼ねた報告へと向かうことにいたしました。


 ところが、これはいったんお預けとなってしまいました。

 なぜならば、キルシュ・ブリューテさんは逮捕されていまいましたから。

 彼が逮捕? 逮捕されてしかるべき人物でしょう、って?


 ですが、彼の罪状は、怪盗を屋敷にさし向けた咎でもなく、他家の令嬢を盗撮した咎でもなく、まったくの別の「無実の罪」だったのです。


 それは、「実妹に対する暴行」。


 そう……!

 ヤエ・ブリューテさんが愛しき兄を探して、一糸まとわぬ姿で領地中を駆け回り、気が狂ったように彼の名を呼ぶ姿が目撃されてしまい、誤解を受けての逮捕!



 ……かわいそ。



 噂は瞬く間に広がってしまいました。

 盗撮された被害者(セリス)も、この社会的罰をもってして許すとおっしゃっています。

 まあ、この冤罪は、彼女のカードが招いたことでもあるのですけど……。


 けっきょく、キルシュさんは妹さんご本人の弁明により、釈放されました。

 すでに噂は出回っていますし、しばらくは、わたくしの屋敷に拘束させていただく向きとなりました。絶対に逃がしません。

 キルシュさんとしても、市井で石や生卵をぶつけられるよりは、ね?


 ところで、妹さんの偏愛は相当に酷いらしく、じつは勘当されたキルシュさん以上に、ブリューテ家の内部で悩みの種だったそうですわ。


 さて……。


 ようやく、キルシュさんの尋問ができたのですが……このふざけたお話から一転、“わたくしたち”は大きなさだめの渦に巻きこまれることとなります。


 これは大河のごとき変わらぬ歴史に抗う、星屑たちの物語。


 潰えるいのちに涙咽ぶ娘。

 美しき獣と鎖に繋がれた男の絆。

 星空の下で語り合うおとめたち。

 生まれ変わりの果てにいきつく残酷な運命。

 さだめを背負い、つるぎを交えるふたり。


 硝煙と魔法の香る世界に見える、いっしゅんの煌めきたち。

 悲劇を裏で糸をひくのは果たして……。


* * * *

 * * * *


「この変態っ!」


 フロルは鞭を振るった。

 どうせ当てても効かないので、鞭先でまつ毛を撫でて脅しつけてやる。


「ひいっ! ぼくは無実ですよ。ヤエに手を出したりなんてしてません!」


 目をつぶり怯える金髪の青年。

 キルシュ・ブリューテは、ヨシノの髪で作られた縄でぐるぐる巻きだ。


「変態妹さんの話はどうでもいいわ。わたくしを利用してセリスに近づいた理由をお話しになって!」

「言っても信じてもらえませんって!」


 もう一度鞭を振るう。


「お嬢さま、拷問なさるなら肉体よりも精神に効くものを」

 メイド長が無表情で提案する。

「穴を掘って埋めるを繰り返させるとか、耳と目を塞いで水滴を落とすとか」


 いやいやそれよりも、と言ったのは執事である。

「ヤエ様をここにお招きするのが、よいのではないですかな」


「か、勘弁してくださいよ! あの子は苦手なんですよ!」

「だったら、お話しになりなさい。それから、セリスに謝って!」


 べちーん! 鞭でさらに一発。

 ノーダメージだろうと、やっぱりこれはこれで楽しい。


「あなたもやる?」


 フロルが振り向くも、キモノの娘は首を振った。


「キルシュさん、事情がおありになるなら聞きますから。信じる信じないも、お話を聞かなければ決められないかと存じますの」


 セリスに諭されると、金髪の青年は唸り、「分かりました」と神妙に言った。


「ぼくは、キルシュ・ブリューテであって、キルシュ・ブリューテじゃないんです」

「どういうことですの?」

「ある日、ぼくはゲームをしていたんです。それで死んでしまって、気づいたら赤ん坊になっていて……」


 彼はそこまで話すと目を閉じ、苦悶の表情を見せた。


「ねえ、フロルさん。赤ん坊になるゲームですって」

 セリスがひそひそとやってくる。

「やっぱり妹さんとのアレかしら?」

 キルシュのベッドに散乱していた品を思い出す。


「ふっ、ふふっ!」

 セリスがおもむろに笑い始めた。

「赤ちゃんプレイ! あはは!」「ちょっとセリス!?」


 ツボにはまってしまったらしく、セリスはけらけらと笑い続けている。


「すみません、訳が分からなくて。思い出そうとすると、混乱するんです。ぼくはもともと、キルシュではなく別の世界の人間で、生まれ変わったらしいんです」


「生まれ変わり? にわかには信じがたい話ですわね。真偽は置いて、それが盗撮とどう繋がるのかしら?」


「前世のぼくには、姉がいました。姉はあるとき失踪したんです。姉を……」


 キルシュはまたも目を閉じ「姉さん」と苦しげにつぶやいた。


「お姉さまプレイ? あっ、それだとキルシュさんがお姉さまにならないとか」

 セリスがなんか言ってお腹をかかえている。


 フロルは首をかしげながらも、キルシュの言い分を整理する。


「あなたはお亡くなりになったあと、キルシュ・ブリューテとして生まれ、

 行方不明になったお姉さまも生まれ変わっていて、

 彼女の生まれ変わりを探して、調査をしてたってところかしら?

 つまり、セリスはあなたのお姉さまに似ているということで、よろしくって?」


「そうです……多分」

「多分って、あなた。適当な言い訳をでっちあげてるんじゃないでしょうね?」


 否定も肯定もない。

 やはり、ヤエを呼ぶのが一番かと思い、執事に命じようと彼を振り返る。


「どうしたの、チャン?」


 初老の執事は顎髭を撫でて何かを考えこんでいるようだ。


「わたくしめも聞きかじった程度の話ですが。彼は“転生者”ではないかと」


 転生者とは、死ぬか何かして肉体から離れた魂が、別の肉体に宿って誕生しなおした存在だという。

 特徴としては、前世の記憶を一部ないし全部を持っているほか、もともと存在していた世界での特性やルールを引き継いでいたり、なんらかの異常が起きて超人的な力に目覚めることがあるのだとか。


「こいつが頑丈なのは、それが原因ってこと?」

「可能性としてはありますな。キルシュ殿のもとの世界の名は?」

「分かりません……。でも、科学技術が高くて、魔法は無かったはず……」


 キルシュは姉だけでなく、前世で生まれた世界も探していると語った。

 騎士団追放後にトラベラーギルドに所属したのも、情報を集め異界に行くのに都合がいいからだったそうだ。


「あの、わたしは生まれ変わりとかよく分からないのですが……」

 ヨシノが疑問を呈する。

「キルシュ様のご容姿は、前世と似ていらっしゃるのですか?」


「いえ、違ったと思います」

「でしたら、生まれ変わったお姉さまも同じ姿をしているとは限らないような。それに、お姉さまも生まれ変わったと判断する根拠が示されてません」


「でも、似ているほうが近いかと。早く見つけないと……」

 キルシュは続ける。

「時間が無いんですよ。前世の記憶が日に日に薄くなっていくんです。書き留めるようになったのも、自分の名前や姉の名前が思い出せなくなったからです。でも、セリシールさんは姉と似ている、そんな気がするんです」


 青年は助けを求めるような目でセリスを見つめている。


「残念ですけど、わたくしは前世の記憶なんて持っておりませんの」

 セリスはまだ、肩をひくつかせていた。


「書き留めておいたものがあるなら、見せてちょうだい」

 問いかけると、キルシュは今度はうらめしそうな顔になってこちらを見た。


 ――うっ、わたくしが燃やしたアレですわね。


 キルシュは信用はならないが、手のこんだ嘘をつくような人間ではない。

 つい口をついてセクハラをするし、軽率だが、頑固でまっすぐなのが災いして、ほうぼうを追放されてもいる。


「忘れたことを思い出すことはできないかしら……」

 セリスは袖で口を隠し、目を細めて何かを考えこんでいるようだ。


「時戻りの杖なら試しても無駄よ。こいつ、カードどころか破滅のつるぎの炎も効かないんですもの。頑丈すぎるから頭をぶん殴ってもダメ」


「いえ、そういった乱暴な方法ではなくって。

 関連した話を聞くと、せきを切ったように思い出すことってあるでしょう?

 わたくしも、記憶がおぼろになられたおじいさんやおばあさんが、

 急に饒舌になられて、昔のことをお話しになるのを見たことがございますの」


「じゃあ、似た世界に行くか、同じ世界の人間と話をすればいいってことね」

 フロルはキルシュの縄をほどき、肩に手を掛け「ま、頑張ってね」と言った。

「それから、セリスにはちゃんと謝ってよね」


 隠し撮りの件が謝られると、セリスは「それはもういいんですの」と、ほほえんで、キルシュのそばに寄った。

 セリスがひそひそとキルシュに何かをささやき、彼は一度フロルのほうをチラ見してから、「お安い御用です」と言った。


「迷惑をかけた手前でこう言うのもなんですけど、ぼくのこと、手伝ってもらえませんか?」

 キルシュの頼みに「いやよ」と即答。


「フロルさん、わたくしからもお願いしますの。お可哀想だと思いませんこと?」

 お人好しの友人が真剣な瞳をして言ってくる。


「わたくしは思いませんわ。……キルシュ、あなたは女神の枕で生まれた人間のつもり? それとも、前の世界の人間?」


「それは……」口ごもる青年。


「生まれ変わったのなら、キルシュ・ブリューテではなくって?

 キルシュとしての記憶も、赤ん坊のときからあるのでしょう?

 ブリューテ家の人間として生を受け直したのに、勘当され、家名を傷つけ、

 あいまいになった姉や元の世界を探すために、わたくしたちを利用までして。

 今世で関わる人々に失礼だとお思いになりませんの?

 自分が自分であることに誇りを持てない人間のためにしてやることなんて、

 わたくしにはございませんことよ」


 フロルの不快感は頂点に達していた。

 彼を解放したのは、赦したからではない。

 友人への無礼を抜きにしても、眼前から消えて欲しいとさえ思い始めていた。


「ぼくは、それでも姉さんを見つけたいんだ」

 言葉に嘘はないようだ。それから一転、瞳に憎しみを宿して。

「父上も許せないし、騎士団の不正だって。でも、この世界は……。ぼくは……」


 思い出せぬ切なさくらいは理解ができる。

 幽かに打ち寄せる同情。しかし、お嬢さまは頑なにそれを押し返す。


「あなたには金輪際、屋敷への出入りを禁じます。怪盗の件も写真の件も、口外したければ好きになさい」


 メイドと執事が「お嬢さま!」と声をあげる。


「これは当主の決定です。ヨシノ、若い子たちに噂を流させて。ヤエの噂が生きているうちに尾ひれをつけておけば、彼の言うことは誰も信用しないわ」


「フロルさん!」

 セリスも声をあげる。


「お許しになって。あなたの名誉にも関わることなんですから。それに、あなたと喧嘩なんてしたくないわ」


「あの、そうでなくって!」

 何やら彼女はこめかみに手を当てている。

「ミノリ様が、手伝えっておっしゃりますの。うまくできたら、ご褒美がって……」


「あなたが手伝うぶんには、わたくしは止めませんわ。でも、わたくしの神なら、こんな男は殺してしまえと言うでしょうね」


『殺せるものなら、それも一興だろうが……』

 頭に響く。破壊神サンゲの声だ。 


「女神様も覗き趣味?」

『そんなところだ。そなたも、キルシュの記憶を取り戻す手伝いをしろ』

「はあ!? わたくしも!?」


 フロルが声をあげると、セリスが「サンゲ様も?」と首をかしげた。


「言いなりになると思って? わたくしはあなたの眷属である前に、フロルなのよ」


 言い返すと、バカにしたような短い笑いが返された。


『わらわたちが作りし子の末裔は、すべて女神の所有物だ。フロル・フルールよ。この場には、そなたの大切な者が全て集まっておるな?』


 フロルは、いつの間にか腰のつるぎへと手を掛けていた。

 手が柄から離れない。


 ――こいつ、どういうつもりなの。


 抵抗して腕を震わせていると、ヨシノがこちらへと来た。


「仮にキルシュ様のお手伝いをするとして、何かよい手はあるのでしょうか?」


 彼女は訊ねながら寄り添い、腕を取ってくれた。

 いつでも止められますと言わんばかりに、痛いくらいに力を籠めて。


「一挙両得の手がひとつございますな。少々危険ですが」

 執事が言った。

 彼はとある世界間の戦争を持ち出した。


「汚濁の罪は高度な科学技術を持つ世界で、キルシュ殿の前世の世界と近似しております。もうひとつ、その世界と汗と鎖の世界の戦争は、彼の兄であるシダレ様の不正の疑いに繋がるもの」


「その件には興味があるけど、キルシュの話とは別よ」

「くだんの争いにも最近、転生者の噂がございます」


 ふたつの世界が奪い合う遺世界に「超人」が出没するという。

 彼はどちらの勢力にも属さず、戦場に現れては巨大な剣を振るって両陣営を無力化し、戦争をやめるように諭すそうだ。


 そして彼は、みずからを転生者と称しているという。


「ご立派なおこないかと存じますわ」

 慈善活動の名家のご令嬢が言う。

 反してフロルは「戦争を長引かせているだけな気がするわ」と斬った。


 ――終わらない戦争。変わらない世界、か。


 これを確かめるのにも都合のいい舞台ともいえる。


「でも、なんか引っ掛かるのよね」

 お嬢さまは執事を睨んだ。


「何がですかな?」

 すまし顔で髭を撫でている男。


「異世界への内政干渉は禁止されてるわよね?」

「なさるおつもりで?」

「転生者に会うということは戦場に行くということ。身を守るために武器を振るう場合だってあるでしょうに」


 普段なら「おやめください、お嬢さま」とくるはずだ。

 ほかならともかく、口うるさい執事からの提案というのが胡散臭い。


「チャンは何を企んでいらっしゃるのかしら? 追放者と証拠不足の疑惑のためだけに、国王陛下から許可をいただくことができまして?」


「女神様の名を借りれば、非公式でも許可が下りるでしょう」


 ルヌスチャンはいちおうはミノリの眷属らしいが、信仰に篤いタイプではない。

 名執事輩出の家柄のため、王や神すらも「主人のため」に下に置くほどだ。


 お嬢さまは片眉を上げる。いよいよ怪しい。


「何が理由なの? わたくしを一人前にするため、にしてはリスキーな話だと思うのだけど」


 執事は短く笑うと、「ブリューテ家は最有力候補ですぞ」と言った。


「なんのよ?」

「フロル様の婿取りの」


「お婿さん!?」

 フロルは硬直した。叫んだのはセリスだが。


「一人前の当主というのなら、後継ぎも必要ですからな。

 ブリューテは同じく破壊の眷属が産まれ易く、聖騎士の輩出もある名家。

 今代は優秀なご令息も多く、未婚の三男から六男までは粒ぞろい。

 聖騎士も三名、そのうち二名は未婚ときております。

 選択肢も多く、縁を結ぶのには最適の相手といえましょう。

 しかし、アルカス騎士団の名に泥を塗るような疑惑がある以上は、

 見合いには慎重にならざるを得ませんからな」


「いやよ! わたくし、まだ結婚なんてしませんわ!」

 フロル・フルールはお顔をふるふると振った。

「恋愛もなしに契りを結ぶなんてありえない! しかも、盗撮男や変態娘のいる一族と親戚になるなんて!」


「キルシュ殿はともかく、ヤエ殿はちょうどよいのでは?」

「どこが!?」

「全裸で徘徊など、似た者同士でしょうが」

「このクソ執事!」

 フロルが斬りかかるも、ルヌスチャンはひょいとかわした。


「言葉遣いにはお気をつけられますように」

 涼しい顔だ。


 フロルはがっくりと肩を落とす。


 ――どうせ、行くしかないんだけど。


 二神の意志でもあるうえに、サンゲには身内を人質に取られているようなもの。

 お嬢さまは不承不承に「分かったわよ」と言った。


「頑張りましょうね、フロルさん」

 手を取られる。親友は今日も鼻息が荒い。

「騎士団の不正を暴いて、お見合いを破談にしましょう!」


* * * *

 * * * *

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