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003.わたくし、手加減は苦手でしてよ-03

 フロルは破壊衝動に妥協案を打てたものの、執事ルヌスチャンから一時間に渡るありがたーいお説教を頂戴した。

 フルール家の使用人の頂点である彼が喧々とやり始めてしまうと、誰も口を挟むことができない。メイドたちも終わるまで待たなければならなかったし、深夜の怪盗活動のあとだったために、彼女たちがベッドに入れたのは朝の仕事を担う使用人たちが活動を始めてからであった……。


「おはようございます、フロルお嬢さま」


 ヨシノの声がする。


「……本当に早いわね。まだ三時間しか寝てないのに」

「五時間でございます。本日のご予定は、夕刻から王城でのパーティーのみですので、朝のルーティーンをうしろ倒しにさせました」


 ベッドのヴェールの向こうにヨシノの姿。

 向こうではすでにメイドたちが、タオルやらブラシやらを持って待っている。

 彼女たちは当然、あるじよりも遅くに眠り、早くに起きる。

 フロルはベッドから出ると、挨拶に感謝の言葉をくっつけて鏡の前へと戻った。


 ネグリジェを脱ぎ、肌着を身に着け、メイドの腕からロングチュニックタイプのドレスを受け取る。

 色は薄い水色で、装飾も目立たない白の花柄の刺繍があるだけ。

 裾はくるぶしをあらわにしているし、袖や腰もしぼられていない。

 外出や来客がないのなら着飾る必要はない。


 自分に決定権のなかった時代には、毎朝たっぷりと時間を掛けて、スカートのひだが何重にもなった大仰なドレスに着替えていた。

 裾を踏んだり、どこかに引っ掛けたりして、毎日のように破いたものだ。


 交際用のドレスもその部類で、スカートは地面すれすれ、コルセットは窮屈。

 フロルは、ああいった服装はひとが着ているのを眺めてこそのもので、自分が着るのは遠慮したいと考えている。


 髪型だって、メイドたちの髪で遊ぶのこそは楽しいが、自分の頭で凝ったハーフアップを作ってみても、首回りが蒸れてくると、ほどいてひとつ結びにしてしまいたくなる。


 フロルは飛んだり跳ねたりするのを好むので、四六時中ポニーテールの運動着でもいいくらいだと思っていた。


 お城のパーティーでは作法や他人の目も加わり、なおさら窮屈。

 それに今回は、普段よりも余分に窮屈な重いをしなくてはならない。


 ――セリスも来るのよね……。


 王城に招かれるのは貴族や富豪、能力に長けた有力者たちだ。

 セリシールの両親は異界活動中のため、彼女が代わりに出席するだろう。


 ため息が漏れる。


「昨晩のことをお考えですね?」

 メイド長は平坦に言ったが、彼女の白い手はフロルの腕に添えられていた。


「それもあるけれど……」

 盗みに入って仕損じ、宝物殿に損害を与えた。

 活動先にスリジェ家を選んだのも、サンゲ神のそそのかしによるものだ。

 だが、罪は罪だ。


 会いづらいのは当然だが、もとよりフロルとセリシールは、五年前に「とある誤解」をもとに仲たがいをして以来、個人的な付き合いを絶っていた。


「いい加減、仲直りなされたらどうですか?」

「無理よ。あんな強情な子、知らない」


 何をするにも一緒だったはずのセリシールは、仲たがいが長引くうちに、張り合ってくるようになってしまった。誤解を解きたく思っていたフロルも、たびたび癪に障る態度をとる彼女に対して、相当の不満を溜めてしまっている。


「強情なのは、お嬢さまも同様かと思われますが」


 仲直りのチャンスにとどめを刺したのは三年前。両親の国葬のときだった。

 フロルは悲しみのあまり、親友から差し伸べられた手を払ってしまったのだ。


 ぱんっ! フロルは柏手を打った。「はい、この話は終わり。朝から暗い!」

 そういうときにはお日様を見るのがいちばん。

 フロルは窓をのほうを向いた。


 からっぽになった鳥かごが、きぃ……と音を立てて揺れている。

 握りつぶした黄色い小鳥の名前はピーちゃんでした。


「だあああっ!」


 お嬢さまは頭を掻きむしった。

 ブラシを入れてくれていたメイドが叫ぶ。「おやめください! お嬢さま!」


 顔を洗ってさっぱりし、食堂へと向かう。

 独り身の女当主のお食事タイムのはずが、入室するとすでにテーブルは埋まっており、空間にもスープの香りとおしゃべりが充満している。


 パンや肉料理、サラダにスープの並ぶテーブル。どれも自領で採れたもの。

 着席しているのは、老若男女入り混じった召使いたちだ。

 

 あるじの登場に気づくと使用人たちは会話をやめ、フロルの「おはようございます、みなさん」が朗らかに食卓に響く。

 挨拶のハーモニーが返され、女神への感謝が唱えられ、食事が始まった。


 フルール家において、お客様のないときの食事は無礼講。


 フロルはひとりで食事をとるのが嫌いなのだ。沈黙も苦手だ。

 うるさい執事が許すはずのない食事風景だが――これまたも暗い話になるが――この習慣が始まったのは、テーブルにつくフルール家の者が彼女一人になったことがきっかけだったために認められていた。

 執事は最近また文句を垂れるようになったが、フロルは召使いのためにも、当主の特権を使って突っぱねている。

 使用人たちにはさまざまな役割があるが、一番人気の「仕事」は、この食事への同席だ。いつも取り合いになって揉めるとヨシノがぼやいていた。


 朝食を終えると、退屈を持て余すこととなった。

 昼寝をすれば生活リズムに差し支えるし、ぼーっとしていると、どうしてもセリシールのことを考えてメランコリックに支配されてしまう。


 フロルが仕方なしに廊下をぶらついていると、同じく暇なのか、棒立ちのメイドを発見した。


 栗毛をふたつのみつあみにした若い娘だ。

 ご主人様が背後にいるというのに、彼女はそばかすのある頬を染め、窓の外を見てため息をつくのに忙しいらしい。


 サボりというよりは、調子が悪くも見える。風邪だろうか。


「あなた、何をしているの?」「ひっ!? フ、フロル様!? なんでもありませんっ!」


 メイドは相当驚いたらしく、どたばたと逃げて行ってしまった。

 窓の外は庭だ。顔立ちの整った若い庭師の男が、植木を刈りこんでいる。


 フロルは気づいた。


 ――あの庭師……が、切っている木。


 メイドたちが教えてくれた話がある。

 破壊の衝動に支配されたフロルが、木によじ登って「おほほ」と笑いながら揺すって、枝葉をむしって木を傷めつけていたという。


 栗毛のメイドは、昨晩にネグリジェを裂いたときにもいた。

 あの棒立ちは、主人が狂っていくさまを想って、憂鬱な気持ちになっていたのだろう。


 ――当主として、これではいけませんわね。


 フロルはメイドに時間を掛けて作らせたハーフアップをほどき、ヘアゴムを使って手早く馬の尻尾を作った。

 それから執事室のドアを叩き、ルヌスチャンを「別館」に呼び出した。


 フルール邸の別館。広い裏庭の向こうにある白塗り木造の大きな館。

 面積の大半を占める大部屋は天井が高く、いつでも汗っぽいにおいがする。

 ここに出入りするのは大抵は兵士で、おもに訓練に使われている。


 ――破壊の衝動への予防薬は、身体を動かすこと。


 女神サンゲに気に入られる性質を持つ者の多くは、武道や運動を好む。

 フロルもまた例外ではない。


 訓練用の防具に着替え、刃を落とした競技用の細剣を手にする。


「急に呼び出して悪いわね」

「書類や若手を相手にするよりは、こちらの方が性に合っております」


 ルヌスチャンも木刀を手にしている。ただし、衣装は燕尾服のまま。

 直立不動で構えもせずに、「いつでも構いませぬぞ」と言った。


 フロルは先手を取り、一足飛びに懐へと飛びこんで突きをひとつ打ちこんだ。

 しかし、ルヌスチャンはすでに脇へのいており、やいばは空を切る。

 跳躍の勢いが死なぬうちに、横っ飛びに距離を取り直すフロル。

 再度のトライ。突きから薙ぎへ切り返し、相手に二歩下がらせることに成功。


「反撃もしてちょうだい」「晩に差し支えますぞ」「慣れっこよ」


 再び安易に打ちこめば、木刀によるカウンターを受けた。

 硬い防具の脇を尖端がこすっただけだったが、フロルはこれが実戦だったらと想像し、舌を鳴らす。

 訓練でも、さまざまなケースを想定して打ちこむべきだ。


 もっとも、相手が「バケモノ級」であるため、参考にならないかもしれないが。


 ルヌスチャン・イエドエンシスは剣術の達人だ。

 イエドエンシス流剣術なる自家製の技を持ち、剣技において彼に土をつけた者はこの世界に存在しない。

 館に詰める兵たちはもちろん、フロルや、今は亡き父の剣術の師でもある。


 何度か打ち合うも、フロルの細剣は届かず。


「もう少々手加減をいたしまして、攻撃(・・)をいたしましょうか?」

「お願いするわ」


 初老の男が踏みこみを乗せた袈裟斬りを放った。

 サービスの空振りである。

 振り切ったところにわずかに隙を見つけるも、間合いに入りこめば叩き伏せられるイメージしか浮かばない。


 幼少時から彼にしごかれていたため、フロルも負け知らずだ。

 盗みに入った先の警備兵はもちろん、賊や蛮族にも遅れを取ったことはない。


 睨み合いが続く。

 一撃でも貰えば必倒であるため、読みの部分が多くを占める。


 ――じれったいわね。


 気性か衝動か。乙女のシューズが床を鳴らす。

 迎え撃つは唐竹割り。

 無論、華麗なるステップでかわし、ピンクの瞳が執事の脇腹を捉える。


 いつの間にか追撃。


 サイドステップの多用に呆れたか、横一文字がお嬢さまの脇へと迫っていた。


 しかし、さらに一手先へ。

 すでに飛んでいたフロルは、木刀を踏み台にさらに飛翔。

 プラチナの髪で軌跡を描き、空中前転ひとつ。

 勢いに乗ったやいばが執事の眉間へと迫る。


「……どうなってんのよ、それ」


 刃の落とされたレイピアは木刀に食いこんでいた。

 踏み台にされたばかりのはずの木刀が、しっかりと持ち主の顔面を守っている。


「目にも止まらぬ早業、というものですな」

「そういう次元じゃないと思うのだけど」


 フロルがレイピアを引くと、ぽきんと音を立てて木刀がまっぷたつになった。

 周囲から歓声と拍手が巻き起こる。兵や召使いたちが見物に集まっていた。

 野次馬はいつものことだったが、称賛する相手が普段とは違った。


「お嬢さまがルヌスチャン様に防御をさせたぞ!」


 フロルは苦笑する。「たっぷり手加減をしてもらったけどね」


 続けて誰かが言った。「見ろ、服が破れているぞ!」

「うそっ!?」

 お嬢さまは慌てて胸元を見、それから臀部に手を当てた。


 いやいや、あるじに向かってこんなもの言いをする無礼者は館にいない。

 破れていたのは、窮屈そうな執事の燕尾服だった。

 肩の縫い合わせの部分がぱっくりと開いている。


「記憶が確かなら、フロル様を相手に本気で防御をしたのは初めてですな」


 剣士は髭を撫でると、折れた木刀を見てにやりとした。

 フロルも笑い返す。

 彼に及ぶ日は……たぶん来ないだろうが、着実に自分は強くなっている。


 ルヌスチャンいわく、「武道とは力にあらず、力を律する道なり」。


 ――女神サンゲ、いつまでもわたくしを自由にできるとは思わないことね。


 フロルは興奮気味の兵長からタオルを受け取ると汗をぬぐい、師を見た。


「もう一本、お願いできるかしら」

「喜んで」


 師は不敵に答え、付け加えた。


「服は補修せずに、一回りサイズの大きなものをあつらえさせるとしましょう」


* * * *

 * * * *

次回からはしばらく朝6時更新、著者のお仕事がおやすみの日(不定期)は複数回更新予定ですわ!

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