表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/147

020.忙しメイドの憂鬱-05

※先日(3/17)は2回更新しています。

 緑の峡谷からさらに北には、広大なすり鉢状の地形がある。

 その斜面には、かつて建造物だっただろう無数の遺跡が突き刺さっている。

 クレーターの周辺は赤土の荒野で、朽ちた木々が穴を嫌うように傾き並び、そのあいだを正気を失った異形の生物たちが徘徊して、異種同種問わずに喰らいあっていた。

 この穴の底には超文明の大遺産があるとも、それを滅ぼした恐ろしい武器が眠るともささやかれており、足を踏み入れたまま戻らないトラベラーも多い。

 これが「大穴」と呼ばれる、第七遺世界きっての危険指定区域である。


 フロル一行は、神官たちの目から逃れ、大穴へとやってきていた。

 探索ついでに、キルシュの腕前を測る試験をおこなうためだ。


「キルシュさん、あの怪物を退治なさってみて?」「ま、任せてください!」


 リーダーが命じる。敵はこの世界で幅を利かせているブチイヌ。

 ただし、危険区域に棲むこいつは、本来の不細工な子犬のような姿とは違う。

 ウマほどの体躯を持ち、頭もふたつあり、腰のあたりから役に立たない余分な脚をぶらぶらさせている。


 キルシュ青年はロングソードを抜き放ち、真正面から無遠慮に近づき、双頭のイヌの頸へやいばを沈めた。

 剣を引き抜く動作にぎこちなさが見えたが、追撃でトドメも確認され、早々に決着はついた。


「どうですか!?」

「うーん、四十点ですわね」


 フロルは辛口評価。ヨシノもそれにうなずく。

 異形のブチイヌは、見かけこそはバケモノめいているが、じっさいの危険度は高くない。図体ばかりで動きは鈍く、ブチイヌ本来の機敏さや、しつこく群れで襲う面倒な特性も失われている。暴れ馬のほうがよっぽど危ない。


「厳しいなあ。普通の探索パーティーなら、怪我をしないで戻るだけでも合格点だと思うんですが」

「いのちあってこそというのは否定いたしませんけど、獣は厄介な病気を持っているものですから、噛まれるのを覚悟なさっての特攻は推奨できませんわね」

「毒や病気にも煩わされたことがないもんでして」


 キルシュはいやに頑丈だ。

 この大穴のふちに到達するまでに襲ってきたほかの生物相手にも、同じような特攻で挑んでいた。


「フロルお嬢さまは勇者の称号を持つおかたです。ただ頑丈なだけでパーティー入りできると思ないでください」


 ヨシノは突き放すように言った。

 女ふたりきりのパーティーに割って入ってきた男が気に入らない。


 そんなヨシノに、あるじがひょこひょことやってきて、なんぞ耳打ちをした。


「ねえ、ヨシノ。わたくし、飽きてきちゃった」

「彼も慣れてきたみたいですしね。最初はけっこうビビッてましたけど」

「あーあ。もっと怖がってくれないかなぁ」


 フロルは「あること」をヨシノに打ち明けていた。

 もじもじと、お手洗いを希望するように恥ずかしげに。


「キルシュさんの整ったお顔が驚かれたり、苦痛にゆがむさまが見たいの」


 自己紹介のときに興味を持ったのも、そういうことらしい。

 ヨシノは品性に関する苦言は呈したものの、協力を約束した。


 だって、キルシュのことが嫌いだし。


 彼は戦いかたこそシロウトじみていたが、フロルの要求には逐次応え、危険な目に遭うたびに、乙女のひそやかな恍惚を引き出していた。


 ――フロルお嬢さまを喜ばすのは、わたしの役なのに。


 加えてヨシノを焦らせたのは、キルシュの異常なほどの丈夫さだ。

 彼は何かあるたびに転ばされたり噛まれたりしていたが、今のところ血の一滴も見せていない。


「次はあの大黒鳥を退治していただいても、よろしくって?」


 フロルが細剣で指し示したのは、大穴の上空で旋回する巨大な鳥だ。


「あんな遠くの鳥をわざわざ?」

「大黒鳥は普段は死肉を漁りますが、動きの鈍った相手を襲うこともあります。これからロープで穴をくだることになるので、露払いが必要ですわ」


 フロルはそれらしいことを言うが、やはりどこか、にやついている。

 おおかた、あれに連れ去られでもしたら悲鳴が聞けると踏んでのことだろう。


 疑わぬキルシュは「なるほど!」と感心すると、鳥の下と駆けていった。


「彼って、ちっとも学びませんわねえ」


 空に向かって剣を振り回して大声を出したり、投石を試しているようだが、黒い翼は青空で悠々と円を描き続けている。

 フロルはしばらくその滑稽な姿を眺めて笑っていたが、キルシュが同じことを繰り返してばかりなため、いよいよため息をついた。


「わたしがお手本を見せてきます」

「お願いね、ヨシノ」


 メイドの娘は見晴らしのいい場所で転倒し、足を痛めたふりをしてうずくまった。


 風を切る音で距離を測り、あしゆびが届く前に立ち上がり、鳥の長い首にナイフを刺してへし折る。

 鳥の軽い骨格なら、翼に当身をするだけで勝負を決することができただろうが、ここは分かりやすく見せつけておいた。


 ヨシノは鳥が動かなくなったのを確認すると、落ちこぼれ貴族を見て「ふん」と鼻を鳴らした。


「すごい! じつはメイドが強いのって、お約束ですよね!」

 キルシュは拍手をしている。

「スカートが短いところとかも、それっぽいっていうか」


 ヨシノは眉を引くつかせた。


「荒野に生きる獣も必死ですのよ。ときには騙し合いも必要だということを、頭にお入れになってください……ねっ!」


 フロルはそう言って剣を振るい、背後から飛び掛かってきた大型のネコ科動物の首を撥ね飛ばした。

 この大ネコがずっとつけていたのは、ヨシノもフロルもとっくに気が付いていた。

 この近辺には大ネコよりも強い生物も多く、緑の峡谷のように身を隠せる場所も少ない。

 そんな危険を冒しながらも粘り続けた狩人は、毛艶が悪く、腹が大きくへこみ、あばらも浮いていた。


「どうせなら、キルシュさんを驚かせてくれたらよかったのに」

 お嬢さまも、可愛げのない相手には手厳しい手向けをする。


 当のキルシュはこの大ネコの存在にはまったく気づいていなかったようで、フロルのそばに転がる頭を見て驚いていた。


「ひえっ。これって、前の探索のときにぼくらを襲ったのと同じ種類の獣だ……」


 やはり学ばない。この大ネコは、ろくに気配も殺せていなかったのに。


「彼って、頑丈さはともかく、油断が多いですし、トラベラーとしての知識がなさすぎませんか? そろそろ面白い反応も引き出せなくなってきましたし……」


 ヨシノは不合格の烙印を急かしたつもりだった。


「そうねえ……」

 しかし、フロルはくちびるを舐めて、にこりと笑った。

「でしたら、長所を試す方向でゆきましょう」


 一行は、穴の縁から巨大なクレーターを望む。

 半球状の斜面には、角ばった塔のような建物の残骸が散見される。


「おそらく、あちらの塔は未探索かと存じますわ。ガラクタでも構わないので、おひとりで何か回収してきてください」


 塔とはいうが、遥か下方の急な斜面に突き刺さっていて、床も地面もあったものではないありさまだ。


「どうやっておりれば?」「あなたの好きな方法で」


 キルシュは少し思案したようだったが、「やってみます」と言った。


「帰りはロープで引き上げて差し上げますから」

「えっ、ロープがあるんですか? 滑り下りようかと思ってましたよ」


 フロルはたぶん口の中で舌打ちをしたが、「仕方ありませんわね。ヨシノ、ロープを出してちょうだい」と言った。


 ヨシノは背中のリュックから、自身の髪で編んだ青く光る黒縄を取り出した。

 それから、フロルに手渡すさいに地面へと目配せをし、あらかじめ足元に広げておいた体液(・・)を踏んでもらった。


「きゃ~っ! ぬるぬるした水たまりが! 転んでしまいますわ~っ!」

 お嬢さまがすっ転び、キルシュ青年の背を、どんと押した。


「わっ、わっ! 落ちる!」

 足を踏み外し、急斜面を転がり落ちていくキルシュ。


 うわ~~~~~っ、うわ~~~っ……。


「まあ! なんて素敵な鎖帷子の音色と悲鳴のハーモニー!」

 お嬢さまは手を合わせてにっこり笑う。

「ところでヨシノ。このぬるぬるって、どこから出したの?」


「秘密です」ヨシノは鼻をすすった。


 下方から、「ばん!」という衝突音が聞こえ、ふたりは斜面を覗きこむ。

 キルシュは上手く目的の遺跡に転がり落ちたようだったが、背中からいったらしく、崩れた壁に仰向けに引っ掛かっている。


「調子に乗り過ぎたかしら?」「ちっ、動きましたね」


 キルシュは身を起こすと、こちらを見上げて手を振った。


「ほとんど無敵の頑丈さですわね。でも、なぜかしら?」

「何かアーティファクトを使用しているのでは?」

「サンゲの気配も、ミノリ様の気配も感じないのよね」

「わたしたちの世界には、あそこまで頑丈な生物はいませんよ」

「そうよね。女神の枕には、いない」

「やっぱりキルシュ様は、ブリューテ家の人間ではないと?」


 異世界の存在の変装か、ジュウベエのように何かにに憑りつかれているのか。


「わたくし的には違う線を考える、かなー」


 フロルは人差し指をくちびるに当てて視線を上へと向ける、もったいぶったしぐさをした。


「どんなお考えで?」「聞きたい?」

「話したいのでは?」「えへへ」


 お嬢さまの描くシナリオ。

 キルシュ・ブリューテはれっきとしたブリューテ家の末弟である。


 ただし、落胤(らくいん)であり、異界の妾の胎から生まれたのだ。


「お父様と確執があるみたいだし、きっとそういう事情ね」

「実の母の世界に存在するルールを引き継いだから頑丈、ですか」

「そう! それでね!」


 真実を知ったキルシュ青年は父を憎んだ。

 父は身籠らせておきながら実母を追放したのだ。

 ブリューテ家の名に泥を塗り続けているのも、その憎しみが無意識のうちにさせたことだ。

 父しか本当の母親の居場所を知らない。

 だが、一人前の男として認めさせなければ話さないという。


 異界の母を慕う気持ちと父への恨みをいだき続けた青年は、アルカス王国屈指の勇者フロル・フルールの指導のもと、驚異的なレベルアップを遂げる。


 そしてついに、父に決闘状を突きつけるのだ。


「聖騎士と聖騎士のつるぎが交わり、火花が散る! がきぃん! ぎぃん!

 そして、血だまりに沈む父。ああ、ぼくはいったいなんてことを!

 それからお父様の口から、すでにお母様は亡くなっていることを告げられ、

 彼が袂に大切にしまっていたという、お母様の形見が渡されるの。

 わしは、いまだにおまえの母を愛しているのだ……。

 しかし、運命は残酷。

 お父様はキルシュが謝罪をする前に、息を引き取られてしまう。

 ああん。トラジカリーでロマンティックだわ……」


 フロルはうっとりしている。楽しそうで何よりだ。

 ヨシノが鼻をすすると、同意と思われた。

 キルシュを滑らせるために張り切って出した鼻汁がいまいちすっきり止まってくれないだけだが、適当に返事をしておく。あいつのことなんてどうでもいい。

 

「じっさいはどうなのかしらね。最後まで見届けたいと思わない?」

「思いません」


 ついうっかりの即答だ。フロルはこちらを見て、くすりと笑った。


「ねえ、ヨシノ。今日はごめんね?」「何がですか?」

「意地悪なことばっかりして」「気にしてませんよ」

「でも、心配だったでしょう? わたくしが彼を本当に仲間に加えるんじゃないかって。彼を帰したあとは、ふたりきりで楽しみましょうね」


 メイドは無表情に努める。

 フロルが覗きこんだが、ヨシノはそっぽを向き、それを追いかけられてしまう。


「おっと、キルシュ様が呼んでいますよ」


 下からの声は明るい。ヨシノは髪のロープを投げてやる。


「お嬢さま」「なあに?」

「たまになら構いませんよ」「キルシュさんとパーティーを組むこと?」

「それもですけど、お嬢さまのご趣味に付き合うことがです」


 ヨシノは思う。

 当初は巻き添えを疎んじていたが、そのぶん笑顔が見れたのでよしだ。

 いっしょになって落ちこぼれ青年をハメるのも、意外と楽しかった。

 それに、頑丈が売りということなら、自分の肉体操作の参考になるところもあるかもしれないし、メイド長としても人を束ねる立場である以上、誰かが学び成長するのを見る楽しみを知らなくもない。


 ――まあ、嫌いですけど。


「いやあ、いつも思うんですけど、こういう遺跡に置いてある宝箱って、なんかわざとらしいですよね」


 そう言いながら上がってくるキルシュの背中には、何かの箱が担がれていた。


「中身はなんでしたの?」

「分かりません。ちょっと覗いたぶんには、神工物ではなくて、この世界の遺物らしい感じでしたよ」


 ヨシノは「合格かな~」なんて口にする青年に手を貸し、引っ張り上げてやる。


「このロープ、細いのにすごく頑丈ですよね。それに、ヨシノさんの髪色に似てますよね。じつはあなたの髪だったりして?」


 それからキルシュはロープを鼻に当てて、深く息を吸った。


「なんかエロいにおいがして好きです」


 繰り返し言おう。ヨシノはキルシュ・ブリューテが嫌いだ。

 短すぎるスカートを人前で履くのも苦手だし、無表情で世間知らずでも、恥じらいはしっかりと持った若い女性である。


「あらまあ!」

 お嬢さまは口に手を当て、その下で笑った。


 まずは、ヨシノの手がロープを没収した。

 そして彼女の滑らかな絹のソックスに覆われた脚が持ち上がり、秘密めいた黒き下着と、そのあいだにある眩しいほどの白い腿が惜しげもなくさらされる。

 ストラップパンプスのかかとが落ちこぼれ青年の高貴な鼻に押し当てられ、彼を宙へと勢いよく押し出す手伝いをした。


「うわっ、ちょっ、落ちる! うわああああああ~~っ……」


「ああん! いい悲鳴ですこと!」

 耳を澄まして深くうなずき、とどろく悲鳴にときめくお嬢さま。


 転がり落ちていく無礼者の姿を見て、ヨシノも口元を緩ませた。


 ……ふいに、キルシュの背負った箱が光った。


 目を覆わずにいられぬほどの閃光と、女神のげんこつを凌駕する大激震。

 あとから追ってきた風は、あるじをかばうメイドの肌を容赦なく焼いた。


 あの遺物は「爆弾」だったらしい。

 トラベラーの死亡原因の三本指に挙げられる、故文明の置き土産。


 それも、これまでふたりが見た中でも圧倒的に高威力のものだ。

 上空高くまで黒煙が上がっている。

 ふたりは慌てて下へ向かい、夕暮れまで掛かって彼を探し、発見した。


 ……そして、ブリューテ家の末弟は不合格とともに、元の世界へと帰された。


 不合格。それは、彼が死んだからではない。

 お嬢さまを危機に巻きこんだからからでもなければ、瓦礫から引っぱり出してくれたヨシノに向かって、「ソックスが白なら、下着も白に合わせたほうが絶対にいいですよ」と、のんきにハラスメントをしたからでもない。



 装備を吹き飛ばして全裸になった彼といるのがイヤだったからである。



* * * *

 * * * *

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ