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146.世界にサヨナラ-09

※2回目、あと1話です。

 生まれてこなければよかった。

 でも、それだけでは足りないと思った。

 自分なんて、直ちに死ねと願った。


 ――愛する世界が滅びるのを見るくらいなら、消えてしまいたい。


 しかし、その願いは聞き届けられなかった。

 女神はかたくなに拒んでいた。今度、諦めていなかったのはサンゲだった。


 アルカスの城。少し崩されてはいたが、ずっと親しんできた景色だった。

 避難から戻ったか、アルカス王が城の倉庫から引っぱり出したであろう食べ物やお酒を馬車に引かせて、街を進んでいるのが見える。


 どこかの部屋では、エフィーがベッドに横たわっていた。

 彼女は死人のような顔色をしていたが、立ち去ろうとするベンジー王子の腰のベルトをがっちりつかんでいた。


 みしりと音を聞いた気がした。

 セカイと、こころに、ひびが入る。


 それでも彼らは、おのれの思うままに動き続けていた。


 荒れ果てた自領。

 避難用のゲートのある小屋から、次々と人が出てくる。

 それを護るように立つブリキのロボットの上には、友人カップルが腰かけていた。夕焼けに伸びる一台とふたりの影は、畑に長く長く伸びていた。


 ――もう、見たくない。


 半壊した屋敷は、奇しくも、いつかフロルが力を暴走させて壊したときと似た壊れ方をしていた。

 頭に包帯を巻いたルヌスチャンがてきぱきと指示を出し、召使いや兵士たちががれきの撤去を始めている。


 こんなときだというのに、メイドの長たるヨシノは作業に参加せずに、庭でひざまずいて、天を見上げて、両手を握りあわせていた。


 その小さな願いは、空の亀裂に呑まれて消えた。


 終わったセカイから、小さな欠片が流れてきて、フロルの手のひらに触れて消えた。粉雪のようにあえかだった。


「嘘よ」


 胸の中で、ぼろぼろと何かが剥がれ落ちるのを感じる。

 一枚、また一枚と剥がれるたびに、悲しみも薄くなる気がした。


 何も感じなくなれ。彼と同じように。

 つるぎを持ち上げ、いつかしたように首元へと突きつける。

 女神が叫んでいた。やめろ。


 ふと気づく。誰かがいる。……誰?


 散っていく女神の枕を、のんびりと見上げている姿があった。

 

 黒髪の、黒き瞳の知った顔。

 アルカスの国花が散りばめられた振袖姿。

 まるで、花見でもしているかのように穏やかな横顔で。


 彼女はこちらを向いて、優しく微笑んだ。


「来ないで!」


 叫ぶも、親友は破滅の中をゆっくりと歩き始めた。


「どうして来るの!? あなただけでも逃げて欲しかったのに!」


 破壊の炎が迫り、セリスを呑みこんだ。

 フロルは悲鳴の代わりに、口の端に自嘲的な笑いが浮かべた。

 次に訪れるものは、待ち望んでいたこころの死だ。不滅にして無のセカイ。


 炎の中から、甘えたような声が聞こえる。

「わたくし独りでは、やっぱりダメですの」

 セリシールは長い何かをつぶやくと、かかえていた杖をとん、とついた。


 フロルは、もしや、と期待をした。


 セリスを中心として虹色が広がり、散り散りになったセカイが集まり始めた。

 しかし、現れたのは、元通りの故郷ではなく……。

 頭の場所や手足の数や滅茶苦茶な人々が、天井や壁を歩いたりよじのぼったりしながら、理解不能な言葉を垂れ流す光景だった。

 そこには王や親友、メイド長の顔と声も混じっていた。


「ほら、やっぱり」

 創造の眷属は口に袖して、楽しげに黒髪を揺らした。


 気が違ったのか、自分のせいで。


「わたくし、フロルさんなしじゃ、いられませんの。それに、あなたからはまだ、聞いていない言葉があるかと存じますの」

「何よ、聞いてないことって」


 セリスは、手を伸ばせば届く距離までやってくると、「あのとき、せっかく描いた絵を破かれたのはなぜですの?」と首を傾げた。


 唖然とすると同時に、怒りが沸いてきた。

 こいつは、この期に及んで、そんなことを気にするのか。


「それは、わたくしのせいじゃありませんことよ」

 ぴしゃりと言ってやる。

「破壊の力による衝動を抑えこむために、無意識におこなったことですわ」


「無意識でも女神様のせいでも、わたくしは傷つきましたの」

「謝れっていうの!? こんなこと、いまさら蒸し返して……」

「言いませんの。ただ、どうしてかなって」


 右に傾けていた頭を左に傾けるセリス。

 バカにしているのかこの女は。


「どうしてって!? あなたのために決まってるでしょ! わたくしが衝動に呑まれてあなたのことを刺しちゃいそうになったからよ! あのときだけじゃないわ! あなたを護るために、あたくしがどれだけ我慢して、どれだけ苦労してきたことか!」


 セリシールは胸をずい、と突き出した。

「わたくしだって、フロルさんにはたーっぷり迷惑を掛けられましたの」


「その迷惑が、わたくしの努力の証なのよ! あなたとのことだけじゃないわ! 屋敷のことだって、国のことだって、世界のことだってよ! 一所懸命やった。それでも、いつだってうまくやれたわけじゃない。あなたの言う通り、迷惑もかけた。壊したくないものだって、たくさん壊してきた! あなたは知らないのよ、わたくしが、どれだけみんなのために苦しんできたのか!」


 ひと息に喚き散らし、肩で息をする。


「……なぜ、わたくしがぶち壊すのか、ご存知でして!?」


 親友はすまし顔でこちらを見ていた。

「存じておりますの」

「知ってたなら、なんで……」


 続きの言葉が出てこない。


「おっしゃらないからです。フロルさん、誰にもおっしゃらないんですもの。大事なことほど、ご自身の中にかかえこんでしまう」


 セリスは頬を膨らませ、「信用なさってないのね」と言った。

 彼女がくるりと背中を向けると、創造の光が潰えた。

 それから彼女は、あたりで猛り狂っている破壊の炎へと歩き始めた。

 消えてしまう。友達が。大切なあの子が。


「待って! 待ってよセリス!」


 腕を目いっぱいに伸ばす。

 ちらりと振り返ったセリスは、意地悪そうな含み笑いを浮かべていた。


 だが、構わなかった。フロルは力いっぱいに叫んだ。


「お願い、わたくしを助けて!」


 振り返るセリシール。

 彼女は駆け、こちらの手も素通りして、強く強く抱きしめてきた。


 それから、離れ、見つめ合い……。


「今は、そんなことをしてる場合じゃないでしょ!」


 フロルはキッスを迫る女を押しのけた。

 ふたりそろって、ぴたりと静止して、くすくすと笑いあってしまう。


「セカイを元に戻すのを、手伝ってちょうだい!」

「かしこまりましたの」


 もう一度伸ばされる手。

 重ね合わせられる、ふたりのたなごころ。


()の願いは()の願い。

 ()は誓わん、女神たちの名のもとに。

 御神(みかみ)美斗(みと)を愛す聖心(みこころ)に殉じることを。

 (しか)らば、()()は、ともに手を取り合いて、今ここに(みこと)(あらわ)さん」


 ちぎりあった少女たちを、二色の光が包みこんだ。

 破壊色と創造色。それらは輪となり混ざりあい、大きな渦へと変化した。

 果ての見えない、大きな大きな渦だった。


『いよいよね~』

 ミノリ神の声だ。

『やり直しの時を始めようぞ』

 サンゲ神が言う。

『そなたが幼きセリシールの世界を破ったあの日より、我ら二柱は真の目覚めへの道を歩み始めたのだ』


「わたくしが、セリスの世界を?」

 友の顔を見る。にこりと返される笑顔。


『杖をもってセカイを混ぜよ。かたち固まりし瞬間を狙いて、つるぎを打ちこむがよい』


 ふたりは渦の中央に降り立つと、セリシールが時戻りの杖をつきたてた。


 かき混ぜると、渦がぽこんと泡のように変じて、泡の中にセカイが見えた。

 醜いセカイだ。法則もさだまらず、肉的で、何もかもがむき出しのセカイ。

 ふたりは待ったが、いつまで経ってもまともにはならず、天を仰いだ。


『失敗作は消しちゃいましょう。セリスちゃんがダメなら、フロルちゃんが先にやってみたら?』


 フロルがレイピアの切っ先で泡を割ると、世界は再び渦に戻った。

 今度はフロルが杖を持って突き立てる。

 セカイは同じようにしゃぼんを形作ったが、ひとりでに割れてしまった。


 今度は神には訊ねず、相方の顔を見た。

 お互いに何も言わずに同時に杖を握り、渦の中心へと突き立てる。


 重い。手応えがあった。

 ふたりいっしょに腕を動かし、重たいセカイの大釜をかき混ぜる。

 泡はなかなか生まれず、渦の回転が速くなり、破壊と創造の色が交じりあい、渦の光は、単純な白と黒の点滅となった。


「ちっとも固まりませんの」

「どころか、止まんないんだけど!」


 今や、ふたりの腕のほうが渦に振り回されていた。

 しっかり踏ん張っていないと、身体ごと持っていかれそうだ


 っていうか、持っていかれて回っていた。


「わたくしたちじゃ、ダメなんですの!?」「ぐるぐるしますの~~!」


 それでも手を離さずにいると、天から声が聞こえた。


『ようやっと来おったか。待っておったぞ』

 優しげな声だった。それに対して返事をした声は、快活だった。


 途端にセカイは渦巻くのをやめ、先程までとは比べ物にならないほど大きな球になった。

 今だ。フロルとセリスは、いっぽんのつるぎをふたりで握り、球へと差し入れた。


 ひとつの球が、まんなかから割れ、ふたつの球へと分離する。

 それらはひとりでに分裂し、ニ、四、八、十六……と無数に増殖を始めた。


 ふたりは、誰かに呼ばれた気がした。


「お姉さま」


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