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145.世界にサヨナラ-08

※本日は最終回まであと2回更新します。

「まずはこの世界からだ!」

『おのれの生まれた世界を滅しようとは、ゆがみにゆがみ切っておる』

「おのれが生んだ世界を滅する女には言われたくないな」

 フロルの顔をした男が嘲笑する。女神は黙りこくった。


 ヘドレに肉体を奪われたフロルは、ヘドレと同じ目で世界が滅びるさまを見ることとなった。

 彼は躊躇をせず、自身の生まれた世界を砕いた。

 ひび割れた空間が剥がれ落ちるのを眺め、口の端をゆがませた。


『それで、おまえは満足をしたのか』

「満足? しているはずがないだろう。俺はすべての世界を滅ぼす」


 女神たちの会話が聞こえる。

 フロルのたましいは端のほうに縮こまり、ただ耳を澄ませていた。


『虚しいのではないか? 創造なき破壊を重ねても、おまえは満たされない』

「……どうだろうな。やってみなくては分からないだろう」

『好きにするがよい。どの道、おまえはもう引き返せぬ。先ほどおこなった最終宣誓は取り消せぬ。あとは勝手に滅びるだけだ。本来なら、わらわが許可するはずもない願いだったが、余計なことをしてくれた』


 女神は言った。『この次元の終焉(しゅうえん)が訪れるだろう』


「それが俺の望みだ」

『本当にそうなのだな? 念を押して言っておくが、わらわ破壊神の力では、滅ぼすことはできても元に戻すことはできぬからな。おまえのやった破壊は、わらわがおまえの世界に定めづけた、滅亡と再興の輪廻とは異質のものなのだぞ』

「……どの道だ。俺はとっくの昔に引き返せなくなっている」

『聞かせてはくれぬか。おまえが何もかもを憎むようになった理由を』

「ここからモノローグに入りますってか? 悪いが、俺はレヴェルに身を投じて以来、不老不死とたましいの不滅を得てしまっていてな。もはや理由なんて、あってないようなものだ」

『たましいに刻まれておるだろう』

「知らんな」


 ヘドレは言う。「もう、憎しみしかないんだ」


『……わらわは破壊の女神だ。わらわを信ずる者へ届けられる願いは、ほとんどが何かの破壊や破滅を望むものばかりだ』

「当然だ。邪神め」


『荒神と呼ばれるのは甘んじて受け入れるが、邪神とは言われとうない。

 もっとも、ミノリとは違って、わらわはろくに願いを叶えてやることはできぬ。

 おまえのように、世界の破滅を本気で願ってくる信者は珍しくないからな。

 ひとりひとりの願いを聞いてしまえば、とうの昔に人の世は滅んでおるだろう』


 ヘドレは黙って話を聞いている。

 フロルの身体は、セカイのカケラが降る中、つるぎをついて静かに立っていた。


『ゆえに、世界に肩入れすることはあれど、個人に肩入れすることは避ける。

 だが、女神同士の諍いのすえに封印されてからというもの、力が弱まり、

 わらわの影響できる範囲もごく小さなものとなってしまった。

 仮に大きな変化を起こそうとも、調和の女神の影響が強過ぎて、

 より戻しが起こることは、決定事項になってしまっておった。

 歯痒くてしかたがなかった。慰みに、個々を覗きこみ、運命を弄んだものだ』


「創世の女神が聞いて呆れる。それで人の上に立とうなどとは」


『神とて、感情や願いがないわけではない。

 世界を愛で愉しみもするし、神同士でくだらぬ喧嘩もする。

 信者ひとりひとりを覗きこむうちに、肩入れしたくなることも、とうぜん起こった』


 サンゲは言う。あるとき、虐められている哀れな子どもを見つけた。


『可哀想だと思うよりも、虐げている連中が気に入らなかった。ゆえに、わらわはその子どもの願いを聞き入れてやった』

「エゴイズムだな。ひとりのガキのために何人殺したんだ?」


 ヘドレの返答に、サンゲは短く笑い声を立てた。


『殺してはおらぬ。わらわが破壊したのは、彼が破滅を願ったこんな世界(・・・・・)だ。

 虐げられる側の世界観を壊すことで、希望を見せ、救いに導いてやった』

「そんなものは、誤魔化しだ!」


 ヘドレはフロルの身体を使って叫んだ。だが、声は彼自身のもので響いた。


『そうかも知れぬ。だが、本人にとって幸福であるのなら、ひとつの真実なのだ。

 鈍感を招くゆえ、自他ともに実害のない範囲で求めるべきではあるがな。

 結果として、彼は自身を害する運命を乗り越えて、希望をつかみ取った』


「だからなんだ!? 俺を救えばよかったとでものたまう気か!?」

 フロルの中でヘドレの怒りが膨れあがり、たましいが押しつぶされそうになる。

「答えろよ神! まさか、自己責任だとでもいうわけじゃないだろうな!?」


『恥ずかしい話、じつを申すとな、これに気づいたのは、つい最近のことなのだ。こんな簡単なことに気づくまで、ずいぶんと時間がかかってしまった……』


「いまさら謝罪など受け入れんぞ!」


『そなたの目を通して見える世界は、そなたを映す鏡なのだ。

 セカイにそなたがあるのではない。そなたが見るからこそ、セカイがある。

 だが、そこに沈めば、やがておのれや他者の滅びに無頓着になるだろう。

 かといって、盲目に隣人を愛せば手痛い裏切りにあうやもしれぬ。

 これらふたつが調和した先でこそ、こいねがってやまぬ景色が望めるのだ』


「ははははは! 神の力を自在に操る俺に説教か!? ここに来て言葉遊びか!?」


 女神は言った。『黙っておれ』


『聞くがよい。フロル・フルール。

 わらわに破壊の真価を見せ、再び世界を愛することを教えたのはそなただ』


 ――わたくし?


『そなたは、この男を見てどう思う』


 フロルの中にいるヘドレ。

 彼のたましいは肉体の持ち主を覆い尽くさんばかりだったが、酷く醜く、そして怒り、怯えていた。


 ――可哀想。


 フロル・フルールの手が、憎しみの男の手をつかんだ。


「や、やめろ! 俺に同情するな!」


 構わず引き寄せ、彼のたましいを抱きよせる。

 たましい同士が触れ合った端から、片方が音もなく消えていく。


「俺が、俺が消えてしまう! すべての俺が! 俺の、俺の憎しみが!」


 彼の言葉どおり、フロルは手のひらで、彼のたましいから繋がるすべての彼が滅されていくのを感じ取っていた。


「なぜだ。やっと俺の手を取ってくれたおまえがなぜ……」


 声が消えてゆく。

 黒く染まったたましいは眠りにつき、もはや何も憎むことがなく、苦しみを感じることもなくなったのを知った。

 まるで、みずからのたましいも洗われるようで、フロルは気持ちがいいと思った。


『破壊の力は我らの手へと還された。さあ、フロル・フルールよ。おのが肉体に戻り、いまいちど願いを口にするがよい』


 フロルのたましいの前には、見たこともないがよく知っている女がいた。

 それは自分のようであり、父のようであり、母のようであった。

 そのくせ、何か大きく欠けているような気がする、不思議な女だった。


 フロルは髪を払うと短く笑い、「よろしくってよ」と答えた。



『よくないよーーーん!』



 なんか聞こえた。

 と、同時に、フロルは再び、身体の奥へと押しこめられた。

 目の前にはまた、女がいた。

 それから、女と自分のたましいを囲むように、まっしろな縄のようなものが現れ、

ふたりは瞬く間に縛り上げられてしまった。


『破滅の願いは止めさせないよ。このまま、次元の壁まで壊してもらうよ』

 この声は、〈偉大なる頭脳〉か。

『せっかく、ヘドレくんがたましいと人生を賭けてくれたんだから。ヘドレくん、感謝してるよ! おっと! もう彼は存在しないんだった!』


 〈頭脳〉は続ける。


『イミューくんには、ごめんねをしておかないとね! きみも役に立ったよ!』


 白い縄で縛られた身体が、たましいが動かない。

 フロルは、破滅の亀裂の広がる空間で、倒れた自分の身体を、どこからか別の場所で俯瞰していた。


『調和の女神の力を模倣して作った縄からは、逃れられないぞぉ~~っ!』


 世界のひびが発光し、割れた鏡のように砕け散り、破れ目からは別の世界が覗いた。

 同時に、自身のたましいを捕らえていた白縄も消滅したが、〈頭脳〉は『残念! タッチの差!』と、囃し立てた。


『サンゲくんはよく分かってるよね? 世界の崩壊は、もう止められないって』


 再び身体を取り戻したフロルは、天を見上げて神の名を呼ぶ。

 返事がない。

 もう一度宣誓をすると、破滅のつるぎは応えたが、次の世界のひび割れは静かに進んでいった。


『すまぬ。フロルよ』気落ちしたサンゲの声。


 ばきり。いや、やはり無音だったが、またどこかの世界が粉々になっていった。

 次に覗くのも、知らない世界だった。

 フロルは彼らを知らなかったが、彼らはフロルを理解していたのかもしれない。

 戦闘機だ。ミサイルだ。彼らは破滅の元凶に立ち向かったが、届く前に消えた。

 それらはフロルの存在を傷つけることはなかったが、確かにこころにひびを作った。


『ほんの一瞬だが、放たれた破壊の力から切り離されてしまった。もはや、あの滅びは、われらの誓いとは無縁のものなのだ』

「……神様なんでしょ?」


 諦めないで。そう言おうとしたときだった。


 次の世界は、フロルも知っていた。

 煌びやかな宮殿があり、城下町では人と異形がすれ違い、大きなドーム――魔物闘技場――があった。


 彼らはひび割れながら、空を見上げていた。

 マギカ王が片眉を上げ、双子の魔女が不安そうに抱き合い……。


 それから、生意気な弟分がこちらを見つめていた。

 彼の瞳は、まだ信頼を失っていないように思えた。


「エチル王子!」


 手を伸ばすも、それらは赤黒き炎に包まれて、消えてなくなった。

 ぶち壊しの宿命を負った娘は、滅びを胸に焼き付け、崩れ落ちた。


 ――壊してしまった。殺してしまった。


「やはり、女神は傲慢なる存在よ。信じたわれが愚かだった」


 何者かの声。とても邪悪で、けれども悲しげで、落胆した声。

 角の生えた彼はマントをひるがえして現れ、こちらに接近しようとした。

 ……しようとしたのだった。


「魔王様! おのれ! 貴様を武人だと認めたおれが愚かだったわ!」

「あんた、サイアクだぜ。あんたを倒して終末を止める!」


 聞き覚えのある声と、知らない声がした。

 ……しただけだった。


 何もかもが滅びていく。

 抗う者も、従う者も。

 これまで繋いできたものや、積み立ててきたものが、一瞬にして消え去る。


 わたくしのせいで。


 魔導の世界が完全に消え去ったのち、()が現れた。


 次は……魔導の世界の、隣は。


 女神サンゲが、短く息を呑むのが聞こえた気がした。

 そして、フロルは、わたくしなんて生まれてこなければよかったと思った。


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