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143.世界にサヨナラ-06

「ゲートを閉じる気でしたら、わたしが囮になります」

 ヨシノは反論する隙を与えないよう、さっさと小屋から離れた。


 女神の力を弱める武装を前にして、第一宣誓のみの縫い合わせ?

 ルヌスチャンにしては愚かな選択だ。

 もっとも、愚かなのは自分も同じだろう。あなたも絶対に、死なせない。


『一匹も逃がさんぞ。それとも、おまえも何か芸をするのか?』


 赤い隊長機がライフルを向けた。


 空が赤く光ると同時に、転んだか、ヨシノの視界が一回転した。

 焦げ臭いにおいと共に、今しがた走っていた場所が炎上していた。

 それからヨシノは、自分を抱きかかえてくれている白い手袋に気づく。


「なぜ宣誓をしなかったのですか!?」

 責めるもチャンは「バカ娘め」と、短く罵っただけだった。


『何をしやがった!?』

 上空で喚き声がした。

 敵機は、肩のあたりに黒い砲弾のようなものをめりこませている。

 弾が赤く光って爆ぜれば、機体は氷漬けになり、傾きながら降下し始めた。


『あたしの友達んちで好き勝手してんじゃないよ!』

 女性の声が響き渡り、遠方から、巨大なブリキのサイロに手足を生やしたような物体が、畑の上に立っているのが見えた。

 ブリキ缶にくっついた長い筒の尻が蒸気を噴出したかと思うと、立て続けに何かを発射した。


 凍った機体は殺虫剤を受けたハエのようにはなっていたが、しっかりとバリアを展開した。ブリキロボの発射した物体がバリアに触れ、連続して大爆発を起こす。

 ダメージが抜けたか、赤い腕が落ちていくのが見えた。


『しぶとい奴! 魔導サーモバリック砲、再装填!』

 ブリキ缶が叫ぶ。

 ロボットは落ちていく敵機に向かってもう一度連射をすると、背面から白い蒸気を大噴射して地面を滑り始めた。


『畑を荒らしてごめんね! あたしは味方だ。あの赤いのは、ダーリンの仇でね!』


 ヨシノは気づいた。あれはシリンダだ。


「加勢が来てくれたか。我々は王城へ向かうぞ」

「シリンダさん、恋人の仇だって……」


 困らせるのを承知で、ヨシノはチャンの顔を見つめた。

 彼は額から血が流れていたが、沈痛な面持ちをしているのはそのせいではないだろう。


『スチーム・パイクで、コックピットに熱々の蒸気をぶちこんでやる!』

『あの武器、本当に実装したの!? 非人道的だって怒られるよお!?』


 おや、男の声もする。


『怪我人は黙ってて! レヴェルの野郎、うちの世界に来ておきながら侵略もスカウトもナシだなんて、絶対に勘弁しないんだからね!』

『そこ、怒るところじゃないでしょ。それにあれは、レヴェル直属の戦力じゃなくって、星を繋ぐ軌跡の……』


 シリンダたちの乗ったブリキ缶は、蒸気を噴出しながら爆走し、焼き畑になった地面からやっとのことで起き上がった敵機に衝突すると、再び横倒しにした。


「この場は彼女たちに任せて、行きましょうか」

 なんだか気が抜けてしまった。チャンの返事も、こころなしか脱力していた。



 だが、街道に出ていくつも黒煙を上げる王国の中枢へと足を向ければ、すぐに気持ちが引き締まった。


 ヨシノは超人的な足腰の執事に必死に追いすがりながら、仕立て屋や茶器を売る雑貨屋の方角を意識から排除し、ただ、無事を祈った。


 王城も荒れていた。塔はへし折られ、城壁は崩れていた。

 庭に侵入した機動兵器どもが、わざわざ腕を使って石の城を破壊している。

 彼らはスピーカーを使って『巫女を出せ』とわめいていた。


「さっぱり状況がつかめんな」

 執事がぼやく。

 城下町は兵士や騎士たちが出動していたが、物的被害は小さく、石畳の道が汚されていることもほとんどなかった。

 要所要所には、創造の神官たちが配置されており、襲撃を受けている最中というよりは、厳戒態勢を敷いているといったほうが相応しい様子だ。


 いっぽうで、現行で襲撃を受けている王城の内部は、もぬけのから。


「増援に駆けつけてくれたのだな。フルール領はよかったのか?」


 男の声がした。ルヌスチャンがそちらのほうを向き、ひざまずく。

 ヨシノはいっしゅん男の姿に見とれ、遅れてかしずいた。

 人々を統べる権力色の短髪に、深い森色の瞳。

 獣ような気配をたたえたその者は、アルカス王国第一王子ベンジーだ。


「楽にしてくれ。王陛下はすでに避難なされた。今のところ、城下の状況は安定している。大樹の世界にも敵機が向かったようだが、翼の民も飛行船にて退避済みだ」


 王城に襲来した隊は、城を荒らす機体以外はすべて撃墜されていた。

 手柄をあげたのはブリューテ家が次男にして聖騎士クルサル・ブリューテと、四男コウカ・ブリューテだ。

 どちらも弓の名手で、“女神のまつ毛”なる、放たれた矢が何ものをも貫く力を得る神工物を所有している。


「そんで、残りの連中には、私にメロメロになってもらったってわけ」

 王子の隣には、創造の巫女エピフィルムの姿があった。

「殿下、戦いが終わったあとの約束、忘れないでくださいね?」

 エフィーは指でくちびるを拭うと、王子の顔に触れようとした……が、王子はさっと身を引いて回避した。

 何があったかは知らないが、セリシールに次ぐミノリ神のお気に入りが守備についているのなら安心だろう。


「殿下! 報告に上がりました!」

 兜に羽飾りをつけた兵士がやってきた。

「城下は異常なし、ハイドランジア領から敵兵鎮圧の報告あり、カンガル領では縫合ゲートが再び開き、宣誓を扱う大量の増援が駆けつけたそうです」

「宣誓を? 女神に愛されし同胞が異界にもいたか。なんにしろありがたい。スリジェ領はどうなった? 複数の敵部隊が向かったと報告にあったが」

「スリジェ領は最速で敵を撃退済みです。被害も微少。あそこは異界のかたが多く移住してますからね。代表代理の男から援助の申し出があったくらいです。現在、エソール共和国からの要請を……」


 報告の途中だったが、ヨシノは思わず割りこんでしまった。

「その、代表代理の男って」

「ザヒル・クランシリニですよ。彼が移民たちをパイプにしてくれたおかげで、色々とはかどっています」

 兵長は機嫌よく答えた。

「敵は歩兵も送りこもうとしたようですが、それも察知済み。そもそも、直通ゲートは出た先に破壊の巫女たちが待ってますからね。全部、上手くいっています」

「民たちと、つないだ縁に感謝だな」

 ベンジー王子もうなずいた。


 ふたりの男がほくそ笑むのを見て、ヨシノは膝から力が抜けるのを感じた。

「あの若造も少しは成長したようだな」

 ルヌスチャンの声色にも厭味はない。


「ふーん? セリスさんの執事も、けっこう顔がよかったよーな?」

 エフィーがなんか言った。


 それから彼女は下を向いて、自慢のスリムなお腹を撫でた。

 どっと、血が噴き出していた。


「え?」


 崩れ落ちる巫女。そばにいた王子が抱きとめる。

 ふたりを護るように兵長が身をひるがえしたが、黒い炎に撫でられて身体を消してしまった。


「全部、上手くいってるですって?」

 あざ笑うかのような女の声。

「あなたたちの世界には、オセロゲームってあるかしら?」

 女は言う。「ワタクシ、けっこう得意なのよ」


 まっかなルージュにまっかなスーツ。黒光りするヒールを履き、漆黒に燃える炎をまとわせたレイピアを握った女。


「ラヴリン!」


 ヨシノはナイフを投げつけていた。そこにはもう、敵の姿はない。

 突き飛ばされる。またチャンに迷惑をかけてしまった。

 彼は左手に持ったサーベルいっぽんで破滅のつるぎらしきものを受け止め、押し返した。


「ちょっと、これが受け止められたらダメでしょ!? コピーとはいえ、この世界に来てからは絶好調だったのに!」

 くやしそうに言う女。

「女神に近き地で女神の力が増すのは当然。それは、このサーベルとて同じ」

 執事が剣を振る。ラヴリンのヒールが赤黒く光り、背後に大きく飛び退いた。


「痛いわね!」

 回避したはずが、片腕をばらばらにされる女。彼女は、空間のゆがみに消えると、虚空から黒い炎をまとったやいばを突き出した。

 間一髪、身をよじって直撃を回避するチャン。腰から血煙が上がった。


「あなたたち、フロル・フルールのお気に入りなんでしょう? 見ていて腹が立つのよ。お互いに大切にしてるってのが、びしびし伝わってきてね!」


 剣を持った腕が引っこむと同時に、ヨシノはどろりとした殺意を感じた。

 今度は自分でかわし、別空間から突き出された腕を脇腹に絡めとり、女をこちらの世界に引きずり出してやった。


「チャン!」

 と、頼む前に老執事がサーベルを振り抜くのが見えた。


「あああっ! 酷いわ!」

 顎から上を縦に切断されたラヴリンは、自分で自分の頭を押さえつけてつなぎ合わせていた。接合部の血泡が化粧を溶かし、彼女を醜くした。

「いつもいつも予測を上回ってきて! 安心できないったらないわ!」

 飛び退き、「女神よ応えなさい」と結界を展開。すでにチャンは中に入りこんでおり、横薙ぎを見舞っていた。

 ヨシノの眼前に空間のゆがみが起こり、危険を感じて身を引こうとするも、上半身だけのラヴリンがレイピアを突きたてながら倒れこんでくる。


 ――しまった……!


 しかし、剣をにぎった手は撥ねられ、宙を舞った。


「破滅のつるぎと夜の女王か。模造品で我があるじをまねたつもりか?」

 嘲笑する執事。

「露出癖については、うちのほうがマシだがな」

 新たに生えたラヴリンの下半身を容赦なく肉塊へと変える。


 あの執事と神工物“思考のサーベル”を前にして、意表を突かれないのは敵でも味方でも至難の業だ。持ち主は常に想像を超えたクリエイティヴな動きを披露するのだから。


「くそお! なんなのよ、あんた!」

「わたしか? わたしは、フルール家に人生を捧げた男だ」

 彼は細切れになった女に背を向け、サーベルの血を払った。


「……ムカつく! ムカつくムカつくムカつく! 何よあの子ばっかり! 誰もワタクシを見てくれない!」


 ラヴリンの欠片が一斉に膨張し始め、次々とくっついていき、再びひとつに戻っていく。


「ふむ、前衛的過ぎはしないかね」


 ラヴリンはもとの彼女には戻らず、やたらと手足の長い痩身になっていた。

 対峙するルヌスチャンの倍の高さがある。

 いや、見るべきは長身ではなく、その乳房だ。彼女の顔が左右それぞれくっついており、ほんらい顔のあるべき場所にはひとつだけの乳輪があった。


「あああ愛してよ! ワタクシを愛して! あんた! あんた!」

 ふたつの顔が叫ぶ。

 お断りの斬撃を浴びせられると、彼女たちは血の涙を流して悲鳴をあげた。


「愛して愛して愛して愛して! カミサマ!」

 長い腕が破壊の女神の武器を拾い上げ、めちゃくちゃに振り回す。

「すごいわあ! これが愛の力なのよ! ラヴよラヴ。ラヴパワァァァッ!」


 奇声をあげる女を前にして、ルヌスチャンは剣を構えたまま黙りこんでいる。

 ヨシノは、彼が憐れみを感じて倒さないのではないと気づいていた。

 異形の女の攻撃は、思考を挟まない本能的なものなのだ。

 反対に予測不能となった破滅の炎の乱舞に飛びこむのは、至難。


「私が……、あれを中和すればいいんでしょ……」


 力無い声。王子の腕の中の巫女が言った。


「喋るな。自分の傷を塞ぐのに専念しろ」

「殿下に抱かれてるのに、贅沢言ってられない。こんなに血が出たのは、初めてのとき以来……」

 軽口を叩く巫女は胸元からカードを引き抜いた。


 ラヴリンはそれに気づかない様子で、破滅を振り回しながら愛を叫び続けている。

「ほらぁ! 抱きしめて! 抱きしめなさいよ!」

 彼女は酷くゆっくりと、炎の触れるものを掻き消しながら、じりじりとこちらに近寄ってきていた。


「可哀想だけど……。ミノリ様の大事な世界を壊そうとする子までは、愛せないわね」

 巫女は、くちびるがまっしろだった。

 宣誓しようとするも吐血が阻み、願いは叶わない。


「マズい。騎士たちが撃ち漏らしたか」

 ベンジー王子が唸る。空から轟音を降らす機動兵器が一機。


「ここは一端、引きますぞ。さいわい、敵の動きは鈍いようです」

 ルヌスチャンが悔しそうに言った。


 しかし、ヨシノは嫌なものを見つけてしまった。


 愛を叫ぶ異形の脇腹から、黒色のヒールが突き出しており、それが破滅色に輝いているのを。


 ――あれは、お嬢さまのと同じ……。



 次の瞬間、視界が血色に光り、情熱のような炎が起こった。



 燃えたのはラヴリンだ。

 やってきた機動兵器がレーザー銃を発射し、執拗に赤い光の柱を彼女に浴びせていた。


 あの機体も味方だろうか。とにかく、怪物の女は灰燼と帰した。

 巨大な鉄の鎧がゆっくりと降りてきて、風圧で灰を吹き飛ばす。


 コックピットハッチが開き、チャンと王子が身構える。



 中から現れたのもまた、ラヴリンだった。



 しかし、こちらの彼女は化粧をしておらず、赤いスーツではなく、スリジェ家の令嬢が着るようなキモノを身に着けていた。


 武器を向けられているのにも構わず、ラヴリンは機体を降りた。

 それから、「自分だったもの」があった場所に駆け寄ると、わずかに残った灰をすくいあげ、声をあげて泣き始めたのだった。


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