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136.試練の星のひとかけら-05

「待ってください、おふたりとも。あたくしの名前は、アーコレード・プリザブ。マギカ王国のプリザブ家は、人間と魔族の和解の道を探しています」


 アコは魔王カールニミートと勇者アレンに呼びかける。

 魔王は一拍置いて、「知っておる」と重々しく答えた。

 老人のようだが、腹の底を震わせるような声だ。声すらもまがまがしさを帯びている。本当に彼が、人間との和解を求めていたのだろうか。


「プリザブ家の尽力により、すでにマギカ王国に巣食う虫は死に、同盟は締結された。他国との調整が難航しているため、おおやけの告知には至っておらぬが、我が眷属にはすでに手を引くように命じておる。世界がひとつになるときも近かろう」


「そうなんですか!?」

 アコは胸に希望が広がるのを感じ、思わず魔族の王に笑顔を向けた。

「お兄さまと、お父様が……!」


「で、きみはそこのご令嬢っしょ?」

 勇者アレンが言った。彼はまだこちらにつるぎを向けている。

「故郷を捨てて、女神側に着いた裏切者の」


 ――それって……!


 肉薄する勇者。つるぎがきらりと光る。


「女の子は斬りたくねーんだけど、っておーい!?」

 アコは勇者の手首をつかんで斬撃を止めていた。

 手応えで分かる。勇者は本気で斬りかかっていた。


「話を聞いてください! 魔族のかたたちが女神様を嫌っているのは、もちろん知っています。ですけど、今はレヴェルという組織が、多くの世界を滅亡へと導こうとしているんです!」


 勇者の魔力がうごめくのを感じる。押さえていないほうの手。

 たぶん火の魔術だろう。大魔導士クラスの魔力。


「知ってるさ! だから、俺たちも壊して回ってんだ!」


 返事と共に左腕を突きこんでくる勇者。

 手のひらの中心に見えた赤い光が収束し……そのまま消えた。


「ありゃ?」

「負の魔導で打ち消させてもらいました。あたくしたちも、レヴェルと戦っているんです。連中は、女神様を手に入れようとしていて……」


 蹴りだ。勇者の足が脇腹に当たった。

「おらっ!」

 二発目。ただのキックだ。ノーダメージだったが、イラっとする。

 アコは「聞いてください!」と怒鳴って、勇者を重力の魔術でぺちゃんこにした。


「こ、こいつ、めちゃくちゃつえーぞ……。女神のやろー、やっぱりズルいぜ」

「アレン様は、しばらくそこで寝ていてください。魔王カールニミート、あなたが女神様を憎まれる理由を教えてくれませんか?」


 静観していた魔王が答える。「ひとの歩みを妨げる、女神の傲慢」


「人と魔の世界には光と闇があり、光は女神を崇拝する人間や亜人たちで、闇は我ら魔族の領分だ。相反しつつも、それが互いに変化をもたらし、高みに導きあう存在なのだと理解し、我らは闇の眷属であることに誇りを持っていた。二柱の女神もまた、破壊と創造を別々につかさどっているのは、光と闇と同様のかたちを成しているのだろうと考えていた」


 魔王は続ける。「しかし、事実は違った」


 カールニミートは、闇の玉座について以来、長きに渡って人と魔を眺め続けてきた。ときに殺し合い、ときに利用しあい、手を取り合う者がいた。

 それは人同士のあいだでも、魔族同士のあいだでも同じことだ。

 人も魔も、繰り返すことで学び、成長する。


 魔王も創世神の存在は神話に留まらぬことを肌で感じていたが、この変化と成長は、神の御手で成されたものではないと理解していた。

 女神たちは信頼のもとに、人と魔の未来を当人たちに委ねているのだろう。


「……ところが、ある時期を境に成長が止まった」


 アコは、いっしゅん魔王から目を離しイミューを見た。目を逸らされる。


 当初は、停滞の原因が分からなかった。

 魔王は、これ以上の学びと成長を促すためには、もっと大きな変化、つまりは混沌が必要だと考えた。

 それまでは人と戦うことにおいて自身は待ちに徹して、配下たちの好きにさせていた魔王だったが、重い腰をあげ、全人類に戦争を仕掛けた。

 絶滅させぬように気をつけつつも、おのれを討つためにさし向けられる勇者たちと死闘を繰り返し、ときには敗北を喫して、百年の眠りにつくこともあった。

 カールニミートは自分が倒されるたびに、ひそかに期待を高めていた。


 だが、なんど目覚めてみても、何も変わっていなかった。


 不審に思った彼は、これまでは領分外だと考えていた異界に目を向けた。

 するとどうだ、どこの世界も同じように停滞や繰り返しに囚われていることが分かった。

 泰平の世ならば、進歩がないのもうなずける。

 だが、無限に乱世を繰り返す世界すらも、何百年経とうが大きな変化が訪れていないようだった。同じ武器を使い殺し合い、同じものを食べて飢えをしのいでいた。

 たとえ、いっとき技術や文化が進んでも、また失われてゆり戻していた。


「神に捨てられたか。もしや、神の身に何かあったのかと不安に思った」


 魔王が女神の枕を見つけたのは、マギカ王国とアルカス王国の交流が始まるよりも前だった。

 彼が枕に見たものは、女神の愛を溢れんばかりに受けた人々の姿だった。

 彼らは女神の声を聞き、その力を使い、平和に浸り続けていた。

 確信した。創世の女神たちは実在し、今も影響を与え続けている。


 つまり、世界の停滞は、神の故意によるものなのだ。


「愛でられる世界がある一方、放置され不遇の輪廻に囚われる世界があり、滅びて久しい哀れな世界もある。長き停滞は、緩やかな衰退を促すだろう。我ら人と魔の世界もまた、朽ちて消えるさだめなのかと思うと、虚しかった」


 魔王は苦々しく言った。「捨てるのなら、なぜ生んだのか」


「争いではお互いの成長も存続も望めないと気づいた我は、いまさらだったが人間たちと手を組むことを決めた。闇の誇りを見失ってでも、無だけは回避しなくてはならない」


 だが、人間たちは聞き入れなかった。これまでどおり、光と闇の対立を続けた。

 魔王も同じく、根気よく融和をこころみた。和解を狙うこともあれば、人の世に魔の者を送ることもし、魔族らしく蹂躙して服従を強いることも試した。

 しかし、魔王には手に取るように分かった。自身へと差し向けられる勇者は次第に弱くなり、名もなき部下に倒されることも珍しくなくなっていった。


「人間の光の性質が弱まりつつあったのだ」


 マギカの腐りきった貴族や、魔族を人とみなさぬ商人、それから闘技場。

 フーリューは他国を疑い、眷属の通り道となった亡国は、何百年もへつらい、自分たちの貧しさを魔族のせいにし続けている。

 人と魔が手を取り合う以前の問題だった。


「そこで俺の登場ってわけよ」

 地面にめりこんだままの人が言った。


「アレンは歴代で見ても、突出した力を持った勇者ではない。だが、此奴は四天王を任せた武人“トン・ソクン”に勝利しながらも、とどめを刺さなかった。トン・ソクンは、久々に本物の光の使徒と見たと言っておった。我も実際にこぶしと魔を交え、此奴が怒りや憎しみで戦っていないことを知ったのだ」


 地面のほうから「いつかぜってーに勝つ!」と聞こえた。


「そう、いつか。光と闇があるべき形に戻る日が来れば、此奴が我を打ち倒すやもしれぬ。そのためには、レヴェルも、傲慢なる女神も倒さなければならない」


 魔王は話し終えると、魔力を解放した。

 本来なら赤い光のはずのそれは、不気味に、紫色に輝いていた。


「お待ちください! その……」


 どうする。アーコレードはイミューを見た。

 彼女は怯え、顔をいやいやと振っている。

 無論、魔王だろうが勇者だろうが、彼女を殺すことはできないだろうが。


「……!」


 勇者がいない。重力魔術は解いていないはずだ。力を隠していたか。

 前後左右から、光をほとばしらせたつるぎを構えたアレンの姿が迫った。

 アコは魔力の濃度で本物を見抜き、魔力弾を打ちこんで彼を弾き飛ばした。

 入れ違いに現れる、血色の悪い魔族の男の姿。

 同じように魔力で弾こうとするが通じず、負のオーラをまとった掌底によって、こちらが吹き飛ばされる。


「女神様たちは、あなたたちを見捨てていません!」


 高出力で魔力の絨毯を作りだせば、追撃せんとする魔王が膝をつく。

 しかし彼は立ち上がり、姿がゆがむほどの重力の中を一歩一歩踏みしめて接近してくる。


「見捨てたのでなければ、なんだというのだ!」


 火傷しそうなほどに熱い怒りだ。

 ふいに、空気がばちばちと鳴り、肌に痺れを感じさせた。


 キャンセルが間に合わなかった。閃光と轟音。

 落雷魔法を受けてしまい、魔力の絨毯がほどける。

 目を開くと闇。魔王の手に頭を鷲掴みにされていた。


 死をいざなう紫の煙が、少女の身体を覆った。


 負のオーラによって魔導が遮られ、魔力で押し返そうとするも力は拮抗。

 魔王が唸り、勇者が更なる追撃を宣言するのが聞こえる。


 もうひとつ、別の声が頭にじかに響いてきた。


『ごめんね、アコ。あたし、みんなに怒られるのが怖いよ』


 気持ちは分かる。だが、世界の未来が懸かっている。

 イミューたちだって、自分たちが生んだ世界は大事なはずだ。

 アコだって生きたい。恋もまだ始まったばかりだし、兄や父に顔向けできるようにもなりたい。

 勇者や魔王だって、まだ死ぬべきではない。


「話して、イミュー……」


 カールニミートの手が、ぎりぎりと頭蓋を絞めつけている。

 爪が食いこみ、頬を生温かいものが流れるのを感じた。


『喧嘩したのが原因なんだよ? それに、悪いのはあたしなんだし……』

「弱虫!」


 言葉と共に魔力を爆発的に高め、魔王の腕を弾いた。

 二度とつかまれないように、聖なる守りの術で身を覆う。

 魔の者が触れれば溶けるほどに、強く。


「イミュー、正直に話して!」

『無理だよお!』


「何をぶつぶつと……。だが、やはり女神の眷属か。恐ろしき光の魔術だ」


 魔王は大きく距離を取った。守りに触れたか、アコをつかんでいた腕が消し飛び、紫の煙を上げながら再生していっている。


「しかし、これは防げまい!」


 魔王の足元に魔法陣が広がるのが見えた。


 ――あれは!


 アコの記憶の片隅にあるものと一致した。

 古代の魔導書に不完全にしか描かれていなかった魔法陣。


 ――星落としの魔術!


「ちょ、ちょいちょいちょい魔王! あれをここでやるのか!?」

「この世界ならば傷つくものもなかろう!」

「俺たちまで死んじまうって!」

「ぎりぎりで空間転移の術を使ってやる。おまえは女神の子を食い止めてくれ!」


 アコは光のオーラを魔王へと差し向ける。

「死んじゃったらごめんなさい!」

 念のため、大悪魔に撃ったものの百倍程度の出力に抑えておく。


「そうはいくか!」

 勇者が割って入り、全身で聖なる光を受け止めた。

「あばばばばばば! なんつー魔力だ……!」

 まっしろな光の中、感電したかのように全身を痙攣させる勇者。


「しまった! アレン様、逃げてください!」


 闇の者が苦手とする聖なる魔術とはいえ、魔王を殺せるほどの出力で撃ったのだ。アーコレードはすでに放ってしまった攻撃を掻き消す方法を思索する。


 ところが勇者は、にやりと笑った。

 

「このパワー、いただきだぜ」 


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