131.遺されたものと、これから創る未来、ですわ!-06
※本日(6/18)も2回目の更新ですの。(3回目はございません)
セリシールは、フロレスに侮蔑と非難の瞳を向けた。
彼の言葉が敵の締め付けよりも強く、フロルを傷つけたのが見えた。
「助けてくれないそうだぞ? おまえは、可哀想な娘だなあ?」
拘束が緩められる。素顔を隠した女が、フロルの耳元で囁くように言った。
「いや、可哀想なのはお父様のほうかな? おまえは捕まってからも、ずいぶんと呑気に遊び回ろうとしていたよな? これまでも、さぞかしお父様の苦労の種になったことだろう」
フロルの瞳が揺れる。
「お父様、わたくしは、お父様の苦労の種なの?」
「そんなことはない」
苦々しげに首を振る父。繰り返しつぶやく。そんなことはない。
「ただ、わたしが、破滅の星のもとにあるのがいけないのだ」
敵の後方でフィオレが叫ぶ。「敵の言葉に惑わされないで!」
フロルは「お母様!」と敵の腕の中で藻掻いた。
「うしろにいるのは母親か。あいつも、ちっとも助けに来てくれんな? 獣ですら子を思いやるというのに。私は生物の改造が専門なんだ。おまえたちをまっとうな親にしてやってもいいぞ?」
高笑いをする課長の女。
急所を突かれたか、フロルの両親はそろって唸った。
「誰も助けに来てくれないのなら、おまえが自分でなんとかしないとな」
そう、言いながら、フロルの顔のそばで端末を操作する女。
彼女のとなりの空間が揺らいだのが見えた。
――ゲート!
逃がさない。セリシールは懐から世界を縫う針を取り出し、投射する。
敵に動作を見とがめられ、フロルが締め上げられるも、曇ったマスクの目にはセリスの真意は映らなかったらしい。
ゆらぎに小さな針が突き刺さり、女は「クソ、ゲートが開かない!?」と動揺した。
再び好機。父母が同時に動こうとした。
しかし女も学んだようで、すぐさま端末を操作して腕を高くつき上げた。
魔力の気配が立ちこめる。
「我々の活動を知るものは抹殺だ! おまえたちのいる世界の座標を突き止めれば、おまえたちなど必要はない!」
赤い光が雷球を作り出し、球体が周囲へと電撃をまき散らした。
セリシールはフロレスと共に結界で身を守ったが、敵の後方でフィオレの金棒にいかづちが伸び、彼女が倒れたのが見えた。
「フィオレ! 貴様よくもお……!」
すでに怒りの形相だったフロレスの顔が重ねてゆがむ。
彼は内から創造の結界を斬り裂き、飛び出した。
「いまだ!」
叫ぶ女。端末が反応し、電子音を鳴らしたかと思うと、唐突にフロレスが光の爆発に包まれ、煙を上げて地面に転がった。
「お父様!?」
「ははは! 上手くいったぞ。おまえの怒りの感情をエネルギーに変換して利用してやったのだ!」
「お父様! お母様!」
「私の勝ちだ。娘は貰っていくぞ。おまえたちは改めて相手をしてやる」
「あんたなんかと行きませんわ!」
「連れないことを言うな。見放されたもの同士、仲良くやろうじゃないか」
「お父様、お母様、助けて! どうして助けてくれないの!?」
狂ったように助けを求める、幼き親友。
セリシールは歯噛みする。ふたりが倒れたのなら、自分しかいない。
針を投げるのが通用したのなら、ふたりを尊重せずに先にカードで決めてしまえばよかった。後悔先に立たず。別の手を考える。
「怒り、怒りか。わたしはこれまで何度も自分に怒ってきた。酷なさだめを与える破壊の神にも、何度恨みごとを言ったことか」
つるぎを杖に立ち上がるフロレス。
「憎い。何もかもが、憎い」
彼のつるぎから……いや、身体から、ちらちらと黒い炎がくすぶるのが見えた。
――いけない。ここでフロレス様が暴走なさったら。
最悪の結末を想像する。
ところが、破滅の予兆は消え去った。
フロレスはまったく鎮火しており、何かを拒絶するように手を突き出している。
「お、おい。やめなさい。それは、ただのお守りだと言ったろう」
彼が話しかけるのは、敵の手中にある愛娘へだ。
「このかたは、お父様とお母様を傷つけた……」
目の座ったフロル・フルールの手の中には女神の符が一枚。
「誰も助けてくれないのなら、わたくしがやる、ですわ!」
彼女はカードをガスマスクに叩きつけて誓う。
「汝の願いは吾の願い、ですわ!」
フロル・フルールは願いを叫んだ。「消えちゃえ!」
カードが応えたか、研究員の全身を赤黒い光が包んだ。
「きゃあああああっ!」
破壊の女神に逆らいし存在は、頭を抱えて身をよじりながら、全身を赤と黒に激しく点滅させた。
光が収まると、すっかり消えてしまっていた。
……彼女の服や装備が。
「きゃーーっ! へんたい! 裸の女の人怖い!」
「ちくしょーっ! ガキまでこんな力が使えるなんて!」
産まれたままの姿になった女は、暴れるフロルを取り押さえ直した。
フロレスは冷や汗を浮かべながらも、安堵のため息をついた。
「ははは、さすが我が娘だ!」
向こうでも、立ち上がったフィオレがガントレットで口元を隠して肩を引くつかせていた。
しかし、フロルはすっかり取り乱し、「お笑いにならないで! おふたりとも嫌い!」と泣き叫んでいる。
「暴れるな!」「ぎえええ! 放して変態! なんでみんな裸になるの!?」
もみ合う変態と幼女を見て、セリスは悟った。
これがすべてとは限らないが、フロルが破廉恥な趣味を持った原因が理解できた気がした。
おとなであるはずのセリスですら、昨晩に隣の部屋で励まれていた行為には困ったのだ。
そして、フルール夫妻の葬儀のさいに、差し伸べた手を払われた理由も。
――こんな傷を負ったフロルさんに、わたくしは。
なんてことをさせたんだろう。ただ塔をのぼるだけでもつらかったはずだ。
「セリシールさん、すまないが、代わりに倒してくれないか」
親友の父が何か言っている。
こころを無に務めなければ、手のひらを広げ腕を振り上げてしまいそうだった。
「ヤツにはもはや、たいした力はないだろう。だが、わたしには、娘を傷つけない自信がないのだ。慈愛の名家の娘に、こんなことを頼むわたしを赦してくれ」
どちらもよく知っている。
子を思う父の気持ち。破滅のさだめへの不安。
若輩者へとこころを開き、恥を忍んでの懇願だったろう。
だが、素直に赦す気にはなれなかった。
彼とフィオレの気質と行為が、どれだけ親友を傷つけゆがめてきたことか。
――それでもわたくしは、受け入れて差し上げます。なぜならわたくしも、同罪ですから。
赦しをおこなう権利があるのは自分ではないのも、百も承知だ。
セリシール・スリジェは宣誓する。
「汝の願いは吾の願い。吾は誓わん、女神ミノリの名のもとに……。ごめんなさいまし。きっとこれも、責任転嫁ですの!」
七色に光り輝く杖をかざす創造の眷属。
「や、やめてくれ! 殺さないでくれ! せっかく課長になれたのに! 女神に下克上ができると思ったのにい!」
やはり抵抗する手段を失ったか、女はフロルを開放すると這うようにしてどこかへと逃げようとした。
「わたくしは、誰も殺したくありませんの!」
杖の石突きが、こつんと女の頭に当たる。
光が伝播し女を覆いつくし、どこからともなく時を刻む音が聞こえてきた。
すると女は、瞬く間に身体を縮ませ、赤ん坊になってしまった。
「ただ滅するよりも、酷なことだとは承知しております。生はときとして、死よりも恐ろしくなりうるのですから。女神の与えたさだめを憎まず、まっとうに生きなおしなさい」
セリスは見上げ、神に問う。「わたくしは傲慢でしょうか?」
『そうね。でも、それを私たちが責めるのも、ちょっとズルいかもしれないわ』
答える女神の声は優しげだった。
「知らないお姉さま、ありがとう、ですわ~!」
幼き親友が泣きじゃくりながら抱き着いてきた。
抱き返してやり、ゆっくりと背を叩く。
「泣かないで。ほら、あなたの欲しがっていたものをあげるから」
セリスは遠巻きにこちらを見ていた少女を指差す。
「ケチお父様が買ってくれなかった女の子、ですわ~!」
フロルはぴたりと泣き止み、ヨシノのほうへと駆けていった。
「お姉さま、この子の名前はなんておっしゃるの?」
思わず答えそうになるも、「名前が無いから、つけてあげてね」と言っておく。
それからセリシールは、静かにその場を離れた。
一瞥。やり直しを命じられた赤ん坊を気に留めるものは、誰もいない。
分かっていたことだ。
傲慢な娘は泣き声をしかと耳に刻みつけながら、天を仰いだ。
『じゃ、名残惜しいかもしれないけど、時間軸の統合を始めるよ! レヴェルの研究所が壊れたのも影響するけど、まあ、都合の悪いようにはならないでしょ』
イミューの声が聞こえると、もうひとつの、無事なままの研究所の風景が現れ、廃虚と重なり始めた。
ヨシノの手を取ったフロルが、両親に何か話している姿も半透明にぶれて、代わりに研究員たちが闊歩する様子が現れる。
赤子の声が遠ざかり、徐々に視界も薄れていく……。
セリスはこの枝分かれの世界のすべてに、別れを告げた。
……。
目を覚ますと、視界一面の赤くひび割れた空を見上げていた。
「うわっ! 戻ってきた! あちちっ!」
愛しい声と共に、がちゃんと賑やかな音が聞こえる。
「お姉さま、大丈夫ですか? 火傷をなさったのなら、癒しますけど」
「へーきよ。でも、服が濡れて気持ち悪い。そうだわ、閃いた!」
「おやめください、フロルお嬢さま」
「まだ何も言ってないじゃない。それよりも、セリス。心配したんだからね」
視界に、にょきりとフロルの姿が現れる。
彼女に立たせてもらうと、塔のたたずむ荒廃した大地には、焚き火とテント、それからテーブルと椅子……ティーセットが用意されていた。
テーブルのそばにはヨシノ。
アーコレードも着席していて、笑顔でこちらを見ている。
「あなたが戻ってくるまで、ここで待とうと思ってたの。百年でも千年でもね」
そう言った愛しい人の頬には、まだ乾いてない涙の筋があった。
セリスは歓迎の抱擁を受け、礼と謝罪を述べる。
「もう、ご迷惑おかけいたしませんから」
「いいのよ、いくらでもかけてくれて。あなたはわたくしの、大切な人なんだから」
フロルは抱擁を強くし、「愛してますわよ」と言った。
冗談の混じらない口調。無上の喜びを感じるはずの告白は、胸を素通りした。
「本当に心配したんだから。あなたが戻らなかったら、八つ当たりで世界のひとつやふたつは滅ぼしてたところよ。まったく、どこに行ってたのよ?」
ご両親に会っていました。言葉を呑みこむ。
言葉だけではない。合わせた胸が相方の胸の傷も感じている。
意識をすれば、おのれが親友に強要した仕打ちに叫び出したくなった。
セリスは相方と抱きあい涙を流し合いながらも、なんの情も向けぬようにと、こころを鎖すに努めた。
もう、これ以上は迷惑をかけられない。
巣立ちの時が来たのだと、おのれに嘘をついた。
――さようなら、フロルさん。
わたくしたちは、別々に道を歩んでゆきましょう。
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