101.乙女たちの華麗なる変身-04
フォジュアル・クイーンが倒れたのち、気を失ったチエコはタチバナの友人であり、チエコの恋人でもあるススムなる男性に託された。
フロルたちはそのまま観光を続行し、ハンバーガーショップへと足を運んだ。
ジーパリオンことタチバナは語る。
バッドコーデは悪の軍団で、シーンに合わせた衣装選びを嫌っており、それを破壊するために世界征服をしようとしているらしい。
「たいした話じゃなくない?」
フロルは、シェイクのストローを咥えながらぼやいた。
「連中は服だけでなく、肉体や頭脳も着せ替え可能だと考えているんだ。奴らは全員、改造された怪人たちなのさ」
タチバナの両親は有名な科学者だったのだが、バッドコーデに誘拐されて、人体改造の研究をさせられ、技術が完成したと同時に殺されたという。
「おれはバッドコーデを赦せない。もちろん、従わさせられてたとはいえ、両親が加担したことも」
タチバナは自身の手のひらを見つめ、握った。
「タチバナさんも、もしかして……」
「そうだ。おれの身体は両親の手によって、正義の戦士に改造されたんだ。おやじとおふくろからすれば、自分たちの罪の償いのつもりかもしれないが……」
フロルは「心中、ご察しますわ」と言った。
――両親を赦せない、か。
フロルは自分の両親を愛していた。憎んだことはない。
だがどうしてだか、タチバナが見せた憎悪に共感できた。
「連中はファッション・ショーや式場に現れることが多いが、学校や会社のような、衣装の統一された場にも出没する」
「でも、ショッピングモールでは、みんな自由な格好をしていたような?」
ヨシノが疑問を呈する。
「そうなんだ。前例が無いわけじゃないが、きみたちがいるところを狙ってきた、そんな気がする。だが安心してくれ、きみたちのことはおれが守るよ」
モールをあとにし、次はニポーン国でいちばん規模の大きいレジャープール施設へとやってきた。
タチバナの運転する自動車に乗って移動していたさい、またも怪獣の襲撃があった。これもまたビューテントマンが現れて上手に退治しれてくれたのだが、フロルはまたなんとも言えない違和感を覚えた。
「ねえセリス、ミノリ様に質問してもらっていい? うちのほうは気配がないのよ」
更衣室で水着に着替えすがら、疑問に思っていたことを友人に訊ねる。
「この世界も、女神様たちが創ったものなのよね? この世界特有の法則や、魔法みたいな特別な力って、あったりするの?」
セリシールは上へ目配せをして、「お約束? 約束でなくって?」と首を傾げた。
「ミノリ様は、この世界は“お約束の世界”だとおっしゃってます」
「約束の世界?」
「お約束の世界、ですの。おはなしでありがちな展開を現実が踏襲しやすくなっているそうです」
「ふうん、そういうことね。ありがと、セリス」
フロルは礼を言うついでに、セリスの水着の紐をほどいた。
「きゃあ! 何をなさるんですの!?」
「これは、わたくしのせいじゃないのよ」
「フロルさんがおほどきになるのを、確かに見ましたの!」
「違うのよ。わたくしがあなたにいたずらをするのはお約束、でしょう?」
セリスは「もう、世界のせいになさって!」と頬を膨らませ、紐を結び直す。
ふと、その手が止まり、急にこちらに倒れこんできた。
「あ~れ~、床が濡れていて足が滑りましたの~!」
セリスの顔面が迫ってくる。
フロルは、さっと身をかわし、セリスは床とキッスした。
「残念、お見通しでした」
「あ、あんまりですの……」
「さっさと遊びに行きましょ。ウォータースライダーっていうのが楽しみですわ」
フロルは床に転がった友人をほったらかして、更衣室をあとにしようとした。
「ま、待ってください、フロルお姉さま!」
「どうしたの、アコ?」
振り返ると、アコは顔を赤くして顔を背けた。
彼女は紺色の学生水着スタイルだ。
「お姉さま、あの……。わ、忘れています」
フロルは腰にパレオを巻き、置きっぱなしにしていた麦わら帽子をかぶった。
「そ、そっちでなくって、水着を着てません」
「おっとうっかり」
ちなみに、本来のツッコミ係のヨシノは、二着購入した水着を、どちらにするか悩んでいるところだ。
青い空、白い雲、太陽を反射してきらめく水面、利用客たちの嬌声。
怪獣の襲撃や怪人騒ぎと隣り合わせているはずの世界だが、まさに平和そのものだ。
フロルたちは、遊泳施設をこころゆくまで楽しんだ。
広いプールで競争し、張り合ったアコが魔術で身体強化をして、勢い余ってプールサイドに頭をぶつけた。
流れるプールでは、フロルが浮きやすくなったヨシノの上に優雅に腰かけて、波の出るプールではセリスが胸を隠しながら、落とし物――フロルが隠し持っていたのだが――を探し回った。
もちろん、イベントもあった。
登山服や防寒具を着た怪人たちがプールサイドに現れて、利用客にダッフルコートやセーターを強要し、ジーパリオンに退治された。
「まったく、一日に二度も襲撃に出くわすなんてついてないぜ。ひとっ風呂浴びたい気分だね」
「ご苦労様ですの。屋内にはお湯あみの施設もあると、うかがっておりますの」
「おう、あるぞ。おれのイチ押しはサウナだ。整うぞ~」
タチバナは肩をぐるぐる回してマッサージすると、パラソルの下に座りこんだ。
となりにはウォータースライダーで目をぐるぐる回したアーコレードが転がっていて、ヨシノにうちわで扇がれている。
――アコが伸びてる今がチャンスね。
フロルはプールをエンジョイしながらも、視線に気づいていた。
客に紛れて、自分たちをつけている存在がいる。
彼らは、怪人が襲撃したさいにも逃げ惑ったりはせず、フロルたちと同じようにジーパリオンの戦いを静観していた。
「わたくし、ジュースを買ってきますわ」
フロルは注文を聞き、単身でプールを隔てた先のパラソルへと移動した。
「はあい、カレシ。ちょっと、わたくしに付き合わない?」
フロルは、サングラスをしてプールサイドチェアに横になっている若い男女に声を掛けた。
女のほうが「わ、来ちゃった」と言い、男のほうは身を起こし、グラスを外した。
「バレちゃったね。フロル・フルールさん、だね」
銀髪の青年は微笑して応えた。
「どうも。女神のアトリエではお世話になりましたわね。うちのアーコレードも、宇宙の果てでお助けいただいたそうで」
フロルは手を差し出した。青年も手を伸ばし握手が交わされる。
それを見た女性は「危ないですよ」と、青年にささやいた。
「そちらの女神様は、こちらにはいらして?」
「ううん、イミューも来たがったけど、女神の枕に近づいた時点でサンゲ神にバレて逃げちゃったよ」
「なら、好都合ですわ。ちょっとご相談がございまして。わたくし、できればあなたがたと、ことを構えたくありませんの」
相手は握手を緩めたが、フロルは離さなかった。
「信用できません」
言ったのはサングラスの女だ。
「あなたも調和の眷属ですの? 彼とはどういうご関係で?」
訊ねるも返事がもらえない。
「彼女もイミューのお気に入りだよ」
「おふたりとも、お名前をうかがってもよろしくって?」
女のほうは口を結んで抵抗したが、けっきょくは青年がふたりぶん名乗った。
「ぼくの名前は“アキラ・スメラギ”。転生者だ。もとはこのお約束の世界に似た世界の生まれで、マギカ王国で魔王に封印された八代前の勇者の身体を借りている。こちらの女性は、“ユリエ・イヌヤマ”。同じく転生者で……」
――ユリエ!? 偶然かしら。
巨大な剣を操る、中身が女性の大男を思い出す。
「ちょっと、アキラさん!」
女は身を起こし、サングラスを外した。
「いいじゃないか。彼女、喧嘩をしに来たわけじゃないみたいだし。イミューもサンゲ神も不在なら、ぼくらも無闇に争うことはないよ」
「でも、イミューに従わないと、私たちの願いが叶えてもらえないですし……」
「ちょ、ちょっとお待ちになって。ユリエさん、わたくしに覚えはなくって?」
「あなたに? ずっとつけてたし、この世界じゃ珍しい見た目だから、嫌でも憶えるけど……」
「そうでなくって、以前に会ったことは?」
「ない……と、思いますけど」
ユリエは目を逸らした。
フロルは彼女を見つめ続ける。
「ユリエさんも転生者ですの?」
「そうですけど」
「おふたりとも、転生前の記憶は?」
「持ってます。私たち、同世界の出身なんです」
同世界の出身。フロルは鼓動が早くなるのを感じた。
「確かユリエさんは獣人や獣のような、もふもふがお好きでしたわね?」
問いに、ユリエの目が大きく見開かれる。
「本当にわたくしたち、会っていませんこと? 以前、身体の大きな男性に転生して戦った記憶をお持ちでは?」
「知りません! 私が男に転生って、どんな罰ゲームですか!? 私は就活でミスった日に酔っ払って、アパートの階段から落ちて……」
フロルが続けてやる。「トラックに撥ねられてお亡くなりになった」
「どうしてそれを!?」
「やっぱり。ユリエさん、わたくしたち、以前に会っていますわ。恐らく、記憶が残ってないのですわ。あのときは、味方同士でしたの。よろしければ、今世でも仲良くしていただけなくって?」
フロルは、ユリエにも手を差し出した。
彼女は「でも、イミューが」と呟き、左手で右手を隠した。
フロルはそのままの姿勢で辛抱強く待つ。
彼のほうを見ないようにしながら。
「ユリエさんと知り合いだったんだね。じゃあ、ぼくもじつは何度か転生してて、どこかでフロルさんに会ったことがあるのかな」
フロルは答えなかった。彼女の知る転生者は二名。
ユリエともう一人、キルシュ・ブリューテだ。
――……。
ユリエは少しかたくなだが、アキラはアコから聞いていた人物評通りで、物腰が柔らかい。
イミューが不在なら平和的に会話もできる。彼らとの争いを回避して、女神たちの仲直りを実現する目はありそうだ。
そうやって評しつつも、本当のところはここから逃げ出したい、ここに来なければよかったと後悔していた。
「昔、姉がどこかの世界に転移したらしくて探してるんだけど、知らないかな」
アキラの問いかけが、フロルの頭を通り抜ける。
ユリエが「やっぱりシスコンですね」だなんて、からかっている。
そして、フロルの舌は、「さあ、存じませんわ」と答えていた。
――アキラさん、やっぱりあなたは、キルシュだったのね。
胸が痛む。
かつての友人のたましいを持った人物。
「姉さん、元気にしてるといいんだけど」
「イミューからの使命を果たしたら探してもらえるんでしょう?」
「多分ね。あまり当てにしてないけど」
「ええ!? 爆弾発言ですよ! 裏切ったりしないでくださいね。私は獣人の世界を貰う約束してるんですから」
「善処するよ。あの女神の子、可哀想だからね」
フロルは振り返る。プールの向こう、プールサイドを行き交う人のあいだから、自分たちのパラソルが見える。アコはまだ横になっているようだ。
なんだか彼女に隠れて悪いことをしている気がして、反対に、アキラに何もかも打ち明けてしまいたい気もして、胸がきりきりと痛んだ。
目の中に星空を浮かべる少女を思い浮かべ、フロルはまぶたを閉じる。
「フロルさんは停戦協定を結びに来ただけですか? 私、野望があるんで、女神様に命じられたら、あなたとも戦う予定なんですけど」
ユリエに睨まれた。
「アキラさんも同じお考えでして?」
「ぼくは、どうかな。イミューのことは、放っておけないとは思ってるよ。口を開くとサンゲ神やミノリ神の悪口ばかりだからね」
「わたくしとしても、女神たちには和解して欲しいと考えてますの。世界を創った三柱のバランスを欠くことで、多くの世界で停滞や混乱が生まれてますから」
アキラはためらうことなく、「世界のためなんだね。なるべく協力するよ」と言い、こちらを見つめた。
それは、いにしえの勇者の瞳か、アキラ・スメラギの瞳か、落命する前には正義に目覚めていたキルシュ・ブリューテの瞳か。
――わたくしは、どれも知らない。キルシュの瞳も、ちゃんと見ていなかった。
目の前の青年からは、邪気や迷いが微塵も感じられない。
見つめられても、茶化す気がまったく起きなかった。
キルシュをキルシュたらしめていたのは、ブリューテ家という環境があり、そこで生まれ育ったからこそなのだと気づく。
「アキラさん! あなたは優しすぎますよ。イミューの言いつけを放っておいて、すぐに人助けに走るんですから!」
「いいじゃないか、いいことしてるんだから」
「イミューはサンゲもミノリも嘘つきだって言ってたじゃないですか。それに、人生のセカンドチャンスを与えてもらった恩、忘れちゃダメですからね!」
ユリエはアキラをまくしたてるとこちらを向き、しっしっと手を振った。
「あなたのお望み通り、対決はしません。今回のところは、あなたたちがアーコレードさんに悪さをしないか監視してるだけですから」
「そちらのほうが、隙を見て奪うおつもりではなくって?」
ユリエは黙ってサングラスをかけ直し、チェアに寝転がった。
「まあ、ユリエさんとは前世では友人でしたし、お言葉は信じますわ」
微笑みかけると「うっ」と、顔を逸らされた。
「それを踏まえてひとつ、おふたりに……というか、アキラさんにお願いがございますの」
「ぼくに?」
自身を指差すアキラ。
「えっと、その前にひとつ確認。アキラさんとユリエさんは、男女のお付き合いなどはなさってない?」
「特にそういう関係じゃないけど……」
がばりとユリエが起き上がり、あいだに割って入った。
「だめだめ! さては彼がアニメみたいなイケメン勇者だからって狙ってるんでしょ!? 私は将来は獣人のアルファに甘やかされる予定なんでいいですけど、女神のお気に入りを奪われなんてしたら、その夢も叶えてもらえなくなります!」
ユリエはやっぱり、ユリエのままのようだ。
フロルは思わず笑ってしまい、いぶかしがられた。
「失礼、わたくしでなくって別の子ですわ。アキラさん、よろしければ、今晩あたりにお時間を作っていただけません? うちのアーコレードと、逢い引きをして欲しくって」
「アコさんと?」
「ええ。理由は本人からお聞きになって」
「どーせ、助けられて惚れたとかじゃないんですか? フロルさん、あなたはバカですよ。そもそも、アーコレードさんもイミューの眷属なんです。そんなことしたら、さらうまでもなく、彼女はこっちのものになってしまいますよ!」
「存じておりますわ。でも、それは眷属同士としてのお話であって、わたくしは今、アーコレードの姉役としてお頼み申し上げてますの」
ふたりに向かって微笑んでみせる。
アキラは快諾し、ユリエは「どうぞご自由に!」と投げた。
「ありがとうございますわ。ではまた、のちほど」
フロルはかつての友人に背を向け、胸の中でひとつ、「さよなら」を言った。
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