05. エルレスト学園
「アッシュ」
「はい?」
「言葉づかい、なおしてね」
「あ……分かりま……分かったよ、リア」
気を抜くと、元通りの丁寧な言葉づかいになってしまうアッシュに、リアは内心ヒヤヒヤする。
その日、アッシュに『外回りに行く』と言われ、花を用意し、やってきたのは王立学園だった。
卒業したとはいえ、つい最近まで通っていたのだから気まずい。そして、出来る限り、顔バレしたくないのだ。
今や上司のような関係のアッシュに敬語を使われていては、すぐにバレてしまう。それだけは何としても避けたかった。
「誰かと思えば……アッシュ様ではないですか」
「ご無沙汰しております」
ついこの間、聞いたばかりではあるがアッシュもここの卒業生なのだと改めて思い知らされる。
エルレスト学園は身分関係なく、義務教育だ。
しかし、教師が卒業生に敬語を使うとは――そして、何より気になるのは、その敬称である。
(一平民に教師が『様』なんて、使うはずがない。とすると、やっぱりアッシュは――)
リアは会話を聞きながら、うつむき加減で気配を消していた。
王太子アドルフと婚約解消している身としては、気づかれたくない……が、これは仕事である。仕方がない。割り切ってどうにかするしかないのだ。
エルダー園芸店が定期的に学園内の花の手入れや入れ替えをしている。王城の花も、そうらしい。
(変装魔法でも覚えようかな……)
店に帰ったら、練習しようと決意する。
「――では、仕事がありますので。失礼します」
しばらく立ち話をしていたアッシュが話を切り上げ、リアの背中にそっと手を置いた。
教師から顔が見えないよう遮ってくれていることに気が付き、リアは小さく笑う。
その後もアッシュは生徒や教師の目から護るようにリアにピッタリとくっついていた。
小さく縮こまっていたリアは安心して、いつの間にか顔を上げて歩けるようになっていた。
アッシュのさり気ない優しさが嬉しい。昔から、そうだった。母親が儚くなり、一人きりになってしまったリアに唯一、優しくしてくれた人。
あの頃から何も変わっていない。
『いつか、お嬢様を迎えにいくよ――だから、僕が帰ってくるまで待っててね。必ず、成し遂げて戻ってくるから。――約束だよ?』
あの日、差し出された一輪のヒマワリ。
ヒマワリの花言葉は『あなただけを見つめる』。そして、一輪の意味は『一目惚れ』。
あの頃の幼いアッシュがその意味を分かっていて渡したとは思えないが、とても嬉しかった。
会えない日々が続き、いつの間にかあの約束も、アッシュのことでさえも忘れてしまうほど、侯爵家で辛い時を過ごした。
それから随分、時間が経ってしまったけど、約束通り、アッシュは迎えに来てくれた。
あの日と同じように、一輪のヒマワリを持って。
今もこうして、助けてくれる。
(私はアッシュに何を返せるのかな?)
店の手伝い、くらいしか、思いつかない。それもリアが生きるために必要なものだ。それを恩返しにするなど、おこがましい。
「リア? どうかした?」
眉間にシワを寄せて、うーん、と唸っていると、覗き込むようにアッシュが顔を寄せてきた。突然、目の前に近づいた人懐っこい顔にドキリとする。
慌てて、首を横に振った。
「なっ、何でもないわ」
顔を赤らめたリアに、今度はアッシュが慌てる。
「顔が真っ赤じゃないか! 熱があるの? 無理しなくていいからね、ちょっと休もう」
リアの額に手を当て、「大変だ」と青ざめると横に抱きかかえ、そのまま歩き出す。
「ちょ、ちょっと! アッシュ! 大丈夫。歩けるってば」
一瞬のことで、呆気にとられていたリアが、我に返り猛抗議するも、アッシュが止まる気配はない。
「リア、ちょっと行きたいところがあるんだ。このまま、少しジッとしててね」
目と鼻の先で、ヘーゼルの瞳を片方瞑る。リアは目を瞬かせた。