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魔法の花屋は、今日も花言葉に想いを込める  作者: 夕綾 るか


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28. 満月の夜に


「ん……ここは、一体――どこ?」


 綺麗に整備され、タイルが敷き詰められた広場。その中央には芸術的にも見える噴水が心地よい水音を立てて噴き出している。


 しかし、辺りは真っ暗で噴水の中の照明と広場の所々に置かれている石のようなものがほのかに光を放っているだけだった。


 それにしても――今夜は見事な満月だ。


 アイリスは近くのベンチに腰かけると、ぼんやりと夜空を眺めていた。


 気がついた時にはこの場所にいた。

 なぜここにいるのかも、どうやってここまで来たのかも、まるで覚えていない。


 覚えていることといえば、『アイリス』という名前と、今までは『違う世界』にいた、ということだけだった。


(あと――あれは、少年?)


 目を閉じ、瞼の裏に浮かんできたのは一人の少年――彼は、一体……。


「こんばんは。綺麗な満月だね。でも、君。こんな所に一人でいると危険だよ」


 声のする方に視線ごと顔を向けると、真っ赤な髪に真っ赤な瞳の美青年が立っていた。


「あ……」


 アイリスが今の状況を説明できずに視線を彷徨わせていると、赤髪の青年は優しく微笑んだ。


「もしかして――『迷子』、かな?」

「え……?」


 アイリスが顔を上げると、月明かりに照らされた真っ赤な瞳が、まるで宝石のようにキラキラと輝いていた。吸い込まれてしまいそうなその瞳から視線を逸らせずにいると、彼はさらに優しい声を出す。


「よく、この場所にいるんだ。『異世界』から来た『迷子』がさ。――僕も……そうだったから。君の仲間、みたいなものだよ」


 『仲間』といわれ、アイリスは少しホッとしたように肩を下げた。置かれている状況をのみこめてもいない、説明することもできない彼女にとって、何も言わずとも理解してくれた彼は大きな安心を与えてくれる存在になった。


「君さえよければ、働き口を紹介しようか? ()()()()()()()()、でしょ?」

「は、はい……?」


 アイリスは首をひねりながらも、コクリと頷く。

 彼の言い方が何とも妙だが、間違ってはいない。アイリスがこの世界に来るのは初めてのことだ。

 それ以前に――こんな経験さえ、初めてだ。


「そうだなぁ。君は――うん、商業ギルドの受付、なんてどうだろう? あそこなら女子寮もあるし、生活に困らないんじゃないかな」


 どうやら本気で就職先を斡旋してくれるらしい。どちらにしても、どうにかしてここで生きていかなければならないのだから、たとえ騙されていたとしてもこの際仕方がない。


 アイリスは彼の言葉に従うことを決めた。


「僕は、ジャック。君は?」

「ア、アイリス……」

「じゃ、よろしくね。アイリス!」


 ジャックは満面の笑みを浮かべて、アイリスの手を握り、ブンブンと上下に振る。

 突然のことに驚いたアイリスは目を瞬かせた。


 よくよく見れば、ジャックの格好はまるで騎士のようだ。先ほどまでは暗くてよく見えていなかったから“騙されていたとしても――”とアイリスは思ったのだが、もしかしたら大丈夫なのかもしれない。


 ジャックはそっと手を離し、「僕について来て」と、アイリスに背中を向けて歩き出す。


「あ、そうそう。もし君がこの世界で生きることを決めたなら――」


 思い出したことを伝えようと、赤と黒の騎士服を着たジャックはピタリと立ち止まり、振り返る。


「君が持っている“能力”について、誰にも話さないことをお勧めするよ」

「――え?」


 ジャックの言葉にアイリスの鼓動は速くなる。


(なんで……それを……?)


 ()()()()()()誰一人、知らなかった『秘密』を――どうして、彼が。


「あれ? “能力”はなかったのかな? 異世界から来た『迷子』には能力者が多いから、君にもあるのかなと思ったんだけど。驚かせて、ごめんね」


 ジャックは気まずそうに頬を掻いた。その様子にアイリスは胸を撫で下ろす。彼は――確信していたわけではなかったのだ、と。


「でも今後、発現する可能性もあるから、その時は気をつけた方がいいよ」

「ありがとう、ございます……気をつけます」


 アイリスの返事に満足した赤い騎士は、案内するように半歩先を歩き始めた。

 暗闇に包まれた道を彼の手にしているランタンが照らしていく。しばらく歩くと、少しずつ街灯が増えてきた。


 アイリスは息をふぅと短く吐き出した。ジャックが騎士の格好をしていたとしても、それは『嘘』かもしれない。人気(ひとけ)のない場所に連れて行かれたら、終わりだ。アイリスは自分が思うよりもずっと緊張していたらしい。


「さあ、着いたよ」


 ジャックが立ち止まったのは大きめの屋敷。想像とはかけ離れた場所に戸惑う。

 それはもちろん――いい意味で。


「こんばんは! 誰か対応できる人、いますか?」


 かなり遅い時間だと思うのだが、お構いなしにドンドンと扉を叩く騎士にアイリスは目を丸くする。


 こういうのは多分、最初が肝心な気がするのだが――迷惑にならないだろうか、とアイリスがヒヤヒヤしているうちに扉の鍵がガチャリと回された音が響く。


「ジャックさん……何時だとお思いです?」


 中から不機嫌そうな女性が顔を出した。

 黒縁の眼鏡を中指でクイッと押し上げるとチラリとアイリスに目を向けた。


「遅くにすみません、シエンナさん。こちら――」

「――わかりました。お受けします」

「あの、まだ何も言ってませんけど……」


 アイリスの名を聞くより前に、扉を大きく開いたシエンナにジャックが慌てる。

 シエンナは鼻からフンッと息を出すと、「いつもの、ですよね?」と視線をジャックに移し、ジトリと細めた。


「あはは……。はい、そうです。アイリスちゃん、こちら寮母のシエンナさん」

「アイリス、です。よろしくお願いいたします」


 アイリスはガバッと頭を下げる。


「アイリスさん、ですね。承知しました。こちらで生活の規則をお話しますので、中へどうぞ」


 促されるままアイリスが建物へと足を踏み入れると続けて入ろうとした騎士をシエンナは、すかさず制止した。


「ジャックさん。あなたは明日の朝、商業ギルドにお越しください」


 ジャックの鼻先で容赦なくバタンと扉は閉まり、ガチャリという乾いた音だけが虚しく辺りに響く。


「承知……しました……」


 赤い騎士の返事は扉の向こうに届くことはなく、キラキラと輝く星空の彼方へ消えていった。




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