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18. 王城での初仕事


 変幻の魔法を遣っていた、と知ったリアは微妙な顔をしていた。


「ごめん……言い出すタイミングを失って……」


 今回、王城での仕事のため、前回の学園での反省を活かし、変装魔法を練習しようとしていたところにアッシュが「実は……」と切り出したのだ。


「いつから? いつ魔法を?」

「えっと……僕が教授と立ち話したとき、かな」

「え? そんなに前から?」


(だからアドルフ殿下に気づかれなかったのね)


 パズルのピースがはまっていくかのように、いろいろと理解する。しかし、ふと疑問が湧いてきた。


「あれ? その後に会ったジャックさんとは普通に話していたけど……」

「ああ……アイツ、“勘”だけは鋭いから」

「“勘”、ね……」


 リアはそれだけではないと感じていた。

 彼は転移者だ。しかもリアの前世と同じ世界から来たのではないかと考えている。


(待って? ということは、もしかしたら今の状態も何かの物語通りに進んでいるってこと?)


 だから変幻の魔法を遣っていても自分だと分かったのではないか、とリアは眉根を寄せた。

 もしもそうだとしたら、追放された後も物語は続いているということだ。今の状態も定められたものなのではないか――


 突然、暗く曇ったリアの顔を見てアッシュは慌てふためく。


「リ、リア!! 本当にごめん! もうリアの許可なく魔法を遣ったりしないから、許して――」

「――かけて」

「……へっ?」


 顔を上げたリアが放った言葉に、理解が追いつかないアッシュはポカンと口を半開きにする。


「ほら! 王城に行くんでしょ? アッシュが私に変幻の魔法をかけて」

「え……っと? ……いいの?」

「うん。今は時間もないし……今度、練習に付き合ってね」


 アッシュは一瞬にしてパァッと顔を輝かせると「もちろんだよ!」と満面の笑みを浮かべた。



 ◇◇◇◇



 鏡を覗いたリアは再度、微妙な顔をした。


「ねえ、これって……」


 まるで――アッシュと兄妹です、といっても分からないほど似た色に目を瞬かせてしまった。


(確かに……これなら私と気づかれないかも)


 何はともあれ、リアだと気づかれなければ良いのだ。これから行くのは王城。妃教育のため、リアが毎日のように通っていた場所である。学園に行くよりも知る人に出会う可能性は高い。


 そして――新しく王太子の婚約者になった異母妹ローズマリーにも。


 彼女も妃教育をしているはずだ。もう学園を卒業しているのだから、急ピッチでガッツリ詰め込まれているに違いない。


(ローズマリーは努力することが嫌いだったから……しっかり出来ているのかしら?)


 過去とはいえ、自分の妹だったのだ。つい浮かんでしまった心配に、今はローズマリーのことを考えている場合ではないと思い直したリアは、その思考を振り払うようにゆるく首を振ると、アッシュに「ありがとう」とお礼を言い、花の用意を始めた。


 草木や花々を荷馬車に積み込むとアッシュが御者の位置へと乗り込む。そして、隣をポンポンと手のひらで軽く叩いた。


 馬車に乗ったことはあるのだが、荷馬車に乗るのは初めてだったリアが少し戸惑っていると、それに気がついたアッシュが手を差し出す。


「大丈夫だよ。さあ、お手をどうぞ。お嬢様」

「……アッシュ」


 お嬢様、と呼ばれたことに頬を膨らませ、いつもより低い声で名を呼んだリアに、アッシュはクスリと笑い「ごめん」と謝る。

 そんなアッシュをゆるく睨みつけながら、リアは差し出された手を取り、アッシュの隣へ腰かけた。


 ゆったりと揺れる荷馬車に案外これも悪くないとリアは大きく息を吸い込んだ。

 天気が良く、空気が澄んでいる。降り注ぐ陽射しも心地よい。これが王城へ行く仕事でなければ――と同じようなことを前にも感じたな、とリアは心の中で笑った。



 王城に着くと見慣れた門兵が荷物の確認をする。アッシュによる変幻の魔法がかけられているため、御者の席に座る彼女がウィステリアだとは気づかれていない。

 一通り確認が終わると入城許可が出る。アッシュは見せていた許可証を手早くクルクルまるめると、懐へ突っ込んだ。


 花を積んだ荷馬車が揺れる。先ほどまでとは違う石畳道に規則正しい蹄の音が響く。しばらくして、馬車停めまで来ると馬を繋ぎ、二人は荷物を降ろし始めた。小さな荷車へと手早く草花を移していく。


「さて、僕らの仕事は主に城内の観葉植物の置き替えと花瓶の花の生け替えだよ。庭園の手入れは王家専属の庭師がいるからね」


 王城であるから至る所に花が生けてあるし、範囲も広大だ。だから、もちろん日を変えて順番に取り替えていく。王城にある、すべての部屋というわけではなく、共用施設や廊下のみがエルダー園芸店の任された部分であると、リアはアッシュから教えてもらった。


「今日はここの建物の廊下を替えていくよ」

「分かったわ」


 アッシュは重い観葉植物の交換を、そして、リアは花瓶の花の生け替えをしていく。


 魔法でどんな種類の花も季節関係なく手に入れられるこの世界でも四季が感じられるように、と季節に合った花を生けている。


 今は春。新しい環境や人間関係、仕事に就いて、1か月と少し。

 淡いピンクやきいろ、白の花が多い。ふわふわとした優しい色だ。次に取り替える時は、きっと青や緑といった雨や初夏を思わせる色になるだろう。


 次回を考え、ワクワクしながらも、リアは花々に想いを込める。


(環境が変わって不安な気持ちや忙しくなったことで苛立つ気持ちが少しでも和らぎますように……)


「――ウィステリア?」


 不意にかけられた声に心臓を鷲掴みにされたかのように、リアの呼吸が浅くなる。


「なぜ、お前が王城ここにいるのだ!」 


 その言葉を聞いた瞬間――リアの顔から一瞬にして、先ほどまでの笑みも、湧き出た恐怖でさえも、消え失せた。


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