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17. 赤の公爵


「どう? 手に入れられそう?」

「ええ。まもなく」

「そう。楽しみだわ、ふふっ」


 真っ赤な髪に、真っ赤な瞳、そして真っ赤な唇。

 年齢不詳で美しく妖艶な姿に、あらゆる者が一瞬にして骨を抜かれる。


 赤と黒を基調とした部屋に、真っ赤な薔薇が神々しい香りを放っている。この色味には慣れたのだがジャックにとって、くどくて甘いその香りだけは未だに慣れることはなかった。


 ジャックは、むせそうになるのをグッと堪えた。誰かが言っていた。薔薇の花にはラベンダーよりも高いリラックス効果があるらしい。

 そんなもの、あくまでも人それぞれ、好みによるものだ、とジャックは思っている。


 目の前で微笑む公爵(王女)様のご機嫌が斜めになる前に何とかしてこの部屋から立ち去らねば、とそれだけを考えていた。ゆえにジャックにとっては、薔薇のリラックス効果など皆無だ。


(まあ、リアちゃんから調達した薔薇だったら違うだろうけど……)


 ふとリアを思い出すと、思わずジャックの顔がほころぶ。


 ジャックがこの世界に転移してきたのは数年前。前にいた世界では15歳だった。その頃のジャックは黒い髪に黒い瞳でハートラブル公爵の愛する色味だったため、気に入られ、拾われた。


 この世界には、あらゆる異世界から転移してくる者がいる。中でも“黒”の容姿は珍しいようだった。


 ただ、このエルレストでは“黒”は北のデスペード公爵を連想させる。そのため、ハートラブル公爵は彼女の魔法でジャックを“赤”に変えた。


 16歳でエルレスト学園に入り、この世界のことを一通り覚えた。卒業後はハートラブル公爵家で護衛騎士として住み込みで働いている。


「ヴィクトリア様……むやみに解かないでいただけますか?」

「別にいいでしょう? 私の魔法なのだから。久しぶりにあなたのその姿を見たくなったの」


 急に変幻の魔法を解かれたジャックは黒髪、黒目に戻る。この姿になるのは確かに久しぶりだ。ここ数年、ほとんど“赤”で過ごしているため、ガラスに映る自分の姿に違和感を覚えた。


(そういえば……前の名前も忘れたな)


 何だったか、と考え込んでいると公爵が怪訝な顔をした。


「ジャック、お前は何を考えている? 目の前に私がいるというのに」

「申し訳ございません」


 公爵の声色と言葉づかいが急激に変わり、ハッと息を吸い込んだジャックは内心焦りながらも平静を装い、頭を下げた。


 ヴィクトリア・ハートラブル公爵は恐ろしい。


 彼女を怒らせてはならない――と、この世界に転移し、彼女に出会った時からずっと、ジャックの中の“能力”が警鐘を鳴らしていた。


「まあ、よい。例の件、()()()()()を期待しているわ、ジャック」

「仰せのままに、公爵閣下ユア・グレイス


 胸に手をあて、ジャックは頭を垂れた。赤の公爵は満足げに微笑むとヒラリと手のひらを一振りし、ジャックの“黒”を“赤”に変えた。


「――そうそう、一等地を用意して頂戴」


 パチリと両手をはちきれんばかりの豊満な胸の前で揃えてみせる。大概の者はそこに釘付けになり、うわの空で二つ返事をする場面だ。


 しかし、「いやいや、さすがにそれは――」と、ジャックが口に出しかかったところで、片眉をピクリと上げた公爵に気がついた。


「かしこまりました」


(そんなことをしても、きっと喜ばないだろうし……何よりそれをしたら()()()()()は望めないと思うんだけどなぁ)


 口に出来ない言葉を心の中で殺すと、ジャックは忠実な護衛騎士を演じ続けた。


 赤の公爵が“彼女”にこだわる理由は多分、自分とは違うとジャックは感じていた。彼自身は“彼女”の『魔法』と『能力』が有益であると考えていたからだが――赤の公爵がそれを知っているはずもない。


「そうね……ここから近いほうがよりいいわ。すぐに来てもらえるもの」

「ここの管理を任せるおつもりで?」

「優秀なのでしょう? 王城のものも、あの店だとか。長持ちすると評判が良いわ。最近のものは特に美しい」


 部屋にある薔薇の花に目を移すと公爵は憂い気味に、はぁと息を吐き出す。


屋敷ここの花が王城以下なんて……私が許せないの。早く独占したいわ」


 憂いている――はずなのに、ジャックには通用しない。そんなことはすでに公爵自身も分かっているのだが――つい、いつもの癖で彼の反応を見てしまう。


 公爵による魅了が一切通じない、唯一の相手。


 だからこそ常に彼を誰よりも側に置いておきたいと公爵は考えていた。そんな考えを知ってか知らずか顔色一つ変えない護衛騎士はいつもの台詞を吐き出す。


「仰せのままに、公爵閣下ユア・グレイス


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