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16. その物語の名は



「はあ……」


 ローズマリーは大きな溜息をついていた。

 テーブルに頬杖をつき、口を尖らせると眉間に皺を寄せる。細く白い手首の上に、陶器のような肌の小さな顔をちょこんと乗せ、柔らかなピンクゴールドの髪を窓から入る風にふわりと靡かせていた。

 薄紫色の瞳はテーブルの上に山積みされた書物に向けられている。


(こんなはずじゃなかったのに……)

 

 異母姉ウィステリアがアーネスト侯爵家から除籍され、追放になった後。


 ローズマリーが王太子アドルフの新しい婚約者となり、妃教育が始まった。最初こそ、あの物語の主人公なのだから何とでもなるだろうと思っていたのだが、そうもいかなかった。


 何のチートもなければ、特別な扱いもなかった。

 今まですべてを擦り付けてきた姉はもういない。ローズマリーは初めてウィステリアがいないことに焦りと苛立ちを覚えていた。


 悪いことはすべて姉のせい。良いことは姉が自分から奪ったのだといえばよかっただけなのに。こうして今、自分の手を煩わせるなど。ウィステリアはどこまでも人に迷惑をかける『悪役令嬢』なのだと、ローズマリーはそう思っていた。


「お姉さまはいなくなっても私の邪魔をするのね」


(――本当に、どうしようもないお姉さま……)


 幼い頃からビクビクしていて、周りの顔色ばかりを伺っていた姉ウィステリアが、突然変わったのは学園の最終学年になってからだった。


 それまでのローズマリーは、やりたくない課題は捨てて、やらずに済まし、古くなったドレスは引き裂き、新しいものを買ってもらい、小遣いが足りなくなれば、不要になった装飾品を捨てられたといい、売り飛ばしていた。すべてを姉ウィステリアのせいにして。


 しかし、最終学年になってから、ウィステリアは急に『本物の悪役令嬢』になったのだ。


 やっとの思いで終わらせたローズマリーの課題を燃やし、新しいドレスを裂き、お気に入りの装飾品を捨ててしまった。

 それ以外にもウィステリアは、今まで『姉にされた』とローズマリーが言ってきたことを次々と実現させていった。


 やっと物語通りの『悪役令嬢』になってくれた、とそうローズマリーは思っていたのだが……彼女を追放させる決定的なイベントが起こらない。


 王太子アドルフとの仲に嫉妬したウィステリアが激怒してローズマリーを階段から突き落とすという場面だ。


 卒業がいよいよ近づき、このままでは物語通りに進まないと焦ったローズマリーは、自分から階下に身を投げた。


 そのせいで物語の中よりも、ひどい怪我を負ってしまい、卒業式後のパーティーを楽しむことができなかった。――すべてはウィステリアのせいだ。


(それに――まだ“あの人”と出会ってない……)


 それもそのはず。“彼”はローズマリーがウィステリアに突き落とされたところを目撃して、手を差し伸べ、助けてくれるはずだったのだから。


 そして、卒業式後のパーティーで再会する。


(でも、家の都合で婚約破棄になった姉の代わりに王太子と婚約させられちゃうのよね……)


 無理やり妃教育を受けるローズマリーと、王城に来ていた“彼”が、また出会う。偶然も、三度続けば必然。運命としか思えない二人は禁断の恋に落ちる――はずなのに。


「出会えてもいないって、どういうこと!?」


 せっかく王太子の婚約者になったというのに。


 ローズマリーにベッタリだったはずの王太子アドルフもここ最近は「忙しい」と会うことも減った。それでもローズマリーは一向に構わなかった。

 主人公であるローズマリーを助けてくれる本命(ヒーロー)は王太子アドルフではないのだから。


 “彼”は一輪の花を差し出して、主人公に囁く。


『迎えにきましたよ、お嬢様』


 ――と。



 その物語の名は――『永遠の向日葵を、君に』。



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