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13. 護りたいもの


「次はこちらを奥様にプレゼントされてはいかがでしょう?」


 自分の想いを読まれたかのように、大きな花束を前にしたハイデ・クレメンタインは息を呑んだ。


 学園では『変幻の魔法』を遣っていたのだろう。今の姿ならば、彼女の正体は一目瞭然。

 王太子の元婚約者、ウィステリア・アーネスト。学園在学中の問題行動は教師の間でも幾度となく、話題に上がっていた。そして、つい1か月ほど前、卒業と同時に王太子との婚約解消、侯爵家を除籍、追放になったと聞いている。


 その彼女が今、自分の目の前にいる。

 噂とは、まるで別人。穏やかな表情に優しい瞳。自分の愛する妻ヘザーとよく似た色である。どことなく親近感すら湧く。

 教員室で自分と対峙し睨みつけた瞳は、教え子であったアッシュと同じヘーゼルだったはずなのに。


(なるほど。変幻の魔法は、彼が――)


 随分と独占欲が強い男だったのだな、とわずかに口元を緩める。自分が教えていたときは何かや誰かに固執することなどない、すべてに一線を引くようなどこか冷めている青年だと思っていた。

 それは自分の思い違いだったのだと改める。


「リンドウは奥様に喜んでいただけましたか?」


 カウンターに花束を置くと、綺麗に包装し始めたリアがクレメンタイン教授に話しかけた。


「あれは……妻の好きな花なのだよ。君は知っていたのか? あの花が薬になることを」

「いえ。私は学生のとき、魔法薬学を履修していませんでしたから――」

「――ウィステリア・アーネスト。君が魔法薬学を履修していなかったことは分かっている。そして、魔法薬学者が薬として摂取させることを考えつかないと思うかね?」


 リアは驚き、目を瞬かせた。


「私が聞きたいのはそこではなく、君がなぜ妻の身に起こっている事態を知っていたのか、と、あの花自体にかけられた君の魔法について、だ」


 リアが大きく息を吸い込んだ。


「ただのリンドウではなかったね。彼女が目覚めてから気がついたよ。迂闊にも、それまでかけられていた魔法に気づけないほど私は疲れていたようだ」


 いつの間にか、クレメンタイン教授の瞳は優しいものへと変わっていた。


「話したくないのなら、これ以上、聞くのはやめにしよう。在学中も、君は魔法を遣っていなかったと記憶しているからね」


 教授の眼差しと言葉にポカンと口を開けたまま、リアは動けずにいた。そんなリアの様子に、教授は口角を上げる。


「この花は――エキナセアだね。ハーブティーにも使われる。鎮痛や免疫力を高めるための治療薬としても重宝するものだね」


 ハッと我に返ったリアは大きく頷いた。


「花として見ても美しいのだね……そして、温かさを感じる。――その花束、いただこう」


 リアはニッコリと笑うと、「はい!」と嬉しそうに返事をした。


「――クレメンタイン教授?」


 そこへ外の草木や花々を手入れしていたアッシュが戻ってきた。


 綺麗に剃られた髭に整えられた髪。先ほどと同一人物かと思うほど見違えたクレメンタイン教授の姿にアッシュは目を丸くする。感じていた不穏な空気はもう一切ない。


 そして、彼が満足げに抱える花束。さすがリアの選んだ花だと感嘆する。


 色とりどりのエキナセア。花言葉は『深い愛』、『優しさ』、そして、『あなたの痛みを癒す』。


 選んだ花の色は赤『深い愛、強さ』、ピンク『優しさ、優しい強さ』、オレンジ『あたたかな愛、健康』、黄色『包みこむ愛、まぶしい健康』、そして、白『癒し、あなたを護る』。――すべての言葉が愛であふれている。


「アッシュ。君には――護る者があったのだね」


 学生の頃に見た教授の変わらない穏やかな表情にアッシュはホッと安堵すると、「はい」と微笑んだ。




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