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11. 愛する人に、一輪の花を


「花束、だと?」


 教授の眉に寄せられた皺が深くなる。


「はい。花束、です」


 リアはもう後には引けぬと言わんばかりに笑顔を作った。


「こちらをご覧ください。花を飾るだけでお部屋が少し明るくなりませんか?」


 たった今、アッシュが飾ったばかりの花瓶に手を添えてみせると、教授は鼻から短く息を吐き出し、リアに冷たい視線を送った。


「それと妻に花束を贈るのとは、どう関係しているのだ? なぜ、私がわざわざ花屋まで足を運ばねばならない?」

「あの……奥様のお部屋も明るくして差し上げてはいかがでしょうか?」

「――いらぬ世話だ」


 さらに深く視線が突き刺さる。それでも、リアは微笑んだ顔を崩さず、アッシュが手早く飾り付けた花瓶の中から一輪の花を選び、クレメンタイン教授へと差し出した。


「では――こちらを私から奥様にプレゼントさせてくださいませんか」

「一体、なぜだ? そんなことをしても、生徒ではない君に何の利益もないだろう?」


 リアは少し考えるように視線を上に向ける。


「ええ、そうですね……ならば、新しい顧客獲得、というメリットがあるということではいかがでしょうか?」

「何、だと……?」

「もし奥様に気に入っていただけましたら、今度はぜひ花屋にいらしてください」


 リアは濃い青紫の花を教授にギュッと握らせると「きっとですよ? 約束です」とにっこり微笑んでみせた。


 少々強引なリアにアッシュは呆気にとられていたが、教授の手を握りしめるリアを目の当たりにするとハッと息をし、その手を引きはがした。


「では、教授。失礼させていただきます」


 アッシュは頭を下げると、リアの背中に手を置いて急かすように扉の外へと連れ出した。



 ◇◇◇◇



 カーテンを引いたままの薄暗い部屋の中。

 彼は音を立てないように静かに入室するとベッドサイドに置かれた椅子に腰かける。


「ヘザー。今日は不思議な子にあったのだよ。その子がこの花を君にあげてほしいと言ったのだ。この花、たった一輪で何になる? 君は見ることもできないというのに。――そういえば、君は、この色が好きだったな。花も……この花が好きだったよな。あの子には分かったのだろうか? 君の好きな花が――いや、そんな。まさかな……」


 語りかけていた口調は徐々に独り言のような呟きへと変わっていく。まばらに伸び始めた髭を一撫ですると、彼は未だ目を覚まさない彼女の枕元にリアから受け取った一輪の花をそっと置いた。


 高貴な青紫色をしたリンドウの花。

 ハイデ・クレメンタインの妻ヘザーが好きな花である。


 彼女は――この2か月、一度も目覚めていない。

 魔法薬学の教授であるハイデは、あらゆる知識を使ってヘザーを目覚めさせようとしたのだが、未だに原因すらわかっていなかった。


「え……?」


 それは――あまりにも突然のことだった。




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