「リア充爆発しろ」と願ったら、本当に爆発しそうで困る
※「リア充爆発しろ」、「――――――というお話だったのサ【=完=】」(AA)は匿名掲示板「2ちゃんねる」で生まれたネタ(ネットスラング)だと言われています。本作はそのオマージュです。
空が、泣いている。そして俺もこっそり、泣いている。
関東地方は先週から梅雨入りして、今日もしとしとと雨が降っていた。
空もどんよりとして、周りの景色は灰色のベールを一枚かけたように暗く見える……筈なのだが。
何故だろう。俺には空気がピンク色に塗りつぶされたように見えるぞ。
「あっ、ねぇ、ココで二人で写真とろっ」
「おっいいね。じゃあ、俺らつきあって2ヶ月記念! うぇーい♡」
「うぇーぃ♡(パシャッ)……ヤッバ! ちょー盛れた♪ SNSにあげるね!」
俺のすぐそばにいた派手なカップルが、手に持った傘同士の反発をものともせずにくっついて自撮りをしている。
ただでさえ湿気混じりの重い空気が、俺にとっては更に鬱陶しいことこの上ない物に変わっている。
つきあって2ヶ月記念に雨の日の遊園地なんかに来ないで、大人しくどこか屋内で! 俺の視界に入らないところで! デートしとけよ! リア充爆発しろ!!
ドンッ
「あっ、すみません~♡」
心の中で呪詛を吐いていた俺の背中に誰かがぶつかった。思わずギロリとふり返ると、ツインテールの黒髪に綺麗な目を持つ女の子が俺に向かってペコリと謝ったので、吊り上げた目尻が一気に緩まる。
うわあ、めちゃくちゃ可愛いィィ!! こ、これは俺にも遂に出会いが……!
「ユメ、どうした?」
「あ、りっくん。ちょっと人にぶつかっちゃってぇ♡」
「ユメはドジだからなあ。気をつけろよ~♡ 心配だよ」
「えへへ、ごめんね♡」
横からツインテ美少女の彼氏らしい男がサッと現れ、俺を無視して二人は会話し去っていった。……そうだよな。そんなに都合よく行くようなら、俺は今1人で遊園地に来るような羽目に陥っていない。
今のカップルも俺と同じスタンプラリーの台紙を持っていた。多分あいつらも、この遊園地で期間限定で開催されているアニメ『お狐さま!』コラボのスタンプラリーが目当てなんだろう。
ふいに周りを見渡すと、結構同じ台紙を持ってるカップルとか、男女グループが多い。確かに『お狐さま!』は、ほのぼの系のゆる可愛いアニメだから男女共に人気があるのは確かだが、こんなに皆カップルで来るものなのか!? こっちはわざと人出の少なそうな雨の日を狙ってきてるんだぞ!
ああっ、くそ! リア充爆発しろ!!
“ほう。お主の望みは「リア充爆発」なのじゃな”
「こっ、紺子様っ!?」
突然『お狐さま!』の主役、紺子様の声が聞こえたので俺は周りをぐるぐると見渡した。
焦りすぎて俺の傘についた雨の飛沫がシャババッと飛ぶぐらいの勢いで回転したもんだから、怪訝そうにこちらを見る人が何人もいた。
それで初めて、俺は今の紺子様の声は他の人には聞こえなかったのではないか……という可能性を思い当たった。
“よしよし、その望みを叶えてやるぞい”
(こいつ直接脳内に……っ!?)
ぼっちの俺、遂にオタクを拗らせて脳内で幻聴が聞こえるようになったらしい。俺の手元のスタンプラリー台紙にプリントされた紺子様の絵がニヤリと笑ったように見えるのも、きっと幻覚なんだろう。そうに違いない。
“ほれ、「リア充爆発しろ」と願ってみろ”
紺子様がそう言うなら……と、心の中で再度「リア充爆発しろ!」と考えた。割とマジに。
すると俺の周りにいた人達が持つ、色とりどりの傘が一斉に動いた。あるビニール傘はポロリと落ち、ある黒の傘はぶるぶると震え、あるピンクの傘は揺らめく。
「うっ!!」
「……くっ!」
「はぁ……はぁっ……助けて」
「うわぁっ!」
「嫌ぁ!」
「おい? どうした!?」
なんと俺の周りの半数以上の人間……全員カップルだ……が、バタバタと倒れ始めた。みんな胸を押さえ、顔を真っ赤にしている。
「胸が……苦……しいっ!」
「あああああ」
「爆発しそうだ!」
「し、心臓が……! 助けて……」
「きゅっ、救急車!」
えっ、えっ、もしかして心臓が爆発しちゃうってヤツ? ホント!? これドッキリじゃないよね!?
でも俺の足元で脂汗を垂らし、苦しそうに呻いている人の様子は演技には思えない。あたりは苦しむ人、それを救助しようとする人、怯える人でパニックになっている。ドッキリにしてもスケールがデカすぎる。
……何より、これ、本当に心臓が爆発でもしたら……俺、殺人犯じゃね!? 本当に憎んでいる相手ならともかく、見知らぬ他人のカップルにちょっと嫉妬しただけで殺すとか無いわ!
(ナシナシ! 今のキャンセル!! リア充爆発しろなんて本気じゃないから!!!)
俺が真剣に頭の中でそう叫んだ途端、足元でうずくまっていた人の顔から赤みが一気に引いていく。呼吸も深くなっている。
「はぁ……はぁ……!」
「助かっ……た?」
「……なに? 今の……」
「死ぬかと思った……」
「大丈夫!?」
「よかった……良かったよぉ」
倒れていた全員が少し調子を取り戻したのを見て、立ち尽くしたままの俺は今更ながらに……マジで今更なんだが、冷や汗がどっと背中を伝うのを実感した。
なんだかわからないが、どうやら俺は凄い事になってしまったらしい。
紺子様は実在する。
……じゃなくて。
俺が「リア充爆発しろ」と心の中で願うと、本当に俺の周りのリア充が爆発してしまうかもしれない!!
「――――――というお話だったのサ」
【=完=】って感じで俺が過去の話を締めると、助手の今田君は眉間にシワを寄せて「ふん」と言った。
おおう。めっちゃバカにされてる?
「なにそれ。所長、作り話ならもうちょっとクオリティ上げてくださいよ」
「いや、クオリティも何も、ホントなんだけど」
「嘘だぁ~」
「上司に向かってその言葉遣いはどうなんだよ」
まあ、信じてもらえないのも無理はない。そんな時の為に俺は自分の机の引出しから、あるファイルを取り出した。そこには新聞記事の切り抜きがスクラップしてある。同じページには、あのスタンプラリー台紙も一緒に貼り付けていた。
「ほら。これ見てよ。今から8年前の記事。【遊園地で多数が不調訴え。集団ヒステリーか】ってあるでしょ」
「あ、ホントだ。そういえばそんなニュースあったかも。原因不明だったんですよね」
「そう。これ、俺が紺子様から力を貰った時の話」
「マジか」
「マジだよ。……ホントにお客様の前ではその言葉遣いやめてね。マジだから今の仕事になってるんだ」
「え? どうゆうことですか?」
「だからさ。俺がリア充爆発しろって願った時、心臓が爆発しそうな人とそうでない人がいたんだよ」
「はい」
「俺の力はリア充にしか効かないんだよね」
「リア充って……それなんか基準でもあるんですか?」
「それがさぁ。なんとなく、ふわーっとしてるんだけどさ。要は恋愛の相手がすぐ傍に居て幸せな人達、かな」
「マジでふわーっとしてますね。意味わかんない」
あっ、また今田君の眉間にシワが寄った。可愛い顔が台無しじゃないか。
「そりゃふわーっともなるさ。色々調べてみたんだけどさぁ、迂闊に試すこともできないじゃん? 下手したらリア充達が本当に心臓が爆発して死んじゃうかもしれないんだから」
「ん~、まぁそれはそうかも」
「でさ、相思相愛で幸せそうな恋人や夫婦が居る場所ではヤバすぎるから力を使っていなかったんだけど、冷めてきて別れそうなカップルとか、見込みのある片想い中の人とかにも少々効く事がわかったわけよ」
「少々?」
「うん。少々。爆発はしないけど、脈がめちゃくちゃ速くなってドキドキする」
「えっ……」
今田君が変な顔をして、そのまま考え込みだした。どうしたんだろうと思った時、「ピーンポーン」と呼び鈴が鳴る。
瞬時に俺と今田君は仕事の顔になった。俺は事務所の所長らしく落ち着いたふりをして椅子に掛け、今田君は応対役として入口に向かい、事務所のドアを開ける。
「いらっしゃいませ。【山本離婚相談所】へようこそ」
「あ、あの、お電話で予約していました佐藤ですけど……」
「はい。承っております。こちらへどうぞ」
おお、やるな今田君。先ほどのナメた態度はどこへやら、言葉遣いも完璧でピシリと背筋を伸ばし、ソファへお客様二人を案内すると、すぐさまお茶の準備をする。実に有能な助手といった感じだ。
俺はソファの向かい側に移動すると名刺を出した。
「初めまして。私は所長の山本と申します。早速ですが佐藤様、お電話でお話した通り、想い出の品やアルバムは持ってこられましたか?」
「は、はい。持ってきましたけど何故こんなものを……?」
今回の顧客、佐藤夫婦が質問する。意外と若く、二人とも如何にもリア充っぽい。だけど結婚して5年、だんだんと夫婦の会話がかみ合わなくなってきて離婚を考えているのだそうだ。
「佐藤様のように、どちらかに一方的な非があるわけでもないお二人が離婚するとなると、意外と後で後悔されるんですよ」
「そんなことは……」
「もう妻とは充分話し合いましたし。子供も居ませんから」
反論しようとする二人を俺はじっと見つめる。オタで陰キャの俺の得意技、何か言いたげな沈黙だ。二人はそれを見て自然と口をつぐんだ。
うん。電話で話したイメージ通り、二人ともある程度は空気を読んでくれるタイプ……自分勝手な感情や事情を相手に押しつけてくる嫌なリア充ではなさそうだ。これなら行けると俺は思い、できるだけにこやかに口を開く。
「まあそう言わず。ここで私に一時間ください」
「一時間?」
「私は今まで、勢いで離婚した後『あの時ちゃんと話しておけばよかった』『ああ言えば別れなかったかも』とズルズルと引きずって次に行けないお客様を何人も見てきました。ここで想い出の品を見ながら一時間お話しをしてみて、全てスッキリしてから離婚した方がお互い幸せだと思いますよ? その後はスムーズな離婚のお手続きを進められるようお手伝い致しましょう」
「まあ、確かに……」
「じゃあ、ちょっとだけ……」
「さあさあ、どうぞこちらの別室へ」
うちの狭い事務所を無理やり壁で仕切った更に狭い別室へ、今田君が半ば強引に案内する。渋々といった雰囲気の佐藤夫婦を別室へ通すと、お茶を出した後は扉を閉めて二人きりにする。
俺はサッとイヤフォンを耳に挿し、パソコンの画面を見つめた。別室は隠しカメラを仕掛けてあり、俺のパソコンで全てがモニターできる。
佐藤夫婦は別室のテーブルを挟んで向かい合わせに座っていた。横に並んで座る方が一緒にアルバムを見やすいのに、そういう気はもう起きないのだろう。
二人は俺の提案に一応納得したものの、硬い表情でアルバムを見ながら言葉をポツポツと交わしている。しかしそのうちに、あるページをめくった奥様の手が止まり、一枚の写真に見入る。
「あ、これ、新婚旅行の時の沖縄」
「ほんとだ。飯が凄く美味かったよな」
「この海、とても綺麗だったわ~」
「君もこの時は綺麗だったけど、今は太ったよな。5キロ? 7キロ?」
「ちょっと! そういうところよ! あなただって髪が寂しくなったじゃない!」
「……確かに。ごめんw」
「くっ……ふふっ」
一瞬剣呑とした雰囲気から、佐藤氏の笑い交じりの謝罪に奥様も吹き出し、顔を見合わせる二人。今がチャンスだ。俺は心の中で「リア充爆発しろ」と願う。
モニターの中の二人がハッとした。
と、カタンと小さな音がした。音の方向をみると今田君がなにか落としたらしい。こっちを変な顔で見ている。
俺は「シッ」と指を口に当てた。無言でこくりと頷き、力を今使ったのだとアピールする。今田君が珍しく焦ったように首を縦に何度も振ったので、俺はアピールが伝わったことに安心してモニターの中の世界に戻った。
「……」
「……あの、さ」
「……なに?」
「また沖縄に行こうって言ってたのに、結局約束守れなかったな」
「……良いわよ別に。仕事が忙しかったんだから仕方ないじゃない」
「うん。忙しかったのは事実だけどさ……俺は、もう一度……」
「なに?」
奥様の頬がうっすらと上気し、瞳も少しだけ潤んでいる。佐藤氏の言葉を期待しているように見える。彼女を見つめる佐藤氏の顔も表情は柔らかいが赤い。多分、今二人の心臓はドキドキしているに違いない。
佐藤氏が立ち上がり、わざわざ奥様の隣に座り直した。
それを見た俺は今回の仕事が成功した事を確信した。
佐藤夫婦は離婚を一旦取り止めることにしたそうだ。
「お手数をおかけしました」
「所長さんの仰る通りでした。私達、離婚についてばかり話していて、今までの想い出やお互いの気持ちについての会話が全く足りていなかったみたいです」
「それは良かったです。無理な結婚を続けることは不幸ですが、無理な離婚もしないに越したことはないですからね」
俺はニコニコとそう言って、相談料を受け取り、二人が事務所を出ていくのを見送った。
「はぁ……そういうわけかぁ。なんで離婚の相談にここまで来ておいて、ヨリを戻す人って多いんだろう? って不思議に思ってたんですよ」
呆れたように今田君が言う。
「そういうこと。俺の力、信じた?」
「信じます。信じますけど……」
「なに?」
今田君の歯切れの悪い言い方にふと目をあげると、俺の前に立つ彼女が顔をわずかに赤らめている事に初めて気づいた。
「あの、所長さっき言ってましたよね。見込みのある片想い中の二人に『リア充爆発しろ』って願ってもドキドキするって」
「うん。それが?」
今田君がさっきしたような変な顔をまたした。ショートヘアーの艶のある髪が細かく震えている。
「私……さっき、ドキドキしたんですけど!」
「はぁっ!?」
「それって、所長が力を使ったから……所長のせいですよね!」
「えっ、あっ、……えっ!?……俺エ!?」
8年ぶりに俺の背中を冷や汗が伝う。どどどどどどどういうこと!?
何!? 俺のせいって、そりゃ力を使った俺のせいっちゃ俺のせいだけど!!!
「責任取ってください!!」
「せっ、責任て、今田君」
「愛結です!」
「あ、ああああ、愛結、さん」
震えて歯がガチガチいう中、かろうじて名を呼ぶと今田君が真っすぐにこっちを見て「はい」と返してきた。
なにこれホント!? これドッキリじゃないよね!?
でも今田君の真剣なまなざしをドッキリといっては失礼な気がしてならない。
いや、でも、でも。
もしもドッキリじゃないとして。今田君が俺の事を、こんな陰キャのキモオタのぼっちの俺を好いてくれているような70憶分の一の確率の超貴重種だとして。
もしも俺がその気持ちを受け入れたとしたら、俺が今後「リア充爆発しろ」と願った時にどうなるのだろう。
自分の心臓がドキドキと鼓動を打つのを感じながら、震える自分の手元に目をやると、さっき机の上に広げたままのファイル、あの日のスタンプラリー台紙が視界に入る。
と、台紙の中の紺子様がニヤリと笑ったような気がして、そして直接脳内にあの声が語りかけてきた。
“そりゃあ本当に爆発するじゃろうな”
お読み頂き、ありがとうございました!