55.手を繋いで
今日はしーちゃんの買い物は電車に乗って都会に行く。駅まではバスで十分弱、電車に乗り換えて二十分弱なのでそこまで遠くはない。でもいつもと違う移動にしーちゃんは楽しそうだったが二駅過ぎたタイミングだった。
「……あおくん!」
「ど、どうしたの?」
土曜日だが電車の中は乗客が意外と多くて二人共に扉付近に立っている。駅に着く度に乗客の出入りがあって逸れてしまいそうになった。ちょっと不安そうな表情をしたしーちゃんは俺の側に立っている。
「あのね、離れ離れになったら嫌だから手を繋いでいいかな?」
「えっ、手を繋ぐの……ここで?」
「うん、ここでだよ。だって手を繋いでいたら大丈夫だよね!」
「う、うん、そうだね……」
返事が終わる前にしーちゃんがすっと手を伸ばして、ぎゅっと俺の手を握ってきた。思っていたよりも小さくて柔らかい手だった。
「ふふふ……あおくんの手、大きくなったね」
しーちゃんと最後に手を繋いだのはいつだったか覚えていないが、あの時とは違って恥ずかしくなってきた。とりあえず手を繋いだので逸れる事はなくなったが、変に緊張して汗をかいてしまわないか心配になった。
しーちゃんは手を繋いだ後もずっと笑顔で余裕がある表情をしている。
(うぅぅ、なんか俺だけ意識しているみたいでしーちゃんはなんとも思ってないのかな……)
隣に立っているしーちゃんは嬉しそうな笑顔のままで俺は目のやり場に困ってしまった。いつからこんなに可愛くなってしまったのだろう。普段の制服姿とは違うので余計にそう感じてしまうかも知れない。
あたふたしている間に目的地の駅に着くアナウンスが流れてきた。周りを見るとほとんど乗客がここで降りるみたいで、手を離すと逸れてしまう可能性がある。今度は俺がギュッとしーちゃんの手を握って離れないようにした。
「あ、あれ、どうしたの?」
「ご、ごめん、驚かせて……ここで降りる人が多いから、離れないようにね」
「う、うん!」
一瞬びっくりした表情をしていたしーちゃんは、すぐに目をキラキラさせて嬉しそうな表情に変わった。
駅に到着すると予想通りどっと乗客が一斉に降りた。俺達も流れに乗るようにして電車から降りる。しーちゃんは俺が言った通りにぴたっと寄り添うように歩いている。
無事に逸れることなく改札を出て、少し歩くと人混みも解消されてきた。ぼちぼち手を離しても良さそうなタイミングだった。でも強引に離すのはいけないような気がしたのでしーちゃんの顔色を窺った。
「そ、そろそろ、手を離してもいいかな?」
「えっ、なんで離すの? 繋いだままじゃダメなの?」
立ち止まるとすぐに驚いた顔でしーちゃんが聞き直してきた。しーちゃんの目は離したくないと強い意志が見えて、繋いでいた手に力が入った。
「い、いや、ダメじゃないけど……」
「ならいいでしょう、繋いだままで、えへへーー」
手を離すのにちゃんとした理由がある訳ではない、ただ周りの目が気になって恥ずかしかっただけだ。目の前にあったショーウィンドウに俺と笑顔のしーちゃんが手を繋いでいる姿が写っている。自分の顔を見てしーちゃんが楽しそうな顔をしているのに俺はこんな表情をしてはいけないと感じた。
「うん、分かったよ!」
「じゃあ、行くよ!!」
変に意識している自分を反省して、今日はしーちゃんとの買い物をしっかりと楽しもうと決めた。ぎゅっと手を握ったご機嫌なしーちゃんがグイッと引っ張るように前に進み始める。俺もそれに合わせて笑顔で再び歩き始めた。
それからは気心の知れた仲のように歩き回った。お互いに離れて何年も経つのになんとなく好みとか覚えているものだ。手を繋いでいるのも全く違和感なく自然になっていた。
あっという間に時間が過ぎて、帰りの電車に乗る前にコーヒーショップに寄る事にした。
「ふぅーー、今日はよく歩いたなぁ、さすがに疲れたーー」
「ふふっ、ありがとね、荷物を持ってくれて……」
座った席の隣に大きな紙袋が三袋あるが全てしーちゃんの買い物だが、そんなに重たいものではなかった。元々、荷物持ちのつもりだったので全然問題はない。
「……久しぶりだったな、しーちゃんと出かけるのは、いつ以来だろう」
「ふふふ、でも二人きりで出かけたのは初めてよね。今日はいっぱいあおくんを独り占めしたから幸せだったよ」
しーちゃんの言う通り二人だけで出かけたのは初めてで、こんなに長い時間二人きりだったのも引っ越ししてから初めてだった。でも昔と違って二人きりの時間の意味が違う。
「そんな独り占めってそんな大袈裟だろう、俺なんかで……」
「ううん、そんなことないよ。でもまだまだ足りないくらい、これまで離れていた時間を考えるとね」
「まぁ、これからは大丈夫だろう。部活がない日とか、長い休みだってある」
「そうね、焦らなくても……でも強力なライバルがいるから、うかうかしていられないわよ」
「ん……ライバル?」
「ふふふ、そうだよ……もちろん一歩も引く気はないからね」
優しく笑っているしーちゃんだけど、瞳の奥は強い意志が見えた。さすがの俺でもしーちゃんが言うライバルが誰なのかは分かっているつもりだ。
「あぁ、で、でも……」
「ふふっ、そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫だよ。別に何かをしようとするのではなくて、明日からもいつも通りだからね」
俺の迷った気持ちを見透かした様な顔でしーちゃんは笑みを見せていた。しーちゃんが戻ってきてもうすぐ一ヵ月が過ぎようとしている。だいぶ落ち着いてきた感はあるので俺自身もそろそろ考えていかないといけないみたいだ。でも今日一日は素直にしーちゃんと楽しい時間を過ごせて嬉しかった。




