52.マネージャーの件
時計を見るともうすぐ日付が変わる時間だったが、部活の勧誘を思い出した。気が乗らないが一応永尾と約束をしたので仕方がないのだ。
「ねぇ、しーちゃん、ちょっとだけ話を聞いてもらえるかな?」
「うん、いいよ」
もう遅い時間だったけど、しーちゃんは嫌な顔をせず頷いてくれた。でもこれから聞く内容が俺にとってあまりいい話ではないので、表情には出さないようにして渋々話す事にした。
「……部活の見学に来た帰りにキャプテンの永尾とか村野達が、しーちゃんにマネージャーをしてくれないかと言ってきたんだよ」
「えっ、そうなの……ゆいちゃんがいるのに……」
しーちゃんは予想外だったのか驚いた表情を見せた。でも練習中は楽しそうな表情をしていたので満更でもないはずで、少なくとも嫌ではないと思う。
「うん、しーちゃんの練習中の動きを見て、チームの力になってくれるはずだから是非お願いしてくれと頼まれたんだよ」
「なるほどね……」
「でもね、俺はもったいないと思うんだよ……しーちゃんは本当に運動神経が凄いから、ちゃんとした部活に入ったほうがいいと思うんだ」
とりあえずは自分が思っている事をちゃんと伝えたのだが、しーちゃんは再び驚いて難しい表情になった。俺の言い方が拙かったのかと少し不安になる。でもしーちゃんの事を考えるとマネージャーはやらないで欲しい。
「……あおくんは私がマネージャーをするのは反対なの?」
「いいや、反対ではないよ。俺だったしーちゃんがマネージャーしてくれたら嬉しいよ。でもそれとは別にしーちゃんが他の部活で活躍する姿が見てみたいんだよ」
しーちゃんがこの手の質問をしてくるのは想定内だったが、ちょっと悲しそうな目をしているのは予想外だった。
「……私が部活で活躍するのが見たいの? う〜ん、それならもう一択しかないよ」
「そうなんだ……しーちゃんが一番やりたい事をするのがいいからね」
運動神経抜群のしーちゃんだから得意な競技だとかなりの成績を残せるに違いない、バスケ部のマネージャーをするのは勿体ない。
「じゃあ、バスケ部のマネージャーをするね!」
「……えっ!? な、なんで、だ、だって、マネージャーだよ……しーちゃんならもっと……」
まさかの返事に慌てた俺はしーちゃんの顔を見ると意志の固い瞳をしていた。しーちゃんはこの場の勢いで決めた訳ではないみたいだ。しーちゃんの目を見てこれ以上俺がとやかく言っても意思は変わらないと雰囲気だ。
「あおくんと離れ離れになって悲しい思いをさせて……もう一度一緒になれたから、今度は私があおくんを支えていきたいの」
「……うん、分かったよ」
あの時の悲しみは忘れる事が出来ないから、しーちゃんの気持ちは嬉しかったが、本当に俺の為にいいのかとも思った。
でも最終的に決めるのはしーちゃんだから反対するのはあきらめたが正直微妙な気持ちだった。
「じゃあ、早速明日入部届を書かないといけないね!」
俺が納得してくれたと思ったみたいで、しーちゃんは嬉しそうな笑顔に変わった。暗く重かった空気が明るく柔らかになって、しーちゃんの笑顔も見られたので今晩はここで終わることにした。
翌日の朝、昨日と同じようにしーちゃんと一緒に家を出る。ご機嫌なしーちゃんは朝から笑顔で元気いっぱいだ。
「あおくん、どうしたの、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だよ……」
一応返事をしたもののしーちゃんのように元気はなくてちょっと寝不足気味だ。
あの後部屋に戻って本当によかったのか悩んでいた。やはりちゃんと反対しないといけなかったのではないかと後悔した。でも俺の為にマネージャーをすると言うのだから正直嬉しさもある。
結奈も同じような事を部活に入る前に言っていたのを思い出して、少しだけ不安が過ぎった。そんないろいろな事が頭を巡ってあまり熟睡が出来なかった。
バス停に着くとすぐにいつもバスが来た。バスに乗り込むと普段なら空いている後部座席が塞がっている。
仕方がないので、二人掛けに座席にしーちゃんと座る。普段なら余裕で座れるのだが、今日は乗客が多くて座席に余裕がない状態だ。
「どうしようか?」
しーちゃんが心配そうに俺の顔を見る。結奈とこのバスに乗る約束をしている訳ではないが、恐らくこの後のバス停で待っている。一応考えるフリをしたが悩む事もない、俺が代わりに立ててば良いのだ。
予想通りに結奈がいつものバス停から乗ってきた。俺達の姿を見付けてやって来たが、席が空いていない。空いていても一人で男の人が座っている座席しかなかった。
「ほら、ここに座れよ」
バスが発進しようとしたので、俺は立ち上がって結奈の手をぐいっと引っ張り座席に引き寄せた。ちょっと不安定だった結奈を俺が腕で支えるようとした。
「……ありがとう」
ちょっと抱き寄せるみたいな感じで結奈を無事に座席に座らせた。結奈は少し照れた表情をしていて、しーちゃんが何故か羨ましそうな顔をして見ていた。
バスが発進して落ち着くとしーちゃんは結奈と楽しそうに会話を始めた。バスのエンジン音や周囲の雑音で二人の会話が聞き取り難かったが、多分昨日の晩の事を話しているのだろう。
会話の途中で結奈の顔が嬉しそうな表情になったので、マネージャーの事は問題ないみたいだ。不安じゃないと言えば嘘になるが、もし結奈が反対するようなことがないとも限らなかったので二人の笑顔を見て一安心した。
その後も二人の会話を立っている俺が穏やかな気持ちで見守りながらバスに揺られていた。




