46.初対面
この日もしーちゃんの周りには人だかりが出来て近寄れなかった。今朝の事もあり気になっていたが、どうしようも出来ない状態が続いた。
結奈とも全然話せていない状況でお昼休みに突入した。どんよりとした気分でいまいち食欲がないが、放課後の部活の事を考えるとやはり食べないといけない。仕方なく鞄から弁当箱を取り出して食べようとしたが目の前に人の気配を感じた。
「一緒に食べてもいいかな?」
顔を上げるとしーちゃんがお弁当を持って立っていた。周囲を見渡すと結構注目されている。もちろん断る理由もない。周りの圧に慌てて急いで頷くとしーちゃんが嬉しそうにお弁当を俺の机に置いて椅子に座る。
「えへへ、よかった!」
周りの圧を気にすることのないしーちゃんの喜ぶ声が聞こえる。嬉しそうな笑顔のしーちゃんを前にして、男子からは狂気の視線が突き刺さり黙って耐えるしかなかった。しーちゃんの笑顔はとても可愛いかったから仕方がない……
(何も悪いことはしていないのだが……)
心の中で叫びながら、食べよとしていた箸を止めて大きなため息を吐いた。しーちゃんはそんな俺を不思議そうに眺めていた。
「食べないの?」
「いいや、食べるよ……」
しーちゃんと向かい合い止めていた箸を動かそうとしたタイミングで今度は背後に気配を感じる。
「蒼生くん、私も一緒に食べてもいい?」
「う、うん、いいよ……」
聞きなれた声だったので振り向かなくても誰だか分かった。同時に結奈は机の横に椅子を持ってきて今度はしーちゃんの顔を窺っている。
「御坂さんもいいかな?」
「うん、いいよ!」
すぐにしーちゃんが笑顔で答えたので、俺は胸を撫で下ろす。お互いに面と向かって話すのは多分初めてだと思う。
結奈はしーちゃんの事を多少知ってはいるがしーちゃんは結奈の事をほとんど知らないはずだ。
(なんて結奈の事を紹介したらいいんだろうか?)
二人の顔を見てどうすればいいのか悩んでいると、察してくれたのか結奈が先に口を開く。
「初めまして、東條結奈です。蒼生くんと中学から同じクラスで一緒に受験勉強をしてきて……それで今は同じ部活のマネージャーをしてるの」
「うんうん、今まであおくんの面倒を見てくれていたのね。じゃあ、あおくんの秘密を教えてあげないといけないね」
丁寧な口調で結奈が話すと、しーちゃんが嬉しそうな顔で何故かとんでもない事を言い始めようとしている。結奈も予想外の事で驚いた顔になる。
「えっ、あ、あの……」
「ふふっ、久しぶりにこの街に戻ってきて分からない事だらけだったけど、あおくんていう共通の話題がある東條さんとは仲良くなれそうだよ」
呆気にとられる結奈をよそにしーちゃんは結奈の手を取って笑顔いっぱいの表情をしていた。しーちゃんは慣れない環境で皆んなに囲まれたりしてずっと緊張していたのだろう。この笑顔も昔よく見ていた自然な表情だった。
ぽかんとしていた結奈もしーちゃんの笑顔を前にして次第に笑顔に変わった。俺はちょっと置いてけぼりになっていたが、二人の笑顔を見てほっとひと息つく事が出来た。まずはお互い仲良くやっていけそうな気がした。
お昼休みは和やかに三人でお弁当を食べながら過ごせた。きっとこれから毎日、こんな感じでお昼は過ごしていくのだろう。
午後の授業が終わり放課後になって、俺はしーちゃんに登校の時に伝え忘れた事を話しに移動する。すでにしーちゃんは帰り支度が終わっていた。
「しーちゃん、ごめん。これから部活があるから一緒に帰れないよ。一人で帰れるかな?」
「ふふふ、大丈夫だよ。たぶんそうだろうなと思っていたから、心配しなくもいいよ」
「う〜ん、本当に大丈夫か?」
「うん、朝一緒に来たし、家に帰るだけで、それに高校生だから……でも心配してくれてありがとうね」
笑顔で答えるしーちゃんだったが、やっぱり心配だ。さすがに部活を休む訳にはいかない、もうすぐ規模は小さいけど大会がある。
悩んだ末に部活中は俺と連絡が取れないので、結奈に連絡するように伝えた。結奈も喜んで協力してくれた。お昼休みにお互いに連絡先を交換していたのがさっそく役立った。
しーちゃんは大袈裟だよと言って笑っていたが、ひとまず安心した。その後、部活が始まりしばらくして結奈にしーちゃんから家に着いたとメッセージが届いた。
部活の帰り道で今日の結奈は昨日と比べて全然機嫌が良かった。
「ふふっ、良かった、しーちゃんがいい子で」
「なんだよ、不安だったのか?」
「う〜ん、そうだね……でも、蒼生くんの幼馴染だから心配してなかったけど……」
「ん……けど?」
機嫌が良かった結奈の表情がちょっと険しくなるので少し身構える。昔に比べると結奈の表情は豊かになって、俺もその対応がだんだんと分かってきた。
「ちゃんと言ってよね。隣に引っ越してきた事ぐらい……」
「えっ、あっ、あぁ……ご、ごめん……内緒にしていた訳じゃなくて……それに今朝気が付いたんだからな……」
しーちゃんの帰り道の話で隣に引っ越して来た事を結奈に伝えた。さすがにその時はかなり驚いた表情をしていた。
「えっ、そうなの? 蒼生くん、知らなかったの?」
「う、うん。夏休みの最終週はあまり家に居なかったし、家族の誰も教えてくれなかったから……」
「あっ、そうか……残った課題を学校でして、最後はデートだったからね。えへへ……」
ちょっとだけ結奈は嬉しそうな表情に変わって笑顔になる。とりあえず機嫌が戻ったのでほっとするが、結奈の言った言葉に改めてドキッとしてしまった。
朝からしーちゃんに振り回されて気が緩んでいたが、よく考えてみたら俺はかなり優柔不断な状況なっている。夏休みの最後に決意した気持ちは早くも崩れてしまっていた。




