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44.二学期の始まり

 翌日の朝、朝練がない時バスに乗ると三個目のバス停から結奈が乗ってきた。テスト期間以外は決めている訳ではないがほぼ毎回待ち合わせたように乗ってくる。


「おはよう。いつもありがとうね」

「……う、うん。お、おはよう」


 朝から笑顔全開の結奈は俺が座っているところまでやって来て、隣の座席にゆっくりと座る。俺がカバンを置いて結奈の座る場所を確保していた。

 普段通りの光景でなんて事のないやりとりだが、昨日の事もあって微妙に恥ずかしかった。平常心でいようと思ったが、やはり結奈の顔を見ると無理だった。でも時間が経つにつれて普段と変わらない空気になり安心した。いつもとどおり学校に着いて二人一緒に教室に向かう。


「ん……なんだろう?」


 教室に入ると不思議そうな顔をした結奈と見合わせた。夏休み明けだからという訳ではなく、何故か教室の中が騒ついている。よく分からない状況で自分の席に向かい鞄を置いた。


「いったい何事なんだ?」


 すぐそばに男子グループの中で会話していた阿南がいたので聞いてみた。阿南はすぐにニヤッと笑い答えてくれた。


「おぅ、知らないのか? なんでもこのクラスに転校生が来るらしい、それも女子だって!!」

「あぁ……それで男子の方がザワザワしているのか……」


 単純な理由だったので納得して頷いた。この学校は進学校なので転入生はとても珍しいみたいだ。でも正直あまり興味がない話題だった。

 きっと頭のいい女子に違いないので、ほとんど俺とは接点がなくて縁もないだろう。そんな事を考えていると俺の顔を見てなにか勘づいたのか阿南が妬むような表情をしている。


「はっ、俺は関係ないってな顔してるな! あぁ、そうだな、彼女がいる宅見には関係ないよな……」

「えっ!? な、なに言っているんだ……彼女なんかいないぞ!」

「えぇぇ……今更、そんな事を言うのか? あっ、し、知らないぞ……」


 俺は困った顔で否定をすると阿南が大袈裟に驚いた表情をしながら慌てるように俺の背後へ視線を移していた。阿南が不自然な動きをするので俺も背後に視線を向けると、ムスッと頬を膨らまして拗ねた表情をした結奈が立っていた。

 鞄を置いた結奈がすぐに今の状況を教えてくれようとしたのだろう。結奈の気配を感じて一気に背筋が凍るような感覚になった。


「……ふふふ、そうね、蒼生くん」

「えっ、えぇ、うっ、うぅぅ……」


 登校の時に見せた和やかな表情の結奈は消え失せていた。これはやらかしてしまったと焦る一方で言い訳も出来ない。このまま後退りをして逃げたい気持ちだ。


「ははは、とりあえず謝っておけ……」


 背後から阿南の助けを差し伸べる声が聞こえてきた。焦っているばかりでは解決にならないと素直に俺は結奈に頭を下げる事にする。


「……ごめんなさい」

「うぅ……もう蒼生くんのバカ……」


 俺の謝罪にちょっと気が済んだのか結奈の小さい声が聞こえた。表情が少しだけ緩んだみたいなのでほっとした。

 でもそもそも結奈に告白した覚えはないのだが、散々結奈には世話になっている身なのだからここでそれを言うのは野暮なのだろう。


「……俺は何を見せられているのだろうか」


 背後でひとりボヤくように阿南の声がして去って行った。阿南には部活が始まる時にジュースでも奢っておこう……

 なんとか結奈の機嫌を治して笑顔が戻ったがちゃんと告白しないといけないと改めて感じて、それも早い段階で決めないといけないと思った。昨日決めたことがすぐに現実になった。


 時間が過ぎ、チャイムが鳴り担任の先生が教室にやって来た。同時に転校生らしい女子が一緒に教室に入ってきた。予想通り教室の中が一気に騒つく、特に男子が……パッと見た雰囲気はかなりの綺麗な顔の美人で、女子もザワザワし始めた。

 すぐに担任の先生が一喝して、ざわざわが収まった。朝の挨拶が終わると早速転校生の自己紹介に移った。先生が話している最中に転校生の女子は意外と落ち着いているみたいで教室全体を眺めていた。

 縁遠いと思っていた俺は退屈そうに外を眺めたりしていたが、視線を前に向けたタイミングで偶然に転校生と目が合った。


「ん……?」


 何故か転校生の女子がやっと見つけた感じで優しく微笑む。まるで天使みたいな微笑みに男子達が騒つかせてしまう。誰も俺と目が合ったとは分かっていないが、なんで俺を見つけて微笑んだのか全く理解出来なかった。

 先生が転校生に自己紹介をするように促すと微笑んだ理由が分かった。


御坂 詩音(みさかしおん)です。アメリカから戻ってきました……」


 名前を聞いて椅子から転げ落ちそうになった。自己紹介の後半は聞き取れないぐらい動揺してしまう。


(な、なんで、しーちゃんが……)


 頭の中がぐるぐると回る。俺の聞き間違いか、もしかしたら同姓同名なのか。俺の記憶の中のしーちゃんと似ても似つかわないのだ。

 前に立って話している女子は落ち着いた雰囲気でかなり整った顔をした美少女だ。俺が覚えているしーちゃんは男勝りの活発でお転婆な女の子だった……でも顔はよくよく思い出すと綺麗な顔立ちだったが、常に一緒に居たので気にした事はなかった。

 しーちゃんの席は俺と離れた場所になった。先生が教室をはなれると、すぐに興味があるクラスメイトがしーちゃんの周りに集まった。

 自分の席からしーちゃんがいる人集りを眺めていると、結奈が信じられないといったいった表情で近づいてきた。


「蒼生くん……やっぱり間違いないの?」

「う、うん、たぶん……そうだと思う」


 結奈が恐る恐る口を開くと俺も確信がある訳ではないが答えた。

 本当にしーちゃんが帰ってきたとすれば家族が知らないはずはないので教えてくれるはずだ。確かに夏休みの最後の週は課題とかに追われてあまり家族と会話をしていなかったが、こんな一大事だと話題になるはずだ。もしかしたら夢でも見ているのかもと思う。


「結奈……俺の頬を捻ってくれないか?」

「……うん、分かった」


 そう言って結奈が俺の頬をキュッと捻る。


「……痛っ!!」

「あっ、ご、ごめんなさい……」


 頬に痛みが走り間違いなく夢ではなさそうだ。捻った結奈は元気がなさそうに謝る。呆然として遠巻きに俺と結奈はしーちゃんがいる一団を眺めていた。

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