43.明日からの心の準備
順路に従いながら歩いていく。結奈はずっと笑顔のままで楽しそうだ。手を繋いで歩いていたが、気になる水槽の前に行くと結奈がパッと手を離した。そのまま繋がないのかと思って移動を始めると、すぐに隣に戻ってきて俺の手をぎゅっと繋いだ。
「ふふっ、今日はずっと繋いで離さないからね!」
笑顔の結奈はジッと見つめている。からかっているのではなくて本気の瞳だ。その後も宣言通りに一時的に手を離すことがあってもすぐに手を繋いできた。何度も繰り返しているうちに俺も慣れてきたのか自然に手を差し出して手を繋いでしまっていた。
「えへへーー、うん!」
結奈は嬉しさが満開の笑顔をしている。たまたま目の前にある大きな水槽に視線を移すと、反射して映る二人の姿は恋人同士だった。誰が見ても手を繋いで仲良くデートをしている姿にしか見えない。意識すればするほど恥ずかしくなってきた。
「ん……どうしたの?」
結奈が不思議そうな顔で俺の様子を窺っている。少し焦ったが館内は薄暗いので多分顔色が分かりにくいはずだ。でも結奈のキラキラした視線が耐えらないので、顔の向きを変えて誤魔化す。
「……いや、なんでもないよ」
「そう? なんでもないのならいいけどね。ふふっ」
再び笑顔に戻った結奈は水槽に視線を移した。まだ結奈の視線に胸がドキドキしている。いつも見慣れているはずの結奈の顔がきちんと見ることが出来ないので、とにかくこの気持ちを落ち着かせなければならない。とりあえず水槽の中の魚を見て心を落ち着かせようとした。
「ふふふ、水族館を選んで良かった」
「えっ、なんで?」
突然、結奈が水槽を眺めながら安心したように笑っているので、どうしたのかと不思議に思う。
「うん、だって蒼生くんが本当は水族館に興味がないのに無理していないかと不安だったの」
「ははは、そんなことないよ」
「うん、そうみたいだね。さっきからいっぱい水槽の中を見ているから、心配無用だったよ、ふふっ」
俺が熱心に水槽を見ているの結奈は勘違いしているみたいだった。でも今回はこれで良かったと笑ってしまう。それに今日を楽しみしていたのは間違いないので否定はしなかった。
結奈もいろいろと俺に気遣ってくれていたみたいで、浮ついた気持ちだった俺はちょっと情けなくなった。
「そろそろ次に行こうか」
「うん!」
なんとか気持ちを落ち着かせて、結奈をリードしないといけないと切り替える。握られてばかりだった繋いでいた手を俺からぎゅっと握る。結奈はすぐに気が付いたみたいで、嬉しそうにチラッと俺の顔を見ていた。
やっと普段と変わらない感じで水族館をぐるっと回った。もちろん手はずっと繋いだままだ。アシカやイルカのショーも観覧してまるっと水族館を満喫した。
最後にお土産屋でキーホルダーを買ってお互いに交換をすることになった。
「えへへ、一緒に来た記念だよ。明日からちゃんとカバンに付けてきてね!」
「わ、分かったよ」
カバンに付けるのはちょっと恥ずかしいが結奈のお願いなら仕方ない。小さく頷いた俺に結奈は今日一番の笑顔をしていた。何度見ても結奈の笑顔には胸がキュンとなる。
気が付けばもう夕方になっていた。まだ日は長いのだが、明日から学校が始まるので今日はこのまま家に帰ることになった。帰りの電車の中ではぐっすりと眠ってしまい、降りる手前で結奈に起こされた。
「今日はありがとうね。夏休みの最後にいい思い出が出来たよ! また明日ね!!」
今日一日、笑顔だった結奈は別れ際にはちょっとだけ寂しそうだった。特別な一日が終わり、明日からはいつもの日常が始まる。結奈の後ろ姿を見送りながら、結奈との関係を曖昧に誤魔化してきたこれまでを思い出していた。
「やっぱり今日はデートだったよな……」
家に帰ってから自分の部屋に戻り一息ついていた時に思わず呟いた。勉強や部活抜きで二人きりだったのは花火大会以来二回目だ。
花火大会の時は、時間に追われたり、人が多すぎてあまり意識していなかったが今日は違った。ゆっくりとたくさん話が出来て、ずっと隣にいて手も繋いで、水槽に写る二人の姿を見て意識していた。
これまで何度も告白しようと考えては出来ずに曖昧にしていた気持ちが、きちんと決めないといけないと強い意志に変わってきた。結奈は優しいから告白してこない俺を焦らしたり、困らせるような事はしない。そんな結奈に甘えていた。
明日からの二学期は少しずつ結奈の気持ちに答えていこうと心に決めた。一気に前に進めなくても一歩一歩進んでいければ……これまではどうしても好きという感情に臆病になっていた。気持ちが強ければ強いほどに……別れる事になった時考えれば……もうあの時の気持ちは味わいたく無いからだ。苦い思い出が甦り気分が下がってしまうが、もう俺の気持ちは変わらない。
不意に窓の外を見るとすっかりと暗くなっている。まだ外は暑くてエアコンの効いた部屋なので窓は開けていないが、カーテンが空いている。
「ん……あれ? 隣の家に人の気配がある……誰か引っ越してきたのかな?」
暫く空き家になっていた隣の家に電気が付いている。多分あの部屋はリビングのはずだ。かつてしーちゃん一家が住んでいたので大体の間取りが分かる。
しーちゃん達が引っ越した後は何度か家族連れが引っ越してきたけどほとんど交流がなくあまりどんな家族が居たのか覚えていない。
「まぁ、今回もあまり関係ないか……」
そう呟いてカーテンを閉めると明日の準備を始めることにした。




