42.水族館デートの始まり
約束していた駅に到着した。待ち合わせしていた時間まで三十分近くある。今日は朝からいい天気で暑くなりそうだ。
(水族館か……何年ぶりだろう……もうあまり覚えていないな)
小学生の低学年の頃に家族で行って以来だと思う。この春に水族館は大幅にリニューアルしているので、初めて行くに近い感じになるのだろう。
結奈には言っていないが、俺もちょっと楽しみしていた。高校生の男子が楽しみだと言っていたらちょっと恥ずかしい気がした。
「蒼生くん! おはよう!!」
突然、名前を呼ばれたのでびっくりして声が聞こえた方向を見ると、予想はしていたがいつもとは違った雰囲気でキラキラしている。
「お、おはよう……」
思わず目線が下向きになってしまい、恥ずかしくて結奈を直視する事が出来ない。これまで試験勉強で私服姿の結奈は何度か見たことはある。その時は割と落ち着いて勉強をする感じだが、今日はいつもと違って清楚な感じでこれからデートって雰囲気だ。
「どうしたの? どこか具合でも悪いの……やっぱり疲れが溜まってたの?」
目の前までやって来た結奈は俺の顔を心配そうに覗き込む。普段でもやっているが、今日は反則級な技になっている。
「わ、わ、わ、だ、だい、だいじょぶだよ」
目と鼻の先ぐらいまで近くに寄った感覚になって、仰け反って焦ってしまう。今日一日、俺の隣を歩くかと思うと精神的にも体力的にも耐えらそうにない。
「う〜ん、とても大丈夫そうには見えないわよ」
首を捻りながら俺の様子を窺っている。とにかく平常心を保たないといけない、変に意識するからいけないのだと必死に自分自身へ言い聞かせた。
「ははは、大丈夫だよ……そろそろ切符を買ってホームに移動しよう」
ここで結奈と向き合っていても落ち着かないので、先ずは電車に乗る為に移動しようとした。少し強引だが、切符売場がある改札の方に移動し始めると結奈は慌てて隣に並んだ。でもまだ結奈の表情は納得していない様子だった。
「もう、蒼生くんの心配してるのだからね!」
頬をふくらましてちょっと怒った顔になっていた。さすがに強引過ぎたと反省をした。
「ご、ごめん、で、でも全然問題ないから……心配させてしまって悪かった」
「……うん、いいよ」
俺が結奈の頭を撫でるとすぐに顔が緩んで照れた表情をしている。ちょっと安易な機嫌の取り方だったけど良くなったところで切符を買い改札に向かった。目的地の水族館まで電車で三十分程かかる。
「二人で電車に乗って出かけるのは初めてだね」
電車を待っていると結奈はワクワクした笑顔をしていた。この前の二人で行った花火大会もバスで行ける範囲でそう遠くない所だった。
それに花火大会だと友達とかと一緒に行ったりするけど、今日は男女の友達で行く場所でない気がしている。
「えへへ、楽しみだね。水族館に家族以外で行くのは初めてだよ」
電車へ乗り込み、隣に座っている結奈はちょっと興奮気味だ。平日の午前中だが、夏休み最終日でそれなりに乗客がいるので、結奈とピタッと隣り合わせで座っている。
二人で居るのがやっと慣れてきたけどこう密着すると緊張してしまい、普段のバスで登下校の時とはなんか違う。意外と乗客が多かったのであまり結奈と会話が出来なかったが結奈はご機嫌だった。
行き先の駅に着くとすぐ目の前が水族館だった。夏休みの最終日とあって思ったより人が多いが、混雑しているほどでもないのでゆっくり観る事が出来そうだ。入口でチケットを買い、入場すると冷んやりとして気持ちがいい。
「涼しいね!」
はしゃぎ気味な結奈は珍しくて、あまり普段見たことのない表情だ。よっぽど楽しみで仕方ないのだろう、俺より随分先に進んでいた。結奈は上の階に上がるエスカレーターの手前で止まると手招きをする。
「早く来てよ!!」
「はいはい、分かった……」
すました顔で返事をしたが、本心は結奈のはしゃぐ姿があまりにも可愛らしくてたまらなかった。こんな姿をずっと見せられたら顔がにやけてしまう。顔に出さないように我慢するのが大変だった。
「わぁ〜、すごーいね」
エスカレーターは薄暗くなって、結構長い上りだった。エスカレーターの中は色々な色の光線でキラキラしていて、結奈はまるで小学生のようにはしゃいでいる。
「……かわいいな」
「ふぇ!?」
薄暗いのでちょっと油断して思わず口に出てしまう。はしゃいでいた結奈の耳に届いてしまったみたいで驚いた声をあげた。俺は誤魔化す様して顔を背けると結奈も恥ずかしそうな仕草をしていた。
長ったエスカレーターが終わり、大きな水槽がチラッと見えてきた。はしゃいでいた結奈は急にいつもの落ち着いた雰囲気になっていた。
「もう蒼生くんのいじわる……」
「えっ……」
そう言って結奈が小走りに大きな水槽の前に一人で移動して行く。もしかしてさっきの『かわいい』を勘違いしたみたいだ。きっと結奈は子どもっぽいと思われと感じたのだろう。すぐに慌てて俺は結奈の元に駆け寄った。
「ち、違うよ。かわいいって言うのは子どもっぽいて事じゃなくて……」
結奈の手前まで行って誤解を解こうとしたが、肝心なところで何て言ったらいいのか上手く説明が出来なく思わずオロオロしてしまう。
「ふふふ、怒ってないよ。ちょっとイタズラしただけ、蒼生くん、ずっとすました感じでなんか隠していたみたいだからね」
水槽の明かりで嬉しそうに笑っている結奈の顔がはっきりと見える。ほっとしたと同時に結奈の笑顔に胸がドキドキしてしまった。
「うぅぅ……」
結奈は最初から分かっていたのか、俺の緊張を解そうとしていつもと違う雰囲気にしていたのかもしれない。でもそれは違っていたみたいだ。
「ふふっ、じゃあ、ひとつお願いを聞いて! あのね……手を繋ぎたいの、いいかな?」
結奈は同時に俺の手をぎゅっと繋いできた。
「えっ、あっ、う、うん」
またまた慌てる俺を見て結奈は微笑んでいる。多分、これが本当の結奈なのだろう。今日はずっと結奈にやられてばかりで敵いそうにない。いつもとは違う一面を結奈がいっぱい見せてくれるので、胸のドキドキがどんどんと大きくなっている。




