36.夏の始まり
七月いっぱいは部活を休んで、八月から復帰する事になった。もう足の状態は万全で問題ない。この三日前から軽くランニングを始めている。
休んでいる間、始めの頃は久しぶりの休養といった感じで休みを満喫していたが日が経つにつれてだんだんと飽きてきた。やっと病院での診察で練習の復帰許可が出て嬉しくなった。一度はバスケをやめる気でいたのにこの五ヶ月で大きな変化だ。
結奈からは毎日のように練習の様子などが写真や動画で送られてきた。日々の連絡を欠かす事がないのはさすがだった。ひとつ驚いたのが、毎週練習試合が入っている事だ。部員が少ないチームにとってはハードだけど、凄く効果的な練習になる気がした。
それで早速、復帰する前に練習試合があったみたいだ。試合結果は負けていたが、あくまでも内容が大事なので心配はしていないので復帰してからの楽しみが増えた。
いよいよ練習復帰の当日になった。もちろん前の日に結奈から連絡があって、最後に『楽しみにしているよ』とあった。結奈に直接顔を合わせるのは久しぶりだ。休みの間に電話で何度か話をしたが、やはり顔を見て話すのとは違う気がする。
久しぶりの部活で余裕を持って家を出たつもりだったが、バスの時間を間違えて学校に着いた時は練習開始前ギリギリだった。部室に寄って体育館に向かうと、既に全員が揃っていた。
「……すまん、ちょっと遅れた!」
体育館に入ると一斉に皆んなから注目を浴びる。さすがに恥ずかしい……照れ隠しで笑うと皆んなから歓迎を受けた。
一通り皆んなに挨拶すると最後に結奈が目に涙を溜めて顔をくしゃくしゃにしていた。
「なんで泣いてるんだよ?」
「うぅうぅ、な、泣いてないよ……よ、よかった、ちゃんと戻ってきてくれた……」
結奈は強がっているが完全に泣いている。周りの皆んなが安堵した顔で見守っていると、山寺がスッと俺に近寄ってきて耳打ちをする。
「お前がいない間、マネージー寂しそうにしていたからな。でもしっかりと仕事はしていたぞ。ちゃんと構ってやれよ」
そう言って山寺が去って行き、俺達の様子を見守っていた山西達も各自バラバラになってウォーミングアップを始めた。
俯いたまま目を擦るようにして涙を拭いている結奈にそっと近づいた。昨日の電話では全くそんな気配がなかったので驚いた。やはり直接顔を合わせたから緊張の糸が切れたような感じなのかもしれない。
「ちゃんと戻るって約束しただろう……心配しなくても、もう辞めるとか言わないよ」
「……うん、分かってる……でも不安だったの戻ってきてくれるのかどうか……」
「ありがとう心配してくれて……でも、もう大丈夫、それにこうやって目の前にいるだろう」
結奈の頭を撫でながら微笑むとやっと結奈の顔から笑顔が見えてきた。小さく結奈が頷いて顔を上げるといつもの明るい表情になった。
「うん、もう大丈夫だよ」
「……じゃあ、練習を始めるか!」
笑顔になった結奈を見て安心した俺はボールを手にした。久しぶりの感触を確認した後に、バッシュの紐をもう一度締め直して何度か軽くジャンプをする。痛みは全然ないし、違和感もない、全く問題ない状態だ。
「蒼生くん、どんな感じ?」
ウォーミングアップをしていた背後から結奈が気にした様子で声をかけてきた。電話で経過を伝えていたのだが、やはり結奈本人が自分の目で確かめてみないと納得しないのだろう。
「うん、全然、問題ないよ」
「良かった……これで完全復活だね」
「ははは、でもまだ完全復活とはいかないよ。十日以上休んでいたから体力が全然落ちている。今日だって練習を最後まで続けられるか分からないな……」
リハビリ代わりに軽く走ったりはしていたが、気休め程度で本当のトレーニングとしては足りていないだろう。きっとこのニ、三日は練習がいつも以上にキツく感じるに違いないはずだ。
「ううん、蒼生くんなら問題ないでしょう?」
「まぁ、そうだけど……でもそんな期待されると……うん、問題ないよ」
「えへへ、さすが蒼生くんだね」
笑顔全開の結奈に期待の大きさを感じる。ちょっとプレッシャーだけど、がっかりはさせられないので頑張るしかないのだ。でも上手い事のせられているような気がする。だけどあの笑顔を見ると戻ってきたなと実感する。十日足らず離れていたが結奈の笑顔を見ることが出来ないのは物足りないというか、寂しく感じていた。
時間になって練習が始まると、予想通りに体力的にキツかった。頭では分かっているだが、体が付いてこない状態だ。徐々に感覚は取り戻したが、やはり足がいつもより重く感じていた。
「あまり無理するなよ」
「お、おぅ、分かってる」
練習が終盤になってきた頃に、永尾と一対一の組み合わせの時に声をかけてきた。無理するなと言っているが、普段と変わらない当りをしてくる。言っている事と矛盾しているが、永尾らしいと言えばらしいかもしれない。さすがに今日の勝負は全く敵わなかったが、永尾は不満そうだった。
「休み明けでもこれだけやってくるのか……まだまだ練習が足りないな……」
練習が終わった後に永尾は一人呟いていた。キャプテンの永尾が言うと明日から練習が更に厳しくなるような気がして不安になる。
でもこれからの大会を考えるとまだまだ練習が足りてはいないと思う。一年生同士の試合では良くてもこれから先は二年生が主体のチームと戦わないといけないのだ。
片付けも終わり体育館から出る時には久しぶりにクタクタなった。ここまで体力が落ちているとは予想外だった。もう少しトレーニングをしておくべきだったと反省をした。
帰り道は、結奈がこれまで通り隣にいる。結奈は笑顔いっぱいで歩きながら休んでいた間の出来事を楽しそうに話している。何気ない帰り道だけど普段通りの生活が戻ってきたような感覚になった。




