31.一歩戻って二歩進んで
翌日、試験期間中の約束した時間のバスに乗って登校していたが、結奈は乗って来なかった。もしかしたら体調でも崩したのかと心配してしまう。スマホでメッセージを送ったがすぐには返事が帰ってこなかった。
もしかして用事があって先に登校したのかもと思って教室に着いたが、結奈の姿はなかった。体調が悪いとか……昨日は何ともなかったけど……心配になりながら教室で待っていると、始業時間ギリギリに結奈はやって来たのでとりあえずは安心した。
時間は過ぎて本日最後の授業が終わり、下校の時間になった。痺れを切らしたかのように行動に移す事にした。
「ゆ、結奈さん……待って!」
席を立ち上がり、帰ろうとしている結奈を背後から声をかける事が出来た。朝は登校時間が遅かったので話が出来ずに、休憩時間もことごとくタイミングが合わずに話せなかった。
一番のチャンスだった昼休みも気が付くと結奈の姿がなく、戻ってきたのは午後の授業が始まる直前だった。
「……うん」
小さな声で結奈が返事をしてくれたが気が重そうな感じですぐに顔を上げてはくれなかった。いつもとは違ったが、逃げ出したりする様子はなかったので安心した。とりあえずは話を聞いてくれそうだ。回りくどく言っても仕方がない
「一緒に帰ってもいいかな?」
さすがにストレートに理由を聞く訳にはいかないので、いつもと同じような状況で話せないか尋ねてみた。でも今日の結奈の様子だと難しいのかもしれない。
「うん、いいよ……」
意外にもすぐに返事が返ってきて驚いた。返事の声は小さいけど大丈夫そうな気がする。二人で一緒に歩いて昇降口に向かい靴履き替える。若干、結奈の表情が和らいできたようだが、まだ口を開いてくれない。お互い無言のまま昇降口を出て校門へ向かう。
「……やっぱり昨日の事が原因なのかな?」
痺れを切らした俺は思い切ったけど結奈の表情を見て一番気になっている事を口にした。昨日の今日で考えられるのはこの事ぐらいだ。
「うん。でもね、違うの……本当は私自身が原因なの」
「えっ、どういうこと?」
結奈の返事に意味が分からずに首を捻る。結奈自身が原因という意味が全く分からない。昨日の話からだと俺がまだ過去の事に引きずっているみたいなので、それが原因なのかと思っていた。
「……私まだ蒼生くんの事全然知らないのに、当たり前のように隣に居て、私が強引に、まるで彼女のように振る舞っていて」
「いや、それは……」
「蒼生くんの隣にいてもいいのか考えたの……だんだん自信がなくなって、蒼生くんはバスケであんなに凄い選手で本当は私と違う世界の人じゃないかと思ったりして分からなくなったの」
「全然凄くなし、違う世界の人じゃないよ」
思っていたより結奈が深刻な表情になるので焦り始めてくる。このまま終わってしまうような雰囲気さえしてきた。
「でもね、私が変わるきっかけを作ってくれたのは蒼生くんで、そのおかげで私が今ここにいるの」
「……うん」
「それは私が蒼生くんを信じて、自信がついたから……だから今度は私が蒼生くんの隣に居ても恥ずかしくないように、そして自信を持って立てるように頑張ることにしたの!」
パッと弾けるような笑顔に結奈が微笑む。今日見た初めての笑顔で、これまでの笑顔の中でも一番の可愛いさだった。俺に向けられた笑顔に照れてしまうのと同時に心から安心して肩の力が抜けた。
「ははは、俺はそんなに立派な人間じゃないよ……でも、ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ」
内心はめちゃくちゃドキドキしていた。もし一緒にはいられないとか言われたどうしようかとかなり焦っていた。
「ううん、私こそごめんね。どんな顔をして蒼生くんと話せばいいのか迷ってしまって……余計な心配をさせてしまったのかな?」
「な、なん、何で分かったの……まさか心の中が見えるとか……」
「ふふふ……さすがに心の中は見えないけど、蒼生くんの顔、思いっきり出てたよ」
「えっ、マジで!?」
手元に鏡がないし、顔が写る窓もない……確認しようがない。でも結奈が言うのだから間違いないのだろうが、ちょっと悪戯っぽい笑顔がからかっているのかもと気になった。
「それに蒼生くんと約束したでしょう。ほら、もう一度バスケを始める時にね。だからちゃんと側にいるよ」
「う、うん」
真っ直ぐな瞳でいつもの笑顔に戻って話す結奈にまた照れてしまう。今日一日、暗い気持ちになっていたけど、やっと明るい光が見えてきたような気がした。
もうこれ以上この事は深く話さない方が良さそうだし、どのみちしーちゃんと会う機会はもうないのだから胸の中にしまってしまう事にした。
「それと……蒼生くん、ひとつお願いを聞いてくれるかな……」
機嫌の直った結奈がちょっと甘えた声で訴えてきた。昨日の晩に不安な気持ちにさせたので、お詫びを込めたつもりで結奈からのお願いを聞くことにした。
「うん、いいけど、あまり無茶なお願いじゃないなら……」
「よかった……えっと、私のこと、さん付じゃなくて、そのまま呼び捨てみたいに呼んで欲しいの」
「えぇ……いいのか、俺みたいなのが、呼び捨てでよんでも?」
頭の中では呼び捨てで呼んでいたが、言葉にする時はやはり気が引けるのでさん付けで呼んでいたし、若干恥ずかしさもあった。
「うん、全然いいよ。さん付けだとなんかイマイチ他人行儀みたいで、もう私と蒼生くんの仲なのだからもっと身近に感じたいからね」
「う、うん……」
結奈が口にした「私と蒼生くんの仲」の言葉に胸がドキドキしてしまった。真っ直ぐな瞳で見られると更に鼓動が早くなってしまう。呼び捨ての件はしーちゃん絡みの話で結奈が思ったことなのだろう。俺の返事に満足した顔をして結奈が微笑んでいる。
「ふふっ、じゃあ、さっそく呼んでもらおうかな?」
「えっ、も、もう、今、呼ぶの?」
焦る俺とは対照的に余裕そうな表情で見ていた結奈が何度も頷いて、催促してきた。こうなると一度は呼び捨てで言わざるを得ないようだ。あっという間にいつもの結奈に戻ってしまった。些細な事だけど結奈との関係が少しだけ進んだような気がした。




