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29.二人きりの試験勉強

 玄関に到着すると、母さんが慌てた表情をしていた。息子の存在に気がついた母さんは直球の質問をしてきた。


「蒼生、友達が来るって言っていたでしょう、でも友達じゃなくて彼女でしょう?」

「えっと、あっ、どっ……」

「ほら、ごめんね、うちの息子が……」


 慌てる俺を無視して結奈に視線を移して会話を始める。まだ俺は何も返事をしていない。


「いえいえ、あっ、はじめまして、東條結奈です」

「あぁ、あなたが東條さんね。いつも蒼生の勉強を見てくれている……あら、こんなに可愛い子だとは……」

「そ、そんな……」


 結奈が恥ずかしそうに微笑み、母さんは意外そうな顔をしている。


「……という事は、高校受験の時にお世話なっていたのも東條さんよね」

「は、はい、そうです」


 何かに気がついた様子で母さんが俺を見ている。もちろん俺が中学の時に同じクラスだった結奈から勉強を教えてもらっていた事は話していた。


「ん……? でも印象が随分と違うような……」

「あぁ、それは……」


 結奈がチラッと俺の方を見て答えに迷った顔をしている。本人を前にして母さんに説明するのは恥ずかしいみたいだ。もうそろそろ俺が助け舟を出さないといけないだろう。


「ほら、今日は勉強をしに来たのだから、邪魔しないでくれよ」


 結奈と母さんの間に割って入り、二人の会話を中断させる。まだいろいろと聞きたそうな顔をしている母さんを遮り、結奈の手を引っ張るように繋いで部屋に移動した。背後から「怪しいわね」と呟く声が聞こえた。

 俺の部屋に着くと結奈が何故か恥ずかしそうな表情をしている。別に部屋の中はおかしな所はないはずだ。とりあえず確認をしてみる。


「どうしたの?」

「えっと……あのね、まだ手、繋いだままなんだけど……」


 結奈の照れた声を聞いて俺は自分の手を辿っていくとガッチリと繋いだままだった。多分、緊張しているのだろう。すぐに気が付きそうな事なのに全く意識していなかった。慌てて手を解こうとしたが、逆に結奈にぎゅっと握られてしまった。


「……もう離しちゃうの?」

「えっ、な、なに? どういうこと……」

「もう少しだけいいかな、手を繋いでいても……」


 結奈の顔を見るとちょっと赤くなっている。そんな結奈を見て俺自身も恥ずかしくなってしまう。


「……う、うん、いいよ」


 小さな声で答えると、ほんの少しの時間だけ手を繋いだままお互い黙って立っていた。恥ずかしくて結奈の顔は見れないし、顔から火が出るくらい熱くなってきたのが分かった。


「……えへへ、何をやってるんだろうね」


 結奈が照れたような声で現実に戻るかのような空気にさせる。少しだけ違う空間にいたような気がした。まだ二人共に気恥ずかしい雰囲気が残っているが、今日の目的は試験勉強だ。さすがに結奈もこのままではダメだと思ったのか普段の顔に戻った。

 部屋の中央に置いたテーブルに向かい合わせに座ると、勉強道具を出し試験勉強を始めた。いつものようにお互い試験勉強をしながら結奈が時々俺の様子を見て教えてくれた。

 普段と違って二人だけの空間なので教えてくれる度に結奈の顔が近づくので緊張してしまう。教室や図書室で勉強している時と距離は変わらないと思うけど、今日はやけに近く感じてしまった。勉強に集中しないといけないのだが、なかなか出来ない……


(う〜ん、やっぱり気になって集中出来ないな……)


 顔を上げると真剣な表情で問題を解いている結奈な顔が視界に入る。いつも見ている表情だけど、周囲の雰囲気が違うので何故かドキドキしてしまう。


「……もう、蒼生くん。そんなに見つめられると恥ずかしいのだけど、ちゃんと勉強してるの?」

「えっ、あっ、うっ、うん……」


 ちょっと怒ったような声の結奈と視線が合ってしまう。不意を突かれたみたいにしどろもどろに答えてしまうと、結奈は笑みを浮かべて手を休める。


「ふふっ、そろそろ休憩しようか」


 時計に目をやると開始から二時間近く経過して、思っていたよりも時間が経っていた。俺が頷くと結奈は鞄の中から紙袋を出す。その中には小さめの箱に入ったクッキーだった。


「昨日、図書館から帰って作ったの……食べてみて」

「う、うん!」


 結奈の手作りクッキーを一枚手に取り食べてみる。見た目から美味しそうだったけど、口にすると想像以上に美味しかった。店で売っている市販のクッキーよりも断然美味しいのだ。心配そうな顔で見つめる結奈。


「……どう?」

「うん、めちゃくちゃうまいよ!」


 俺の反応にもの凄く嬉しそうな表情を結奈が見せる。これだけの美味しいお菓子が作れるからきっと料理も上手に違いないはずだ。


「えへへ、よかった……蒼生くんが喜んでくれて嬉しいよ」


 笑顔いっぱいで結奈は幸せそうな顔をしている。幸せいっぱいなのは俺の方だ。結奈の顔を見ていると嬉しくなってくる。


「本当に、美味しかったよ。ありがとうね!」


 薄々気が付いていたが、運動以外は何でも出来るみたいでそれもかなりのレベルの高さだ。もしかしたら俺はとんでもない幸せ者なのかもしれない……

 それから少し休憩をして再び勉強を始める。その後、昼食を母さんが差し入れてくれたりして休憩を合間に取り夕方遅くまで続いた。後半になるにつれて俺も集中して勉強をした。結奈の真剣な顔を見続けていると邪な気持ちではいけないと気を引き締めて取り組んだ。


「ぼちぼち終わろうかな、時間も遅くなってきたし……」


 俺も結奈の言葉に手を止める。時計を見てちょっと驚く、意外と集中して勉強をしていた。充実した気持ちになって片付けを始めようとしていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。俺が返事をすると母さんが驚くような事を言ってきた。


「東條さん、よかったら夕飯を食べていかない?」

「えっ!?」


 結奈も驚いたみたいでちょっと固まってしまう。あまり普段は見かけることのない表情だった。


「こんな長い時間、蒼生の勉強を見てくれて、それに普段も迷惑ばかりかけているみたいだし、せめてこれぐらいはね……」

「いえいえ、私もしっかりと勉強していますから……それに私が好きでやってるので」

「そうなの……あっ、でも急な事だから、無理しなくてもいいわよ」

「い、いや、う、うん、じゃあ、せっかくなので頂きます」

「ふふふ、良かったわ。準備が出来たら呼ぶわね」


 結奈と母さんで話がどんどんと進んでいってお互い笑顔になる。若干、強引な気がしたが結奈は晩御飯を食べて帰る事が決まったみたいだ。

 母さんの嬉しそうな顔を見て少し不安になった。


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