22.一番大事な人は
翌日、朝練が終わり教室に戻ると結奈は既に登校していた。中間試験が終わり結奈とは席が離れてしまって気軽に会話ができる距離ではなくなった。
クラスの友達と会話をしていた結奈は途中で俺の事に気が付いたみたいで手を振って合図を送ってくれた。いつもの朝と変わらない様子だった。
(ん……結奈はいつもどおりだな、俺が意識し過ぎなのか?)
昨日は帰宅した後、情けなくて意気地なしの……とにかく自虐的な気持ちでいっぱいだった。今朝の朝練はあまり集中して出来なかった。まだ悶々とした気持ちのままでいる。正直、どんな顔をして結奈と話せばいいのか悩んでいるままだ。
気が付けば午前中の授業が終わり昼休みになった。このまま教室に居ても気が晴れないので足早にお昼を食べて教室の外に出る事にした。
(そうだ、この前先輩に教えてもらった所に行こう……)
バスケ部の先輩にちょうどいい隠れ家的な場所を教えてもらっていた。教室から少し離れた場所だったが、気持ち良い風が吹いていて見晴らしもいい感じだ。
今日は日差しが結構あって日陰が無いのが残念だけど、まだそこまで暑くはないので十分気分転換が出来そうな気がする。
「はぁ〜」
ちょうど良い高さで座るスペースがあったので腰を下ろし大きなため息をひとつ吐いた。
空を見上げると雲の無い青空が広がっている。対照的に心の中はどんよりとしたままで何一つ解決していない。
結奈の昨日の言葉が頭から離れない、ちゃんと気持ちを伝えないといけない。頭では分かっているのだが、どうしても最後の踏ん切りがつかないのだ。
可愛くなったから好きになったのか、もし結奈が中学のままだったらこんな気持ちになっていたのか本当の気持ちが分からないと自分で言い訳をしている。
「はぁぁ〜」
もう一度、大きなため息を吐いて考え込むように目を瞑った。昨日の夜はこの事であまり熟睡が出来なくてお腹も満たされていて睡魔に襲われる。教室を出た解放感もあったのかもしれない。時間にして数分の事だったと思う。
(あれ!? もたれかかれるような所があったかな?)
パッと意識が戻ると確かに体全体が右側に傾き誰かの体にもたれかかっている。凄く柔らかくて良い匂いがする。でもこの感覚は……ゆっくりと体を元の体勢に戻す。
「あっ、もう目が覚めたの? もう少しこのままでも良かったのにな……」
すぐ間近に残念そうな顔をした結奈がいた。身体中が熱く一気に熱くなる。完全に無防備だった。頭の整理が出来なくて口をパクパクさせるだけで言葉が出てこずに顔も火照ってしまう。
「えっと、うぅ、えぇ、あぅ……」
「どうしたの? 今日の蒼生くん変だよ、ふふふ……」
俺の様子を窺いながら無邪気そうな顔で結奈が笑っている。一人だけ妙に焦っている自分がおかしいのが少しづつ分かってきた。
「……ご、ごめん」
「ふふふ、いいよ。ちょうど蒼生くんが教室を出て行く姿が見えて、こっそり付いて来たの、だから脅かした私が謝らないといけないわ、えへへ〜」
「そんなことないよ……」
落ち着きを取り戻した俺は俯き加減に話すと無邪気に笑っていた結奈が心配そうに顔を覗き込む。結奈はわざと明るく振る舞っていたのだろう。
「ねぇ、やっぱり昨日の事、気にしているの?」
「……うん」
変に誤魔化しても駄目だろうと素直に答えると結奈は優しく微笑んでいたが少し寂しそうな声になっていた。
「蒼生くん、悩ませてごめんね。ちょっと私が欲張り過ぎたのかもしれない……蒼生くんがバスケ部に戻ってくれただけでも嬉しい事なのに、次々と調子良く進むから私の気持ちが先走っしちゃったみたいで……」
「ううん、そんな事ないよ。……俺こそ調子良く進んでいる事をいい事に今を変えようとせずに、曖昧にさせようとしているのが悪いのだ」
笑顔だった結奈の顔が悲しそうな表情に変わるとだんだんと情けない気持ちになってきた。
「違うよ! 蒼生くんは悪くない! 私がちゃんとしていないから、本当は蒼生くんをもっとバスケに集中させてあげないといけないの!」
俺の言葉を聞いた結奈がきっと鋭い目になってきっぱりと否定している。鋭い瞳に強い意志を感じて何も言い返す事が出来なかった。
暫くの間お互いに沈黙が続いて、顔を合わす事も出来ない。空を見上げると相変わらず雲ひとつない綺麗な青空だ。何も無い青い空を眺めて心を決める。すっと息を吸い込み気持ちを整えてから結奈の顔を窺う。時間が少し過ぎていたので落ち着いた空気になりかけていた。
「ん……どうしたの?」
視線に気が付いた結奈がきょとんした顔をして傾げる。あまり空気を引きずっている雰囲気でない結奈の表情を見てほっとする。
「今まで結奈さんに助けてもらってばかりだから、今度は俺が結奈さんをもっともっと喜ばせていくから、期待していてよ!」
「う、うん、分かったわ……」
「……結奈さんは一番大事な人だから、もう悲しそうな顔をさせないよ」
「えっ、そ、それは……」
結奈は驚いた表情でじっと見つめたまま言葉が止まってしまった。今ここに俺いるのは結奈のおかげで、いてくれないと困る存在だ。
「うん、そうだよ。俺にとって大事な人、一番の……」
「……ありがとう。うん、これからもよろしくね。蒼生くん!」
ちょっと顔を赤くして恥ずかしそうに結奈が微笑んでいる。今ここで伝えられる言葉はこれが精一杯だ。結奈も分かってくれたみたいだ。
可愛くなったからとかいう事ではない、委員長だった頃から結奈は大事な存在だったのだ。そして近いうちにちゃんと『好きだ』と言葉で伝えないといけないと心に言い聞かせた。




