第1話 白の力 (2)
俺は彼女、アシュリーを連れて部屋を出た。
先ほどまで大きな音(恐らくはサーザスの奴が戦っていたのだろう)が聞こえていたが、その音はかなり小さくなっている。
今更ながら今日の相棒、あいつ、サーザスのことが心配になってきた。
俺は逃げ出してしまったので、あいつは一人であの人数を相手にしていたわけだ。今更ではあるが、俺は彼女を連れてまだかすかに聞こえる戦いの音の方へ向かった。
サーザスという奴は俺が思っている以上に強い奴だったのかもしれない。
俺たちが到着した時、やつはちょうど最後の一人を例によって峰打ちで昏倒させたところだった。
「ふん...やっと帰ってきたか。」
サーザスは俺を見るなりそう言った。
奴の後ろには数十人のお兄さん方が倒れている。これ全員一人で倒したのかよ...。
「あー、さっきさ、戦闘中いなくなった件なんだけどさ...。」
若干、気まずさを感じながら俺は話しかけた。
サーザスは俺の隣できょとんとしているアシュリーを見た。
「俺が敵を引きつけている間に館内を捜索し、要救助者を確保...というところか...ぐっじょぶだ!」
奴は親指を立てた。
なんて、ポジティブシンキングなやつだ...。
いけすかない奴だと思っていたが、こいつは実は根は結構いい奴なのかもしれない。(ごめん)俺は自分だけさっさと逃げ出したことを心の中で謝った。
サーザスは刀を鞘に納めながらアシュリーに近づいていった。そして、アシュリーの身長に合わせるように、少し身をかがめた後、びっくりするぐらい優しい表情を浮かべて話しかけた。
「君...名前は?」
「アシュリーと申します。」
アシュリーは例によって華麗に答える。
「そうか、アシュリー。よく頑張ったね。怖くなかったかい。僕はサーザスと言うんだ。君のことは僕たちが守るから安心して。」
...なんだ、この紳士は...。さっきまで俺と話していた時と全然違うくないか...?
「サーザス...様?ありがとうございます!ヒユウ様とサーザス様なのですね...。私、嬉しいです。」
うふふ、と彼女は微笑んだ。
「さて...と」
サーザスは体を起こしながら、俺に話しかけた。
「とりあえずこの場は片付いたが、目的の男はこの館のどこかにいるはずだ。探すぞ。」
そうだ、俺たちに与えられたミッションはある男を倒すこと。
「その必要はありませんよ。」
突然の声に俺たちは振り返った。
いつからそこにいたのだろうか、俺たちの背後に一人の男が立っていた。長身痩躯でスーツ姿。たっぷりとポマードを付けて雑に髪を上げたであろう中途半端にボサボサなオールバックの髪型。メガネを掛けているいるがその下の眼光が異様に鋭い。年は30代半ばといったところだろうか?何より異様なのは肌の白さだ。その白さと痩せた姿がその眼光の鋭さというものを際立たせていた。
俺の身体が本能的に反応する。こいつはヤバイ奴だ。
俺はアシュリーの前に立ちとっさに身構えた。
サーザスの奴も刀の柄に手をかけている。
「初対面なのに嫌われていますねぇ。」
やつはそう言いながらフッと笑った。正確に言えば、笑ったような表情を作っただけだ。やつからは何の感情の波を感じない。
「そんなに警戒する必要はありませんよ。ここで事を起こすという気はありませんからね。」
言葉は丁寧だが、身も凍るような冷たさを感じる。
「私の名前は、龍堂宇水と言います。以後。お見知り置きを。」
やつは静かに名乗った。
「と言っても、今日だけのお付き合いになるかも知れませんがね。」
氷のように冷たい表情をやつは崩さない。
(龍堂?...こいつはターゲットの男ではない。誰だ...?)
「『こいつはいったい誰だ?』...そうお思いですよね?きっと」
心を見透かされたような気持ちになり、冷たい汗が流れ落ちた。
やつはこちらの警戒はお構いなしに話し続ける。
「私は〜、そうですね。まあ、簡単に言えば付き人ですよ。この館の主、雷剛さんのね。」
雷剛 王牙、今日の俺たちのターゲットの名前だ。
「ところで...。私の方はこうして名乗ったのですから、そちらも名乗るのも礼儀なのではないですか?どう思います?そこの白い髪の方?」
普段ならそんな呼ばれ方をするとキレるところだが、今はそんな余裕はない。
「鏡...日有だ。」
俺は極力冷静を装って答えた。
「ひゆう?...」
やつは少し怪訝な顔をする。
「ひゆうひゆうひゆうひゆうひゆうひゆうひゆうひゆうひゆう...ああ、ひゆう...。あーはいはい。白い髪のひゆうさん。それにかがみですか。なるほど「かがみひゆう」ね...。」
何だこいつは??人の名前を気持ち悪いぐらい反芻しやがって。
「なるほど、興味深いお名前です。」
やつは視線を変えた。
「そちらの刀をお持ちの方も聞いてよいですか?」
サーザスの奴が静かに答える。
「...サーザス・ストライトだ。」
(お前そんなフルネームだったのかよ!)
「ほう、刀を使うサーザスさんですか...。ふーむ、なるほどなるほど。ヒユウさんとサーザスさんなのですね...?」
いったい何なんだこいつは?
人の名前聞いて、一人で何か勝手に納得しやがって...。気持ち悪さがますます増してくる。
「偶然ではないのでしょうねぇ?お二人が組まれているというのは...。しかし、そうするともう一人足らない気もしますが...。」
(偶然じゃない?一人足らない??一体どういうことだ?)
次に龍堂と名乗った男は俺の後ろに隠れているアシュリーに目を向けた。
「なるほどなるほど、アシュリーさんはお帰りですね。まあ、頃合いかもしれませんね。」
アシュリーは俺の後ろから出てきてペコリと頭を下げる。こんな状況で礼儀正しい子だ...と思った。
「まあ、皆様のことはよくわかりました。ありがとうございます。では、本題に入りましょうか。」
やつはパンっと手を叩きながら言った。
「我が主人、雷剛さんから貴方様方をお連れするように申し使っております。一緒についてきて頂けますでしょうか?」
奴はそう言いながら仰々しく頭を下げた。
ーーー
罠...という可能性は否定できないが、最終的に俺たちは奴、龍堂の提案を受け入れた。
というか、俺たちに他に選択肢はなかった。
サーザスは、「ターゲットのところに連れて行ってくれるというのだから、メリット以外の何もないだろう。罠であれば突破すればいいだけだ。何も問題は無かろう」という脳筋思考だし、アシュリーはアシュリーで「きっと大丈夫ですよ〜」とにっこり微笑んでいる。俺一人がいろいろ心配しているのがバカらしくなったというのもある。
しかし、龍堂の後ろをついてどれだけの距離を歩いただろうか?
やはりこの館は明らかにおかしい。
「館の内部が広すぎる...そうお思いですね?」
突然、龍堂が話し始めた。こいつはいちいち心を見透かされたような物言いをする。
「これは一種の結界ですね。《Linker》が使う能力としてはよくあるものらしいですよ?空間を変異させて意図通りのものに作り変えるというのは。まあ、ここの場合は正確には実際の空間を拡張したという感じでしょうか?」
聞かれもしていないのにべらべらとよく喋る。
「しかしまあ、皆さんは《ZEMS》という組織に所属されているんでしたっけ?」
ZEMS、俺に今回の任務を依頼した政府から委託を受けた対LP特務機関の名前だ。
俺たちは質問を無言で返した。
「ZEMS...ゼムス...。これまたいけ好かない名前を付けたものですねぇ。」
「いけ好かないって言うけど、別に音的にはかっこいいじゃないのとは俺は思うけどね。」
一方的に喋りかけられるというのも、結構辛いところもある。耐えきれなくなって俺は言葉を返した。
「なるほどなるほど、音的には良い。ふーむ。」
どうやら、こいつは「なるほど」というのが口癖らしい。
「しかし...由来的にはどうなんでしょうねぇ?」
由来?元々名前のもとになったものがあるということか?
「それってどういう...。」
そう俺が言いかけた声に重ねる形で奴は言った。
「こちらが雷剛さんのお部屋になります。」
俺たちはこの異様に広いこの館の最奥の扉の前までたどり着いた。
ーーー
龍堂が扉を開ける。
異様なまでに広い空間。少し霧がかかっている。これも結界の影響なのか?
この広い部屋の中心に一人の大男がソファーに座っていた。
荒々しく伸びた毛、筋骨隆々な肉体。顔についた大きな傷。顔だけ見れば年齢は40歳ぐらいだと感じるが、奴の肉体から感じる若若しさが異様だ。
『猛獣』、そういう言葉が俺の心に浮かんだ。
こいつが雷剛 王牙か...。
「雷剛さん、お客様をお連れしましたよ。」
「ああ、わかった...。ちょっと待て。今この一杯を飲み終えるまでな...。」
やつは、手にしていたグラスの中にあるものを一気に飲み干した。
その後はふぅーと長い吐息をした後、ゆっくりと低い声で話し始めた。
「《ZEMS》の犬か...。」
雷剛 王牙は鋭い眼光で俺たち一人一人をゆっくりと見て行った。
まるで人を値踏みしているかのように。
「なんでぇ...ガキじゃねか?俺はてっきりZEMSランカーとかいうのが来るのかと思ったんだがな。」
ZEMSランカー??なんだそりゃ?
「せっかく強え奴と喧嘩が出来ると思ったのにこれじゃあ期待外れってもんだな。なぁ、龍堂。」
落胆した表情を浮かべて、龍堂に声をかけた。
「いやいやいや雷剛さん、確かに確かに見た目は期待外れかもしれませんが、結構楽しめるかもしれませんよ。私が保証します。」
なんで、さっき会ったばかりのお前に保証されなきゃなんねーんだよ!
「...そうか、『勘』か?」
「ええ、私の『勘』ですよ。」
「そうかぁ...、お前の『勘』はよく当たるからなぁ...。なら、それはそれで楽しみだ。」
突然、サーザスの奴がずかずかと前に歩み寄って急に話し出した。
「お話中のところ悪いが、こちらも言うべき事を言わせてもらおうか。」
サーザスは胸からペンダントを出し、雷剛の前に突き出しながら言った。
「雷剛王牙、対デモン特措法5条に基づきこれより殲滅する!」
あー、確かにこのミッション受けるときにレクチャー受けたような...。デモンと思われる対象と戦う前は必ず言うようにって。
完全に忘れてた...。
あと、あのペンダントはZEMSメンバーの証だったっけ...。
俺、仮メンバーだけど貰ったはず...。どうしたっけ...。
しかし、サーザスの奴、クソ生真面目というのはわかっていたが、この状況下でそれを言える強メンタル、少しだけ尊敬してしまうぞ...。
「オーケー、オーケー。わかったよ。」
そう言いながら雷剛はゆっくり立ち上がった。
「ふん、じゃあガキども、遊ぼうか?」
やつは、高そうなスーツの上着とネクタイを乱暴に脱いで投げ捨てた...。
シャツが破けるばかりの筋肉があらわになる。
そして、ゆっくり腰を低く落とし構えた。
隙の無い構え。
俺にはわかる、こいつも武術をやっている。
「アシュリー!離れていろ!」
彼女はコクンと頷いた後、壁沿いの大きな柱の一本に隠れた。それを確認した後、俺は雷剛に全神経を集中した。頬から汗が滴り落ちる。
「さて、どっちからヤルかなぁ...。」
雷剛は楽しそうに俺たち二人を見る。
「決めた。」
奴の姿が消えた...と思った瞬間にその姿は俺の目の前に現れた。
(俺かよ!!)
奴の拳が的確におれの心臓に繰り出される。
(崩拳!中国拳法か!)
俺はとっさに両腕でガードした...が、ガードしきれない!
同時に後方にジャンプして威力を逃すことにした。しかし、ただの一撃ではない。こいつはLPだ。能力が強化された上での一撃なのだ。正直常識外れの一撃だ。
俺は自分からジャンプしたというより、衝撃で吹き飛ばされたような形になり、壁に背中を強く叩きつけられた。
「ぐはっ!」
一瞬息が止まる。
「へぇ〜。」
雷剛は嬉しそうな表情を見せる。
「いい反応じゃねーか。お前も何かやっているんだろう?『武術』を。」
俺の一連の動きを見て、何か感じ取ったらしい。
「一応、武術は家業なんでね。『鏡聖天流』って名乗らせてもらっているよ。」
息を落ち着けながら、俺は言った。
「鏡...。」
雷剛は少し驚いた顔をして、龍堂の方見た。
「その方のお名前は鏡 日有さんとおっしゃるようですよ?」
「そうか...お前...。」
奴は俺の方に顔を向けた。
その瞬間、一つの影が雷剛の背後から襲いかかった。サーザスだ。
奴に隙ができるのを待っていたのだ。
横斬りが雷剛の背中を襲う。
しかし、その一撃は無情にも空を斬った。やつは余裕の反応でしゃがんでそれを避けたのだ。そのままの体勢から奴は後ろ蹴りでサーザスの腹を蹴り上げた。
「がはっ!!」
サーザスはそのまま天高く飛ばされる。
「怖い怖い。髪の長い兄ちゃん。あんたの刀はよく斬れそうだねぇ。でもなぁ...。」
奴はサーザスに一瞥もせずに言った。
「そんなに焦るんじゃねーよ。お前も後で遊んでやるからさ。」
サーザスは気を失ってはいない。床に落ちる瞬間に受け身をとっている。しかし、今の一撃でかなりのダメージを受けたようだ。雷剛王牙・・・、こいつはヤバイ。
「さてと、まずはお前だ。白いの。お前に聞くことがある。」
(白と言うな、この野郎...。)
一瞬の苛立ちを感じたが、その感情も次の言葉で吹き飛ばされた。
「お前、鏡 聖の弟か何かか?」
あまりに唐突の一言に俺は一瞬頭が真っ白になった。
「...なんで...なんで!お前が兄貴のことを知っているんだよ!!!」
俺は思わず大声をあげてしまった。
5年前に俺の前からいなくなった兄貴。俺がこうしてZEMSに手を貸している理由の一つ。まさかその手掛かりがこんなところで手に入るとは。
「ったくよ、まさかまさかこんなところであいつの弟と出会すとはよ。」
やつはボリボリと頭を掻く。
「簡単な事だ。俺は5年前にお前の兄貴とやり合ったことがある。それだけだ。まぁ...俺にとってはつまらない勝負だったがな。」
兄貴がこいつとやりあった?でも...。
「...『つまらない』勝負ってどういうことだよ...?」
俺は気になった点を聞かずにいられなかった。まさかこいつが兄貴を・・・。
「ちっ!お前、嫌な質問してくるな。」
はぁー、とため息をつき、雷剛はこう続けた。
「俺が一方的にボコられて終わった勝負だった...ってことだ。これ以上俺にとってつまらない勝負ってーのはないだろう。手も足も出ず負けた。完敗だった。この答えで満足か?」
まだ一瞬しか戦っていないが、こいつの化物じみた強さはわかっている。兄貴はこんなやつを圧倒したのか?
俺は一瞬兄貴を誇らしくも感じたが、それと同時に自分が目指す頂きの遠さを実感した。
しかし、大事なことがまだ聞けていない。
「それで...兄貴は、鏡 聖は一体、今どこにいる!?」
あぁーん?と睨み返す雷剛。
「なんで、俺がボコられた相手の行方を知らないといけねーんだよ。」
一瞬、その答えに落胆したが、その次の言葉に俺は心が動いた。
「まあ、でも噂ぐらいは聞いたことあるけどな。」
「どこだ!どこにいるんだ、兄貴は!その噂というやつを教えろ!!!」
俺は声を上げた。俺が知りたい情報。俺の目的。
「兄貴、兄貴って、おめぇ、あれか?ブラコンってやつか?」
「だったら悪りぃのかよ!!!!!!!」
俺はぶっちゃけた。
奴にとっても予想外の回答だったのだろう。マジか...という顔をしやがった。
「...ふん、そうかよ...。ま、いーぜー。教えてやる。」
あれ?あっさりと ...意外といいやつなのかこいつ、と思ったのも束の間、王道的な返し言葉をやつは言ったのだった。
「俺を倒せたならな(ニヤリ)」
「実はな、俺は今ちょっとだけ気分がいい。普段だったらこんな大サービスはやらねぇぜ。」
なんだよ、さっき俺たちが現れたときは明らかに不機嫌だった癖に。
「鏡 聖には世話になった。俺にとってトラウマみたいなもんだ。でもまあ、俺は運命を感じるぜ。こうしてやつの弟が目の前にいるんだからよ。」
やつは俺を指差してこう言った。
「お前をボコる事で鬱憤ばらしをさせてもらうとしよう。」
...俺は少し兄貴を呪った。