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2話 旅路 後編

 それからの砂漠の旅は過酷だった。


 少ない食料。少ない水。何よりも、いつあの魔族たちが追いついてくるのかという緊張感が、二人の体力と精神力を奪っていった。


 唯一の休憩場であるオアシスでもそれは変わらなかった。さらに、お金が無くて泊まれないのだからまた辛い。


 だが、二人は強かった。リンネとノルンはまるで出会ったばかりとは思えないほど、互いを気遣い、そして助け合った。


 そうしておよそ二週間。


「ここが……母さんの言っていた……?」

「すごい……」


 そこは巨大な屋敷。オアシスを丸々ひとつ領地とし、贅沢に塀まで建ててある。まるでこの世界に似つかない豪華さだ。おそらく、リンネのいた村よりも大きいだろう。


 入口とおぼしき豪華な門の前で呆然としていると、長い青髪の召使いらしい女性がやってきた。


「あら、どちら様でしょうか?」

「あ、こんにちは。あの……」


 リンネはリュックの中から一枚の手紙を取り出した。


「これを、この御屋敷のご主人に届けてもらうことはできますか? 僕達もそれしか伝えられてないので」

「かしこまりました。中に入ってお待ちしますか?」

「はい」

「では、どうぞ」


 二人は敷地の中へ案内された。門をくぐってすぐそこに、来客用か、イスとテーブルのセットが置いてある。


「そこに掛けてお待ちください。では」


 召使いが去って、二人はそのイスに腰掛けた。瞬間、とてつもない疲労に襲われる。


「……なんか、すごい疲れが溜まってたみたいだ」

「ですね。私もかなり、足が……」


 二人して大きなため息を吐く。この疲れに加えて、この見たこともないような豪邸の緊張感。二人はすっかり参ってしまった。


 しばらくして、召使いが戻ってきた。


「主人がお二方と直接お話をするとのことなので、案内に参りました。準備の程はよろしいでしょうか?」

「あ、はい。大丈夫? ノルン」

「はい。大丈夫ですよ」


 立ち上がった二人を見て、召使いは上品な歩き方で二人を案内する。


 門から屋敷までも相当の距離がある。緑溢れるガーデンと、その中には召使いたちの家々。二人がみたこともない草や花がたくさん植えられていた。


 疲労の中で二人は感動する。


「……この世界で花が見れるなんて、思わなかったわ」

「すごいね。僕もサボテンの花ぐらいしかみたことなかったから……。感動するな」


 そうして辺りを見渡しているうちに、屋敷の大きな扉の前までやってきた。


 この世界では貴重な白い岩を素材として使用して建てられた、白を基調とした巨大な屋敷。どれも、植えられている植物と同じように、普通なら見ることの出来ないようなものだ。


 召使いが大きな木製の扉を開け、リンネ達は後ろに続いて中に入った。


 屋敷の中も、豪華絢爛な、言ってしまえば凄まじいものだった。価値を付けることさえ躊躇われるようなカーペット。理解し難い芸術品。そしておとぎ話の中でしか聞くことのない、色とりどりの魚が入った水槽。


 二人はもうすでに感動でお腹がいっぱいだった。


「すごい……。いったい、ここの主人はどんなことをしてるんだろう」

「この館の主人は、この大陸一の作家でございます」

「作家?」


 二つ目の階段を登りながら召使いが説明をする。


「はい。この世界でもっとも名を馳せている、小説の作者でございます。作家としての名をフェイム。実名を、マーフェル・ロンリヌ・マカハ・トイマット・ワイロ・ケバップ・ヤナトサーハ・ローズマリー・リリーと言います」

「す、すごい名前……。どんな由来があるのでしょうか」

「そのお話もぜひ話題に。主人はこちらにいらっしゃいます」


 四つ目の階段を登りきったところに煌びやかな銀色の扉が現れた。召使いがその横に立って言う。


「主人は気性の激しいお方です。どうか発言や行動に気をつけますよう」


 二人は息を飲む。そして、召使いが扉を開けたーー


 二人は恐る恐る身を寄せながら、ゆっくりと中に入る。


「あたしを待たせんじゃないよ」


 高圧的な女性の声が、二人に降り注いだ。


 降り注いだ、というのも、それは声の主が二人よりも遥か高いところにいるからだ。


 二人は驚いて顔を上へ向けた。


 そこにいたのはーー


「ふん。汚らしい子たちだね。ま、あそこからここまで来れただけでも、良い根性してるわさ」


 よく育ったサボテンのようにでっぷりと太った体。光を反射して輝く金色の長髪。お世辞にも綺麗とは言えない顔と、派手な色とりどりのメイク。扇情的な真紅のドレスは体格にフィットして、まるでうさぎの肉のよう。


「あたしこそが、この大陸、いや、この世界一の大作家。フィエムだよ! あたしを呼ぶ時は、フィエム様と言いな!」


 大陸一の文豪は、二人を大きなベッドの上から見下ろしてそう名乗った。


 リンネとノルンはすっかり萎縮してしまって、ただ呆然とフィエムを見ているだけだった。もう名前の由来なんてものを聞く余裕もない。それも当然のことで、フィエムは先程から二人を睨むように見つめているのだ。


 なんとかリンネが口を開く。


「あ……り、リンネです。母の、紹介で来ました。こ、こっちは、ノルンって言って……」


 しどろもどろに自己紹介をするリンネ。ノルンの名が出たときに、フィエムは眉をひそめた。


「あ? ノルンと言ったね。なんだい、その背中の羽は」


 フィエムに指摘され、ノルンはビクッと体を揺らした。リンネは心配になってノルンの方を見る。


「えっと、これは、その……」


 ノルンは目線を伏せて、言葉に詰まった。


「作り物なわけないさね。この世界でそんな綺麗な羽を作ろうとしたら、あたしと同じぐらいの財力が必要だからね」

「……あ、えっと」


 リンネはノルンへ小声で伝える。


「言ってもいいと思う。少なくとも、母が信頼してる人だから……」


 ノルンはこくりと頷いた。そして、勇気を持って顔をあげる。


 ノルンの目とフィエムの目が合う。ノルンは怖気ずに、


「私は、天使です」


 そう告白した。


 とても短い言葉。だというに、それはフィエムの心の何かに刺さった様子だ。フィエムは天井を仰いで、大きく息を吐いた。


「……なるほどねぇ。あいつの息子と、名も知らぬ天使……いや、名はあるか……」


 ぶつぶつと二人の聞こえないところでフィエムが口の中で反復する。あいつの息子。名も知らぬ天使。


 顔を二人に向けた時、フィエムは笑顔だった。


「ああ、気に入った。よし、お前たち。この先行く宛てはあるかい?」


 突然上機嫌になったフィエムに二人は戸惑いこそしたが、リンネがすぐに口を開く。


「いえ、ないです」

「そうかい。なら、あんたらの次の目標が決まるまで、ここで召使いとして働くといいさね。寝床も食事も給料も保証してやるさ」

「ほ、本当ですか!?」


 リンネが声を上げて、ノルンと顔を見合わせる。お互いの嬉しさと驚きと安心が入り交じった顔を見て、思わず小さく吹き出した。


「ただし!」


 フィエムの突然の大声に二人は驚き、気を引き締めた。


 太い人差し指がノルンの方を向いている。


「ノルンと言ったね。あんたからは、毎夜いろいろと話を聞かせてもらうよ。それでいいなら、ここで働きな」


 ノルンは頷いて、


「はい、構いません! よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします!」


 二人は揃って頭を下げる。フィエムはそれを満足そうに見て、パンパンと腹を叩いた。


 それを合図にして、先程の青い長髪の召使いが扉のところに現れる。


「ネア! こいつらに仕事を教えな!」

「かしこまりました。それではお二方。こちらへ」

「「はい!」」


 二人は若干駆け足になって、その途中でまた顔を合わせて笑みを浮かべた。




 二人の背中を見送って、フィエムはベッドの上で大きなため息を吐く。


「まったく……いい材料を寄越したもんだね」


 リンネの母の手紙を分厚い手の中で弄びながら、その内容に思いを馳せた。


 意味ありげな内容。フィエムが知らない、魅力的な実話(ノンフィクション)……に、なるはずの話。そして、ほんの数人しか知らない嘘のような話。


「……あいつは、まあ、よくあたしの物語に関わってくれるものさね」


 そう言って、ベッドのすぐそばにある体格に見合わない小さな机の引き出しに手紙を突っ込んで、小さな万年筆を手に取った。

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