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33話 襲来、デスぺライト

「まだだ! まだ耐えろ! あと少しなんだ! 幻界にたどり着くまで耐えるんだ!」


 私が匿われている部屋の向こう側で、団長が拡声器を手にそう叫んでいる。


 ハタさんとカーさんがいる部屋のベッドの上で、私は小さく縮こまった。


 カーさんが私の隣にあぐらをかいて座ります。


「大丈夫だよ。わたしたちが守ってる」

「俺もゲーロップもいる」

「はい……」


 私は静かに頷きました。


 小さな窓のカーテンはぴったりと閉じられていて、そこを通り抜ける淡い光だけが光源です。


 外の様子は見えないけれど、大変なことになっているんでしょう。大勢の人が闘って、血を流す。


 私を守るために。


 強く強く膝を抱いた。今まで、こんなに守られることがあったでしょうか。


 お願い。早く、戻ってきて……。


 部屋の扉が開かれる。団長が強く私の肩を掴んだ。


「大丈夫だ。なんの心配もいらない。お前たち二人は、絶対に、俺たちが守る」


 力強い言葉に私の息が熱く震える。


 顔を上げると、強く黄色い瞳がありました。以前の弱々しい小太りした男の子と同じものだとは到底思えません。


「ありがとうございます。ラッカン」


 私がそう言うと、団長は頷いて部屋を出て行きました。


 襲われてから二日が経ちました。幻界に着くのはあと少しと聞いています。それまでみんなは耐えられるのでしょうか。あの魔族を相手に二日も戦い続けているのに。


 そして何よりも気がかりなのは、サニーのことです。


 サニーとは一番交流があるし、カーさんと同じぐらい仲がいい。そのサニーがいるのは最後尾です。


 そこでは今頃熾烈な戦いが交わされているはずです。副団長もクロウさんも向かっていると聞きました。


 みんなは無事でしょうか。


 私はとても寂しいです。リンネがいませんから。それに、こうも守られるととても申し訳ない気持ちになってしまいます。


 今までの私たち二人の閉じた世界とは、何もかも状況が違う。


 私はハタさんに話しかける。


「ゲーロップさんはまだ寝たままですか」

「そうみたいだまったくこんな時に」

「そうですか……」


 リンネの話を聞きたかっただけに、少し残念です。


「わたしたちだけじゃ不安かい?」

「いえ、そういうことじゃないんです! リンネの話が聞きたかっただけで」


 私は必死に両手を振ります。こんな私に二人と一体も護衛が着いてくださっているのに、そんな心配はあるわけないんです。


 ただ、やっぱりリンネが恋しい。


「……リンネは、私の恋人ですから」


 そう、誰にともなく呟きました。


 と、突然ハタさんが立ち上がりました。


「カー。敵だ」

「おや。この団長の家までたどり着くなんて、そうとうの手練だね」


 ハタが自分の脇に置いてあった肉切り包丁を手に取り、カーは棘付きの棍棒を持って立ち上がる。


 私の前に二人は立ち塞がって、カーテンで覆われた窓の外をじっと見つめました。その次の瞬間。


 ガシャンッ。


「きゃっ!」


 私は小さく悲鳴を上げて縮こまります。窓ガラスの破片はカーテンを突き破ってきました。


 風にはためくカーテンの裏、そこで佇むのは白いスーツを纏った一人の男の魔族と、赤い血のような色の肌をした小さな男の子。


 その姿を見た瞬間、ハタさんは突然二本目の包丁を抜きました。


 私にもわかります。あの白い方じゃない、赤い魔族。あの子はただ者じゃない。


「対空部隊は何をしてるんだ……!」


 カーさんがそう呟いた。


「ふむ。とつぜーん悪いねー。天使とは、はじめまーしてかなー?」

「……」


 私は黙って白スーツの魔族を睨みます。


 すると楽しそうに白スーツの魔族は笑いだしました。そして、笑顔のまま尋ねます。


「ところでー、天使をさらった少年はどこかな?」


 ぞっとするような声音で、魔族は言いました。


 ハタさんが冷静に答えます。


「あいつは今ここにはいない出直してくるんだな」


 少し威圧的に言うと、魔族はスンスンと鼻を鳴らす素振りをして、それから頷きました。


「それはー、本当のようだねー。あれがいないなーら興味はない。じゃ、あとは任せるよー、デベラ。私には妹の手伝いがあるからねー」

「うん。任せてよ」


 そう言って白スーツの魔族はどこかへ飛び立ちました。その後ろ姿を見る前に、デベラと呼ばれた魔族は笑います。


「きゃははは! ねえねえ、そんな貧弱な護衛でだいじょーぶー? 後ろで全員止められるなんて、さすがに浅はかな考えじゃないかな?」


 デベラは無邪気に笑います。


 けど大丈夫。この二人は強いです。それに団長だってーー


 その時、デベラを何かが下から押し上げました。


 それは、巨大な蛇の頭骨。


「……嘘」


 いえ、頭だけではありません。デベラはずっと、目眩がするほど大きな骨の蛇の上に立っていたのです。


 旅団のスピードに悠々と追いつくその速度。どう立ち向かえというのでしょう。


「紹介が遅れたね! 僕はデベラ。デスぺライト一の死霊術師(ネクロマンサー)さ!」


 短い両手を掲げて、デベラは怪しく笑った。


「さあ、どっちが僕の()()になってくれるのかな?」


 その時、カーさんが棍棒を一振りした。


「はっ! 意思疎通のできない可哀想な仲間をお持ちのようだね! 醜い死霊術師(ネクロマンサー)!」


 カーさんはそうデベラを挑発します。けれど私にはどうしてそんなことをするのかがわかりません。


 だって、カーさん、手が震えてる。


 デベラは苛立ちながら口を開く。


「……人の容姿を悪く言うなんて、センスがないんじゃないの?」

「さあね。ところでひとつ聞かせて欲しい。私たちの仲間はお前の仲間になったのか?」


 デベラはカーさんを睨みつけながら言いました。


「そんなの一々覚えてるわけないだろ!」


 吐き捨てられた言葉には明らかな殺意が込められていた。


 同時に、カーさんの手の震えは止まっていました。


「カー。早まるな俺たちはノルンの前を離れちゃいけない。戦うんじゃない、守るんだ、逃げるんだ」

「いいや、ハタ。わたしはそうも行かないの」


 カーさんは、綺麗な笑顔でハタさんに言いました。


「美味い飯をありがとうね」


 カーさんが床を踏みました。


「カーさん!」


 止める間もなくカーさんは窓の外へと飛び出した。


 バチンッ!


 それはなんの音だったでしょうか。


 私の目には、音速のごとき速さでカーさんをはたいた蛇の骨の尾が見えました。


「……バカが!」


 ハタさんがそう呻きます。


 私は縮こまることしかできませんでした。


 どの世界でも、私は戦う力を持つことを許されませんでした。


 どの世界でも貧弱な体をしていて、どんな武器も扱うことが出来ないぐらいです。


 だから、守られて、守られて、倒れていくみんなを見続けて。


「もう……」


 私の喉から言葉が飛び出します。


「もう! やめてよ!」


 ニタリと笑うデベラの顔が見えます。


 ーーその顔が、凶悪な黒い棍棒により歪みました。


「わたしを、舐めるんじゃないよ!」


 顔面を血だらけにしたカーさんが、そう叫びます。


 デベラと骨の蛇はぐらりと揺れて、それから景色とともに後ろへと流れていきました。


 私は窓に駆け寄って、その方向を見ます。


「ああっ……!」


 デベラの仲間はひとりではありませんでした。


 カーさんは、いつの間にか大勢の骨の生き物に囲まれています。必死に走るカーさんの表情も険しくて。


 ――その瞬間、ゲーロップが突然けたたましく言いました。


『お帰りの時間だぜぇ!』


 私がはっとそちらを見ると、そこにはひとりの少年が立っていました。


「――ごめん、遅くなっちゃった」


 体に黒い文様を走らせたリンネは、私を見て言います。


「ただいま」


 私は目に涙が溜まるのがわかりました。リンネが帰ってきてくれたことが、こんなに嬉しいなんて。


 そして、とても頼もしく感じたんです。だから、すぐにこう叫びました。


「みんなを助けて!」


 リンネは頷きました。


「行ってくるよ」


 その笑顔はいつか見た英雄のものと重なったのです。

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