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32話 立ち合い

 今日、リンネはベットとバリュンとともに庭に出ていた。メープルに作ってもらった特設の闘技場にあがる。


「さて、今日はリンネの力の初お披露目、ってところだよな?」

「はい。外に出るまでに慣れないとって思ったんです。引き受けてくださってありがとうございます」

「ほっほ、よいってぇことよー。わしらも刺激が足りんかったーところじゃー」


 バリュンの言葉にベットもうんうんと頷く。リンネはありがたいと思いながら上の服を脱いだ。


 服の下に隠されていたのは、見るも恐ろしい赤の異形の生物の顔だ。よくよく観察してみるとゲーロップの面影が見られる。


 肌色に戻った四肢には黒い模様が伸びていて、蛇のように手足に絡みついていた。


「……そう見るとすごいな」

「僕も鏡で見てびっくりしてました」


 内心、ノルンに嫌がられないかを気にしながら、だということは隠しておく。


「それじゃあ、よろしくお願いします!」

「おう! まあ、まずは俺からだな」


 武器を持たずに構えるリンネの前に、ベットが同じく素手で躍り出た。


「よろしく!」


 そして先制をとる。


 怪力という単純な力は腕だけでなく脚にも付与され、その豪脚から繰り出される突進力はリンネの想定を遥かに超えていた。


 真正面からぶつかってくるベットに、リンネは手でクロスを作って身構える。巨大な岩石の衝突かと思うほどの衝撃がリンネを遅い、後ろに滑らせた。


 これが生身の人間だったなら、その両手は砕けていたことだろう。


 しかしリンネの身体はもう普通では無いのだ。


「やっぱり耐久まで上がるのか!」


 ベットがそう驚く。若干後ろに飛んでリンネとの間合いを取った。


 リンネは拳を突き出すように構えて、それから呟く。


「いきます」


 ぐっと足の裏全体が地面を踏んだ。


 次の瞬間、ベットに負けないスピードでリンネは飛び出した。ベットはそれをすれすれのところで避けるが、リンネは再び地面を蹴り込んで地面を抉りながら方向を切り替える。


「マジかよ!」


 リンネの手加減なしの拳がベットに襲いかかる。


 それをなんとか受け流して、ベットは後ろに後退しながらも足を真上に蹴りあげた。


 攻撃に前のめりになっていたリンネはまともにその蹴りを腹に食らう。


 幻力で強化された蹴りはリンネを天井まで吹き飛ばした。パラパラと石片かゲーロップの腹の肉片だかが舞う。


 リンネはめり込んだ体をいい事に、その天井に爪を食い込ませて体勢を変えた。天井に足を付き、蹴る。


 ミサイルのごとく突っ込んできたリンネをベットは紙一重で躱した。


 そしてベットは苦笑いを浮かべる。


「悪魔みたいな戦い方だな」

「素手なので」


 着地の衝撃にもケロリとしながらリンネは言った。


 ベットは笑みを浮かべながらリンネへ拳を振る。そこでリンネは初めて体だけでなく五感も強化されていることを知った。


 信じられない速度で放たれる拳が見える。


 避けて、避けて、避けて。そしてリンネはその拳を掴んだ。


「げっ」


 ベットは嫌そうな声を上げる。


 ベットの脇腹へ横薙ぎの脚が突き刺さる。


 そのまま吹き飛ばされたベットはメープルの作り出したスライム状の壁へと柔らかく突き刺さった。


「リンネの勝ち〜!」


 外野で見ていたメープルがキャッキャと楽しそうに言った。


 リンネは肩の力を抜く。そしてはっとしてベットの元へと駆け寄った。


「だ、大丈夫ですか!」

「あ、ああ……。怪力が筋肉の密度ごと強化してくれる幻力でよかった」


 スライムの壁に埋もれながら、ベットはそう安心したように呟くのだった。


 胸を撫で下ろすリンネへ、背後からバリュンが話しかける。


「こりゃー、わしが貰ったぁらひとたまりもないのー」

「バリュンさんは体は生身なんですよね」

「そうじゃー。じゃから、リンネが避け続けたーらリンネの勝ちじゃな。受け流してもよいぞーい」


 それならとリンネは頷く。さきほどのベットの高速の拳打も避けて見せたのだ。そう難しいことではないだろうと高を括った。


 が。


「どうしたのかのぉ?」


 リンネは今、歯を食いしばりながらその全てを捌いている。


 眉間に皺を寄せて必死に捌くのはバリュンの正確無比な攻撃たち。バリュンの拳は意思を持っているかのように、リンネの防御を外から崩してくる。


 そして何よりも辛いのは、速さがベットの拳と遜色ないこと。重さはあちらの方が上だが、確実なダメージという点ではバリュンはかなりやっかいだ。


 ゲーロップが愚痴をこぼしていたのも頷ける。


「いつまで耐えれば?!」

「エンドレスでいこうじゃーないかい。あとはぁ、わしが疲れたらじゃーの」


 ニヤリと笑うバリュンに、リンネは嫌な予感を覚えたのだった。


ーー ーー ーー ーー ーー


「つ、疲れた……」

「わしも久しぶりに動きすぎたーわい」


 ひゃっはっはと笑うバリュンの隣で、リンネは地面に座り込む。悪魔の体を持ってしても、ほぼ一日中バリュンの攻撃を捌くのは精神的にも体力的にもかなり厳しかったようだ。


「その歳になってそんだけ体力のあるバリュンさんもさすがだな」

「若者には負けんよぉ! 最年長のプライドじゃなー」

「限界はないんですか……」


 リンネはせめてもの報いとそう呟いた。


 そこへネアがやってくる。


「リンネ。ゲーロップが呼んでいます」

「ゲーロップが?」

「ええ。なんでも、()()らしいです」


 リンネははっと息を飲んだ。いつの間にか、そんなにも時間が経っていたのだ。


「わかりました! すぐに行きます!」

「場所はあなたの部屋です」

「はい!」


 リンネはだっと屋敷へ向けて走り出す。通り過ぎざまにバリュンとベットへ手を振った。


「ありがとうございました!」


 ベットとバリュンは、穏やかな微笑みでリンネを見送った。


 急いで屋敷に駆け込んで、悪魔の力を持って廊下を駆ける。そして自分の部屋の扉を開けた。


「遅れました!」

『おうおう! そんな急ぐこたぁないぜぇ! どうせ今更行ったってそこまで差はねぇんだからよ!』


 リンネはゲーロップが指を指す場所に腰を下ろした。そしてじっとゲーロップの言葉を待つ。


 ゲーロップは珍しく言葉を選ぶような素振りをして、面倒そうにため息を吐いて言った。


『向こうの世界で、思ってたよりか早くグロウホラクルはデスぺライトと接触した』


 リンネは息を飲んだ。もう、すでに。


 そして焦燥が生まれる。


「の、ノルンは大丈夫ですか?!」

『天使ちゃんは大丈夫だ。ハタと俺と牛娘が守ってくれている』

「それで、僕が戻るっていうことですよね」

『ああ、そうだ。……そうなんだが』


 ゲーロップがリンネの体に刻まれた文様をじっと見つめた。赤い文様は強かにゲーロップを見つめ返す。


 そして、やはり珍しく深々とため息を吐いた。リンネはそれを怪訝に思う。同時に、嫌な予感も。


 ゲーロップは重々しさを隠すように、調子を戻して言った。


『リンネ! お前はまだあっちに戻れねぇ!』

「……え?」


 リンネは自分の鼓動がドキリとなるのを感じた。それは予想を大きく外された時の、バツの悪い鼓動だ。


「ど、どうしてですか!? せっかく強くなったのに!」

『その強くなった力が問題なんだ! リンネも思っただろ?! 馴染むにゃはえぇなって!』


 リンネはぐっと言葉を飲み込んだ。確かにそれはそうだ。早すぎると思った。


 しかし、それがなんの理由になるというのだろう。


「僕は、ノルンを助けなきゃいけないんです!」


 そう叫んでリンネは睨むような形でゲーロップの瞳に視線を注ぐ。


 しかしゲーロップは首を横に振った。


『その力はまだ馴染んでねぇんだ。このままお前が外に出れば、悪魔の力に飲み込まれて全てを滅ぼすだろうよ』

「すべて、を……?」

『ああ。文字通りの全てだ。何しろ、俺の力を分けてんだからな! だから、あと数日はここに居てもらうぜ!』


 下品にゲーロップは笑い声をあげる。

 

 そして、不満そうなリンネへ見たこともない真剣な表情をしてリンネへ言った。


『ーー俺は悪魔の力に飲まれた男を知っている』


 ゲーロップは低い声で語る。


『俺が初めて悪魔の力を人間に譲渡した時だ。俺もそうなるとは思っていなかった。その男は、悪魔の力に飲まれて、国をひとつ滅ぼして、天使に殺されて死んだよ』


 ズキリとリンネの頭が痛んだ。


 右手で頭を押さえながら、リンネは静かに尋ねる。


「……その天使っていうのは、なんていう名前ですか」


 それはもう、確信を持った質問で間違いなかった。


 ゲーロップは口角を釣り上げて言う。


『ノルンだ』

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