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31話 フィエムの旅団

 それから二日が経って、リンネはベットとともに窓拭きをしていた。


「あの、どうして窓を拭くんですか?」


 ふとそんな質問をしてみると、ベットは笑って答えた。


「単なる趣味だよ。ゲーロップは別に綺麗好きでもないし。ただ、俺がなんとなくしたいからだ。そういうリンネは?」

「僕は……前もこうしてたから、ですかね」

「お前、ひょっとして余程フィエムにこき使われたな?」

「あはは。そうかもしれません」


 ベットと同時のタイミングで窓を拭き終わって、次の窓へと移った。


 窓の外にあるのは常に薄暗い世界なので、リンネは自分の反射した顔を見ながら窓を拭き続ける。


 その途中で、貫かれるような痛みが左腕からした。


「ーーっ!」


 歯を食いしばって声を我慢したが、あまりの痛みにしゃがみこむ。


「どうした。大丈夫か?」

「ちょっと、左腕がまだ、馴染まないみたいで」


 リンネはそう言って赤みがかった腕を顕にした。


 それはゲーロップから貰った悪魔の力の印だ。ゲーロップいわく、馴染めば色は無くなり模様となって腕に刻まれるらしい。


 しかしその施術は困難を極めていた。


「さすがに悪魔の力を得るのは簡単じゃないですね」

「そりゃそうだ。幻界を抜けて人の身のまま力を手に入れるのにも試練があるのに、ましてや悪魔だからな」

「ですよね」


 脂汗をこめかみに浮かべながら、リンネはただ呼吸につとめた。


 しばらくしてようやく痛みが引いてきたのでリンネは立ち上がる。


「もう大丈夫そうです」

「そうか。無理はしなくていいからな。それとも休むか?」

「大丈夫です。休んだら、仕事がこなせないですから」


 そう強がるリンネを見て、その健気さにベットは笑顔を浮かべた。


ーー ーー ーー ーー ーー


「厳つい腕がーできたのぉ」

「本当ですよね」


 庭で雑草をむしりながらバリュンがそう言うので、リンネも笑って言った。


 雑草を迷いなく根から抜くリンネの手には、黒い複雑な模様ができていた。丸みがかった線で構成されている。


 そして同時に、左脚が真っ赤に染まっていた。


「でもこれすごいですよ。雑草が無限に抜けます」

「悪魔の力のー無駄じゃぁなあー」

「むだだよー!」

「……結構ダメージが来るんですけど」


 バリュンが冗談だと笑った。しかしメープルはきょとんとバリュンを見ていた。


「のう、リンネや。幻のわしゃー、お主に大事ーなことを、話さんかったか」

「話してましたよ。……格好付けろ、って言われました」

「なんじゃぁ。向こうのわしもー、優秀じゃーのー」


 愉快そうに笑って、バリュンは見える範囲の雑草を一瞬のうちに抜いてしまった。


 リンネはその技術に驚き抜かれた雑草の姿を見る。根はちぎれていない。


「……幻力ですか?」

「うむ。対象認識(ロックオン)っていうぞい」

「むだー!」

「ひゃっは。手厳しいの」


 そう言ってまたバリュンは笑うのだった。


ーー ーー ーー ーー ーー


「そのマウルという魔族の召使いがいた、と」

「はい」


 食堂の机を拭きながら、リンネは返事をする。赤い右腕を庇いながらなのでとても拭きづらいようだ。


 マウルという言葉よりも別のところに反応してか、ネアは話し出した。


「私たちは幻界を抜けてすぐにゲーロップに襲われました。けれど確かその前に、手慣らしに虐められている魔族の少女を助けたような気がします。ひょっとしたらその子かも……」


 ネアはそう言って自分で頷いた。リンネはマウルの存在が証明されたような気がして、どこかほっとしたのだった。


「マウルは今どうしているのですか?」

「マウルさんは、僕たちを助けるために魔族に立ち向かっていきました。行方は……」


 リンネはそう首を横に振る。ネアも察して机を拭くのを早める。


「魔族の生命力は人間には到底考えられないものだと言われています。このゲーロップも、指折りの精鋭五人でかかってようやく半殺し程度でしたから。諦めるのは早計ですよ」

「そうですよね。……きっと生きてくれていると思います」


 リンネはタフの一撃を受けたレリエールのことを思い出した。そうだ。魔力の生命力は凄まじいのだ。


 例え魔族同士でぶつかったとしても、それは例外ではないだろう。


 右腕の痛みに耐えながらもリンネはそう祈った。


「それでは、次はあなたの恋人の天使のお話について聞きましょうか?」

「ちょ、ちょっとそれは」


 リンネの耳が真っ赤に染まるのにそう時間はいらなかった。


ーー ーー ーー ーー ーー


 今日は最後の改造の日だ。右脚にその力を宿す。今までの四肢に刻まれた刻印が胴体で交わり、晴れて未知の力を手に入れるのだという。


 右脚をゲーロップにいじられながら、ふとリンネはゲーロップに聞いた。


「ゲーロップさんはハタさんに負けたんですか?」

『おめぇとんでもねぇこと聞くなぁ!』


 これにはさすがのゲーロップも心底驚いたようで、目を丸くして施術の手を止めた。


『おめぇよぉ……。俺が世にも恐ろしい悪魔さんだってこと知らねぇのかぁ?』

「す、すいません!」


 呆れ顔の悪魔は目を細めてリンネを見る。リンネは焦って言葉を続けた。


「いや、その、どんな戦いがあったのかが気になって……」

『どんな戦いが、ねぇ。……ま、たまには語ってやるよ』


 いつもよりもローテーションなゲーロップは、そう言って語り出した。


『俺は魔界じゃ屈指の大悪魔だ。魔王と話だってできるぐらいの権力を持ってるし、悪魔の中でも古くに生まれてる。魔界ができてからすぐの人魔戦争も、大都市ニューシティの崩壊も見届けてきた。そんな俺だったが、その日はちょうど散歩に出ててよ。ちょっと人間の世界にちょっかいかけてやるかと思った矢先にやつらに会ったんだ。

 そっからの戦いは壮絶だったぜ! 俺は遊び気分で戦いをふっかけたが、あいつらはマジだ。俺も力を見誤ってた。あのガキとババァの力にはさすがにびびったぜ! 魔王でもそんなことできない、っつってな! あとネアの力も噛み合っていた。予測伝達(テレパシーコール)なんて力が対象認識(ロックオン)なんてもんと合わさったらやべぇに決まってる! んで、ボコスカやられて、本気を出した。今思うと大人気ねぇ。

 あとはお前の想像通りだ。みんなバクバク食った』


 そこでゲーロップが話を切り上げた。そしてリンネはもやもやしつつも聞いていいかわからなかったので、黙って施術の続きを見守る。


 しかしやはり気になったので聞いた。


「あの、ハタさんとは……」

『おう、忘れてたぜ! あいつは面白かったぜ! 俺にえげつねぇ毒の入ったパイを食わせたんだ! 口ん中にがビリビリ痺れたのを覚えてるぜ! んで、それがあんまりにも美味かったもんだからあいつに取り付いたんだ。俺は美食家だからな!』


 そうゲーロップは笑う。そして施術の終わったリンネの右の太ももをバチンと音が鳴るほど叩いて言った。


『よぉし! これでお前の改造は終わりだぜぇ! あとは力にさっさと慣れな!』

「は、はい……」

『おう? どうした?』


 リンネはゲーロップに叩かれた痛みにベッドの上で悶絶するのだった。

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