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29話 ゲーロップ様の力

 一日が経って、リンネは天井を見続けることにある種の楽しさを見出していた。言ってしまえば悟りを開いているかのようだ。


 昼食を食べてからずっとそうしていて、それがまだ夜まで続くと思っていたところで扉が開いた。


「おう、リンネ! 晩飯だぜー」

「クロウさん。ありがとうございます」


 クロウが両手で盆をもって足で扉を開けた。リンネは頭だけ起こす。鼻を濃い調味料の匂いが刺激する。


「待ってましたよ。これぐらいしか楽しみがないんで」

「わかってるぜ。だから早めに持ってきてんだ」

「助かります」


 クロウがぐっと親指を立てる。


 リンネの口にスプーンで雑穀の雑炊を運びながらクロウは言う。


「にしてもノルンは呼ばなくてよかったのか? あいつも気をもんでるだろうよ」

「これは僕なりの覚悟なんですよ。ノルンにばかり甘えてはいられませんから」

「そのノルンがお前に甘えたそうだったぜ?」

「……まあ、来てくれた時は歓迎しますよ」


 揺れ揺れの心に気づいたクロウは声をあげて笑った。


 照れを誤魔化すためにリンネは話題を変える。


「そういえばクロウさんは王都から逃げる時大丈夫でしたか?」

「おう。カーと動いてたときだったが、まあなんとか倒しきったぜ」

「さすがですね」

「だろ? あいつの馬鹿力に助けられたぜ」


 そんな会話を続けて、食事もそろそろ終わろうかというところで、突然扉が乱暴に開かれた。


 驚いた拍子にクロウがスプーンを取りこぼしリンネの胸に落下する。


「うっ」


 リンネは痛みに間抜けな声を出した。


『よーうリンネェ! ゲーロップ様がやってきてやったぜー!』

「おい馬鹿てめぇ悪魔! お前のせいでリンネの大事な大事な胸にスプーンがぶっ刺さっちまったじゃねぇか!」

「痛い……痛い……」

『おうそりゃ悪かったな!』


 涙目で呻くリンネ。クロウはガラの悪い歩き方をしながらゲーロップ改めてハタのところへ向かう。


 そしてなんと、ゲーロップの腕がクロウのリーゼントを叩いた。


「うあー! 俺の前髪がー!」

『悪ぃなカラスのにいちゃん! 俺はその痛てぇ痛てぇ胸の怪我を治しにきたんだ!』

「はあ?!」

「クロウさん! 本当ですよ!」


 喧嘩になりそうになったところへ、髪が短くなったノルンが止めに入った。銀の髪が肩の上で揺れる。


 その髪を見て、リンネは……見とれていた。


「……短髪も可愛いなぁ」

「りっ、リンネも呑気なこと言ってないで止めてくださいよぉ!」


 そう抗議するがリンネはベッドの上でうんうんと確かめるように頷くだけだった。


 ノルンははぁとため息を吐いたが、頬は緩んで赤くなっていた。髪を切ってよかったと心の底から思う。


 そんなノルンは置いておいて、大事そうにリーゼントを整えながらクロウは嫌味ったらしく言う。


「……それで、なんだっててめぇそんなでかくなってやがんだ、ええ?」

『天使の髪を食ったからな! 元気もりもりだぜ!』

「ハタは生きてんのか?」

「安心しろ無事だ。疲れた」

「お、おう」


 ハタは無理やりゲーロップに体を動かされているわけなので、その心労で腕は力なく垂れていた。


 ノルンが「と、とりあえず!」と話を戻す。


「ゲーロップさんには私からお願いしたんです。リンネを治せるっていうので」

「僕を? 本当に?」


 リンネは驚いて身を少し起こした。


『あたぼうよ! 俺を誰だと思ってんだ?!』

「俺は少なくとも味見係だと思ってたぜ」

『一旦黙れカラス! 俺ぁリンネと話してんだ』


 さらに突っかかりそうになるクロウ。だが腕を扉の外から生えてきた別の腕に掴まれて、馬鹿力によってクロウは外へと追い出された。


 そしてリンネの元へゲーロップがやってくる。リンネは尋ねる。


「対価は何か必要ですか」

『そりゃもう天使ちゃんから貰ったからいらねぇよ! おめぇはちゃちゃっと治って終いだ。美味かったからなぁあの髪!』


 ゲーロップが味を思い出してペロリと唇らしきところを舐めた。


 リンネはそれで納得した。ノルンはそのために髪型が変わったのだ。


「ノルン、ありがとう」

「へへ。どういたしまして」


 嬉しそうにノルンは笑った。リンネは新鮮な姿のノルンにまた頬を緩ませるのだった。


「それにしても、ゲーロップさんにそんなことができるとは思いませんでした」

『見くびってもらっちゃあ困るぜ! 何しろ天下のゲーロップ様だ! 一時期魔界の王に気に入られてたぐらいだぜ!』

「お、恐ろしいこと言うなぁ」


 リンネはマリエルが言っていたことを思い出して素直に恐怖を覚えた。そしてハタに目配せをして聞く。


「やっぱり不安になってきました……。どうしよう、これでマリエルのところに送られたら」

「ありえるかもしれないな。俺を捨てて行っちまうかもしれねぇ」

『マリエルゥ?! あんな尻の青い赤ん坊なんぞにリンネを渡してたまるかい! あと俺は結構あんちゃんのこと気に入ってるからな! 絶対離れないぜ!』

「今日はいつにも増してデレるじゃないか」

『美味いもん食ったからな!』


 上機嫌なゲーロップの口からは陽気な笑い声が止まらない。リンネとノルンも釣られて笑う。


 話を戻すようにリンネが一度咳払いをした。


「それで、どんな風にして治してくれるんですか? ティアラさんとはやり方が違うんですよね」

『そうだな! 簡潔に言えば、俺がお前を食べて、俺の世界で療養する。以上だ!』

「……え?」


 リンネは困惑に眉をひそめた。ノルンも同じように首を傾け、ハタはぎょっとした表情を鼻から下で作る。そしてハタが口を開いた。


「それはつまりあいつらがいる空間にリンネを入れるということか」

『その通りだぜ! 俺の腹の中は特別な空間だからな。時間の流れがここよりほんのちょっと遅えんだ! あっちでの二日はここでの一日、つまりは半分ってことよ! そしたら傷なんてのは時間までにはぜってぇ治るだろうよ。あとは俺がちっとだけ手ぇ加えるだけだ』


 リンネは驚きを隠せなかった。これから悪魔に食べられるというのでも驚いたのに、さらにその腹の中では時間の流れまでもが違うという。


 そしてハタの反応が気になった。ノルンが尋ねる。


「あの、ハタさん。あいつらっていうのは……」

「フィエムの仲間たちだ。そうか……。ネアやベット、バリュンとメープルがいるところに行くのか。だがそれならリンネは戻ってくるのだろう? そいつらは戻せないのか?」


 ハタがそう興奮気味に言うと、ゲーロップは残念そうにため息を吐いて答える。


『悪ぃなあんちゃん。食べる方に力はいらねぇが、出す方にはそれないの力がいるんだ。俺ぁ天使の髪に入ってたちょびっとの魔力でそれをする力を取り戻したが、せいぜい一人が限界だぜ。天使を丸呑みすりゃあ全員出せるかもしんねぇけどな!』

「……そうお願いするほど俺も人道を外れてはいないよ」


 ハタはそう言って椅子に腰掛けた。リンネは心配になって聞く。


「ハタさん。いいんですか?」

「ああ、俺のことは気にしないでくれ余計なことを言ったことを反省している」

「そうですか……。あ、なら、あの人達への伝言を受け取りますよ。何かありますか?」


 そうリンネが聞くと、ハタはしばし天井を仰いだまま考え始めた。そしてしばらく経ってからいろいろなことをリンネに頼んだ。そして最後にこう言う。


「最後だ。お前達をそんなところにいさせて申し訳ないと伝えておいてくれ」

「はい。わかりました。あの人達からの伝言もきちんと持って帰りますから」

「頼んだぞ」


 リンネは力強い顔でうなずいた。そして今度はノルンの方を向く。


「それじゃあ、しばらくノルンに会えないみたいだし、ノルンは何か言いたいことある?」

「そうですね……」


 ノルンもハタ同様考えて、ハタよりも長く考えたあとにリンネの耳元で小さく伝えた。


「帰ってきたら、いっぱい話を聞かせてくださいね」


 脳がとろけるような甘いささやきにリンネは口から変な空気が漏れる。そして口元を押さえてうなずいた。ノルンが離れたあとの耳は真っ赤に染まっている。


 それを見てノルンはクスクスと笑った。


「そ、それじゃあゲーロップ。お願いします」

『あいよぉ! 行くぜリンネ! 胸を痛めないように注意しなぁ!』


 がばっとゲーロップの口が大きく開き、勢いよくリンネへかぶりついた。ベッドも一緒に飲み込まれたらしく、部屋の一角はさっぱりとしてしまう。


「……さみしいだろ、リンネがいないと」


 ハタが少しからかう意味もこめてそう言うと、ノルンは恥ずかしそうに笑ってうなずいた。

最後までお読みいただきありがとうございます。これからの投稿は土日18時投稿となります。よろしくお願いします。

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