27.5話 天井を見上げて
翌日、リンネの部屋にタフが訪れた。
「だ、大丈夫?」
「まだ全然。肋骨さえ治ればどうにかなりそうかな。タフくんこそ無事でよかった」
「なんとか、ね」
リンネの怪我は現状肋骨三本の骨折だけだと診断された。全治は短くても2週間らしい。
タフは体格に割に合わない小さな椅子に腰掛ける。
「副団長は、無事、だよ。怪我ひとつなかった」
「そっか。よかった。……それにしてもすごいなぁ。あんな魔族を相手に怪我ひとつないなんて」
「副団長、ここで一番強い、から」
「そうなの? 団長じゃなくて?」
タフはこくりと頷いた。リンネはてっきり団長が一番強いのだと思っていたものだから、驚いて頭を持ち上げる。
「団長の幻力は、代償が大きい、から。誰も、団長の本気を、見たことがないんだ」
「副団長でも?」
「うん」
リンネは団長の話していたことを思い出す。
確か、団長の幻力は魂に干渉する能力だったはず。確かにその説明からは攻撃に向いているとは思えない。
ふとそこで疑問に思った。
「団長の幻力ってどんなことができるんだろうね」
「お、俺は、あんまり知らないな」
リンネは団長の話していたことを思い出そうとする。けれど、さっき思い出したもの以外は出てこなかった。
そのまま二人は喋ることもなくなり、静かな空間ができる。タフもそろそろ立ち去ろうかと腰を持ち上げた。
「じゃあ、ね。お大事に」
「うん。ありがとう」
背中を丸めながら扉をくぐっていって、リンネはこっそり手を振った。そして大きく息を吐き出す。胸の周りが傷んだ。
それから少し経って、また扉が開かれる。
「リンネ、大丈夫か?」
入ってきたのは団長とティアラだった。心配そうにリンネの隣に立つ。
「団長。ティアラさん。大丈夫ですよ。治りさえすればどうにかなります」
「そうか……。すまない。阻止することができなかった」
「団長が謝ることじゃないですから」
そう笑いかけると、団長は安心したかのように微笑んで椅子に腰掛けた。
ティアラがリンネを覗き込んで、申し訳なく言う。
「治してあげられなくて本当にごめんなさい。せっかく前に説明したばかりだったのに……」
「ティアラさんも、気にしないでください。ダメなものは仕方がないんです」
「ええ。その代わり、ここでの治療はしっかりさせてもらうから」
「はい。よろしくお願いします」
そうして、ティアラは他の患者の見回りがあるからと部屋を出ていった。
団長は言う。
「幸いにもうちの団の被害はそこまで出てない。一番の重傷者はお前だからな」
「本当ですか? まあ、向こうの団長にコテンパンにされちゃいましたからね」
「それもそれですげぇけどな! よく生きて帰ってこられたもんだよ」
団長はそう言って笑った。リンネも痛みがない程度に笑う。
そして、一呼吸置いてからリンネは団長に尋ねた。
「……あの魔族の旅団の人達は、どんな集まりなんですかね」
リンネは視線を天井に移した。ここ最近ずっと見上げている所の一点を見つめる。
団長は少し間を置いてから話し出した。
「デスぺライトって旅団はな、元々はそこまで大きなものじゃなかったんだ。どこにでもあるような魔族の旅団のひとつだった。だが、そこの団長マリエルが魔の王の配下となってから急激に大きくなったんだ」
「……どうして配下になったんでしょう」
「それはいろんなことが言われてる。金が欲しいから、権力が欲しいから、守られたかったから、守りたかったから。いろいろだ。真相を知るのはマリエルだけだろうな」
団長はそう言って窓の外を見た。リンネは小さく息を吐く。
そして心の中で覚悟を強くした。マリエルを敵とみなす覚悟を。
「今、俺たちは幻界に向かっている」
団長がそう話し出した。
「デスぺライトどもに追われてるのもあって、あっという間に着くぞ。人間の住める世界の端まで普通は二ヶ月かかるところを、三週間で着く計算だ」
「三週間ですか」
リンネはそれまでに自分が回復できているかどうかを考えた。しかしできるできないの話ではなく、やらなければいけないことなのだと気づく。
「どうにか三週間後には動けるようになります。ノルンを守らないと行けないので」
「ああ、頼りにしてるぞ。……特にお前の幻力は俺ですら想像がつかない。その時が楽しみだよ」
「はい、楽しみにしていてください」
リンネが余裕のある笑みで言うと、団長はやれやれと首を振ってから席を立った。
「じゃあな。お大事に」
そして扉は閉められた。
リンネは窓からの光を見て、目を閉じたのだった。




