表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/39

27話 犠牲も後悔も振り切れ

 リンネは夢の中を漂っていた。夢だと理解できたのは、その世界には自分がもう一人存在したから。


 その世界のリンネは村の中で悠々と暮らしていた。それを空から見て、リンネは朧気に懐かしさを感じた。


 そのままその世界のリンネは大人になった。そして村にやって来た商団の少女と恋に落ちて、外へと旅立って行った。


 それは、リンネが知らない世界の物語。天使がいなかったらのーー




「ーー目が覚めたっすか?」


 目を開けると、サニーの笑顔が真上にあった。


 寝たままのリンネは浅い呼吸をしながら周囲を見渡す。サニーの隣には天使がいた。


「あ……、の、るん」

「あんまり喋ったらダメですよ。リンネはしばらくここを動けないぐらいの重症なんですから」


 リンネはそこで自分が受けた攻撃を思い出した。痛みが記憶の底から呼び起こされて、リンネは奥歯を噛む。


 リンネの右腕はもう使い物にならなそうで、指の先すら動かせない。グルグルの包帯が唯一の処置だろう。


 そのまま空を見上ながら息をする。それしかできなかった。


 そんなリンネへノルンはゆっくりと話し出す。


「あの、リンネに言わなきゃいけないことがあるんです。……その右腕のことで」


 リンネは小さく頷いた。ノルンは言葉を続ける。


「ティアラさんが幻力を使ったんですけど、リンネに対して発動しなくて、治せないんです。そのままでは右腕は腐ってしまって、体に悪い影響を与えてしまって……だから、その……」

「リンネの腕を切らなきゃいけないんっすよ。ね?」


 言いづらそうにしてるノルンに変わってサニーがそう言った。


 リンネは頷いた。


 どことなくそんな気はしていた。ティアラの力については聞いてたし、元々この世界には粉々に砕かれた骨を治すすべは無い。


 リンネは指が動かないことを確かめる。動かないことを確認して、また確かめる。何度も何度も確かめる。


 そして、熱い息を吐き出した。


「……お願い、できる?」

「……はい。任せてください。痛いと思うので、ゆっくり寝ててね」


 優しくノルンがリンネの頭を撫でた。リンネは(まぶた)を閉じた。


(眠ろう)


 そう思って、目を閉じた。


 次に目が覚めたのは、右腕に激痛が走った時だった。


「あああああああ!」


 リンネは絶叫する。それはマリエルに腕を踏み潰されている時と同じぐらいの痛みを孕んでいた。


 絶叫に肺が押しつぶされ、折れた肋骨たちがさらにリンネを苦しめる。リンネはただ痛みに悶えた。


 そして、気を失った。


ーー ーー ーー ーー ーー


 目が覚めた。


 体の右側が不自然に軽いことが、リンネは未だに信じられなかった。


 サニーの空間ではない場所で目を覚ましたリンネは、自分の横たわるベッドにノルンがうつ伏せで寝ているのを見る。


 胸を包帯で締め付けられ、痛みで体を起こすことができないリンネは、ただ天井を見つめて息を吐いた。


 そしてマリエルの言っていたことに思いを馳せた。彼女が語ったことは鮮明に記憶に残っている。


 まず、リンネの帰る場所が無くなった。


 大好きなあの二人はもうこの世にいない。


 そして、フィエムも。マウルだってそうだ。


 リンネはことごとく恩人を悲惨な目に合わせていることに、静かに涙を流した。


 そしてリンネが酷い目に合わせているのは何も人間だけではない。


 マリエルだって、リンネの被害者だ。


 人間という物差しで測ればリンネたちの行動は立派なものだ。人間の間に伝わる伝承では、魔族の王が真の力を得た時、人間は終わりを迎えることが綴られている。


 リンネは確かに人間にとってはいいことをした。


 だが、マリエルの目線に立てばどうだろう?


 マリエルのあの嘆きは演技ではなかった。あれは心からの言葉だ。仲間を失ったことへの悲しみの言葉は本物だった。


 リンネは罪悪感に苛まれる。


「……リンネ?」


 ノルンが目を覚まして、目を擦りながら立ち上がった。


「よかった。目を覚ましたんですね。具合はどうですか?」

「……良くはないかな」

「そうですよね。……腕を無くしたんですから」

「ううん。体じゃなくて、心の方が」

「え?」


 リンネは自分を覗き込むノルンには視点を合わせずに、ぼうっとその先の天井を見つめながら語る。


「デスぺライトの団長は、悪い魔族じゃなかった」

「……」

「彼女は僕たちと同じだ。仲間を思い、誰かのために戦っている。……ねえ、僕の罪償いは、片腕で足りるのかな」


 リンネは自分が酷いことを言っていることをわかっていた。魔族に捕まっていたノルンをわざわざ助け出したのはリンネで、その助けたノルンへ後悔を語っているのだから。


 ノルンは椅子に座り直した。


 沈黙の時間が流れる。


 リンネは言葉を取り下げることも続けることもなく、ただ天井を見つめていた。


「足りないと、思いますよ」


 ノルンはそうポツポツと語り始める。


「私たちが犠牲にしたものはとても多いです。みんな、私たちを助けてくれた。命をかけて、私たちが恩を返しきれないほどに」

「……」


 リンネはスンと鼻を鳴らした。


「だから、もし私たちが罪を償うのだとしたら、今生きている人々を守るために私たち二人が命を払うしかないと思います」


 リンネは頷く。当たり前だ。当然の代償だ。それでもまだここまでに失ったものには足りない。


「でも」


 ノルンはリンネの顔に覆い被さるようにして言う。


 リンネが見つめるノルンの瞳は涙でいっぱいだ。


「じゃあ、リンネはもう私を守ってくれないってことですか」


 震える声で、熱い吐息を混ぜながらノルンはそうリンネへ問いかけた。


「カイザは約束してくれました、ルーンも約束してくれました、リンネだって約束してくれました。私を守るぐらい強くなってくれるって」


 ノルンは知らない名前を並べる。そのどれもがリンネの心を掻き乱してくる。


 リンネの目頭が熱くなる。


「守ってくれないんですか。私の隣にいてくれないんですか。一緒にたくさんしたいことがあるのに、何もさせてくれないのですか」


 ノエルは嗚咽を堪えられなくなって、リンネにかかる布団へと顔を埋めて泣いた。そして、リンネもまた泣いていた。


 ーーそうだ、自分の覚悟はとっくの昔に決まってたじゃないか。


 マウルに剣を教えてもらったのも、オーガに訓練を頼んだのも、ここまでやってきたのも全部ノルンを守るためではなかったのか。


 そして、自分の知らない世界の自分達も、そうしてきたんじゃないのか。


 リンネは体の痛みもお構い無しに体を起こして、泣きながらノルンの頭を撫でた。


「ごめん、ごめん、ノルン……」


 何度も何度も謝った。繰り返し繰り返しそう唱えた。


 リンネがノルンと出会ったのは、そういう運命だからだ。


 その運命に従うと決めたのは、リンネ自信に他ならない。


「僕、まだまだ強くなるから。もう、ノルンを泣かせないぐらい、大人になるから。ごめん、ごめん……」


 ノルンはそんなリンネの手のひらを頬に当てて、大きな声を上げて泣いた。


 ようやく二人が泣き止んだ頃、リンネはゆっくりと話す。


「ごめんね、心配かけちゃって」

「ううん。大丈夫です。なんていったって、私は天使ですから」

「あはは。……ノルン。もう僕は君を泣かせない。僕は、もう挫けないよ」

「はい。期待してますよ」


 ノルンの弾けるような笑顔がリンネの覚悟を一層強くした。


「それじゃあ、私はそろそろ帰りますね」

「うん。またね」

「はい」


 ノルンが手を振って扉を開ける。すると、何かを見つけたのか立ち止まった。床から持ち上げたのは二つのトレイと肉料理。


「これって……」

「ねえ、そっちのトレイになんかあるよ」


 それを手にノルンが再びリンネの元に行く。すると、片方のプレートにリンネは手紙を見つけた。


 片方のトレイを小机の上に置いて、ノルンは膝の上で手紙を読んだ。


「『病人と天使はこれでも食べてぐっすり寝ろ』と、いうことです」

「……ハタさんかな」

「そうですよね」


 二人は顔を見合わせた。そして、なぜか笑いが込み上げてきて、一緒に笑った。


 その後、厨房で綺麗に食べ終えられた食器を洗いながら、ハタは満足気に微笑んでいた。

最後までお読みいただきありがとうございます。キネティックノベル大賞の条件を無事満たせたので、連続投稿はしばらくお休みになります。今後もまったりとお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ