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25話 逃げないと

「逃げよう!」


 リンネはタフの太い腕を引っ張って、強引に脚を動かした。背後から臓物が震え上がりそうな怒鳴り声が聞こえるが、それも無視していく。


 今じゃ確実に勝てない相手だ。たとえレリエールを一撃で気絶させたタフの剛腕があったとしても、あの男のガタイに効くとは思えない。


 阿修羅のごとき魔族が放つ白い炎がリンネたちの両脇を輝かせる。


 旅団の姿はまだ見えない。


「どこまで走ればいいの?!」

「わかん、ない! ただ、逃げないと!」


 スラムのボロボロのテントが瞬きのうちに燃え上がる。その向こう側に人影。


「む! リンネ! タフ! 無事だったか!」

「副団長!」


 返り血に全身を染めたオーガがリンネたちに気がついて駆け寄った。リンネは大きく声を上げる。


「逃げてください! とんでもない魔族がーー」

「逃げる? とんでもない」


 オーガはなぜか上機嫌に笑った。そして、腰から深紅の剣を抜く。前にリンネとの立合いに使ったのとは別のものだ。


「私が探していたのだ。ここまで導いてくれた礼を言うぞ、リンネ、タフ」


 その時、オーガの額に二点の赤い丸の印が現れた。それは血が固まっていくような、不思議な光景だ。点だったものは徐々に伸び先を細らせて、脈打つ二本の角へと変化させた。肌の色も伴って赤黒く変化していく。


 変身を終えたオーガは、“鬼”と化した。


「副団長の、幻力だ」


 タフがそう感嘆ともとれる感情で呟いた。


 そこへ、例の魔族が追いついた。


「おうおう! オーガを盾にするたぁいい度胸してんなぁガキンチョ」


 魔族が四本の人差し指をリンネたちに向ける。それを遮るようにオーガは立った。


「たわけが。私が彼らの前に立ったのだ。ーー矛としてな」

「はー! 格好づけられんのも今のうちだぜ! 副団長殿よぉ!」


 両手を二回甲高く鳴らすと、瓦礫の下から魔族が三体ほど現れた。三体とも見かけは人の姿をしているのだが、怪しい紋章が体に浮かび上がっている。


「シュラール様の愛弟子たちだ! ちょっぴり減っちまったがやすやす倒せると思うなよ!」


 びっとシュラールと名乗った者がリンネたちを指さすと、無表情な魔族たちがリンネたちに迫る。


 しかし、その手が二人に伸びることはなかった。


「なぜ、私の後ろに行けると思ったのだ」


 オーガは血まみれになった剣を持って不敵に微笑む。その足元には魔族の亡骸の肉片が散らばっていた。


 リンネもタフも自分の目を疑った。()()だった。


 シュラールは恨めしそうな目でオーガを睨む。ピリピリと肌を突き刺す緊張が満ちる。


 じっと身動きができないでいる二人へ、オーガは優しく声をかけた。


「行きなさい。心配しないでもいいから。君たちは助かる」

「副団長は……」

「なぁに。副団長ともあろう者がこんな魔族程度に負けるわけないとも。さあ」


 リンネとタフは同時に駆け出した。


 不思議と不安にはならなかった。それは、オーガがあまりにも頼りになるからかもしれない。


 オーガと手合わせをしたことがある二人は、その強さを知っているから。


ーー ーー ーー ーー ーー


「数年ぶりか」


 オーガはそう言って刀を持ち上げた。動きのどこにも緊張の見られない素晴らしい脱力具合にシュラールは口角を釣り上げる。


「あぁ。久しぶりだなぁ! それがまさかよぉ、天使を守る側にいるたぁ驚きだぜ!」

「天使を魔族の王に捧げるつもりか?」

「あたりめぇよ! それが俺たち魔族の悲願! 魔族が世界を支配するための最重要アイテムだ!」

「アイテムか……」


 やれやれと首を振って、オーガは不機嫌そうな顔でシュラールを見た。それに怖気ずにシュラールは話しかける。


「人間との暮らしはどうだい! 楽しいか?」

「楽しいとも。ここまで平穏な暮らしができるとは思ってなかった」

「けっ! 平穏ったって、グロウホラクルの副団長なんだから皮肉だなぁ!」

「団長が優秀すぎるな。私が尊敬するに足るほどだ」

「ほぉ〜う? なら、会ってみてぇもんだ」


 下卑た笑い声を二つの顔から同時に発する。それは酷く耳障りで、オーガはさらに表情を険しくした。


「マリエルは元気にしてるか」

「団長はそりゃもう! ピンッピンしてるぜぇ! だが最近は覇気がねぇ。むしろ殺意満々ってところだ。理由はわかるか?」


 オーガが肩をすくめると、シュラールは楽しそうに笑いながら言った。


「あのガキの親とフィエムにアホみてぇに団員を減らされたからだ! 天使を守るたぁ言えやりすぎだなぁ。だからあいつは怒ってるぜ。てめぇが見たことないぐらいによぉ!」


 何が面白いのかシュラールは爆笑した。その笑い声は人を不機嫌にさせる能力があるのかもしれない。


 オーガは会話をやめさせたくて言葉を放つ。


「それにしても偉くなったものだなシュラール。私に教わった武器はどうした? 捨てたか? ならばお前、勝てんぞ」

「あぁ?」


 シュラールの笑みが凍りついた。風も雰囲気を察してピタリと止む。


「お前はいつもそうだった。お前が調子に乗った時はいつもお前にとって良いことがない。その尻拭いをしてやってたのは――私だろう。思い出したか?」

「思い出したくもねぇ! 老けたなぁオーガ! 老けたよ老けっちまったよ! そんなてめぇに負けるわけがねぇだろ俺様がよぉ! ぶっころしてやる! 元デスぺライト副団長なんて関係ねぇ! 死ねええぇぇぇ!」


 激怒したシュラールが全てを焼き尽くす白い炎を四つ放った。オーガはため息を吐いて、その炎を鷲掴みにした。


「お前も能がないな」


 そして、その炎を口に運び、飲み込んだ。


 喉仏がゴクリと動く。


「お前の炎は大好物だったのだ」


 唇を舐めたオーガは黒く染まった瞳でオーガを睨みつけた。


 元デスぺライト副団長現グロウホラクル副団長、炎喰いのオーガ。


―― ―― ―― ―― ――


 二人は無我夢中で走っていた。炎も段々と数を減らして、シュラールの暴行がここまでは及んでいないことを表している。


「はあ、はあっ。副団長、大丈夫だよね!」

「う、ん。絶対、大丈夫」


 タフは力強く言い切った。リンネもうなずいて視線を先に送る。


 けれど、周りをいくら見渡しても旅団の姿は見えない。それに二人の中の不安は増していった。背後ではシュラールのものと思われる炎がいくつも光って、そのたびに視線の先が明るくなるのだった。


 その明るさが届かなくなるほど走ったところで、ようやく見えてきた。


「馬車だ!」

「つい、た!」


 二人は喜びに顔を見合わせた。そして最後の力を振り絞って足に力を込める。


「――よくも逃げたな」


 その声が聞こえた瞬間、リンネの足が空をかいた。


 落ち行く視界の中でタフが驚いて立ち止まるのが見える。


(またか、この感覚は……レリエール!)


「リンネ!」


 リンネの手がむなしく宙を掴んで、タフの声を聞きながらリンネは地面の中へと吸いこまれていった。


 たどり着いたのは不思議な紫の空間だ。リンネは言葉にしにくい気持ち悪さに嘔吐(えづ)く。とても不快な、馬車酔いのような感覚がする。


 その空間にはやはりレリエールがいた。長い髪が水中にあるかのようにふわふわと宙を漂っている。


 さらにもう一人、魔族の姿があった。それは女で、蛇の下半身を持っている。全身は赤黒い鱗で覆われていて、片方の腕の鱗はなぜか剥がれ落ちて黒い肌があらわになっている。


「今まで大変世話になったもんだね。うちの天使がさ」


 いらだった口調で女はリンネに話しかけた。


「……誰だ」

「ほう、まだそんな威勢があるかい。生きが良いこったね。いいじゃないか。名乗ってあげよう」


 女はリンネのすぐ近くまで近づいて、今にもリンネを殺しそうな目つきで言った。

 

「あたしの名はマリエル。デスペライト団長のマリエルだ」

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