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2話 旅路 前編

「改めて、助けていただいてありがとうございます」


 砂漠の真ん中で、ノルンは丁寧に頭を下げた。明るい光に銀の髪がキラキラと光る。


 リンネは控えめな反応を見せる。少しだけ微笑んで、それから話を変えた。


「それにしても、無事に逃げられてよかった。すぐに追ってきてたら……ね」

「そうですね。考えたくもないです。ご飯も魔族用だから美味しくないんですよ!」


 ノルンも楽しそうな笑顔で、リンネとの会話に花を咲かせる。


 リンネはノルンが笑顔でいてくれることに安堵した。未だに正しかったのかわからないリンネの行動への、唯一の肯定だ。


 リンネはノルンに聞く。


「どうして捕まってたの?」

「うーん、この世界でさまよってたら、いきなりあの魔族さんたちが来て、よくわからないうちに捕まっちゃいました」

「不用心だなぁ」

「私、昔から警戒心が皆無で……」


 ノルンがてへへと頭をかく。


「それは重大な欠点だね。ほら、あそこの兎でも砂に擬態してるのに」

「……なんだか負けた気がします」

「あはは。そうかもね」


 ノルンがじとーっと粘っこい視線を兎へ向けた。


 その横顔を見て、リンネは「ちょうどいい」と言って、毛が詰まったリュックから愛用の弓と矢を取り出した。


「そろそろお昼にしよう」

「はい?」


 リンネは矢を引き絞った。


「保存食は、いつでも食べられるからね。それに、ノルンの久しぶりの美味しい食事なんだから」


 リンネの手から外れて、弦に押し出されて勢いよく飛び出た矢は吸い込まれるように兎の心臓を貫いた。


「ま、今日は僕に任せてよ」




 その後もう一羽の兎を射抜いたので、二人の昼食は豪華になった。


 リュックに詰めていた毛を取り出して、そこらへんに転がっている枯れ草や枯れ枝を拾って纏めて火の元にしようとする。


「あ、毛は燃えにくいですよ」


 ノルンがそう言って、ひょいと兎の毛を取った。


 しかし、リンネがその毛を受け取ってから、また元の場所に戻す。


「火の元は多くないと。あと意外と砂兎の毛は燃えやすいんだ。珍しいでしょ?」

「へえ、そうなんですね」

「あ、それと」


 リンネは持ってきたナイフで兎を捌く。


「内蔵食べられる?」

「遠慮したいです」

「わかった」


 内蔵を取り出して、それから脂のある部分を切り取った。脂を毛の上に載せる。


 そうして火打石で枯れ草に火をつける。すると火が毛を包み込み、脂でさらに火の勢いも増した。リンネは適当な矢を串がわりにして、しっかりと火を通す。


 それを横でじっと見つめながら、ノルンはポツリと呟いた。


「前に、キャンプをした時のことを思い出します」

「キャンプ?」

「はい。緑に満ちた山の中で、都会から離れたところで原始的な食事をするんです」

「そんなのがあるんだ」


 聞きながらリンネは想像しようとしたが、何しろ辺りは一面黄色の砂漠地帯。緑などサボテンしかなく、結局何も想像することができなかった。


 そこでふと思う。そんなものが、この世界にあるのだろうか、と。しかし、それは「天使だから」という理由で片付いた。


 しっかりと火が通って皮がきつね色になった。リンネはそれをノルンに差し出す。


「先に食べてなよ」

「ありがとうございます! ああ、久しぶりの温かくて美味しいお肉……!」


 ノルンが勢いよくかぶりついた。兎の肉汁が二三個の丸い跡を砂の上に作った。


 リンネはノルンのと同じように自分の兎肉を焼く。


 焚き火を囲んで、二人は食事をとる。


「明日からはこうもいかないだろうな」

「どういうことですか?」

「今日兎に会えたのはラッキーだったってことだよ。明日からは兎肉、の、保存食」

「どっちにしろ兎さんのお肉なんですね」


 もぐもぐと頬張って、むしろ嬉しそうな語り口でノルンは言った。しかし、リンネは対照的に大きくため息を吐いた。


「なんの工夫の施しようのない、兎の丸焼きもしくは保存食のオンパレードだよ」

「……そう言われると嬉しくないです」


 ノルンが食べる速度が少し下がった。


 リンネは苦笑いをしながら、今は美味しいこんがりと焼けた兎の足をかじった。


 二人はきちんと平らげて、それからリンネは内臓を砂の中に埋めた。そして、埋めたところの前で膝を地面について両手を合わせる。


 ノルンもそれに習ってリンネと同じことをした。


 終わってからノルンは聞く。


「今やったのは?」

「食べ物と命への感謝だよ。こうして、僕たちは感謝を伝えるんだ」

「なるほど。いただきますと同じ感じなんですね」

「わかんないけど、たぶん、そう」


 リンネは頷きながらリュックを背負った。そしてノルンの方を向く。


「それじゃあ、行こうか」

「はい」


 二人が進もうとする方向では、日が沈もうとして赤い光を放っているところだった。


 ノルンはそれを見て、それから確かめるようにグルリと空を見渡した。そして、ぽつりと呟く。


「そっか。この世界には月はないんですね」

「月?」

「はい。知ってますか?」

「知らないけれど、遠い昔にはそういう星があったっていう話は聞いたことがあるなぁ」

「そうですか。でも、私の知っているものとは違うと思います」


 そして、ノルンは空からリンネへ視線を移す。悪戯っぽく笑って、こう言った。


「月は綺麗ですよ」


 リンネの頬が紅く染まったのは、果たして夕日のせいか否か。

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