23話 王都ギンマーレ
王都ギンマーレ。世界で最も大きなオアシスの周りに造られた水の都。人間を統べる王族が君臨する都市だ。
都市はオアシスの上に成り立っていて、整備された水路が碁盤の目のように張り巡らされている。
中央から王族の城、貴族の住居、商人の繁華街、職人の居住区、そしてスラム街と、まるで木の年輪のような構造になっている。
その年輪の端っこを、リンネたちを乗せた団は進んでいる。
「……すごいところだね」
「ですね」
テントの外に見える景色に、リンネとノルンはそう言葉を交わした。
スラム街の水は濁りきっていて、とても飲めるようには見えない。しかし、それにしても水の量は溢れんばかりだった。
やせ細った子供が汚れた水を汲む。
リンネは自分が住んでいた村を思い出した。あそこでの生活は確かに大変だったが、こことはまた違った意味での大変だった。
リンネは思わず目を背けて、ポスリとベッドの上に座り直した。
「なんかさ、僕たちってすごい幸運なのかな」
ポツリとリンネがそうこぼすと、ノルンは静かに頷いた。
しかし、スラム街を抜ければすぐに景色は変わった。
溢れんばかりの人々が、団を囲んでいた。
「アニマ様ー! 先日はありがとうございましたー!」
「人類の未来を!」
「オーガ様ー!」
まるで英雄扱いだとリンネは思った。だが、この団の評判を思えばそれも当然かと納得する。
「すごいね」
「ですね!」
少しテンションを高めて二人は言葉を交わした。そして団は、商人エリアの大きな宿舎で止まった。
みんなが降りていくのを見て、二人はここが目的地なのだと悟り、ともにテントを出る。と、リンネの視界にタフの姿が入った。
「タフくん!」
「あ、リンネ。……と、の、ノルンさん」
「こんにちは」
タフは、二人に気がついておどおどと挨拶をした。ノルンとタフはすでに顔見知りだ。
リンネはタフと肩を並べて、人の流れに沿って宿舎へと足を進める。
「すごいね、この街」
「あ、うん。でも、俺、二回目なんだ」
「そうなんだ」
「う、うん」
タフはそう頷いた。ノルンが話しかける。
「なら、美味しいお店とかも知ってるんですか?」
「ちょっと、汚くて、小さいけれど、すごくいいお店、知ってるよ」
「へえ! じゃあ、自由時間があったらぜひ連れて行ってくださいよ!」
「うん、い、いいよ」
「僕も含まれてるよね?」
「当たり前ですよ!」
少し話に置いてかれそうになったリンネが不安そうに言うが、完全な杞憂であった。ノルンに責めるような口調で咎められる。
リンネは自分の器の小ささを反省する。そうこうしているうちに、団のみんなが集まるところにたどり着いたようだ。
「よーし! みんな集まったな。誰も欠けてねぇよな? 周りでいねぇやつはいるか?」
団長がそう声をかけるが、誰からも反応が無かった。それが大丈夫だという合図だと認めて、団長は声を張り上げる。
「今日から三日間! ここに滞在する。食料積んだりお偉いさんがたに挨拶したり久々に友人のとこに行ったりしてくれ。上手い店を見つけたやつはすぐに俺に報告すること!」
どっと笑いが起こる。リンネとノルンも声を上げて笑った。
「ま、十分羽をのばしてくれ! そんじゃ、解散!」
ーー ーー ーー ーー ーー
商人の街は、別世界と思えるような人の多さだった。リンネとノルンはタフの隣であまりの人混みに身を縮こませた。
「うわぁ。す、すごいなぁ」
「で、ですね。私も久しぶりなので慣れません……」
「ま、まあ、ここが一番、人が多いから」
タフがそうフォローを入れた。タフの心強さはかなりのもので、タフが前にいるだけで道が出来た。大きさはやはり強い。
リンネとノルンは人の壁の隙間から見える商店の様子に目を輝かせる。ちなみに、ノルンの羽にはもう隠れ蓑が巻いてある。
「わあ、見たことも無い食べ物がありますよ!」
「ほんとうだね。あっちの衣服も、全然知らないや」
「本当ですね! 色とりどりでオシャレです!」
「あれは、こ、ここからちょっと遠いところにある、街のもの、だよ。煌びやかで、すごいところ、なんだ」
「タフは物知りだね」
「う、うん。勉強は、できる方」
タフは照れて少し顔を背けた。リンネはそんなタフを尊敬した。
「あと、あれ、とか。美味しいよ」
タフが指を向けた方へ、二人は背伸びをして視線を向けると、カリッとしたパンに肉が挟まれた、見たことも無い食べ物があった。バーガーと言うらしい。
リンネはごくりと喉を鳴らす。
「あれ、買ってかない?」
「私も賛成です! 食べたい……」
「うん。じゃあ、行こうか」
タフがずんずんと人混みをかき分けて進み、リンネはタフの下からそのお店へ三人分の注文と支払いをした。
「お、俺は自分で払う、のに」
「いいのいいの。僕たちちょっと小金持ちだから、任せて」
タフが困ってしまってノルンに目を向けると、ノルンも肯定するように頷いた。
そういうことなら、とタフはリンネの手からバーガーを受け取った。人混みの少ない路地に入る。
そして、同時にガブリ。
「〜〜美味しい!」
「美味しすぎますよ! わぁ、いいなぁ、これ」
「で、でしょ?」
なぜか自慢げにタフは笑った。夢中で食べる二人を見て、タフは嬉しく思っていた。
「ねえタフくん。景色が綺麗なところとかって知ってる? 僕たちちょっと行ってみたくて」
「そう、だね……。あ、バロウの螺旋塔っていうのが、あるよ。すごく高くて綺麗なとこ」
「そんなところがあるんですね! ねえリンネ、あとで行きたいです」
「うん。そうだね」
そう言ってリンネは再びバーガーにかぶりついた。
タフは思い出す。こんな心地のいい時間が今までの人生にあっただろうか? 気は弱くて、なのに力は強くて、コミュニケーションは苦手で。それなのに、体は他人を怯えさせるほど大きい。
そんな自分が、今やこんな幸せな時間を過ごせている。
タフは空を見上げて、今の幸せへの感謝を述べた。ぽつりと、小さく。
そして視線を二人へ戻した時。
「……あれ? の、ノルン。り、リンネ、は?」
「え?」
リンネの姿が、消えていた。
一口のバーガーが地面に転がっている。




