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19話 知ってる名コック

 リンネとノルンは、だいぶこの団に馴染んできた。


 いろいろな人との関わりも持てたし、この団の構造や団員の役割などもしっかりと理解した。


「てめぇら、フィエムのとこから気やがったのか?!」


 とある夕食で、酔っ払ったクロウがリンネとノルンにそう言って詰め寄る。その襟を釣り上げるようにしてカーがクロウを下がらせた。


 しかし、その食堂に集まった人々の視線はもう二人からはずれなかった。


 苦笑いをしながらリンネは頷く。


「はい。母の紹介で、まずはここに行きなさいと言われたのがフィエム様の屋敷でした」

「かー! フィエム様だとよぉ! あいつも偉くなりやがったもんだ!」


 乱暴に言い放って、クロウがまたジョッキの酒を飲み干した。


 リンネは何か不味いことを言ったのかとカーを見る。すると、カーはやれやれと首を振った。


「クロウは、昔ここでフィエムにこてんぱんにやられてたんだ。今でも引きずってるの」

「けーっ。こてんぱんじゃねぇやい」

「いいや、あれはこてんぱんだったね」


 カーの言葉に反応するように、周囲の人々が野次を飛ばした。


「そうだぞー!」

「負けを認めろー!」

「ばーか!」

「おい! 今悪口混ぜやがった野郎出てこい! ぶちのめしてやる!」

「おーう、俺だ!」


 バンと机を全力で叩いて立ち上がるクロウに対抗して立ち上がったのは、この前リンネととある訓練で一緒になったらいかにもな悪人面をした男のゲルだった。


「あぁ?! てめぇかよ! 自分の幻力が俺に有利だからって調子のってんじゃねぇぞ!」

「はっはー! そりゃあ残念だったな! だが否定はしねぇよ!」

「なぁんだとてめぇ!」

「やるか?! ここでやってやろうか?!」

「こんなとこでやるんじゃないよ! わたしが摘み出してあげるわ!」

「邪魔すんな、カー! うおおおおお!」


 クロウが幻力を発言して、カラスの姿となってゲルに飛びかかった。ゲルも、全身をドロドロのスライムへと変えて応戦する。


 気の利いた結界術師が観戦者との間に透明の壁を作った。そのせいで、さらに食堂の熱は増していく。


 大歓声の上がる食堂で、カーは諦めたようにそして疲れたように眉間を解した。


 リンネとノルンは苦笑いをする。


「それにしても、ここのご飯すごい美味しいですね」

「うん。確かに。それに、なんだか食べたことのある味がしない?」

「リンネもそう思ったんですか? 実は私もなんです」


 リンネはシチューを口に運んで、自分の記憶と照らし合わせた。しかし、リンネが食べたことのある食事なんて、母か屋敷でハタが作ったものしかない


 リンネはカーに尋ねる。


「カーさん。このご飯を作ってるのはどなたですか?」

「ああ、それなら厨房に行くといいわ。そろそろ料理も作り終わってるでしょうし。あなたたち、フィエムさんのところから来たんでしょ? あの人のことだし……たぶん、二人のその知ってる味で合ってるわ」


 きょとんとしてリンネとノルンは顔を見合わせた。そして、乱闘を端目に立ち上がった。


「おい結界解け! もうこいつと戦いたくねぇー! うあー!」


 出る際にクロウの情けない悲鳴が聞こえてきた。


 食堂は、この団の中でも最も大きな建物だ。先頭を走る団長の家の三か四倍の高さと広さがあり、それを見たこともないような白と黒の角の生えた馬が二体で引いている。


 厨房は食堂に隣接していて、食堂に対して厨房はとても小さい。一人でしか料理をする気がないようなそんな小屋だ。


 屋根の煙突からは煙が登っていて、二人はそれをチラッと見てから食堂のドアを叩いた。


 すると、ほぼ間を開けずに扉が開かれた。


「なんだ俺に会いに来る暇があれば俺の飯をだな」


 現れたのは、長い白いコック帽を被った水色の髪の青年。前髪は長く目元は隠れていて、料理以外に興味がなさそうな声音をしている。


 そしてその姿と声は、間違いなく二人の記憶にあるもので。


「ハタ、さん……?」

「なんだ俺の名前を知ってるのか、()()()


 瞬間、二人は何を言われたのかわからず、驚いて固まった。


 ノルンが焦ったように言う。


「お、お久しぶりです。私たち、フィエム様の屋敷にいた……」


 フィエムという単語が耳に入った瞬間、ハタの口元がピクリと動いた。


 何も言わずに二人はハタを見つめて、ハタが話すのを待つ。


 ハタは大きくため息を吐いた。そしておもむろにコック帽を外す。


「……今日はもう調理は終わってる。明日の仕込みもあるが、たまにはさぼってベーコンエッグでいいだろう」


 ハタが厨房への道を開ける。


「入ってくれ。話をしよう」


 厨房の中は、まさに激戦地跡そのものだった。乱雑に、しかしよく見ると整頓されている器具類、調味料。今すぐにでも火がつきそうなほど使い込まれたコンロ。


 そして何より、ハタは本当に一人で全ての調理を行っているらしく、椅子はひとつしかなかった。


 二人はハタが小屋の裏から持ってきたボロボロの椅子の上に腰掛ける。


「さて、お前たちの話から聞こうと思うんだが」


 ハタがそう言って、前髪の奥の瞳で二人に促した。リンネはその質問が不思議に思えたが、ひとまずこくりと頷いて、ここまでの全てを語る。


 自分の両親がこの団出身のこと、ノルンが天使であること。フィエムの屋敷にいて、それからここにやって来たこと。


 リンネは、ハタへ言う。


「ハタさんは、フィエム様の屋敷にいたと思ったんですけど……」

「残念ながらそれは俺とは別のものだ」

「別のもの?」


 ノルンのオウム返しにハタは頷く。


「お前たちはフィエムの幻力を知っているか?」

「いいえ、僕は知りません。というか、フィエム様って幻力を持ってたんですか?」

「ああ。あいつはとんでもない力を持っていてな。曰く、『記憶を具現化させる幻力』という耳を疑いたくなるような力だ。屋敷には誰がいた?」

「バリュンさん、メープルちゃん、ネアさん、ベットさん、マウルさんです」

「マウル?」


 ハタが首を傾けた。リンネはそれに苦い顔をして答える。


「はい。知りませんか? 魔族の召使いだったんですけど」

「いいや、俺は知らないな。きっと新しいやつだろう。……にしても、あいつは死んだ俺たちを記憶から生き返らせていたのか。寂しがり屋め」

「ちょっと待ってください。死んだ、って……」

「やはり聞いていないか」


 ハタがやれやれと首を振る。その動作は見たところ力がなく、その後にハタは大きくため息を吐いた。


 リンネとノルンは不安げな顔になる。


「……俺たちは、いや、フィエムの旅団は幻界から抜ける時に、悪魔に襲われたんだ。そこで俺以外は死んで、フィエムは一人で逃げた。……まあそうしろと最後に叫んだのは俺だったんだが」

「ということは、ハタさんは悪魔に勝ったのですね」

「負けたよ。これが証拠だ」


 ハタは長い前髪をあげた。すると、下まぶたから頭皮までを真っ黒で奇妙な模様の入った皮膚が、不自然にくっついている。


 二人は息を飲んだ。よく見れば、その肌は鼓動するように動いていたから。


 ハタは続ける。


「こいつは俺と契約したんだ。俺の作る飯がいたく気に入ったらしくてな。……それなら、あんなに犠牲を出さなくてもよかっただろうに」

「生きて、るんですか?」

「ああ、生きてるよ。なあ、ゲーロップ」

『おうよ! あんちゃん!』


 黒い表皮がパックリと割れ、かわりに口のようなものを形作った。その口の動きに合わせて、音ではなく、頭の中に声が響いてくる。


『ってかあんちゃんよ! まーだ根に持ってんのかい? あんちゃんの仲間さん食っちまったこと!』

「当たり前だろう許さない」

『かー! 毎度言ってっけどちゃんと俺の口の中の世界で元気にくらしてるんだぜー! 俺の力で悪いようにはしてねーしよー!』

「それには感謝している。ありがとう」

『良いってことよ!』


 ガッハッハッと豪快な声が脳内で反射した。慣れない感覚に、リンネとノルンは顔をしかめた。


 と、悪魔が笑うのをやめた。何かを嗅ぎつけたようだ。


『おいおい。いーい匂いがするぜ……。嗅いだことの無い、神々しーい匂いだ……』


 ポタリとヨダレが滴った。


『いただきまぁーす!』

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